Brexit

2016年11月11日

大統領選の「インテリンチ」の空気に飲まれていた人へ

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トランプ大統領誕生まで繰り返された「酷すぎるインテリンチ」

2016年米国大統領選挙では、インテリによって「大衆」を「低所得・低学歴のポピュリズムに毒された人々」と定義する社会分析に見せかけた罵倒・侮辱が繰り返されました。

筆者は、この政治的な体裁を整えた人権侵害行為を「インテリンチ」と呼んでいます。(Brexitの際にも見られた同様の現象)

英国EU離脱は「インテリンチ(Intelynch)」が原因(2016年6月28日)

今回の大統領選挙期間中、有識者らはトランプ支持者を「白人ブルーカラー不満層」、場合によってはヒルビリー(彼らの薬物中毒の描写まで)として描き続けて徹底的な人格攻撃をメディア上で行い続けました。

そもそもトランプ氏は「共和党指名候補者である」ため、世論調査を見ても明らかな通り、米国の中産階級以上の人々に支持されていた人物です。そして、白人だけでなくヒスパニックからの一定の支持もありますし、女性からの根強い支持も十分に獲得しています。

 トランプ支持者は「白人ブルーカラー不満層」という大嘘(2016年11月1日)

あえて、トランプ氏の熱烈な支持者として白人労働者を取り上げたとしても、それらの人々に対する人間像の描写は酷すぎるものだったと思います。全体の一部の事例を誇大宣伝するのはいかがなものでしょうか。

白人労働者が求める民主党が実施してきたアファーマティブアクション・不法移民に寛容な政策などの方針に反対し、フラットな条件での競争を行うことを求めることは検討に値する一つの意見です。

賛成するにしても反対するにしても、特定の意見を持つ集団を構成する人々の人格を貶めて、その主張の正当性を考慮に値しないものと切り捨てることは許されるべきではありません。

メディア上で「言論的弱者」をイジメ続ける嫌なヤツらのままで良いのか?

以前にも書きましたが、インテリは快適な執務室や研究室から実際の生産活動に従事している大衆を小馬鹿にしトランプ支持者を「嘘に騙された・金が無い・頭が悪い」と述べるだけで仕事になります。

元々ジャーナリズムなどに奉仕する人々は権力者と対峙することが務めだと思うのですが、現代では大学・メディア関係者らは自ら権力となって平然と大衆を侮蔑するようになりました。実に楽な時代になったものだと思います。

彼らは強大な発信力を有するメディア媒体を寡占することで、言論的な弱者である市井の人が反撃できない場所から特定カテゴリーの人々に対する人格的な批判を行っています。

そして、それらに対して政治的な正統性の体裁を整えて、「自分達と意見が異なる愚かな人々は批判しても良い」という空気を作り出しています。腕力自慢の学校のいじめっ子が言論自慢の社会のいじめっ子に変わっただけです。

近年の顕著な勘違いとして、SNSの普及によって一般の人々が自由に情報発信できるようになったから、自分と意見が違う特定のカテゴリーの市井の人々を叩いて良いという風潮すらあります。

しかし、SNSの拡散過程は影響力が強いインフルエンサーが情報を発信・媒介することで進んでいくものです。そのため、本来はインフルエンサー同士の言論の応酬で競われるべき問題であり、特定の言論を拡散している市井の人を叩いてもあまり意味がありません。

自分が「ひょっとしたらインテリかもしれない」と自覚がある人に求めたいこと
 
筆者が「自分がひょっとしたらインテリかもしれない」と自覚がある人に求めたいことは、データを示しながら人々に有益な情報を提供するべきだということです。

毎日一生懸命自分の持ち場で人生を送っている人たちを、彼らが反撃できないメディア上から侮蔑すること、は間違っていると気が付いてほしいのです。

今回の大統領選であればインテリな人々はトランプ支持者を「白人のゴミ」と揶揄することでちょっとだけ楽しい気持ちになれたかもしれません。しかし、そこは自制心を持ってほしいと思います。

そして、言うまでもなく、政治家らの権力者に関しては、誰でも舌鋒鋭く追及してもらいたいと思います。トランプ氏やヒラリー氏の言動などを徹底的に精査した上で、その真偽や意図について論証していくことは良いことだと思います。

