自由主義

2016年11月05日

米国保守派の定例会議「水曜会」について説明する

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<全米税制改革協議会(ATR)グローバー・ノーキスト議長@水曜会)

某ネット記事が炎上中?で自分も名前を出されて若干巻き込まれているため、この際だから「自分が何をやっているのか?」「ワシントンD.Cで開催される水曜会はどのようなものか」について紹介記事を書いておこうと思います。

全世界の自由主義者とのネットワークへの紹介者としての役割

筆者は米国流の保守主義(≒自由主義)の考え方を持つ人を増やすことを是としており、世界中の自由主義者の人々とのネットワークを構築しています。

そして、米国、香港、インド、インドネシア、マレーシア、フランス、イギリス、オーストリア、オーストラリア、中東諸国、その他諸々の団体と連携し、日本人の希望者に日本ではほぼ学ぶことができない自由主義の考え方に触れる機会を提供しています。

数年前に筆者が同ネットワークと接点を持った時点で日本は自由主義者の国際的な枠組みからは完全に置いていかれた存在となっていました。

関係者からのヒアリングによると、筆者が関与する以前に日本国内に海外から様々なアプローチを行ったものの、東大を頂点とする半社会主義コミュニティの皆様に間違ってアプローチしたために骨抜きにされてきた経緯があると伺っています。

日本の長期不況は経済政策の根本的な発想が与野党ともに縁故資本主義か社会主義でしかなかったことに起因しており、本当の意味での自由主義的な経済政策が実行されてこなかったことにあります。(自民党の縁故資本主義が新自由主義であるという頓珍漢なガラパゴス左翼言論が蔓延っている原因もここにあります。)

非常に残念なことですが嘆いても仕方がありません。そのため、現在は学生・国会議員スタッフ・経営者まで基本的な理解力がある方がいれば人材として選別した上で海外に渡航する場を設けています。

筆者の連携先には下記に述べる米国共和党関係者の人々だけでなく、アジア・欧州各国で現政権とも深い関係を持つ先なども存在しており、世界各国の必要な人材へのアクセスが可能となっています。

水曜会は米国共和党保守派の中心地・登竜門としての機能を持つ場

ワシントンD.Cに存在している全米税制改革協議会(共和党最大の支持母体の一つ)は筆者の連携先の一つです。主に米国中の保守系グラスルーツが集合する週1回のミーティングである「水曜会」を主宰しています。

水曜会は米国共和党保守派の関係団体の重鎮らが顔を並べているため、大統領候補者のスタッフや連邦議会議員などが保守派のグラスルーツからの支持を受けるために日参しています。同会はメディア完全非公開で議事内容・出席者についても部外者には原則は他言しないことになっています。

実際の運営は、グローバー・ノーキスト議長がテンポよく発言者を回していき、発言者が提案する内容への良否・支援の有無などを決定していく形となります。発言者にとっては米国共和党系の保守派の人々との付き合いを深めていくための登竜門のような空間だと言えます。

日本人でも紹介者がある場合は水曜会に出席することが可能であり、過去には国会議員・有識者とされる人々が参加してプレゼンの機会が与えられています。(ちなみに、日本人の国会議員・有識者は発言がコロコロ変わるために原則として信頼されていません。同会議出席後に増税に賛成してみたり、保守派への罵詈雑言を並べる人々ばかりだから(笑))

筆者は紹介者の一人として米国の保守主義が理解できる人を出席者としてエンドースする役割を担っています。水曜会でプレゼンを行った方々は興味を持った保守派の大物たちに声をかけられます。彼らとネットワークができて道が開けた各個人の進路は各々の判断で歩んでもらうことにしています。

そのため、今回の某メディアに掲載されたように同会に人物を紹介することは良くあることであり、今回の単一ケースのみの文脈で記事紹介されることはどうかなと感じています。

ガラパゴス化した日本の政治・メディア、世界の政治のネットワークに伍する人材の育成を

今回の大統領選挙においてはメディア・大学によるトランプ氏に対するバッシングは劣悪を極めています。米国のリベラルと仲良くしていても一方的な情報源からのインプットに偏ることになり、世界の趨勢について考察するために不十分な状況となっています(もっともトランプ氏については保守派からも厳しい意見は多いとは思いますが・・・)

日本の政治・メディアは完全にガラパゴス化しており、留学などでリベラル派と繋がりを得た英字新聞が読めて論文を翻訳できる程度の人が有識者として大きな顔をしています。しかし、現代の日本に本当に必要なことは世界の政治的な思想の対立について理解し、それらの深い洞察に基づいて行動できる人物を創り出すことです。

筆者の願いは世界の対立軸の一つである自由主義の思想を正しく理解できる人を日本からも見出していくということです。これは困難な道かもしれませんが、筆者の考え方に理解がある人達と幅広く連携して推進していきたいと思います。







本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。


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2016年05月16日

トランプは米国の「破壊者」ではなく「救世主」だ!

