国会議員

2015年12月28日

金子恵美議員の「晩産」は男性議員の育休よりも重要だ

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本当に重要なことは、宮崎謙介議員の「育休」よりも金子恵美議員の「晩産」である

宮崎謙介議員による育休宣言について色々と考えてきましたが、宮崎議員の無責任なパフォーマンスよりも奥様の金子恵美議員が妊娠されていることが少子化対策のシンボルとして重要だと思い直しました。

金子議員のコメントはメディア上には出てきませんが、本ブログが身重な金子議員の産休・育休に関して賛成していることは言うまでもありません。

そして、男性議員の育休よりも金子議員の37歳のいわゆる「晩産」の意義を取り上げるほうが日本の少子化問題という視点から極めて強いメッセージ効果があるものと思います。

直近の日本の出生率の改善は30代以上の出産増による寄与度が大きい

2006年から日本の合計特殊出生率は改善傾向にありましたが、その要因としては30代以上の出産が増えたこと、つまり日本の晩産化が進展したことによる寄与が大半を占めています。

2005年に1.26であった合計特殊出生率は2012年には1.4を上回るまでに回復していますが、30代女性の出産が増加したことが数字の変化の理由です。社会構造の変化を背景として、女性の価値観が変わったことで、20代での出産は減少しており、30代での出産が増加しているのです。

日本では昔から高齢出産はあたり前に行われてきた状況ですが、近年の20代出産の激減によって高齢出産の重要度が相対的に増しています。本件を通じて本来あるべき政策論議は、この女性の価値観の変化による晩産化への対応策に優先順位をつけて臨むことだと思います。

出生率を改善した先進国は「晩産化」と「移民」の増加が寄与している

ちなみに、先進国で日本よりも合計特殊出生率が改善している国は「晩産化」による出生率の改善が日本よりも大きく作用しています。30代以上での出産を安全・確実に実行できるようにしていくことが大事であり、価値観の変化による出産年齢の高年齢化への対応を進めていくことが望まれます。

その上で、出生率2以上を求める場合は、移民の増加による出生率の改善も見過ごすべきではありません。移民数及び移民本人・移民2世の出生数は年々増加しており、先進国における人口増加に大きな役割を果たしていることを真剣に考慮すべきです。

ちなみに、日本の子育て予算のGDP比で2倍を使っているドイツは日本よりも出生率よりも低く、他のOECD諸国についても予算の大量投下よりも晩産化や移民増加による出生率の改善の影響が大きいように感じます。子育て予算額の多寡よりも何が必要かという議論を行うべきでしょう。

安易な子育て支援よりも不妊治療などの産みたい年齢で生める医療の充実を

金子議員の妊娠はその晩産化のシンボリックな事例として取り上げられるべきであり、30代後半・40代前半でも安全な出産が可能となるように女性の晩産化に対応した医療サポートなどの充実が注目されるべきです。

近年の動向に鑑み、育児支援、待機児童対策、児童手当などの既に生まれた後のサポートよりも、経済的な余裕が多少ある30代・40代の出産向けの医療サポートに重点を移していくことが検討されるべきでしょう。

会計検査院の過去の検証結果で、待機児童対策や児童手当は政策効果が極めて限定的であることが検証されています。出産後のサポートに力を注ぐことは費用対効果の観点から疑問があります。同じ費用でも相当の改善を行うことが可能であるとともに、そもそもこれらの政策は生活補助や労働政策に属するものと捉えるべきでしょう。

それと比べて、未婚・未出産世帯を含む若い世代での所得を増やすことによって、20代での結婚や出産に踏み切る価値観を再形成することが望まれます。そのため、若年世代への所得税減税によって可処分所得を増やすことも重要です。やはり出産後のサポートよりも、子どもが生まれる前に手元にお金があることが結婚や子づくりを促すことにつながるものと推測します。

男性議員による育休は社会的な雰囲気づくりに寄与する可能性もゼロではありませんが、経済的に余裕がある家庭はベビーシッターを雇うことで育児段階の問題を解決してほしいものです。

