駒崎弘樹

2016年01月08日

駒崎弘樹さん・橋本岳さんら30代・40代リーダーは常識を持つべき

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問われているのは「国会議員の育休」ではなく「30代・40代オピニオンリーダーの質」

宮崎謙介さんの国会議員の育休を巡って、30代・40代のオピニオンリーダーと目される人々が「常識がない」話をされていることは非常に心配だと感じています。本件は単なる育休の話題ではなく、30代・40代オピニオンリーダーの資質に関わるものだと感じています。

駒崎弘樹さん「育休は「評判を落とす」?評判落ちてるのは、自民党幹部のあなた方だ
橋本岳さん「宮崎謙介議員の国会議員育休宣言をめぐる議論について」 

駒崎弘樹さんの「社会人としての常識」ではなく「ポジショントーク」を貫く態度

駒崎弘樹さんは、国会議員の育休を批判した自民党の幹部を批判していますが、本件については「自民党幹部議員」の主張が99%正しいです。

自民党の国会議員は、全体の奉仕者としての国会議員であると同時に、自民党という組織の人間でもあります。そのため、自民党としては自党のブランドで当選してきた議員に対して党のガバナンスに従うよう求める当然の権利があります。

宮崎議員が自民党の組織に対して何の根回しもなく記者に育休を発表したことは、

「経営幹部の了承無く、社員が勝手にTVの記者会見で自組織にとって重要なことを発表した」

というトンでもない話だと思います。それに対して「国対(党内手続き)を通せ」という当たり前の説教を幹部が述べて何の問題があるのでしょうか?むしろ、幹部議員の言い方はともかく、年配者の人生語りの小言だけで済ませてくれるだけで有り難いと思うべきです。それにも関わらず、当の議員本人は幹部からの小言に対してブログで組織外に向かって文句を述べています。

本件を成功裡に実行するなら党内で事情を説明し、自民党として納得できるメッセージと代替措置を整えた上で、政党・議員としてのPR効果を狙って発表するという当たり前の仕事が抜けています。国会議員の育休の是非は抜きにして、老獪な自民党議員なら選挙のためにプラスなら協力したかもしれません。それが無かったので、幹部議員から国会議員としての仕事量だけなら不要、と思われて苦言を言われているだけでしょう。

駒崎さんはNPO経営者なので同議員が社会人としてトンデモないことをしたことは理解できるはずですが、相変わらずのポジショントークぶりに呆れます。宮崎議員の行動は「父親になる」前に「人の親になる社会人」としての常識を問われるべきものであり、大人の振る舞いが出来ていれば結果も違ったと思います。

橋本岳さんの法律論は「国会議員としての見識」を問われるもの

橋本議員のほうは更に問題が根深いものと感じています。橋本議員の主張を要約すると、

〇憲法には、国会議員が国会に出席する義務を書いていないため、国会議員の国会出席は権利である
〇法律には、非労働者は対象に含まれないが、法の趣旨を自然に解釈すると職業人としての国会議員も含まれるべき

このダブルスタンダードはあまりに酷いのではないかと思います。せめて、バラバラのエントリーに分けるべきではないのか、と思う次第です。

つまり、憲法に明文化されていない国会議員への要請を無視しながら、法律上明らかに存在しない非労働者の権利を主張する、ことは立法者としての資質が疑われても仕方がないでしょう。

衆議院のHPには、「国会議員は、主権者である国民の信託を受け、全国民を代表して国政の審議に当たる重要な職責を担っています。この職責を果たすため、国会議員の地位には、一定の身分保障が与えられており、法律の定める場合を除いては、国会の会期中は逮捕されず、また、議院で行った演説、討論または表決について、院外で責任を問われません。」

と書いてあります。本件は国会議員としての職責を放棄することの是非が問われているのであり、憲法上の義務や権利の明文規定の有無で本件を論じる不毛な言論は何の意味があるのでしょう。憲法が国会議員の国会出席を明文化していないことは、「学校の先生が生徒に教室で席を立たないように」と諭すことと同じく、社会の通念として「当たり前の話過ぎて書いていないだけのこと」ではないかと思います。