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Wikipediaより引用

米国の破壊者は「ドナルド・トランプ」ではなく「ヒラリー」と「サンダース」である

筆者は昨年から主に選挙キャンペーンの観点から大統領予備選挙においてトランプ勝利を明言し、現在もトランプがヒラリーに大統領選挙本選で勝利することを予測しています。

「トランプはヒラリー・クリントンに勝つ!」5つの理由(2016年5月5日)
数字で分かる!トランプの大統領選挙・勝利の方程式とは(2016年5月7日)
何故、反イスラム発言でもトランプの支持率は落ちないのか(2015年12月11日)

一方、「なぜ、トランプ現象が起きたのか」ということについて、メディアや知識人が経済格差やスピーチ力などの様々な理由をつけて説明しています。しかし、それらの大半は極めてポピュリズムな観点に基づく分析が多いことを残念に思っています。なぜなら、トランプ現象は米国に深く根差した政治思想の観点から説明することが可能だからです。

政治学者ルイス・ハーツが指摘するように、米国は封建制度を経験していない建国以来の自由主義国家です。

米国では王族や貴族が存在していないことによって反革命もなく、小資本家・農民・プロレタリアートも含めて民衆がプチブルジョワの心性を共有しているために社会主義に傾倒することもありませんでした。

米国=アメリカン・ドリームという思想は「誰もが成功することができる」という信念に支えられた社会風土の中から生まれたものです。米国の支配的な認識の下では、生まれながらの貴族階級も無ければ絶望した底辺の貧困層も存在していませんでした。米国は努力すれば誰もが成功を手にすることができる国、自由主義を国是とする国家とされてきました。

つまり、「絶対化された自由主義思想」こそが「米国の自己イメージ」ということになります。

そして、共和党は絶対化された自由主義思想の体現者であるとともに、民主党であったとしても思想的なベースを変更することなくプラグマティックな対応を行う政党であることに変わりはありません。

多くの日本人は日本国と180度異なる発想で建国された米国という国家を理解することができていません。そして、近年では米国でも大学などで左派的な教育を受けた知識人はその国是を失いつつあるのかもしれません。

米国という国家への無理解の結果が「トランプは米国を破壊する」という不可思議な言説の氾濫に端的に現われていると思います。米国を破壊するのは「トランプ」ではなく「ヒラリー」と「サンダース」なのです。

米国に生まれた「貴族=ヒラリー」と「社会主義者=サンダース」という異分子

ヒラリー・クリントンはイェール大学のロースクールを修了した才女で政治的なキャリアの色が強い法律家として華々しいキャリアを誇っています。

彼女は夫であるビル・クリントン大統領の政治的な影響力を背景に医療保険改革問題特別専門委員会委員長に就任する前代未聞の猟官ぶりを発揮した上に、ホワイトハウスにはファーストレディーのオフィスだけでなく、大統領執務室があるウエストウイングにも特別にオフィスを構えていました。

そして、「ビラリー」(ビル+ヒラリー)または「共同大統領」と呼ばれるほどに権勢を振るい、その後もファーストレディーとしての経歴を利用して上院議員選挙に出馬・当選、大統領選挙予備選挙でオバマに敗れるまで、夫の名声を嵩にきてやりたい放題の振る舞いを繰り返してきています。

まさに、閨閥の威光を利用するエスタブリッシュメント(貴族)としての道を爆進してきた人であり、現在は米国初の「夫婦で大統領になる」という政治の私物化とも言えるようなプロジェクトに挑戦しています。ヒラリーは「大統領になって何がしたいか分からない」と批判されますが、彼女は貴族として立候補しているのだから大衆との約束が無くても当然でしょう。

一方のサンダースは、ポーランド系ユダヤ人で大学卒業後にイスラエルのキブツで過ごした後に格差の少ない社会が良いという思想に染まったバリバリの社会主義者で実兄ラリーがイギリスの緑の党の政治家という人物です。

若いころから米国で超少数勢力であった労働ユニオン党から連邦議員・州知事選挙に何度も立候補するも惨敗を繰り返し、無所属で出馬したバーリントン市長選挙で初勝利。その後、再び下院選挙に立候補するも落選、しかし不屈の闘志で再度立候補して下院議員になった筋金入りの社会主義者です。

おまけに、70年代・80年代に138回爆破テロを起こした、FALNというマルクス・レーニン主義のプエルトリコテロリストグループの主犯格の釈放をオバマに直訴したトンデモ・エピソードも保守派から指摘されています。

上記の経緯からサンダースは民主党に必ずしもシンパシーがあるわけではなく、米国の中では珍しいであろう極端に左派的な経歴を持った政治家だということが言えます。(無所属議員として民主党と院内会派を結成)

両者の特徴はビジネス経験は全く存在せずに政治を利用して台頭してきたキャリアの人物ということになります。つまり、ヒラリーもサンダースも米国の伝統である「絶対的な自由主義」という観点からは逸脱した存在なのです。