結論として「若い世代にお金を残すこと」と「30代・40代での安全な出産」が大事ということ

結論としては、下記4点を確認したいと思います。

(1)男性国会議員の育児休暇よりも37歳の晩産を行っている女性国会議員のほうが社会的重要。したがって、30代・40代での出産を安全に行える医療サポートの在り方などが注目されるべき。

(2)国会議員夫婦が子どもを持てることは金銭的な問題が無いから。子育て支援よりも未婚・未出産の若者世代が子どもを作ろうと思える可処分所得を得られるように所得税減税などを行うべき。

(3)所得が十分にある家庭は育児休暇ではなく、ベビーシッターを雇うことなどを通じて社会的な雇用を積極的に作ることに貢献すべき。

(4)子どもの代わりに子育て予算の増額や規制強化を訴えるタックスイーターを安易に育てることはやめましょう。もちろん、高齢者に異常に偏った社会保障支出の削減は不可避です。



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2015年12月26日

国会議員が国会を休まずに男性の育児休暇を増やす方法

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プロセス(1)お上意識丸出しの精神論から脱却する

国会議員や公務員が率先して育児休暇を取得することで民間企業が育児休暇を取得しやすくなる、という妄想は一体どこから生まれたものでしょうか。実際、産休を取得された女性国会議員は9人目になるそうですが、それでマタハラが無くなったでしょうか?

現実を踏まえずにパフォーマンスを評価する思考から脱却することが大事です。上記のような「お上意識」丸出しの議論は一時的な盛り上がりは生むかもしれませんが、所詮はそれだけのことですから実質的に無意味です。国会議員が率先垂範すると国民がついてくるというのは何時代の話でしょうか?

ちなみに、育児休暇を取得すると豪語された国会議員は「先ず隗より始めよ」と言われたそうですが、この故事の元々の意味は「凡庸な部下に多くの褒章を与えたら、より優秀な人材が集まる」というものです。

つまり、故事通りに解釈すると、凡庸な自民党公認の国会議員に育児休暇を取らせれば、国会議員または自民党に人材が集まる、ということになります。おそらく故事の詳細を学ばず、後の世で意味が転じた後の事しか知らないのでしょう。国会欠席中にもう一度勉強されたほうが良いと思います。

プロセス(2)働く世代の手元におカネが残るようにする、企業が生産性を向上させる

国会議員が国会に出席して他の国会議員に働きかけて実現するべきことは幾らでもあります。育児休暇だけに限定するのであれば、育児休暇を強制的に取得させる法律を作れば良いのかもしれませんが、そのような経済活動の現実を無視した議論は止めましょう。

国会議員が行うべきことは、働く世代の手元におカネが残るようにすること、企業の生産性を向上させること、です。

まず、前者は所得税の減税を実施していくことで現役世代の手におカネが残るようにすることが望まれます。20代・30代の所得税を50%カットする政策を実行しても数千億円~約1.5兆円程度で費用負担で済むはずです。それで1人に付き毎月4000円手元に残るお金を増やすことができます。20~30代も約3300万人の人口数がいますので政治的にも不可能ではなく、高齢者にばらまくお金の一部でも回せば達成可能です。(これをやるなら将来的な人口動態を考慮すると数年以内に実行する必要があります)

また、規制緩和を進めていくことで生産性を上げると同時に産業動態を転換することも必須です。経済の生産性が向上した上で、経済全体が知識産業にシフトしていくことで、長期休暇を得るための環境が整うことになります。企業が価値ある人材を引き留めるために育児休暇制度を創設・活用せざるを得ない状況が生まれることになるからです。

上記の政策は一つの事例ですが、これらを実行していくために国会議員には国会で提案・根回しなどやるべきことは山積みです。「自分が育休取るから国民も取ってね」などという御伽の国で国民は暮らしていません。国民が暮らしている場所は、国会議員らがルールを作っている日本です。くだらないパフォーマンスを実行している暇があるなら、国会議員として規制の一本でも廃止してみろ、と言いたいですね。