また、自らが海外メディアの尻馬に乗る形で何も考えず、米国の有権者の人格を貶めてきたことを反省することも必要でしょう。

米国メディアや世論調査機関の論調に合せて誤った予測を引用し、予測が外れたら同じように外国メディアらの「世論調査の精度がおかしかった」とする弁明を丸写しする行為は言論人として恥ずかしいことだと知ってください。

あなた方が間違っていた理由は「インテリンチ」の空気に飲まれて目が曇っていたからです。

なぜ有識者は「トランプ当選」を外し続けたのか?

そろそろ「インテリンチ」への参加は程々にして、未来の姿を描く言葉を身に付けるためにもう一度大衆の中に入ってみたらどうでしょうか。

インテリの無知・傲慢による言論レベルの低さこそが問われるべき課題となっています。言論的弱者ばかりを叩いて悦に入っている状況を止めて、彼らには切磋琢磨の言論空間を築く努力をしてほしいと思います。

トランプ
ワシントン・ポスト取材班
文藝春秋
2016-10-11





本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。


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2016年06月30日

批判されるべきは「英国」ではなく「EU」じゃないのか?

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非民主的・排他的なEUという存在が批判されるべき真の対象である

英国のEU離脱が決まった直後から主要なメディアで「英国がEU市場から締め出される!英国民は後悔している!」的なインテリたちの罵倒記事がひたすらアップされました。

元々残留派の主要な主張は「EU単一市場へのアクセスがEU離脱によって閉ざされる可能性」を指摘するものが多く、主に経済的な理由から残留を求める視点が強かったものと思います。

つまり、「EU官僚の政治的な支配を受け入れなければ、EU市場にアクセスできなくなるので、英国の民主主義は制約されても仕方がありませんね」ということ、そして「グローバルな経済が分からない離脱派は馬鹿だ」というキャンペーンだったわけです。

しかし、このような排他的な市場の存在を肯定する思考自体がグローバル経済の視点に立った場合に批判されるべき考え方ではないでしょうか?筆者は英国の決断よりもEUの存在のほうが批判されるべき対象であると考えています。

「政治統合を受け入れなければ市場統合は無い」という誤った考え方

欧州域内ではブリュッセルのEU官僚による指令によって実質的に様々な規制・財政措置が決定されています。国際的な官僚機構によって参加各国の民主主義は制約を受けているといっても良いでしょう。つまり、現代版の社会主義連邦がEU(欧州連合)の本質です。

そして、その社会主義連邦を抜けた英国がEU市場にアクセスできなくなると脅しをかけるEU官僚たちは、非民主的なEU機構を率いる重商主義者そのものであって、国際紛争を何度も引き起こしてきたブロック経済の亜種のようなものを堂々と主張していると捉えるべきです。

根本的な勘違いは「政治統合を受け入れなければ市場統合は無い」という誤った考え方です。

そもそもブリュッセルによる中央集権的な政治統合は欧州全域の自由市場の確立にとって必要条件ではありません。自由市場が必要であれば各国ごとに交渉して国民の合意を経ながら自由化を進めていけば良いだけです。

「政治統合と市場統合は一体である」という誤謬に基づく批判は的外れであり、欧州だけでなく日本のインテリたちも英国の離脱派を愚か者のように批判していますが、真に批判されるべき対象は非民主的・排他的なEUという存在なのです。

英国が間違った方向に進んでいた欧州を正す存在になるだろう

本来、国際的な言論として喚起される主張は、EUを離脱する英国に対するEU側の脅しを批判するものであるべきです。英国をEU市場から締め出すというコメントを発する人々の重商主義的な世界観が否定されるべきです。

離脱派のボリス・ジョンソン元ロンドン市長が発表した英国の民主主義を守りながら自由貿易を推進するという主張は「非現実な良いとこ取りだ!」としてメディアで批判されましたが、彼の主張は極めて真っ当な主張であって批判される理由は全く見当たりません。

むしろ、「巨大な市場へのアクセスのためには民主主義が制約されるべきだ!」とか、「民主主義を守るために自由貿易は止めても良い」とか、それらの主張が目指すべき理想として適切なはずがないのです。