そして、雇用契約で働く義務がある労働者とは異なる「農林漁業者、商店街の店主さん、医師・弁護士など独立専門職など」の育休について語っていますが、これらの人々は仕事を休めば一円にもならないことは当たり前のことだと思っています。私も含めて労働者ではない自営業は仕事・生活の自由を得ているのであり、法律で仕事や私生活の在り方に介入されることに疑問を感じる者も大勢います。

従って、立場によって憲法や法律を無理やり偏向解釈する姿勢は、立法者の基本的なあり方として改めるべきだと思います。

「30代・40代のオピニオンリーダーの質」について今一度問い直すべきなのではないか

上記の2名は名前の知られた社会運動家と国会議員かと思いますが、言論の質が低すぎて議論する余地もない、わけです。50代以上自民党幹部の国会議員らを唸らせるような筋の通った議論が出来る人に若手を代表するオピニオンリーダーになってほしいです。

人間は誰しもがポジショントークで語ることは否めないものです。しかし、同じポジショントークでも社会常識をもう少しだけ踏まえてほしいと思います。有権者は上記のような話は分からないだろうから、いい加減な言論で構わないと思うのであれば更に問題です。感情的に煽りたてたり、中途半端な法律論で煙に巻こうとする態度を改めるべきです。

彼らにはオピニオンリーダーとしてまともな言論を世に出すことを期待したいと思います。私たちは自分たちの世代の代表である若手・中堅世代のオピニオンリーダーのクオリティーを今一度問い直すべきでしょう。


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2015年12月28日

「子育て」から「結婚・出産」への政策のパラダイムシフトへ

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日本の出生率の低下の原因は価値観の変化などによる「晩産化」にある

出生率の低下の主要因は、国民の価値観の変化による晩産化にあります。

1980年代と比べて現在は、30代の合計特殊出生率は増加していますが、20代の合計特殊出生率は約2分の1まで低下しています。

平成26年人口動態統計月報年計(概数)の概況(合計特殊出生率について)*厚生労働省

その結果として、女性の第一子の出産年齢が30代となることによって、第2子を産むための時間的な制約が発生し、結果として日本全体の人口が減少していく状況が発生することが予想されます。

上記のような変化は、人生設計に関する自由な価値観が普及したポジティブな要素と非正規雇用による雇用環境の不安定化などのネガティブな要素の両方が働いた結果と生じています。

政策ターゲットを間違えた「子育て支援」は少子化への効果が薄いという実態

「出生率」の改善を政策目標として据えた場合、既存の子育て支援策は「政策ターゲットを間違えた」「時代遅れ」の政策となっています。代表的な子育て支援策は、児童手当と保育所整備の2つということになりますが、いずれも少子化対策としては十分な効果を発揮していません。

なぜなら、上記の政策は団塊の世代が出産適齢期に入った1970年代に本格的に整備が開始されたものであり、「既に子どもが生まれた家庭」からの政治的圧力によって形成されたものだからです。

児童手当は1972年に第3子がいる家庭に支給が開始された家計への補助政策です。その後対象が第2子、第1子と拡大しつつ、その支給金額が増額し続けています。平成27年度予算は国・地方・事業主負担・公務員分を合わせて2兆2300億円という巨大な支出に膨らんでいます。(平成27年度における児童手当制度について

しかし、児童手当は出生率の改善についてはほとんど効果が無いという会計検査院からの研究レポートが提出されています。児童手当の支給を通じた所得増による子どもを持つインセンティブと現在の子どもへの教育インセンティブが子どもを新たに産むことに対して各々プラスとマイナスの効果を及ぼして相殺されます。その結果として、児童手当の出生率に対する政策効果は微小となり、「子ども1人を増加させるために年1億円の児童手当」が必要とされています。(子育て支援策の出生率に与える影響 会計検査研究第38号・2008)

一方、保育所は元々明治時代の民間で運営されていましたが、戦後直後の段階では経済的に困窮している家庭用の救貧政策として法制化されました。その後、高度経済成長期には女性の社会進出との関係で保育所づくり運動が展開された結果、保育所整備が開始されました。