プロセス(3)企業選択の基準に育児休暇の有無が問われるようにする

上記の状況を整えた結果、働く世代の手元におカネができること、そして産業側も特定個人の能力を必要とする状況を作ることができます。企業と個人の力関係が逆転するからこそ企業側も喜んで従業員が育児休暇を取得することを奨励する環境ができあがります。

要は、北風と太陽の寓話のようなもので、企業が自発的に育児休暇を設けて活用する環境を整えることが知恵であり、政府が無理やり制度として押し付けてみたり、国会議員が育児休暇を取って見せたりすることは知性の欠如そのものです。

ボスザルが実行したから同じ山に所属しているサルはそれを見習う、という思考は、あまりにも国民を馬鹿にしたものです。仮にあるとしたら、ベビーシッターという具体的な雇用の一つも生み出さず、無意味な休暇で税金や給料を貯め込む姿を真似するだけじゃないですか?

このような発想をする国会議員には自分が裸の王様であることを自覚させて、本来の自分の仕事を行うことを求めるべきだと思います。

企業が自ら育児休暇の有無を提示して働く側が企業を選べる、という力関係の転換を自然と行うようにできる政治が良い政治ということになります。

上記の前提として「経済が分かる実務志向の国会議員を当選させること」が必須

上記の政策を実行していくためには、経済が分かる実務志向の政治家が必要です。

何でも法律を整備して押し付けるような社会主義者やパフォーマンスだけの非実務的な議員は不要です。むしろ、日本の議員たちこの手の経済音痴な人達ばかりだから、微々たる経済成長しかしていないのだなと痛感します。

地元からの陳情、官僚からのレク、業界団体からの要望、毎日のようにタックスイーターばかりと接触しており、税金を負担している子育て・現役世代の声を無視しているから、まともな経済的思考ができなくなってしまうのです。

国民が生活する環境の福利厚生を充実させたいならば、国民の人的付加価値を向上させる政策を実行し、企業と個人の力関係を逆転させていくことが重要です。

納税者の側に立って国政で活躍できる人を応援し、タックスイーターの側に立つ政治家を倒す必要があります。今回の育休を求めた国会議員はどちら側の人でしょうか。その答えは自明のことだと思います。




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yuyawatase at 18:00|PermalinkComments(0)

国会議員は忙しい?国会議員の仕事って何だっけ?

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育児休暇が必要なほどに「国会議員は忙しい仕事なのか?」という疑問

国会議員の宮崎さんが「国会議員は「超絶忙しい」という主張をされており、だから「育児休暇で休ませてくれ」という論理を展開されています。

国会議員に時間的自由があるとの指摘について」(宮崎謙介議員)

もちろん、ほぼすべての国会議員が異常に過密なスケジュールで生活していることは存じています。宮崎さんのおっしゃる通りで気持ちは分かります。しかし、上記の記事内容のような弁明は「国会議員」としての仕事と「政治家個人」としての仕事の区別がついていない、という勘違いから生まれるものです。

そして、現役の国会議員が上記のような混同をされていることは、自民党全体の所属国会議員への教育機能が働いていないことを意味しています。議員は現実論だけでなく理屈で自分の活動を整理できる最低限の知識も必要です。

そこで、下記の以前の記事でも触れさせてもらいましたが、「国会議員」としての仕事の定義を明確にするべきです。その上で、本当に議会を休むほど忙しいのかを検証すべきです。

国会議員に育児休暇は必要か?(12月24日拙稿)

自民党所属の国会議員の東京滞在時のスケジュールを組み立てると下記の通り

まず、東京滞在時(火~木・週3日)の自民党国会議員の主なスケジュールは下記の通り。

①朝7~9時:部会・自民党の内部勉強会(参加できない場合は秘書の代理出席でメモを取ることも可)
②朝9時~夕方5時:本会議・委員会出席(その他、党会合、官僚のレク、業界団体会合出席、面談など)
③夕方5時以降:各種勉強会や飲み会などの梯子

