奨学金

2015年12月06日

超高齢化社会を生きる②「夜学」は古くて新しい知のかたち

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「夜学」という超高齢化社会における新しい学びのスタンダード
 
第二次世界大戦後、働きながら学びたいという勤労学生のために多くの大学が夜間大学を設置しました。かつての夜間大学は学生たちの学び意欲も高く社会の中で一定の役割を果たしましたが、現代では勤労学生が減少したとされていることから夜間大学設置数は縮小傾向にあります。

私は今こそ「夜間大学」は再評価べき仕組みであり、日本の超高齢化・超少子化社会にとって必要な存在となっていくと確信しています。

明治初期の大学も存在していない頃は、地方では先進的な学びの場として夜会と呼ばれる会合において、昼間の仕事を終えた人々が最新の社会動向や知識を身に付けるために熱心な取り組みが行われた伝統も日本にはあります。

このような生涯学習の伝統を生かして学びを深める文化を根付かせていくために、昼間は仕事、夜間は学習、という働きながら学べる体制(学部・大学院)の充実を行っていくことが重要です。

壮年・高齢世代の学びなおしの場として夜間大学を積極的に活用する

四年生大学に入学して卒業することは極めて重い作業になるため、既に働いている人が生涯学習の一環として大学に新たに通うことは極めて難しいものです。

しかし、比較的年代が上の層の人々はまだ大学進学率が高くなかった頃の人々であり、日常生活への負荷を下げながら比較的安価に学び直すことができる夜学のシステムが再普及すれば一定のニーズはあるものと思います。

壮年・高齢世代の人々が新たに体系的な知識を身に付ける仕組みがあることは、超高齢化社会に突入する日本にとっては重要です。カエラが夜学への偏見を捨て去って「新しい学びの場」として夜学を認めれば、日本の知的生産性の向上に大いに貢献することになるでしょう。

また、壮年・高齢世代の人々が「夜学」に資金を払う流れを作ることができた場合、夜学全体としての教育コストが押し下がるため、少子化が止まらない若者世代の大学進学のためのコストを引き下げることも可能です。

大学の「夜学化」推進は若者にとってもメリットが大きい改革となる

現代は大学全入時代と呼ばれており、どのようなレベルの学生でも通常の4年生大学に入学することができます。しかし、このような現状は奨学金を返済することができない「能力がない学生」を大量に生み出す結果につながっています。

勤労学生数が減少して夜学が閉鎖していく傾向にあるにも関わらず、そもそも奨学金を使って朝・昼開講の4年生大学で無能な学生を作っている状況は社会的に大きな矛盾と言えます。

超高齢化社会においては、昼間の4年制大学は整理・統合を進めていくとともに、大学の夜学化を進めていくことで社会人中心の大学づくりを行っていくことが望まれます。

若年世代の学生も社会人学生と同じように働きながら夜学に通う形とし、手に職をつけながら学問を修める形にシフトすべきです。

少子化にも関わらず、大学側が若年世代のみをマーケットにした学費市場を狙った場合、著しい学費の値上げが生じて当然です。学費高騰問題は夜学中心・社会人中心の大学編成に見直していくことで見直していくことが可能です。

社会人中心の夜学では民間市場からの外圧によってビジネススキルを身に付ける講座が増加するでしょうから、学生にとっても大学に通うことは所得獲得上のプラスに繋がることになるでしょう。

超高齢化社会にふさわしい教育制度改革の実践が必要である

教育問題の話になると、OECD諸国内での日本の教育予算の少なさが指摘されることが多く、識者とされる人々から教育予算の増額が提言されることが多い状況があります。。しかし、教育予算が少ないことは識者でなくとも多少詳しい人なら知っていることであり、それでもどうしようもないから「現状の予算のまま」になっているわけです。

むしろ、超高齢化社会に突入している日本において、現状の仕組みのまま教育予算の増額を唱えることは、更なるタックスイーターの競争を生み出すだけで亡国への道を開くものです

今必要なことは、教育サービスの提供主体・方法を見直していくことで、壮年世代・高齢世代・若年世代に同時にメリットになるような改革の形を打ち出すことです。

政府予算の増額要求はビジョンではなく怠惰の延長でしかなく、制度改革を通じて教育投資が自然と行われていく環境を整備することが正しい政治の在り方なのです。

マッキンゼー式 世界最強の仕事術 (ソフトバンク文庫)
イーサン・M・ラジエル
ソフトバンククリエイティブ
2006-09-22




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yuyawatase at 09:00|PermalinkComments(0)

