新聞

2016年04月14日

東大入学式、学長は何を語るべきだったのか

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東京大学の入学式で学長が「新聞」を話題にすること自体がピントがずれている

東京大学入学式で学長が「新聞を読め」と言ったと報道してみたり、ネットから「新聞の内容を疑えの間違いだろ」という突っ込みが入ったりしているが、そもそも大学の入学式で「新聞」を話題に取り上げることのレベルの低さに呆れざるを得ません。

学長の式辞の趣旨が「世の中に出ている情報を疑う気持ちをもって自ら事実を確認して考えよ」という意味だったとしても、筆者が思う感想としては「だったら、大学なんかに入学するなよ」と思うわけです。

学長は「知のプロフェッショナル」になるため、「自ら原理に立ち戻って考える力」、「忍耐強く考え続ける力」、「自ら新しい発想を生み出す力」の3つの力が必要と述べられています。

しかし、学生が大学でそれら3つの力を身に付けるために示された方法論が浅薄に感じられたのは気のせいでしょうか。グローバル化への対応、多様性の受容、学際教育の有益さなど、いずれも重要なテーマであるものの、それらは大学で教えるよりも社会に出たほうが大切さが理解できると思います。

それに、新聞というかネット上のニュースくらいは、トイレの中か移動時間中に読んどけよ、と思うわけで、大学に行ってわざわざ新聞を読んでいるくらいならさっさと就職したら良いのです。

大学はリベラルアーツ(教養)を身に付けて新聞を読む前提となる知性を得る場所だ

学生にとって大学で読むべきものは「古典的名著」であり、それらを精読することでリベラルアーツを身に付けることが重要です。哲学や思想的素養を身に付けることを通じて、社会事象を正しく分類するための能力を得ることができます。

大学は専門的な技術知識、グローバルな感性、生涯の友人を得るだけでなく、異なる事象を貫く要素を分析・解析するための視座を身に付ける場所です。これらは学長が述べている「自己を相対化する視野」を身に付けることそのものですが、視座を得るための基本的な作法はある程度はメソッドとして確立しており、それらは訓練をしっかりと受けた大学教育者であれば教授することが可能だと思われます。

大学生に基礎的な教養がない状態でグローバル化やニュースを消費することを求めたところで、自分が何をして何を読んでいるか、ということすら実際には分からないはずです。

ニュースの字面をなぞってみたり、それに対する多様な意見を参照してみたり、ということは、縄文人が目の前の事象について色々な意味解釈を加えている行為と何も変わらず、人類が近代以降に発達させてきた知の体系を習うこととは全く別の事柄です。

大学とは人間の知の体系を教える場所であり、その意義について述べることが「学長に求められる本来の入学式の式辞」だと思います。学長の式辞は「知のプロフェッショナルを目指せ」という内容ですが、少々物足りなさを覚えたことも事実です。

変化が激しい時代であるからこそ教養教育の重要性が増している

目の前で様々な事象が起きるスピードが増して情報が氾濫する時代にあるからこそ、知の体系を学ぶ教養教育を受けたかどうか、ということが決定的な差を生み出すことになります。

瞬時に正しい判断を下して新しいコンセプトを生み出す力は、優れた教養教育によって決定的に基礎づけられています。そのため、今後は従来以上に大学で体系的に学習できるはずの教養教育の必要が増していきます。

多くの国内大学が職業専門学校化・就活予備校化していく中で、東京大学には最高学府としての矜持を保ってほしいと願っています。そして、日本の大学教育を高い教養を身に付ける場所として再定義していくべきです。





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yuyawatase at 17:10|PermalinkComments(0)

2015年12月21日

読売新聞の仰天社説・新聞は水や電気よりも必需品なのか?

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2015年12月20日付・読売新聞社説は歴史に残るものになるだろう


読売新聞の社説に新聞への軽減税率適用に反対する民主党をバッシングする「仰天社説」が掲載されたことをご存じでしょうか。まさに、同社説には現代のマリーアントワネットとも言える発言であり、羞恥心と知性の崩壊そのものとも言える内容が記されています。


<読売新聞の仰天社説>
 軽減税率 3党合意にも違反していない

社説中で具体的に注目するべきポイントは、

「見過ごせないのは、枝野氏が新聞への軽減税率適用に関して、『新聞よりも水道や電気が必需品だ』と発言していることだ。
民主主義や活字文化を支える重要な公共財である新聞や出版物に対する理解を欠いていると言わざるを得ない。」

と記していることです。 この内容を新聞社の「社説」、つまり方針として打ち出したことに驚かない人がいるでしょうか?驕慢に満ちた文章は新聞の終わりを象徴する文章として後世に刻まれることになるでしょう。(軽減税率の適用にならない出版物も含めている末期的な姑息さが醸し出す感じも良い感じです。)

読売新聞は 「新聞は水道や電気よりも必要だ」と本気で思っているのだろうか?