これに対して、宮崎議員も

「国会議員の仕事を本会議や委員会のみと考えた場合には平均で週3日の9時~17時でしょう。これだけを仕事だと思ったら楽な仕事ですよね。」

ということで、仕事が②のみであれば楽で良い、と明言されています。そして、これが国会議員の正規の仕事のミニマムということになります。

部会への出席、陳情処理・根回し、夜の会合への出席は政治家個人の仕事

同記事中には

「まず、与党の仕事は上記のことの他に、朝の部会というものがあります。そこで政策や法律についての議論をします。そして、ここで了承を得られないとその法律は国会で審議されない仕組みになっています。この部会というものが平日はほぼ毎朝8時から行われています。その他にも様々な勉強会がありそこに出席するために予定を調整することも難しいくらいです。」

とされています。これは①の仕事であり、いわゆる政党の仕事(党務)に属するものであり、政治家個人の政党人としての仕事です。もちろん部会→政調会→総務会という自民党内部での法律に対する事前審査を行う重要なプロセスであり、自民党が有する与党・霞が関一体の政策立案システムを担うものです。

しかし、これはあくまで政党人としての仕事なので、むしろ必要ならば責任が持てる同僚議員に代わってもらえば良いだけです。自分の所属していない部会に秘書が代理出席してメモを取ったり、資料をもらったりすることもザラです。部会でキラリと光る発言を行うと勉強している議員として周囲から一目置かれますが、党内出世を考えなければ国会議員が無理して参加する必要はありません。ご自身の状況と政党の間で調整をつければ解決します。

また、

「夜は企業や団体やNPOや同僚議員、役所・・・etcの皆様と交流を深め、実際に世の中では何が問題になっているのか、その本音を探るために時間を費やします。」

とありますが、これは③に属する仕事なので、やはり政治家個人の政治活動です。情報収集を行うことは全ての業界で出世していくためには必要なことであり、別に政治家に限った話ではありません。しかし、これは国会議員としての正規の仕事ではないので自主的にお休みすれば良いだけです。

最後に、

「地元の陳情です。例えば、地域のある施設が老朽化していて困っているので国の補助金をもらえないだろうか。地元の観光を盛んにしたいので何か良い知恵はないだろうか。地域の子供たちに宇宙飛行士の話を聞かせてあげたいのだけどどうしたらいいだろうか。などなど、様々な問い合わせや要望が寄せられるのです。だから、私たちの携帯はなりっぱなしです。」

「週末は朝から晩まで地元の地域行事に顔を出します。小選挙区になってからの文化らしいのですがこれをしないと地元の有権者から、顔が見えないと指摘されることがあります。」

は完全に再選に向けた政治活動なので、むしろ、これらの個人の政治活動を国会議員の仕事として混同していることは甚だ問題です。

「国会議員」の仕事だけなら「週3日・定時帰宅が可能」、筋を通した主張を展開するべきでは? 

たしかに、党務もしなければ情報収集もしないということでは、「政治家としての資質」は疑われるかもしれません。しかし、公職としての国会議員としてのミニマム仕事は子育てしながらでも十分にこなすことはできます。

国会議員のミニマムの仕事だけなら「育児休暇」を取る必要が無いのに、それすら放棄して育児休暇を取ることはおかしいのではないでしょうか?

実際、国会議員として国会事務所に顔を出していると、「党務」、「会合・飲み会」、「地元活動」が付いて回るので、精神的・身体的に自由な状態でいることができないので全部をシャットダウンしたい、という気持ちは理解できます。しかし、それは国会議員としての最低限の仕事である議会への出席を欠席する理由にはならないはずです。

国会議員の仕事と政治家個人の仕事を明確に分けることは難しいかもしれませんが、国会議員としての正規の職務以外の仕事を停止するために、国会議員の正規の仕事もまとめて停止して良いということにはなりません。

私が本件にこだわっている理由は、国会議員が自ら議会制民主主義の権威を揺るがすことを平気でするようになることは問題だと思うからです。

私たちは育児休暇の議論を行う以前に、「国会議員の仕事は何だっけ?」という問い、つまり議会制民主主義の根幹を大事にする必要があります。育児休暇に一石投じたいということも理解できますが、だからといって国会に砂をかけるような真似をすることは間違いです。

今回の一件から見えてくることは、賛否を論じる議員たちが、風潮に流される議員なのか、筋を通す議員なのか、ということです。私は筋を通す人に国会議員になってほしいと思います。

国会学入門
大山 礼子
三省堂
2003-03




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2015年12月25日

切捨御免!男性国会議員の育児休暇は「学級崩壊」だ!