現在の状況は米国には建前上存在しないはずの「貴族」と「社会主義者」が現れて、民主党という政党を利用して「米国を乗っ取ろうとしている」状況だと言えるでしょう。

トランプ現象が起きた理由は「米国の伝統が脅かされた」ことに原因がある

一方の共和党側でも昨年段階ではブッシュ家というエスタブリッシュメントがクリントン家ばりに大統領職を私物化しようと画策している状況でした。しかし、結果は読者も知っているようにブッシュは惨敗し、エスタブリッシュメントの「アンチ・トランプ」キャンペーンは全く効果を発揮しませんでした。(ブッシュ以外の予備選挙候補者もフィオリーナを除いてビジネス経験がほぼ皆無の人々でした。)

筆者は昨年からトランプ氏の選挙キャンペーンの巧みさを指摘してきましたが、同時にトランプ現象については「米国の伝統」を背景とした米国人の根源的な危機意識の表れと捉えています。

トランプ現象の解説として一般的に述べられる「経済格差を背景とした白人下層の盛り上がり」という説明では説明不足なのです。なぜなら、経済格差の単純な是正を求める人々は、共和党ではなく民主党、そしてサンダース支持者になっているはずだからです。

ドナルド・トランプ氏は不動産ビジネスで財を成した人物であり、その人生についてもまるで映画のような浮き沈みを繰り返してきた人物です。ビジネスを通じたアメリカンドリームの体現者であり、まさに米国が絶対視してきた自由主義に基づく人生を送ってきました。彼は経済格差の是正と凡そ親和性があるような候補者ではありません。

そのトランプ氏がガサツに語る言葉や振る舞い、そして背景にある強いビジネスへの信望感こそが「米国が米国であること」そのものなのです。ヒラリーやサンダースらの「米国の伝統の破壊者」に対し、「米国の大衆が拒否意識を持った」ことによって生まれた存在が「トランプ」なのです。

ドナルド・トランプは「米国の破壊者ではなく救世主」である

したがって、現時点において、トランプは米国を破壊するどころか、米国の伝統を守る「救世主」である、ということができると思います。トランプの出現・台頭は現在の米国の政治シーンにおいては必然のことであり、米国を破壊しようとする人々に米国の本能が牙を剥いたものと理解するべきです。

米国の「絶対的な自由主義」は場合によっては独善的な思考を生み出すことにも繋がります。筆者はトランプ氏の選挙用のセンセーショナルな発言も「米国の伝統」に対して相容れない対象に対する根源的な反発を背景としたものであるように感じます。

米国は自由主義を国是とした生まれた国であり、封建制に虐げられてきたアジア人や欧州人には到底理解できないイデオロギーによって作られた国です。従来までの彼らなら特権階級の存在を受け入れることもなければ格差による絶望を受け入れることもないでしょう。

このような「米国の伝統」を理解せずにトランプ現象を語ることはそもそもできないのです。



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2015年12月14日

大人の教科書(17)自由主義のための必読図書18冊

自由主義ってなんだ!ワタセユウヤの自由主義選書18冊

2015年末休みに改めて読むべき「自由主義ってなんだ!」ワタセユウヤの自由主義選書18冊をチョイスしました。今年はジュンク堂が「自由と民主主義のための必読書50冊」を開催してました。

しかし、その後、同イベントは最初の「自由と民主主義」のうち、「自由と」が無くなる形で「今、民主主義について考える49冊」に変わりました。その過程でハイエクの隷属への道などが脱落してしまう残念な事態となりました。

そこで、私も2015年末の休みを利用して熟読すべき自由主義選書20冊をチョイスしてみました。興味がありそうなものを是非手に取って読んでみてください^^

隷属への道 ハイエク全集 I-別巻 【新装版】
F.A. ハイエク
春秋社
2008-12-25


政府が人々の経済生活を統制することを通じて自由が奪われるプロセスについて解説した一冊。社会主義と全体主義が同根であることを指摘し、私たちの自由を守るための基本的な考え方が記されています。ジュンク堂の選書では「自由と」が消えた文脈で弾かれた生粋の自由主義本。


選択の自由[新装版]―自立社会への挑戦
ミルトン・フリードマン
日本経済新聞出版社
2012-06-26






ケインズ主義が西側世界に蔓延した世界の中で、私たちが自らの自由のために選択の自由を取り戻すことが必要です。政府や中央銀行による自由市場への恣意的な介入を防止する新自由主義的な政策の基本的なコンセプトがまとめられた一冊。


国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源
ダロン アセモグル
早川書房
2013-06-21





なぜ、たった1本の国境を隔てただけで「豊かな国」と「貧しい国」が存在しているのか?政治経済制度の違いがどのような影響を与えるのか、という視点から体系的な結論を提示した一冊。

 
現代議会主義の精神史的地位 (新装版)
カール・シュミット
みすず書房
2013-05-17

議会制民主主義の中に内包する自由主義と民主主義の矛盾が衝突するとき、それらはどのように乗り越えられていくのか。議会制民主主義を超克する「決める政治」がどこに繋がっていくのか。後にナチスを理論的に支えた著者が放つ珠玉の一冊。




日本国憲法の制定プロセスにおけるやり取りを詳細に追ったきめ細やかな一冊。GHQによる押しつけ憲法論の一面的な見方ではなく、戦前回帰を目指す人々、新しい国づくりを目指す人々、そしてGHQの関係を克明に描いています。日本国憲法とは何だったのか、ということをじっくりと知りたい人に最適。