ただし、その後も政府内には子どもは家庭で育てるものという意識の中で供給制限・サービス制限が存在し続けたため、認可外保育所などの女性の更なる社会進出に対応したサービスが増加し続けることになりました。現在では更にエンゼルプラン・新エンゼルプラン、東京都による認可保育所整備などの共働きが標準化した社会向けのサービスが展開されており、今後は一層の規制緩和や民営化などを通じた効率的な施設整備が望まれているところです。

しかし、上記の会計検査院の研究レポートによると、待機児童を解消するまで保育所を整備した場合の出生率への改善効果は0.02ポイント、効果が高い都市部で0.1ポイントの改善効果が見込まれますが、保育所の整備を促進しても出生率の劇的な回復には至りません。

そもそも保育所の整備は、子どもがいる女性の社会進出などの社会変化に対応したものであり、晩産化などの出生率の改善を元々意図したものではないからです。

既存の子育て政策の大きな柱を構成してきた、児童手当と保育所整備の共通点は「既に子どもがいる家庭向け」の政策であり、日本の人口減少問題を解決するための出生率改善へのダイレクトな効果は薄いものと言えます。

「子育て」から「結婚・出産」への政策のパラダイムシフトへ

私たちは既存の「子育て支援」のための政策が「出生率の改善」に効果があると過大な期待をしてきたのではないでしょうか。それらの政策の効果は極めて限定的であり、出生率改善のためには既存予算を見直して根本的な政策転換を実行することが必要です。

出生率改善のための政策コンセプトは「子育て」から「結婚・出産」への転換です。既に子どもがいる家庭から未婚・未出産の人々に対する結婚・出産支援に政策をシフトさせるべきです。

そこで、出生率低下に影響を及ぼしている要因を晩産化と未婚率の増加にあるとした場合、これらに対応した集中的な政策投下を行うことが重要となります。

「晩産化」という価値観の変化に対して過去の価値観を強制することは人権侵害でしかなく、20代だけでなく30代・40代での出産を安心・安全に行えるように不妊治療・産婦人科サービスなどの強化に取り組むべきです。特に多額の資金が必要とされる不妊治療に関しての重点的な予算投入が重要です。

「未婚」の状況は男性側の非正規雇用の増加の影響が大きく経済環境・雇用環境の改善が必要です。そのためには、20代・30代向けの所得税減税を通じて、未婚・未出産者を含む若手世代全体の手にお金が残る環境を整えるとともに、企業側から見た若手世代を雇用する経済メリットを強化することが望まれます。根本的には産業関連の規制緩和を実施して、労働生産性を高めながら新規雇用増や雇用の多様化を進めるべきです。

上記の政策のための予算は児童手当2兆2300億円の削減によって捻出していくべきです。晩産化の影響から一定の所得を有する30代の子育て世帯も増加することが予想されるため、児童手当による家計支援を通じた出生率改善は益々効果が薄れていくことが予想されるからです。

出生率の改善にほとんど効果が無い児童手当から「結婚・出産」へのダイレクトな支援に切り替える、という大胆な決断を実行することが望まれます。

 「子育て支援」を優先するなら「移民による人口補充」を視野に

既存の子育て支援策では出生率の改善を見込むことはほぼ不可能であるため、「子育て支援」の必要性を訴えるタックスイーターを重視した政策を継続し続ければ深刻な人口減少から抜け出ることは困難です。若手世代から高齢世代への過重な所得移転を止める必要はありますが、その分を子育てタックスイーターに予算を割いても意味がないのです。

そのため、現状のように「子育て支援」を重視して「結婚・出産」を軽視する政策を実行する場合、日本の人口減少を補うために大規模な移民受け入れ政策を実行することは必然となります。移民の受け入れはダイレクトな経済効果がもたらされるとともに、移民は若年世代が多いことが予想されるので日本の出生率は大幅に改善していくことになるでしょう。

現在の財政難の状況にある日本では、何でもかんでも予算を増額することは極めて難しく、特にシルバーデモクラシーが深刻化する中で、若手世代への予算配分増を求めることはほぼ無理だと判断するべきです。そのため、限られた予算をどのように使用するのか、という知恵が重要となります。

高度経済成長期に形成された既存の子育て政策という時代遅れな政策に予算投入を増やしたところで効果はなく、現代社会に合わせた政策を展開することで出生率を改善していくことが望まれます。




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yuyawatase at 16:07|PermalinkComments(0)

2015年12月27日

大人の教科書(23)欧州の出生率向上は「移民」が原因?