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宮崎けんすけ議員の国会育休は「議会制民主主義」への無理解から生じたものに過ぎない

前回の記事「国会議員に育児休暇は本当に必要なのか?」で、国会議員としての業務だけなら「育休」は全く必要が無いことを論理的に検証させていただきました。

ここから先は「議会制民主主義」に無理解な国会議員は辞職するべきだ、ということについてまとめていきます。なぜなら、今回の件は「自らの政治的行動」のためであれば「議会制民主主義」自体をネタにしても良いのか?という問題に直結しているからです。

私は少なくとも「国会議員が育休を取ること」よりも「国会議員が議会制民主主義を大事にすること」のほうが意味があると思います。そのため、育休>国会、という価値観を持つ議員は国会に席を持つべきではないと考えます。

国会への出席をネタにした政治行動に正当性など存在しない、ということ

国会議員にしかできない仕事は「国会に出席すること」です。「育休」を取ることではありません。

国会議員が自らが健康な状態で「国会に出席すること」をネタにして政治的主張を行うことなど、極めて論外な行動です。一人の身勝手な思い付きによる政治行動で議会制民主主義を否定すること、その責任の重さについて自覚するべきです。

今後、別の問題でも「○○の理由があるので休みます。僕は国会の出席よりも○○のほうが大事なのです。」という人々が増えて、議会制民主主義が形骸化することのほうがよほど問題です。このようないい加減な政治行動の慣例を作るべきではありません。

「男性の育休の啓発になった!」と言っている人たちは猛省するべきです。今回の一件は、議会制民主主義を軽視しても良い、という啓発にもなっているからです。前者を達成するための方法は無数に存在していますが、後者は国会議員自らが襟を正すことによって守られることです。

自党議員による議会軽視という由々しき問題に断固とした態度が取れない自民党の腰砕け

自分が歯がゆいと思うことは、自民党の大物議員がしっかりと若手議員を指導していないことです。全員が口で少し文句を言うだけの腰砕けな態度に終始しています。

議会人として人生を過ごしてきた方々は、色々な批判にさらされながらも、国会議員としての論理や矜持については当然に熟知されておられる方が多いものです。

しかし、参議院議員選挙が近く付いているため、大物議員が「若者議員に舐められた」結果として、国会議員に対する指導・教育を十分に行うことができない状況にあります。

自民党は当選2回の国会議員である宮崎さんを予算委員会の花形ポストにつけて育てていますが、議会制民主主義のプロセスを軽視する議員を育てる場所が与党の役割なのでしょうか。現在の自民党の空気感は極めて問題です。

本来であれば大物議員らが議会が何たるかを理解していない若手議員を一喝して終わるべき問題ですが、そのようなこともできない腰砕けの状況は残念でなりません。大物議員がビシッと言い切ればそれなりの支持もあると思うので頑張ってほしいです。

現在の自民党は、モンスターペアレント(男性国会議員の育休に賛成するメディア・有識者ら)に脅かされて、本会議場の中の問題児に手が付けられずに「学級崩壊」しているだけなのです。
 
スタンドプレーは「議会人としての範囲」で許されるべきであり「議会否定」は許されるべきではない

自らの政治的主張を国民に伝えるためにスタンドプレーを行うことは歓迎されるべきことです。しかし、国会議員がスタンドプレーを行う場合は、議会人としての範囲で許容されるべきであり、議会自体を否定する行動が許されるべきではありません。

宮崎議員にとっては自分が発言するわけでもないときに国会に出席していることは退屈なことなんだろうなと想像します。しかし、国会で行われている議論を聞いた上で自らが質問することも大事なことだと思います。

男性国会議員の育児休暇のルールを作るよりも先に、各党は必要最低限の議会制民主主義について教える仕組みを作るべきです。国会議員には、議会制民主主義を守る人々は自分たちしかいないのだ、という当たり前の矜持を持ってほしいものです。




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2015年12月24日

国会議員に「育児休暇」は本当に必要か?