日本の明治維新がもたらした文明開化の流れの中で、維新政府の主導下ではなく、民間の中で生まれた政治や経済の新たな息吹を学ぶことができる一冊。当時の日本の民間人の水準の高さに驚くとともに、誰が日本の近代黎明期を本当に支えたのかを学ぶことができます。

福沢諭吉「官」との闘い
小川原 正道
文藝春秋
2011-09-29



一万円札でお馴染みの福沢諭吉は、明治政府の警察の監視下に置かれている要注意人物であった、という衝撃的な内容が描かれた一冊。日本の文明化に際して決定的な役割を担った思想家・教育者、福沢諭吉の生き様を知ることで現代まで続く日本の課題を知ることができます。

政官攻防史 (文春新書)
金子 仁洋
文藝春秋
1999-02


近代以降の日本では政治と官僚は常に政権争いを繰り広げて、政治の優位が確立される度にスキャンダルや暗殺などによってキーパーソンが消えていくことを繰り返している・・・。元警察官僚の著者が描いた日本政治の落とされた深い闇、乗り越えるべき課題について説得力がある内容。小沢一郎氏の陸山会事件に繋がる日本政治の真の対立構造を知りたい人には必読の一冊。

1940年体制(増補版)
野口 悠紀雄
東洋経済新報社
2013-05-02



現在の日本社会を束縛しているあらゆる社会システムは戦時中に形成された戦争を遂行するためのシステムであり、これらは目的を失ったまま現代社会でも稼働し続けています。戦時中に形成された1940年体制を知ることを通じて、日本に必要な真の改革の対象を学ぶことができる一冊。



米国にはほぼ全ての自治体業務を民間企業が担っている都市が存在しています。圧倒的な行政効率によるタックスペイヤー(納税者)のための都市とはどのような場所なのか。米国発、未来の自治体運営の姿を学ぶことができる珠玉の一冊。



目を奪われるタイトルの都市経済論であり、現代の都市の在り方について重要な視点を与えてくれる一冊。設備型の産業と比べて知識を重視した産業は移動のためのコストが大きく、後者の産業を育てていくような試みが重要という内容。淡々とした説明が説得力を持つ、雇用と経済について興味がる人には必須の一冊。




マーケティングの大家・コトラーが記した世界経済に関する赤裸々な事実。世界人口の半分が都市に住み、世界の総生産の80%は都市が算出している現状、 経済成長と都市成長はほぼ同一の意味を持つという主張の一冊。現状の日本の無意味な地方振興政策を継続するのではなく、世界における都市間競争に注力するべきことを理解することができます。

「保守革命」がアメリカを変える
グローバー・G. ノーキスト
中央公論社
1996-06


1994年に発生した米国共和党による上下両院の連邦議会の政権奪取を、その立役者であるグローバー・ノーキスト全米税制改革協議会議長の筆で書き下ろした一冊。民主党の選挙マシーンが支配していた連邦議会を共和党系のグラスルーツ(草の根)団体が破った内幕が語られています。日本で小さな政府を本気で実現したい人が読むべき本と言えるでしょう。




1994年保守革命に至るまでに米国内で保守主義運動がどのように形成されてきたかを丹念に追った一冊。著者は保守派の代表格のシンクタンクであるヘリテージ財団の研究員。日本において小さな政府を実現していくためのプロセス論として参考になる一冊。



鄧小平以来の改革開放路線を支えてきた経世済民を重んじる中国の新自由主義経済学者の人々が登場する一冊。中国を共産主義・社会主義の国だと未だに勘違いしている人には必読図書であり、彼らが日本人よりも真摯に経済改革に向き合っていることを理解することができます。日本が失われた20年を経験している間に中国が経済大国に成長した理由を学ぶことができるでしょう。

中国共産党と資本主義
ロナルド・コース
日経BP社
2013-02-21

中国の経済改革のプロセスについて、具体的にどのようなプロセスを経て実行されてきたのか、という実証的な研究書。制度派経済学の大家であるコースは、その教え子らが中国の経済改革に深く関わっており、実は中国の経済改革の理論を支えた源流に位置する人物と言えます。中国の改革から日本も様々な示唆を得ることができるでしょう。




現在、到来しつつあるフリーエージェント社会の中で、人に雇われない生き方を実現していくための一冊。巷に溢れかえっている経営者本とは180%逆の経営者の本音丸出し本です。独立を志向している人が必ず読むべき図書と言えるでしょう。




日本マクドナルドの創業者の藤田田氏が記した伝説の自伝。内容の破天荒ぶりから当時からカルト的なベストセラーとして脈々と存在し続けて現代に至っています。怪しげな装丁が醸し出す雰囲気、そしてイカれた内容が人生の価値観を破壊してくれる一冊。