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少子化対策と人口問題を結びつける「愚かな発想」は止めましょう

本日は永江一石さんという「超激馬鹿」な有識者もどきを切り捨てたいと思います。本人が、

「国会議員の男性が育児休暇取ると宣言したことで、「税金で給料ははらってるんだから」とか「国会議員やめてからやれ」とか「重要な審議はどうすんだ」とかいろいろアホなことを言ってるじーさんとかばーさん(蓮舫もその口)がいますが、まじで激馬鹿だと思います。日本の現状を分かっていってるのかと思う。まずこういうことを平気で言う人には国会議員はやってほしくない。日本という国の現状認識がないからだ。」

と述べているので、私も彼を超激馬鹿と表現しても良いでしょう。

イクメンだめとか、このままだと45年後の日本の人口はどうなるか、分かってて言ってんの?(永井江石さん)


欧米先進国の人口増加は、移民増によるインパクトと移民による出生率の改善が要因

「日本人が育児休暇を取得する」と「日本の急激な人口減少を解決できる」という論理的な飛躍が蔓延していることは極めて深刻です。感情論としては理解できますが、「現実をしっかりと見てほしいものだ」と思います。

厚生労働省は、主要な先進国の出生率の比較として下記のデータを公開しています。スウェーデン、フランス、アメリカの出生率が高く、日本の出生率が低いという結果が出ています。

各国の出生率
*厚生労働省「平成26年少子化社会対策白書」より抜粋


もう一つ見てほしいのは、先進国出身女性と外国籍・移民女性の出生率の差です。こちらを見れば分かるように先進国出身女性の出生率は1.2~1.8前後の範囲で収まっていることが分かります。特にフランスの場合はフランス国籍の場合でも国籍取得した移民1世・2世に出生率増への寄与率は高いものと推測されます。

移民と出生率

社会実情データ実録から引用

各国の移民の増加割合を見てみると、各国で移民が増加していることが分かります。これらの移民増加国では人口が上昇し続けています。また、英国などでは2011年の出生数の4分の1以上が移民による子どもたちという状況にもなっています。

一方、ドイツは移民割合が横ばいであるために人口増加はほとんどしていません。また、GDP比で日本の2倍の子育て予算を投下していますが、出生率は日本より微妙に高いだけの状態です。


各国の移民割合の推移
社会実情データ実録から引用

子育て政策は「労働環境改善」であり、「出生率改善への影響」を過大評価されている

日本の人口は既に少子化対策で維持・逆転できる状態ではないことは明らかだと思います。先進各国では移民による若年人口の受け入れと出生率のかさ上げを行っていることを認識するべきです。日本出身者だけでは既に1億人を維持するための出生率2以上に引き上げることも困難です。

日本の将来人口の推計
平成25年版高齢社会白書より引用

育児休暇などが出生率の改善に結びつく影響は極めて少ないものとして認識し、その政策の影響力を過大評価するべきではありません。現状の子育て政策は「人口増加」ではなく「労働環境の改善」にこそ効果が発揮されるものだと認識するべきです。

従って、子育て政策と少子化問題を結びつけて議論する人は、その影響が限定的なものであることを前提に議論を行うべきだと思います。少なくとも、育児休暇=人口増、のような短絡志向で「日本の人口問題を語るな」と思うわけです。

また、上記は移民の数字を扱ってきましたが、元々の自国民の価値観の変化による出産年齢の遅れも直近の先進各国の出生率改善の大きな要因です。これは政策とは関係なく文化レベルの発展による価値変化によるものです。従って、20代女性に出産圧力をかけるような政策よりも晩産化に対応した医療技術の高度化のほうが重要です。