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国会議員の「育児休暇(育休)」は本当に必要なのか?

国会議員の宮崎けんすけさんが育児休暇を取るということが話題になっています。これについて宮崎さんを応援する方が多いと思うのですが、一般人の育休と同じように考えることは間違っています。

国会議員は通常の会社員とは全く異なる労働環境にあるため、国民としては「新しい流れ!」ということで単純に歓迎すれば良いという話ではありません。

国会議員の労働環境・福利厚生環境とはどのようなものか?

国会議員の世紀の労働環境・福利厚生環境は下記の通り。

・国会出席は週3日程度(国会開催は9:00~17:00)
・年間・約4000万円の現金支給(給料、期末手当、文書交通通信滞在費、立法事務費)
・公設秘書2名、政策秘書1名などのスタッフの支給
・JR特殊乗車券、国内定期航空券の交付
・東京の一等地に議員宿舎の提供

ということになります。つまり、正規の仕事は週3日9時5時ででスタッフ3名も税金で供給されるというのが国会議員です。正直に申し上げて、およそ「育児休暇」が必要なほど忙しい仕事ではありません。

再就職(再選)と出世のための個人の政治活動が大半を占めているのではないか?

国会議員の忙しいと主張する仕事の大半は、地元の声を聴くという名目の再選に向けた政治活動です。東京に選挙区を持たない議員は「金帰火来」という金曜日に地元に帰り火曜日に東京に戻る生活が一般的です。

さらに、自民党であれば、党内の部会などの勉強会や各種団体との対応など、自分の勉強&党内意思決定&出世のために必要な「党務」をこなすことが求められます。

しかし、これらは自らの再選や党内出世のためのプロセスであり、国会議員として給料が支払われている本来の職務とは異なるものです。地元活動であれば地元有権者、党務であれば政党の幹事長と話して個別に了承を得れば良いだけの話であり、国会への出席を休む理由にはなりません。

つまり、公務員としての国会議員の仕事をこなした上で、自営業者としての政治活動家としての地元活動を減らし、なおかつ同業組合である政党の党務を欠席すれば負担は激減します。国会議員の仕事と自分個人の仕事を混同して考えていることに問題があります。

育児休暇自体は否定しないが、「国会議員」の仕事環境ならば育児休暇は不要

以上のことから、「国会議員」に育休は不要であると思います。社会全体として育児休暇は必要な制度だと思いますが、育児休暇は無条件に認められるべきではなく、その職務との見合いで本当に必要かどうかで判断されるべきものだと思います。

宮崎さんは、ご自身のブログで、

「しかし、次世代の日本のあり方と、女性が輝く社会を実現するための男性の支援を促すためにも一石を投じたいと考えました。勇気を振り絞り、またこの一歩が大きな道に繋がることを信じて前に進もうと決心しました。」

「※私はただ単に休暇を取りたいのではなく、育児をするライフスタイルを作り出すことを目的にしています。当然ですが毎日、私の事務所とも電話やメールで連絡を取り合いますし、地元の皆様の要望などを承る体制は整えます。」

と述べられています。軽薄な有識者らは表面的な判断で応援するかもしれませんが、国民に対して上から目線で啓蒙するような話ではありません。

国会議員の責任を放棄して、自分の政治活動についてはしっかりやります、とはどういうことでしょうか?国民に対して「俺も育児休暇をやるからお前ら見習えよ、ただし俺はお前に雇われたこと以外の別の仕事はやるけどな」という話とほぼ同義だからです。