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2015年12月11日

大人の教科書(15)日本一分かりやすいポリティカル・コンパス解説

<図表1:政治的立ち位置の4分類>
PC(1)
本日の大人の教科書は自分が政治学上、どの位置に属するかを分かりやすく解説を行います。

まず図表1の政治的立ち位置の4分類を見てください。世の中には様々な政治的な考え方を持った人々がいますが、大きく分けると4つのカテゴリーに人々を分類することが可能です。政治思想を分ける軸は「政府」が経済や思想についてどこまで干渉するかを許すか、という点によって分類できます。

(1)経済的自由度とは、政府による税金や規制から民間企業などがどの程度自由な状況にあるか
(2)思想的自由度とは、政府による表現規制などの思想統制から人々がどの程度自由な状況にあるか

ということです。この2つの指標の自由に関する指標の大小によって4種類に人々を分類できます。

(1)経済的自由大・思想的自由大=自由主義=ホリエモン、完全な自由人
(2)経済的自由大・思想的自由小=新保守主義=サッチャー、愛国的なベンチャー経営者など
(3)経済的自由小・思想的自由大=社会民主主義=ピケティ、左派系の経済・社会学者など
(4)経済的自由小・思想的自由小=全体主義=岸信介、革新官僚、ナチス・ソ連、ネトウヨ、地方の土豪など

<図表2:全体主義から新保守主義への移行と移行過程の弊害>
PC(2)
さて、上記の4分類までは一般的な分類となっていますが、現代社会においては更に踏み込んだところまで、解説していかねば自分の立ち位置が分かりません。なぜなら、左右の識者がいい加減な話をして一般の国民を煙に巻く議論をしているからです。

20世紀に全世界を覆った全体主義(ナチス)、そしてその後のソ連の共産主義は人々の経済・思想を抑圧した体制でした。それらに対抗するために、西側各国も自由や資本主義を標榜していたものの、彼らに限りなく近い体制(国有化など)を実行し、政府の経済面・思想面での介入を許してきました。自民党のような資本主義を維持したバラマキと愛国とナチスやソ連とのやり方の差は程度問題だったと言えます。

しかし、西側各国の経済停滞、そしてソ連の崩壊が見えてきたところで、多くの西側諸国は「全体主義」から「新保守主義」に舵を切ることになります。(図表2)国有化された資産が民営化されることになり、それと同時に愛国思想が鼓舞されることになりました。これがサッチャー、レーガン、中曽根時代から現代に至るまでの状況です。

このプロセスの中で元々国有資産または規制対象であった商品・サービスが民営化・規制緩和されたことで、多くの政府と密接な関係にある経営者が民間人として自己のビジネスを拡大しました。

事例を挙げると、

(1)中国:鄧小平以来の改革開放によって、全体主義から新保守主義への移行プロセスで、中国共産党幹部が立場を生かして民間市場での不当な利権を確保したこと。

(2)米国:金融危機などで巨額の報酬を受け取っていた経営者らの責任を問わず、金融機関・大企業の債務を国民の税金を埋め合わせたこと。

(3)日本:政府の規制介入で守られていた雇用の規制緩和によって巨大な派遣利権を発生させて、雇用の規制緩和を推進した本人が現在最大手の派遣会社の会長に就任していること

など、これらは新保守主義ではなく、縁故資本主義と呼ばれるものであり、全体主義から新保守主義に移行するプロセスで生じる権力者への代替利権の提供として姿を現します。

<図表3:縁故資本主義に対する的外れの新自由主義批判が生じている状況>
PC(3)
これらの移行過程で生じた利権を槍玉に挙げて、各国では新保守主義批判が展開されています。日本においては、新保守主義という名称ではなく、新自由主義とかネオリベとか呼ばれる傾向があります。

しかし、彼らが批判している対象は実は、経済の自由化が不徹底な状態で発生している縁故資本主義的な状態であり、経済的な自由化が進んだ状況を正しく認識していないことが多い状況です。

たとえば、「規制緩和や税制改革は大企業にばかり有利だ!」というような批判は本質的には大体的外れです。むしろ、大企業の規制・税制などの利権が守られたままの状態で、中小企業・労働者のほうだけ大企業による新規参入や実質的な税負担増という競走上不利な立場に立たされていることが問題です。

一方、大企業の利権を守る規制が緩和されることは、新規参入機会が生まれる中小企業や新しい雇用の場ができる労働者にとっては有利なことであり、本来であれば積極的に推進するべきことなのですが、現実には分厚い利権体制によってそれらは守られています。原発事故のような大災害が起こらなければ電力自由化などは永遠に進まなかったはずです。

そのため、完全な自由化ではなく縁故資本主義的な状況を指して、左上の社会民主主義や左下の全体主義に持っていこうとしている御用学者や利権解体の危機に瀕している既得権者が新自由主義批判を展開しています。これが現在の日本における政治的な論説の基本的な構造となります。

ちなみに、鄧小平以後の改革開放論を標榜する新自由主義者に対して、中国でも新左派と呼ばれる政府経済介入派が登場して中国共産党が担う政府機能の強化を主張していたりもします。その結果として何が起きるかは図表4以降の説明を読んでください。

<図表4:社会民主主義者は全体主義者に最終的には戻っていくということ>
PC(4)
さて、現代の政治的な言論空間における基本的な構造をおさらいしたところで、この後に日本がどちらに向かっていくべきかについても述べておきたいと思います。(図表4)