日本の人口減少が問題だと思っている人は、先進各国が行っている移民の受け入れの議論を始めるべきでしょう。子育て政策によって日本の人口が維持できるかのような有識者もどきや子育てタックスイーターが述べているプロパガンダを信じず、日本人は本当に必要なことを淡々と議論する段階に入っています。





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yuyawatase at 13:52|PermalinkComments(0)

2015年11月03日

待機児童増加の犯人は事業者の資本力が足りないこと

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「待機児童増加の、意外な犯人は」(駒崎弘樹氏)
http://blogos.com/article/141651/

という記事を読みました。駒崎氏の主張に対する感想は「しっかりとした企業体の参入」が必要だということです。

民間の経営感覚から見た違和感

 駒崎氏は記事の中で、待機児童増加している原因は「役所が保育園のための初期の補助金を創らないからだ」と述べており、地方自治体や厚生労働省などへの制度設計を求めています。しかし、本当にそうでしょうか?

仮に、駒崎氏が述べているように「投資から回収までの期間が1年半」かかるとしたら、経営の当たり前の感覚としてそれに見合うだけの資金調達を実施するだけのことです。実際、普通の民間事業であっても回収までに1年半かかる事業なんてザラだと思います。

むしろ、回収見込みまで運営補助で見通せているのに「資金調達を実施することができない」と仮定することは?と思います。資金調達という経営の手腕の根幹に関わる話を「行政の補助金が無いことに責任転換」することは話の筋が明らかに違います。

本当の問題は事業者の資本力の問題ではないか

確実に儲かる可能性が高い事業であるにもかかわらず、初期資金が用意できないために参入できない、それによって待機児童が解消できない、という駒崎氏の主張の通りであれば、「資本力を持った事業体が参入すれば良い」というだけのことです。

むしろ、素人考えでは初期の補助金が無いと保育園を運営できないような主体に経営を担わせることは危険ではないか、とさえ思います。良いサービスを提供しようと思えば、資金繰りはカツカツの状況ではなく、多少の余裕を持って回す必要があるからです。

本当に重要なことは、資本力が足りない事業者が参入しやすい制度ではなく、資本力の潤沢な事業者が参入しやすい環境を整備することです。

資本力を有する事業者の参加に「価格の自由化」は不可欠

資本力を有する事業者が魅力を感じて参加するためには「価格の自由化」は必要不可欠です。価格が自由化されることを通じて、強力な資本力を持つ事業者が大量に参加すれば待機児童問題は一気に解決します。

待機児童数が多い相対的に保育料が上昇している地域には、新たに事業者が参入することを通じて価格競争が生じることになります。自由価格であったとしても競争が存在している限り価格は妥当なラインに収斂します。

むしろ、社会福祉法人に関する規制、保育士に関する規制、施設に関する規制などの規制緩和を推進するとともに、経営状況が第三者からも分かるように徹底した情報公開を義務付ける方向で改革するべきです。

社会主義者の言論が社会の発展を遅らせているということ

駒崎氏の記事の中では区役所の担当者の答弁を社会主義として切り捨てていますが、同じ問題を補助金があれば解決できると主張する姿は単なる社会主義者同士の近親憎悪でしかないと思います。自分に言わせればどちらも社会主義者ですが、それをうまく自由主義的に見えるよう化粧できているか否かというだけのことです。

現代社会においては福祉国家病が蔓延しており、あらゆる人々が政府予算にたかるようになったため、昔のように「補助金を寄こせ」と騒げば無限に予算が出てきた環境ではありません。まして、高齢者の影響が強い超高齢化社会において、それ以外のアクターに対する補助金設定をソリューションとして提示することに疑問を覚えます。

現在のような人口構造・財政構造の下では、若者や乳幼児に関する施策は自由化を進めて民間資本の力で実現していくやり方について知恵を絞る必要があります。高齢者と同じ土俵で予算の分捕り合いで競合することは生産的なことだと思えません。徒に子育て関連の補助金を求めることは物事の根本的な解決を遅らせることになるのではないでしょうか。






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yuyawatase at 17:00|PermalinkComments(0)