国会議員以前に大人として当たり前の対応を社会に見せることのほうが重要である

宮崎さんの場合は予算委員会に所属されていますが、国会議員として自覚があるなら、開催日数・重要性度の観点から予算委員会の委員を今期は辞退するなど、自ら職務内容の調整を申し出ることも大人としてのケジメだと思います。(本会議に欠席届を毎回出すと報道されていますが、国会審議を軽視し過ぎだと思います)

最後に、この流れが地方議会にまで波及する可能性があることは論外としか言いようがありません。彼らの年間の議会への出席日数は100日前後であり、他の日は基本的に地元活動と党務しかありません。そもそも育児休暇は取るべき人が取るべきであり、それを取る必要が無い人は取らなくて良いです。

今回の一件で各政党の育休に関する姿勢が問われるという点では「地元有権者」「政党幹部」の判断としては妥当ですが、国民全体の奉仕者である国会議員としての仕事に限定すればナンセンスな議論です。

国会議員にはご自身の本来の仕事を見つめ直してほしいと思います。皆さんは国会議員である前に大人として最低限のケジメをつける姿を社会に見せるべきです。





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2015年11月16日

〇〇議員、ティーパーティー(茶会)は景気を悪化させません

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  日本の国会議員と話していると、米国のティーパ―ティー(茶会)に対するヘンテコな誤解が蔓延していることに気が付きます。それはティーパ―ティーが財政再建至上主義であり、景気を悪化させる存在だという誤解です。

ティーパ―ティーを誤解している国会議員たち

一体誰に吹き込まれたのかは不明ですが、我が国の国会議員にはティーパーティーが「小さな政府」=「財政再建」=「景気悪化」という印象操作の図式が刷り込まれている方が多すぎるように感じます。

例えば、私がある国会議員主催の勉強会での講師を務めた際に、参加者の国会議員の一人が「ティーパーティーは財政再建至上主義だから景気回復を求める自分とは違う」と質問の中で発言してきました。

その時は「この人はティーパーティーについてあまり良く知らずに発言しているのだろうな」と聞き流したのですが、他にも国会議員で誤った理解をしている人に、何人も出会うようになって、これは何かおかしいぞと思うようになりました。

ティーパーティーが求めている政策の原則

たしかに、ティーパーティーは「財政規律」を求めています。しかし、ここで注意しなければならないのは、彼らが主張している「財政規律」の文脈は我が国のものとは全く異なるということです。日本における「財政規律」は財務省的による「増税」が必要だという文脈ですが、米国における「財政規律」とは「政府支出カット」と「減税政策」を意味しているのです。

米国のティーパーティーでは政府規模の縮小自体がテーマであり、政府支出カットと減税政策を実行することがセットになっています。日本では財政政策の選択として「増税」と「予算バラマキ」のセットだけのため、「減税」と「政府支出カット」という発想自体が無いことも理解を難しくしているのかもしれません。

つまり、米国のティーパーティーは「財政再建」というよりも「財政縮小」を目指していると理解することが正しいのです。そして、その過程で大規模な減税政策が実行されていくことで、民間の消費と投資が誘発されて景気は回復していくという論理です。

国会議員に誤った理解を吹き込んだのは誰か?を推測する

上記の国会議員の方々は基本的に米国通を自認されている方が多かった印象があります。しかし、残念ながらティーパーティーについて正しく理解しているとは言い難いものでした。そのレベルは米国の民主党員にも劣る理解でしょう。このような誤解が発生する理由は、彼らが米国の共和党穏健派または民主党と付き合いがある研究者のみと付き合っているからだと思います。

彼らは米国のティーパーティーら保守派についてかなり歪曲した世界観を日本に持ち帰ってくる傾向があります。

たしかに、戦後から現在までの対米関係であれば穏健派視点の偏った情報のみが輸入されても日米関係や日本社会に現実的な問題は生じなかったのでしょう。

しかし、米国共和党内で保守派の力が強まっている昨今、仮にも米国通を自認する国会議員が相当のバイアスがかかった状態でいることは、日本の安全保障や社会構想を考える上で大きな問題だと思います。米国保守派とのパイプを整備して最大の同盟国である米国の動向を常に察知することの重要性は日々高まっています。

 


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