まずは、縁故資本主義を乗り越えて新保守主義の段階までしっかりと至ることが重要です。現状は自由化・民営化しているように見せかけて、部分的な緩和によって生じた市場の歪みを一部の人々が搾取している状況にあります。このような歪みが生じないように真の意味での全面的な規制緩和や減税政策を断行するべきでしょう。

その上で可能であれば右上の自由主義への道が開かれていくことが理想ですが、それは現実の政治問題として極めて難しい状況かもしれません。また、全体主義体制下でいきなり自由主義を標榜するとホリエモンのように刑務所に入れられたりしますので、最初は折り合いをつけて新保守主義程度の塩梅から入っていくのが良いでしょう。

そのプロセスの中で、新自由主義批判の甘い誘惑に乗らないことが重要です。なぜなら、社会民主主義と全体主義は実態としては同じものだからです。自分の生活に関する稼ぎなどを政府に依存するようになった社会では、あなたは政府からの思想統制を逃れることはできません。仮に自分は思想統制から逃れられるというのであれば、それはメルヘンの世界への逃亡であって現実のものではありません。

以上、代表的な4分類と現在の日本における政治的な言論空間の構造について解説しました。左右の識者とされる人々の言説に惑わされることなく、国民にはしっかりとした自己認識を持ってほしいと思います。








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2015年11月19日

大人の教科書(3)自由主義と民主主義の違いが分かりますか?

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民主主義と自由主義の区別を知っていますか? 

今年の夏は安保法制が盛り上がったこともあり、首相官邸前でSEALDsなどの左翼団体による抗議デモが随分と行われたものでした。私自身は道端で行われるデモは信号が通れなかったり、非常に迷惑だなあと思ったわけですが、それも人間の一つの権利なので仕方がないなと受容したものです。

彼らデモ集団が述べていた言葉の中で一つだけ気になったものがありました。それは「民主主義ってなんだ!」というものです。彼ら自体は民主主義者を標榜していたようですが、それは勘違いでしかないので「大人に教科書」シリーズに取り上げたいと思います。


「民主主義」とは国民による多数決で意思決定する仕組み

民主主義とは国民の多数決で意思決定する仕組みを指します。仮に議会制民主主義国の民主主義であれば、国会における多数決による議決が民主主義そのものということになります。

現在の日本の場合は、国会は最高裁が判断した「違憲状態」に置かれている議会の正統性が危うい点を捨象して考えた場合、自民党・公明党による多数決こそが民主主義だということになります。(ちなみに、自分は違憲状態における全ての国会の議決は正統性が危ういと思っています。)

いずれにせよ、多数決によって少数派の意見は押しつぶされること、が民主主義の機能の本質ということになるでしょう。そのため、民主主義=誰にとっても無条件に良いもの、という発想は間違っています。

デモなどの少数意見の尊重は「自由主義」の考え方によるもの

では、国会において少数派の政党の存在価値はないのでしょうか。民主主義という観点に立てば存在価値はほとんどない、と言っても良いでしょう。野党に予算案や法案を決める権限はありません。

しかし、野党も議会において自らが信じることを発言することは可能です。自らの主張を伝えることで与党の政策の変更や世論に影響を与えることができるかもしれません。

このような少数派が意見を述べる権利は「自由主義」によって守られていることです。自由主義は一人ひとりが自分の考えを持ち、それを実現するための行動することを基本としています。

SEALsなどのデモ行為も民主主義ではなく「自由主義」による権利の行使ということになります。彼らは少数派であるため、「民主主義ってなんだ」と声を上げることは言論上の自殺行為であり、民主主義の多数決原理が貫徹されるだけなら全く無意味な主張ということになります。

民主主義と自由主義を超えた大衆の歓呼による意思決定

このように民主主義と自由主義は極めて対立的な概念であり、その運用に関しては常に緊張関係があることが分かります。更に述べると、現在のように違憲状態の国会が続いた場合、議会制民主主義自体への疑義が増してくることも否定しません。

ところで、前述のSEALDsが述べいた「民主主義ってなんだ」は、議会制民主主義の代表者は「国民の声=デモなどでの歓呼」を代表していない、という意味で解釈することも可能です。

歴史上SEALDsと同様の主張を展開した政治勢力が存在しました。それは戦前のナチス・ドイツです。彼らは多数決や議会政治によって導き出される妥協を否定し、疎外された大衆による歓呼と拍手(デモも似たようなもの)で決めるべき、という主張を展開し、ドイツの議会政治機能を事実上停止させました。

民主主義の定義自体を変更することで、多数決による民主主義と少数意見の尊重である自由主義を乗り越えようとする思想です。まあ、このような思想の行きつく先の結果は官僚制の肥大化による全体主義につながるだけですが。

多様な価値観が共存する社会では自由主義の大切さを見直すべき

現代社会は多様な価値観が存在しており、そもそも多数決や大衆の歓呼で全体の意思決定を決める、ということ自体がナンセンスになりつつある状況です。

お互いの価値観の違いを尊重できるようになるためには、民主主義で決める範囲を小さくしていき、自由主義に基づいて自己決定できる範囲を拡げていくことが望まれます。多くの人たちが民主主義と自由主義の区別をつけて、自分が何を主張しているのかを理解できるようになれば幸いです。

現代議会主義の精神史的地位 (新装版)
カール・シュミット
みすず書房
2013-05-17




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2015年11月18日

大人の教科書(2)「市場原理と拝金主義の違い」が分かりますか?