そもそも現代社会では上記の社説がインターネット上で読めるように「紙」の新聞は不要です。つまり、「電気」があれば「宅配される紙」は不要であることを読売新聞自らが証明しています。従って、「電気」のほうが新聞よりも重要であることが立証されました。水道については言うまでも無いでしょう。

むしろ、新聞に軽減税率を適用することは「紙」という遅れた媒体形式のビジネスモデルを無用に存続させることになり、社会の知性の発達に大いにマイナスであることは疑う余地もありません。情報の伝達媒体という意味ではスマートフォンのほうが余程意味がある媒体であり、紙媒体の新聞はグーテンベルクの活版印刷機に駆逐された旧世代のテクノロジーのようなものです。

「民主主義や活字文化を支える重要な公共財」の発展史への理解を欠いた知性の欠落を、全社の方針として全世界にまき散らしている自覚がないところも凄いと思います。むしろ、自分たちが高齢者のデジタル化を無用に遅らせている元凶だと知るべきです。

誰がどう見てもおかしな発言を止めることができないメディア体質の露呈

このような妄言が社説として垂れ流されても辞職するような記者はほとんどいないことでしょう。仮にジャーナリストとして自覚があるなら退職するべき職場と言えます。

また、読売新聞の購読料は4037円ですが、この社説の内容に金を払う価値があると思うものでしょうか?読売新聞を読んでいるだけで恥ずかしい時代が到来したと言えるでしょう。

国民にとっては政府の税制・規制によって保護された大新聞は読むに値しないもの、という認識を持つ良い機会になったものと思います。





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yuyawatase at 07:00|PermalinkComments(0)

2015年12月15日

「新聞」への軽減税率適用、いつも通りの代替財源を考えてみた

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「新聞」への軽減税率適用、いつも通りの代替財源を考えてみた 

日本では減税を実施することが決まると、税制中立(プラマイゼロにする)の観点から、代替財源を探して増税するという不可思議な議論が出てきます。

直近の法人税減税の話も何故か赤字法人にまで外形標準課税を適用してプラマイゼロにするという、尋常ではない手法で実現することになりました。そして、食品類への軽減税率の話ではたばこ税を増税するとかしないとかという話が浮上してきています。

麻生太郎財務相も記者会見で、消費税の軽減税率制度の財源が1兆円に上ることについて「安定的な恒久財源確保が必須だ」と述べています。

しかし、「新聞」への軽減税率への適用、について代替財源の話が一切出てこないので、本ブログでは新聞社への天下りという大人の事情を抱えた財務省に代わって、新聞への代替財源を考えてみることにしました。

「新聞社」への外形標準課税の導入を実施して税制中立を保つという方法

上記の法人税減税に伴う外形標準課税の導入根拠は、「中小企業の生ぬるい経営を是正し、赤字企業などを一掃して市場から退出させ、産業の新陳代謝を進める」という発想があるらしいので、是非同じ理屈を新聞各社に適用してほしいと思います。

新聞は軽減税率とした上で、軽減された税金と同じ金額の税金を新聞社の資本額や人件費割合に応じて外形標準課税を導入して、生ぬるい経営をしているメディアを一掃し、言論の新陳代謝を進めてほしいものです。

新聞社に多少は外形標準課税したところで売り上げ規模からみて問題ありません。新聞社各社の年間総売上は2兆円程度なので、売上の2%程度・400億円程度を課税してみたらどうでしょうか。新たな課税によって厳しい経営努力が行われることで、若い人にも読まれるような価値ある媒体になるか、または新聞社という遅れたビジネスモデルが転換する可能性があります。

新聞の軽減税率の受益者は高齢者、来年の高齢者バラマキは新聞クーポンで十分だ

むしろ、再販価格の維持などの規制で保護された業界であることを考慮すれば、軽減税率が適用される前から外形標準課税を導入して不当に高額な人件費の支払いを抑制するべきだったのではないかとさえ思います。