2015年12月05日

子どもの貧困・奨学金問題を本当に解決するための方法論

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子どもの貧困と親の貧困を混同したキャンペーンには賛同できない

国への予算要望の関係から、子どもの貧困問題が世間的にクローズアップされていますが、それらは実際には「子どもが貧困なのではなく親が貧困」に過ぎないと思います。

病気などでやむを得ない場合は仕方がないのですが、低所得の状況は親本人の生き方に責任があることであり、それらを新自由主義批判などに転嫁する無責任体質すらも低所得の原因の一つを構成しています。

実際、貧困家庭への支援は、政府を通じて児童手当などを交付することになるので、納税者は手当などの交付先の親の顔を見ることはできません。

そのため、特定の貧困家庭をターゲットにした助成は自分で資金を賄って子育てしている家庭や子どもを持たない家庭からは納得が得にくいものです。

そして、本来解決すべきことは、子どもを育てる貧困家庭の親の生活環境を改善することではなく、子どもの学ぶ権利を守ることだということを忘れるべきではありません。

貧困の段階に合わせた責任と義務が伴うアプローチの重視

子どもの貧困の問題は子どもの成育段階によって異なる解決手段を講じるべきです。そして、そのためには「子どもの貧困が存在する家庭には、子どもを貧困層から抜け出すように育てる力が存在しない」ということを認めるべきです。

親から子への貧困の連鎖は親の所得額の問題だけでなく、自己規律などの社会生活を送るための生活慣習が親から子に引き継がれないことによって発生します。これらの負の生活慣習の遺伝を根本から断ち切る必要があります。

そのため、子どもができた家庭で一定所得以下の家庭については、里親に出すことを義務けづけるか、子どもを預け入れの保育施設または全寮制の学校に入れるようにすべきです。

それらに関する費用の一部は、親への強制的な徴収(不足分は貸し付け)を行うことで一定以上の資金運営を賄うべきです。そうすることで、子どもを負の慣習の連鎖から切り離して規律教育を与えるとともに、親には子どもを作った義務を金銭的に背負わせることが重要です。(ちなみに、現行の公立施設の異常な経費(1人1億円・18歳まで)は徹底的な見直し対象とすべきです。)

現状のように児童手当の増額を行うことは、子どもへの悪影響及び親の責任放棄を助長するだけであり、その両方を解決するためには、親への強制徴収型の子育て・教育制度の創設が望ましいです。

一部でも他人の税金を使うのであれば、家庭生活に客観的な介入を受けることは当然であり、貧困が繰り返すだけで何ら問題解決に繋がらない貧困家庭自体での子育てを認めることはできません。

子どもは教育を受ける権利があり、親には教育を受けさせる義務があります。必要なことは、親子の権利・義務関係をそのまま実行することです。

大学教育は夜間大学重視の体制と10~30代まで所得税0%にシフトするべき

大学の奨学金の返済について文句を言っている人が増えてきています。そして、それらの主張は一理あります。

つまり、大学は学問を行う場所であって職業訓練校ではないので、大学教育を受けたところで十分な稼ぎがある職に就けるわけではないことが確認されたのです。奨学金に文句を言っている人は根本的に「大学」の機能を誤解していると思います。そもそも昼間から学生と同じように大学にいる先生の授業で稼げる力は身に付きません、常識的に分かれよと。

しかし、現代社会では大半の人が上記の事実を勘違いして大学に進学するため、大学での教育費用をペイするだけの稼ぎを得られないために大学教育の無償化を主張しています。しかし、このような政策を実行しても、結局は「稼げない学生」をわざわざ税金を使用して育てることになるだけです。

そのため、大学教育のメインを夜間大学にシフトさせていくべきです。その上で、10~30代までの所得税0%化を実行します。年収400万円の場合、月額8000円程度の減税額となるために奨学金を借りた分の返済費用はこちらから充当すれば良いです。

何の職業スキルも身に付けずに、4年生大学をダラダラと適当なバイトをやりながら卒業するという体制にこそ問題があり、そのシステムを根本的に止めていくことが重要です。最近は夜学が減った状況ですが、むしろ、現代社会においては、夜学を増強することで朝・昼大学を減少させて「学生みたいな何か」の比率を下げるべきです。

また、上記の体制に移行していくことで労働力を確保したい企業が自主的に奨学金制度を整えていくことになるため、企業・産業から見て実質的に意味がある教育を大学で行うように大学への要請が強まることが予想されます。