EUは欧州での戦争の惨禍の再来を防止するとともに、旧ソ連などの地域に民主主義を拡げていくことに貢献しましたが、いつの間にか巨大な社会主義的連邦組織に自らが堕してしまいました。

ボリス・ジョンソン氏が述べた「英国がパワフルで自由で人間的でよりよい世界のための大きな力になる」という自己認識は正しく、間違った方向に進んでいた欧州を政治的に正す存在として英国の役割は大きくなるでしょう。

英国のEU離脱は初期は社会主義思想や短期的な投機思考に染まったインテリ・ビジネスマンらによって批判され続けると思いますが、長い歴史から見れば英国民が行った英断だったことが証明されることになります。



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2016年06月27日

それじゃ、日英EPAの交渉に入りましょうか

日英同盟

Brexitに狼狽えるばかりで未来を描く政治家が一人もいない日本に絶望する

Brexitが現実のものになり、「うむむ・・・今後一体どうなるのか」のような他人事のようなコメントを述べた政治家が多すぎて、日本の政治のレベルに本当に絶望せざるを得ない。

自分たちの無能さが災いして日欧EPAもさっぱり進展していない状況の中で、英国のEUからの離脱は経済成長のための千載一遇のチャンスだと捉えるべきです。

「日欧EPAが年内厳しくなったかも」というコメントしかできない経済産業大臣も少々残念だなと思います。中小企業対策などを講じることも重要ですが、予期された事態に対するコメントがそれだけですか、と。

「それじゃ、日英EPAの話に入りましょうか」という柔軟な発想が必要だ

利害関係が複雑に絡む欧州とのEPA交渉は一朝一夕に進むものではありません。グダグダと交渉を続けながら暗礁に乗り上げている程度が関の山といったところでしょう。

しかし、英国がEUから離脱した場合、日本にとって有力なEPA交渉先が一つ現れたと捉えることもできます。英国がEUから離脱するというのなら、「それじゃ、日英EPAの話に入りましょうか」という柔軟な発想が必要です。

目の前に起きたことについて感想を述べている傍観者は政治家に不要であり、問題への対処を行うだけならば官僚が事務的に処理すれば良いだけのことです。

国際情勢について「べき論」ではなく「である論」で現実的に対応できる人々を求める

英国のEU離脱について「起きてしまったこと」について「こうあるべきだった」と述べている暇があるなら、既に英国のEU離脱の国民投票は結論が出たことを前提として現実的な選択を行っていくことが大事です。

国際情勢について現在の日本の国力で「こうあるべき」などと述べたところで実際に対応できるとは思えません。「アベノミクスの宴は終わった」とか無意味なコメントを述べる野党第一党の党首も要らないのです。

アジアにおいても英国を巡る綱引きを日中が行うことになるでしょう。その対応に早急に着手することが政治家に求められることだと思います。

むしろ、日本の政治家にとって重要な能力は状況の変化に対して強かに対応する力です。未来に進むべき候補者が完全に不在の参議院議員選挙。現在国民に提示されている選択肢を根本から見直すことが必要です。



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yuyawatase at 22:30|PermalinkComments(0)

英国EU離脱・トランプ現象は「インテリンチ(Intelynch)」が原因

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エコノミスト、大学研究者、ジャーナリストの言葉は分析ではなく大衆への侮辱ばかり

英国国民投票や共和党予備選挙に際し、「インテリ」からEU離脱派・トランプ支持者は数え切れないほどの侮辱の言葉を浴びせられてきました。そして、それらの侮辱は国民投票で離脱派勝利・予備選挙でトランプ勝利に終わった現在も続いており、依然としてメディア各紙の紙面に新規に掲載され続けています。

インテリは「大衆」を「低所得・低学歴のポピュリズムに毒された人々」と定義して、勿体ぶった表現を駆使して社会分析に見せかけた大衆への罵倒・侮辱を楽しんでいます。

インテリに罵倒の限りを尽くされた低所得・低学歴とされた大衆は、反論する言葉を持たず、反論する媒体を持っていません。必然的に言論空間はインテリにとって大衆への容赦のない罵倒の言葉を吐き続けることが可能な安全圏となっています。