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巷のインテリ学者たちによって市場原理は拝金主義だと批判されています。しかし、このような論理の飛躍は実際に自分でビジネスをやったことが無い人々による勘違いから生まれるものです。そして、自らの手によるビジネス経験があれば市場原理と拝金主義の違いは実感を持って感じられます。

お金が継続的に儲かる=市場原理のプロセスとはどのようなものか

お金が継続的に儲かる状況になるために最も重要な要素は「信用」です。あの人に仕事を任せても大丈夫いう信用の積み重ねが継続的な売上・収入に繋がる源になります。

そして、ある人物や企業に対する「信用」はその人や企業の「慣習」や「風土」から生まれます。つまり、確かなサービスを適切な価格でタイムリーに提供することを常態化する必要があります。

市場原理とは、このお金が継続的に儲かるプロセス(①慣習・風土⇒②信用⇒③売上・収入)を意味しています。これは商いに従事したことがある人なら当たり前に理解できるプロセスです。このプロセスが回転していくことによって商売繁盛・社会繁栄がもたらされます。

市場原理と拝金主義の違いとは何か

市場原理と拝金主義の違いは上記のプロセスが回転するか否かの違いです。

拝金主義は、①慣習・風土⇒②信用⇒③売上・収入のうち、③売上・収入のみを重視する考え方や手法を採用することを指します。当然に、①慣習・風土と②信用を欠いたビジネスは継続性がなく一過性のビジネスということになります。

つまり、市場原理が継続的に発展するプロセスであるのに対し、拝金主義は市場原理のプロセスを断ち切る対極的なものであることが理解できます。

ちなみに、誰しもが弱い心を持っていますので、事業主であればこのような拝金主義のプロセスに陥った場合の苦い失敗の経験を持っているものです。そのため、市場原理と拝金主義が異なるモノであることは経験上理解しています。

市場原理とは極めて社会的な信用を重視したプロセスであり、社会的な信用を失った人や企業は市場原理の中では存続できません。

政府の政策は拝金主義にならざるを得ない

政府が実施する政策は、上記の市場原理のプロセスである、①慣習・風土⇒②信用⇒③売上・収入のうち、①慣習・風土と②信用に関係なく、政府が設定した特定の条件を持った人々に③売上・収入を与えるものです。

お金を支払う人と受け取る人の間に、信用を創造する機会は存在せず、政府という組織を仲介して所得移転・資源配分などの分配行為が実行されることになります。

政府の予算配分は政府に対する利益団体の交渉によって決定されるため、税金を支払った人が望むような使い方がされるかは保証されず、受け取る側も税金を支払った人の意向を軽視して補助金や助成金を受け取るために奔走します。

まさに、政府による分配行為による拝金主義であり、社会における信用を媒介とした市場原理とは対極にあるものということになります。

市場原理批判は市場原理を経験したことがない拝金主義者の見解

上記のように市場原理と拝金主義は全く異なるものであり、市場原理批判をしながら政府による拝金主義的な政策を推進する有識者っぽい方々が多すぎることに辟易します。

大学の先生や労働組合などの、まともに「市場」で働いたことが無く、なおかつ客観的に仕事が継続的に成り立つための条件すら想定できない拝金主義者が市場原理批判を行っているだけではないかと。

事業で成功して金持ちになるということは、市場原理に従って「自分や組織を律し、社会的信用を積み重ねて」ようやく到達できる境地なのです。そして、その過程で多くの人に社会的な利益がもたらされているのです。

市場とは何か、そこで何が行われているのか、ということについて学び、市場原理と拝金主義がどのように違うのかについて再度学んでほしいと思います。

アダム・スミス
岩波書店
1995-07




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yuyawatase at 12:00|PermalinkComments(0)

2015年11月14日

民主主義ってなんだ、投票することだ!


無題


様々な方が語る「民主主義ってなんだ」に触発されて、自分も有権者の立場から民主主義について語ってみたいと思います

議員から見た民主主義は、音喜多駿氏

行政官から見た民主主義は、水谷翔太氏

運動家から見た民主主義は、シールズの皆さん
  
民主主義とは「投票すること」である

記事タイトルは当たり前過ぎる事実だと思うかもしれません。ですが、私はその当たり前のことが軽視されている現状に危機感を覚えているのです。

上記の記事の皆さんは、再分配先を決定したり、予算を調整したり、直接行動としてデモをやってみたり、と「意思決定そのもの」の世界の住人です。いずれも「一人の有権者」という立場から程遠い議論で、大半の「一票投じるのみ」の有権者にとっては直接関係がありません。