今後、軽減税率問題で若者から愛想をつかされて、新聞購読者は高齢層にますます偏っていくでしょうから、新聞社への外形標準課税を10%・2000億円に増額して来年度実施予定の低所得高齢者向けの1人3万円3400億円のうち半分くらいを「新聞購入のためのクーポン」にしたらどうでしょうか。有権者の中心である高齢者の皆さんの「知る権利」を守るためですから、新聞各社には大いに負担してほしいと思います。(多分、高齢者による暴動が発生しそうですが・・・)

新聞への軽減税率の代替財源の一案として「新聞社への外形標準課税の導入」という形で、新聞購読者の負担は増やさずに質の高い言論をお届けすることを目指すという方法があります。是非、新聞社の皆さんには自発的に提言してほしいものです。





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yuyawatase at 18:00|PermalinkComments(0)

ネット新聞は「宅配率0%」だから軽減税率の対象にならない?

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何故、「新聞」に「軽減税率」が必要なのか?

「新聞」に軽減税率が適用されることが決定したそうで、官邸・財務省と癒着や天下りでズブズブの関係って凄いものだなと感心します。さて、そうは言うものの、一応は公式の日本新聞協会が「軽減税率を求める理由」もHPに表示されていますので、それを備忘録として貼っておきたいと思います。

<日本新聞協会HPから抜粋>詳細はこちらから

Q:なぜ新聞に軽減税率が必要なのか?
A:ニュースや知識を得るための負担を減らすためだ。新聞界は購読料金に対して軽減税率を求めている。読者の負担を軽くすることは、活字文化の維持、普及にとって不可欠だと考えている。

有料電子新聞の「軽減税率」はどうなるのか?

さて、リアルな紙の新聞は軽減税率になるものとして有料電子新聞はどうなるのでしょうか?日本新聞協会は下記のように回答しています。

Q:有料の電子新聞も軽減税率の対象となるのか?
A:対象となるよう求めている。新聞社が提供する電子新聞の信頼性は紙の新聞と同じ。紙でもネットでも、新聞社が長年培ってきた取材、編集の手法により、多くの人手をかけて記事を作成している。

そもそも有料電子新聞なるものの定義がさっぱり分かりませんが、これが良ければメルマガとか有料ニュースサイトも全部有料電子新聞みたいなものじゃないの?と思うわけですが、当然そんなことはありません。

「宅配率」という大手新聞のみが「軽減税率」を受けるための方法

現在、自民党・公明党では「新聞」の軽減税率の範囲をどこまでにするか、という議論が進んでいます。

そこで、軽減税率の適用基準として「宅配率」を用いる案が浮上しています。

その新聞が郵便ポストに入っているかどうかを軽減税率の指標にするというものです。あなたのスマホやPCに届いている情報は「宅配」ではないために当然に軽減税率の対象になりません。

つまり、上記の新聞協会が求めている電子有料新聞とは「大手新聞社のネット課金」は軽減税率の対象にするけれども、自宅の郵便ポストへの宅配率が0%のネット新聞は対象にならないよ、ということ。

時代錯誤も甚だしいトンデモ基準だと思うことは、社会常識の持ち主なら当然だと思います。

新聞の宅配率ではなく「天下り率」が足りないだけ、「天下り受け入れ」を公式声明として発表してみよう

さて、今回の新聞への軽減税率は「知る権利」を守るために適用されるようですが、新聞への軽減税率の適用を報道しない「知る権利」ってどんな権利なのだろうと改めて思い知らされるわけです。

某大手新聞社に税務調査が何度か入った後に財務省からの天下りが増えていきましたが、本当は宅配率の問題ではなく、ネットメディアへの天下り率が足りないだけじゃないの?と思うわけです。

そこで、ネットメディアは堂々と「天下りを受け入れます」という声明を発表してみたら面白いのではないかと。天下りを受け入れるので軽減税率の適用範囲に入れてくれと言ってみましょう。

もちろん、報道メディアとしては自殺行為であるし、官僚側も受け入れることはないので成功することはないでしょうが、深刻な腐敗行為が日本で行われようとしていることに警鐘を鳴らす意味では重要だと思います。





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yuyawatase at 12:49|PermalinkComments(0)