権利と義務の関係を明確にしていくことが真の改革につながる

子育て・教育プロセスにおける貧困問題は、

初期段階では、親の権利と義務(社会が子どもを育てること、親が教育費を払うこと)の一致、
高等教育段階では、教育を受ける本人の権利と義務(教育を受けること、教育費を払うこと)の一致、

を徹底することが重要です。

これらの一部を無責任に納税者に「飛ばす」ことは、必ずモラルハザードが生まれることになり、また社会に対しての説明ができない成果が量産されることになるでしょう。

教育の本質は、自己規律を備える人材を育てること、教育投資は自分のためになることを学ぶこと、にあり、それ以外のことは付帯的なことに過ぎないのです。

現在のタックスイーターらによる子育て・教育への政府支出増加キャンペーンは完全に上記の考え方に逆行したものであり、それらを実行していけば将来的に頽廃した子ども・学生の姿を目にすることになるでしょう。

選択の自由[新装版]―自立社会への挑戦
ミルトン・フリードマン
日本経済新聞出版社
2012-06-26




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yuyawatase at 12:00|PermalinkComments(0)

2015年11月27日

「奨学金」を返済できる学生を作るための方法

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奨学金を返す・返さない、大学を無償化する・しない、などの議論が喧しい世の中ですが、問題の根本は全く別のところにあると思います。

大学生に働く力が教育されていないということ

そもそも奨学金が返せない理由は「大学生に働く力が教育されていないこと」にあります。奨学金を受けて大学を卒業した学生が十分な給与を得る仕事につけていないというわけです。

現代社会はかつての高度経済成長期ではなく最低限の基礎的な教育が出来ていない学生を採用するほど企業に余裕はありません。そのため、企業は採用抑制や派遣労働者を活用し、職業能力が無い学生を正規採用することを選択しようとしません。

ただし、厳しい競争に向き合っている企業に正社員を無理に雇わせるように労働法制を見直すことは、企業の雇用への意欲を失わせるとともに、企業の競争力自体を衰退させることに繋がって経済全体を痛めることになります。従って、奨学金の貸し倒れ=納税者負担の発生という問題を解決するために、私たちは現実的な回答を探す必要があります。

大学教育の無償化は問題を解決するのか

一つの方法として「大学教育の無償化」という方法が提案されています。欧州の大学教育の在り方を範にとって大学教育自体を無償化することを通じて、奨学金の貸し倒れ自体を消滅させるというソリューションです。

しかし、「大学教育の無償化」を実施しても「就業能力が無い学生」が量産されている現状については何も変わりません。結果として、奨学金が後々返済されないのか、授業料を最初から税負担しているのか、という話になります。両者ともに納税者負担の増加という意味では何も変わりはありません。

むしろ、奨学金の返済という就業に向けたインセンティブが無くなることで、大学時代において就業能力を身に付ける方向性が学生個人からも一層失われます。目の前の学費という問題を全て税負担で片付ければ良いという思考停止はは更なる問題を引き起こします。

民間企業や篤志家による奨学金制度の拡充が必要である

現在の税負担によって実施される教育制度・奨学金制度は「企業ニーズ」を捉えておらず、働く力を身に付ける教育を行っていないということが問題です。

そのため、根本的に大学教育のあり方を見直す必要があります。具体的には企業による奨学金制度を積極的に奨励することです。大学を卒業した学生は企業にとって必要な労働力を提供する人材になるため、そのための教育費用は企業が一部負担することは合理的です。

最新の経済動向・産業動向についても象牙の塔の中の大学よりも最前線で戦う企業は熟知しています。そもそも時代遅れの既存大学の教育を受けて就業できるという発想が間違っています。

そのため、大学における人材育成自体を企業に任せることを通じて、就業能力が高い企業ニーズにマッチした人材を育てるべきです。企業側も丁寧な人材育成を通じて多額の採用コストを抑えるメリットがあります。

国民にとっては就業能力が高い人材を生み出す改革を実現し、更に追加の税負担を避ける二重の効果が発生します。

目的を見失った「政府による奨学金」は一旦廃止を

税金に依存して制度設計の積み増しを行うことは、制度によって恩恵を得るステークホルダーの存在を曖昧にしてしまいます。奨学金は何のために存在しているのか、ということについて今一度問い直すべきです。

現状の制度を追認して何でも税負担を拡大すれば良いという議論を見直し、その制度による受益者が費用を負担するべきという当たり前の感性を取り戻していくことが重要です。






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yuyawatase at 07:00|PermalinkComments(0)