大半の有権者は「選挙で一票投じること」が民主主義への参加方法です。他の方法はいずれも個人で行うにはコストがかさみ過ぎて通常の生活を送ることを前提にすれば実行困難です。

まあ、社会のどういう階層の、どういう家の子でも、ある一定の立場を得るために必要な記憶力と根気さえあれば、議員にも、区長にも、デモ活動家にも成り得るという坂の上の雲ライフはありません。くれぐれも関係者には普通に暮らす有権者の感覚を取り戻してほしいと思います。

そこで、大半の有権者に重要なことは「投票」の意味を学びなおすことです。自らの「投票」という行動がどのような機能を果たしているのかを理解することで、民主主義に手軽かつ意味がある形で参加できるのです。

「有権者が投票で選んだ議員」の過半数で物事を決める

民主主義は議会全体の議席の過半数を取るゲームです。ゲームに勝った議席の過半数を取った人々が自分たちの意見を他の人々に押し付けることができます。(ちなみに、民主主義の多数決に対して、「少数意見を尊重する考え方」は『自由主義』なので民主主義とは完全に別物です。)

民間企業では発行株式の過半数を掌握することによって経営権を手に入れることができます。また、少数派も一定割合を確保することによって、少数株主としての一定の権利を行使することができます。

民主主義も全く同じであり、選挙というルールに従って投票した結果、議会の議席は各議員に割当られることになります。この際、過半数の議席を制した政党が政府の経営権を握ります。過半数に届かなかった政党は議席数に応じて議会のルールに従った権限を行使できます。

株主総会のソーシャル版(投票バージョン)が民主主義ということになります。政党に所属する議員は各有権者から集めた投票によって代理人としての地位を確保し、自らの支持者との約束に従って議決権を行使することになります。

有権者は上記の代理人を選ぶために投票を行います。ちなみに、政党は機関投資家の地位にあり、無所属議員は個人運営の少数ファンドとして議会に参加しています。どちらも有権者から「株式」の代わりに「票」という「委任状」を預かって議席についています。

各政党に与えられた議席の配分に従って、自分以外の投資家(有権者)に自分たちの理想とする価値観を体現した政策を押し付ける場が議会における多数決の瞬間です。予算も法律も全て多数決で決定しています。

ちなみに、投票を放棄することは、他人の意見を全部自分に押し付けられて構わない、という意思表示に他ならず、株主が自分の株券を捨てるようなものです。棄権者に手加減してくれるような軟弱な参加者は株主総会にも議会にも存在しません。

民主主義に参加するための様々な一票の入れ方について

政党・議員は有権者に対して政策などを示して政府の運営プランを発表します。彼らは機関投資家である保険会社の営業マンのように自分の政党のプランが貴方にとって良いものであると提案してくれます。

この際、有権者が徒党を組んでいる場合(たとえば、業界団体や労働組合など)、政党・議員は団体様向けの特別なプランを提示してくれることがあります。投票に際して、あなたが所属している組織・団体が推薦する候補者に投票することは、所属法人が保険会社と交渉して用意したプランに乗って資金運用するようなイメージです。政党は組織・団体に所属している有権者向けに様々な政策メニューを用意してくれるでしょう。

また、あなたが町内会で良く顔を見る地元代表の議員に投票することは、地域にベタで張り付いている営業マンの人柄を見て購入を決めるようなものなので、それはそれで一つの選択と言えます。

ちなみに、あなたが完全に浮動票の部類に属する場合は、政党・議員にとってあまり美味しいお客様ではありません。そのため、街頭演説などでのバラマキ宣伝で対応されることになります。(つまり、マス広告で引っかかる個人契約者的な扱いになります)もちろん通常の場合は有利な条件の商品の提示はありません。

個人でも議員に舐められない投票の仕方を伝授する

徒党を組まない有権者(浮動票)は、真面目に投票して民主主義に参加しても舐められるだけなのでしょうか?

答えはYesです。政党も議員も徒党を組まない有権者について非常に軽く見ています。大企業が個人株主を相手にしていない状況とほぼ一緒と言えるでしょう。投票率が上がれば浮動票全体としての価値は上がりますが、あなた個人の有権者としての価値は上がりません。

しかし、そんな浮動票な投票者であっても議員に一目置かせる方法はあります。それは、投票場で投票するときに候補者の名前を記入した後の用紙を写メで取って、駅前で演説している議員に見せつけることです。そして、「私はあなたに〇〇の理由で投票しました。今後しっかり見ていますので宜しく」と伝えて下さい。

議員はぐうの音も出ませんし、あなたの意向もばっちり相手に伝わります。そういう人がドンドン増えていくことで、政党や議員の議会での投票行動に影響を与えていくことが重要です。水戸黄門の印籠のように携帯の中に保存した写メを議員に見せつけてください。

民主主義を大いにエンジョイするために、あなたの一票の価値の最大化に是非とも取り組んでほしいと思います。みなさまの「投票」が良きものとなりますよう心よりお祈り申し上げます。

現代議会主義の精神史的地位 (新装版)
カール・シュミット
みすず書房
2013-05-17


当確師
真山 仁
中央公論新社
2015-12-18




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