安全圏からの大衆への容赦のない罵倒は「インテリによる大衆への言論的なリンチ」(インテリンチ:筆者が作った完全な造語ですが・・・。)であり、絶対に反論できない対象をいたぶる虐待行為のようなものです。

「インテリンチ」は逆効果、インテリと大衆の断絶は決定的なものに

インテリは快適な執務室や研究室から実際の生産活動に従事している大衆を小馬鹿にし、離脱派・トランプ支持者を「嘘に騙された・金が無い・頭が悪い」と述べるだけで仕事になりました。(ちなみに筆者は片方が一方的にデマを述べており、もう片方が全て正しいことを述べていると思うほど政治的に初心な思考は持っていません。)

大衆の知性に対する罵倒行為である「インテリンチ」は、インテリを自称する人々による低所得・低学歴者への人権侵害行為であり、これらの無配慮なリンチに曝された人々が投票行動という言葉を用いない手段でインテリどもに一矢報いたことは当然のことでしょう。大衆はインテリに対して自らの尊厳を守る行動を行っただけです。

ちなみに、当然のことですが、トランプ支持者や離脱派の中にも高所得高学歴高リテラシーの人達は存在しています。しかし、彼らに原稿執筆の機会は与えられず、その機会が与えられたとしてもポピュリズムを煽る扇動者という評価がインテリンチによって同時に与えられることは明白でした。

したがって、インテリンチを良しとしない知識人も、その知識があるがゆえに声を上げることはありませんでした。その結果として、言論空間に表層的に現われる評論は「インテリンチ」しかなくなり、それを真に受けた「インテリ仲間」がひたすら「インテリンチ」を増幅させてきました。

「インテリンチ」はまさに弱いものを虐める学校のイジメのような構造を持っています。腕力の代わりに言語表現力と媒体紙面を持つインテリが言論的な弱者を寄って集って言葉で暴力を振るっているわけです。 彼らの言葉が大衆に届くわけがありません、政治的な体裁を整えただけのただの人権侵害行為なのだから。

深刻な問題は「大衆の無知」ではなく「インテリの言論のレベルの低さ」にある

現実に民主主義的手続きを経て下された結論は「インテリンチ」による虐待で悦に浸った「インテリ」の望みとは違うものとなりました。

そして、実際には思考停止した不毛な文章を生産し続けたインテリの知的劣化こそが問題なのです。インテリたちはそもそも政治的・社会的エリートとして、様々な言論発信を通じて大衆の意見を代弁してきました。いや、どちらかというと代弁するフリを続けてきたと言っても良いでしょう。

しかし、現在の彼らの姿はどうでしょうか。インテリたちは大衆への自らの言論の押しつけすら放棄し、大衆を罵倒するだけの無様な存在になり下がりました。それは彼らが社会を描く能力と意志を元々持っていなかったor失ったことの証左です。

トランプ現象・英国EU離脱派は陳腐化したインテリの知性に対する大衆の知性の反逆であり、インテリによる大衆への私刑の場と化した言論空間への拒否反応です。

インテリを自称するor自覚している勘違いしたエリートは「インテリンチ」への参加は程々にして、未来の姿を描く言葉を身に付けるためにもう一度大衆の中に入ってみたらどうでしょうか。なぜなら、インテリの無知による言論レベルの低さこそが問われるべき真の問題だからです。

アメリカの反知性主義
リチャード・ホーフスタッター
みすず書房
2003-12-19


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2016年06月24日

英国国民投票、トランプ現象、舛添への絶望を読み解く

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貴族化した政治家の声は大衆には届かなくなった

今回の英国国民投票で主要政党の有力政治家が散々残留を支持する呼びかけてきた。メディアや有識者も賛否は分かれたものの、彼らの残留を支持する声が多く掲載されてきた。
 
米国においてもトランプが共和党予備選挙に出馬して以来、有力政治家、メディア、有識者はトランプを袋叩きにしてきたが、トランプは予備選挙において他候補を退けて圧勝することになった。
 
大衆の結論は「民主主義で選ばれたはずの既存の有力政治家の声を受け入れない」というものだった。この結論は「彼ら政治家の顔はもはや民主的なものではない」ということ、を意味している。
 
有力政治家たる貴族もどきが声を上げれば上げるほど、大衆の間には言葉にできない嫌悪が募る、その心の断絶は確かなものだと証明された。彼らの主張は大衆には届かない。もはやその顔と言葉が嫌悪の対象なのだから。

政治家主導の民主主義で提示される腐ったメニューをガラガラポンした人々
 
大衆の行動の裏側には有力政治家によって予め選択肢が調整されてきた政治への嫌悪がその根底にあるのだ。閨閥や縁故によって貴族化した政治家の声など、民主主義とはもはや関係が無く、貴族と官僚が作り出したルールなど糞くらえだという民衆の声が聞こえてくるようだ。

大衆は馬鹿ではなくて自分たちが政治家に馬鹿にされていることは理解している。EU全体の経済システムなんて分からないだろ、俺たちエリートに任せろよ、というキャンペーンが成功するわけがない。そのことが分からないくらいに政治家は貴族化しているのだと思う。
 
民主主義の形式を取って提示されるメニューが全て腐った料理であり、自分たちがシェフによって馬鹿にされていること、そのことに対する反感が噴出したのだ。

ジャーナリストや金融関係者が解説するBrexit以後に何が起きるのか?という解説記事が溢れているが、「エリートの分析など糞くらえ、お前らの記事を読みたくない」という意志が示されたわけで大衆の空気を読めないにもほどがある。

なぜ、大衆の意志は言語化されてきていないのか?

「民主主義と既存の政治家の顔が分断している」ということが最も意味ある結論であり、民衆が求めていることはEU離脱やトランプの台頭という表層的な現象ではなく、貴族と官僚から民主主義を取り戻すことなのだと思う。
 
しかし、貴族と官僚の代弁者であるメディアや有識者は、英国国民投票は「移民への反感」、トランプは「格差問題」として、彼らの文脈での評価を下し、決して貴族・官僚・メディア自身の存在こそが問題だとは言わない。
 
したがって、大衆は言葉にできない憤りを投票行動による数字、として表現することしかできない。彼らに言葉を与えるべき有識者は大衆性を失って、エスタブリッシュメントのお友達になっているのだから。
 
大衆の「無名の意志」に名前を付けてもらっては困るわけで、それらを無名のままにしておく、または既存の自分たちが作った文脈の中に押し込めるのが彼らの仕事である。

せいぜい「政治不信」という既存の体制への不満を表現しつつ選択を与えない表現が選ばれるくらいで限界だろう。

偽装された民意の解釈、日本は怒りではなく絶望として表現されるのか
 
日本においても安倍首相・岡田代表の非大衆振りはもちろん、小泉進次郎の似非大衆性への違和感は国民の間に広がりつつあると思う。そして、それは左翼の欺瞞的な大衆性とも違う形で噴出するべく、マグマが貯まり始めている。
 
自らもエリート化したメディアとそれに出演するフィルタリングされた有識者では、大衆の気持ちを表現することなどできもない、そしてそんなことをやろうともしない。SEALDsに「民主主義って何だ!」と言わせてメディアが取り上げたところで、メディアと既存の政治家達による欺瞞性の匂いは消しようがないのだ。

また、小泉進次郎が何を言おうとピンと来ないのは、彼が大衆と違うことが外形的に明らかであるにもかかわらず、その言葉だけが民衆の声を代弁しているように見えるように演出されていること、つまりはガス抜きであることが本能的に感じ取れるからだ。

日本では大衆の怒りが選挙で表現するような機会が与えられず、舛添氏を袋叩きにする形で表現されただけだ。そこに深い絶望を感じざるを得ないし、目の前を通り過ぎていく喧しい選挙カーの音がむなしく響くだけだ。

今、最も必要なことは貴族・官僚・メディアへの嫌悪という大衆の意志が、彼らによって捻じ曲げた解釈を与えられる前に、その意思に名前をつけて呼ぶことだろう。

大衆の反逆 (ちくま学芸文庫)
オルテガ・イ ガセット
筑摩書房
1995-06




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yuyawatase at 17:50|PermalinkComments(0)