テロ

2015年12月31日

2016年に起きる世界的なリスクの可能性を展望する

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2015年も大晦日を迎えたため、2016年の世界情勢について展望して新年に突入したいと思います。特に来年に危機が高まるであろう国際政治の要素を10個ほどまとめてみました。

<東アジア・東南アジア>

(1)中台関係の悪化

来年1月の台湾の総統選挙において、与党・国民党の朱立倫氏、野党・民進党の蔡英文女史の争いは後者の勝利となり、焦点は民進党の立法委員選挙での過半数確保に移っています。馬英九政権がシンガポールで行った中台の首脳の接触など中国傾斜を深める中で、今年夏に訪米した際に穏健化を主張した台独派民進党の蔡英文女史の支持が広がった形です。

民進党政権でも中国との関係が急速に悪化するということは無いと思いますが、米国の東アジアの安全保障の専門家の中には中国の南シナ海への進出は偽装であり、本丸は台湾海峡にあるという意見も根強く存在しています。そして、実際に中国にとっての真剣な脅威は民主主義・台湾であり、軍事大国化した中国の核心的な利益に触れる問題は台湾海峡によって発生する可能性が高いものと思います。

(2)北朝鮮の政治混乱

米国世論調査でも北朝鮮問題は中東のISの次に来るほどの危機として認識されており、日本人にとっては常態化した北朝鮮の異常な行動も世界から見ると深刻な脅威として認識され続けています。日韓の慰安婦問題についての「最終的かつ不可逆的な合意」も米国が北朝鮮情勢について深刻な懸念を持っていることの裏返しであり、2016年党大会における新方針など同国の動きは注目し続ける必要があります。

特に同国内における中国の経済的な影響力が強まる反面、同国に対する北朝鮮の国粋派による反感が強まって大国による制御不能な状況に陥ることが懸念されます。金正日体制からの体制移行後による粛清の嵐によって政権内の一体感が弱まっていることも政治混乱の引き金になる可能性があります。

(3)日本の対中包囲政策

安倍政権誕生以来、日本はセキュリティーダイヤモンド構想などの対中包囲網を敷く外交方針を継続してきました。その結果として、米国には米国議会演説・安倍談話・安保法制、韓国には慰安婦問題の妥協、インドやオーストラリアとの軍事交流強化、南シナ海問題でのASEAN各国との連携強化、中央アジア・東南アジアへの大型の円借款、ロシアへの北方領土問題のアプローチなどが進んでいます。

その結果として、安倍政権は対中政策について強いポジションを持てる国際環境が形成されつつあり、日中両国の間で何らかの小規模な紛争が発生する可能性が増しています。日本にとって外交安全保障関係が強化されることは望ましいことですが、それによるリスクも同時に高まっていることも認識されるべきです。

(4)中国経済の国際化に伴う懸念

IMFのSDRに元が採用されたことなど、中国経済の規模拡大に合わせて国際化は急速に進みつつあります。しかし、中国の国内経済は新常態と呼ばれる中成長状況に減速し、シャドーバンキングなどによる不良債権問題は依然として片付いておらず、中国経済に致命傷を与える問題は臭いものに蓋をしたままです。

中国経済が国際化することは、昨年のバブル崩壊時に見せたような証券市場への強権的な対応などに対し、国際的なルールに従うことを求める圧力がかかることになり、政治力による金融・資本市場への統制に綻びが生じる可能性があります。経済混乱の結果として、中国の政治体制への影響や日本経済への影響も懸念されます。

<中東・中央アジア>

(5)ISの世界的な拡散に伴う危機

米国におけるホームグロウン・テロのようにSNSネットワークを通じた個人のテロリスト化はISの世界的な拡散の一つの事例となりました。また、IS占領地に存在していた大量の白紙のパスポート及びパスポート製造機によって世界中へのテロリストへの自由な移動を確保する実態が生まれています。ISの機関紙を見る限りでは日本への関心も高まっており、伊勢志摩のサミットなども厳重な警戒が求められます。

従来までは水際対策を講じられてきたテロリストへの対策が事実上不可能になる中で、各国政府は国内のリアル・ネット上のセキュリティーの強化を行う必要に迫られています。しかし、それは同時に欧米先進国で守られている人々の自由に対する侵害行為であり、自由を基調とする欧米先進国にとって社会的な自由が後退することはそれ自体が敗北であるというジレンマが生じています。

(6)サウジアラビア危機と中東の動乱化

原油価格の低下によってスンニ派の盟主であるサウジアラビアの政治経済体制に綻びが生じつつあります。王政の代替わりによって発生した権力の集中問題も問題を複雑化させています。特にサウジアラビアの東部では民主化圧力も高まりつつあり、政治体制の安定性に懸念が生じています。

また、イエメン隣接地域における反政府勢力との戦闘における敗北など、王政に忠誠を誓う軍隊の脆弱さが露呈しており、ISやアルカイダがイエメンで勢力を拡大し、中東全体ではイランが主導権を握らんとまい進する中で、サウジアラビアの安全保障面・治安面での危機が強まりつつあります。しかも、原油価格低下と終わりなきイエメンでの戦争により、サウジの16年度予算は10.5兆円の赤字となり、補助金見直しや付加価値税導入を検討する有様です。

バラマキ政策が限界をむかえつつあり、隣国との戦争が泥沼化し、国民と王族内の不満が高まりつつあるサウジアラビア。この国が混乱に陥った場合、中東地域は収拾不能な動乱に陥ることになります。そして、それは我が国が石油の三割を輸入している国を喪うと言う事を意味しているのです。

(7)中央アジアのIS化の可能性
 
タジキスタンの行方不明になっていた治安警察のテロ担当司令官がISの一員として同国大統領に宣戦布告のメッセージを伝えるなど、中東地域での激しい戦闘から逃れたIS勢力が中央アジアで新たな勢力を築く可能性が出てきています。

また、ISは9月に中国人の誘拐・殺害を行った上で、新疆ウイグル自治区に戦闘員を帰還させて蜂起を促すなど、同地域の不安定化に力を注いでいます。中国側が同自治区への弾圧を強化するほどIS側は勢いづくことは間違いなくイタチごっこの状況です。

中央アジアの不安定化に対応するため、対テロ戦争に中国が本格的に関与することが求められるようになり、国際政治の基本的な構図に変化を及ぼす可能性があります。

<欧米>

 (8)米国の指導力の低下

2016年は米国大統領選挙の年であり、レイムダック化したオバマ大統領の外交指導力が低下するため、大規模な国際環境への変化への米国の対応力が低下します。米国は既に世界の警察官としての役割を放棄し、世界中で頻発する問題に選択的介入を行う十分な能力を持っていない状況です。

米国大統領選挙は内向き志向を強める候補者らと対外関与の必要性を訴える候補者の路線闘争の状況を呈してきておりますが、オバマ大統領ではなくとも今後の指導力の低下は避けられないものと思われます。米国の同盟国は自国の外交・安全保障の在り方について再検討を行う必要性が生じています。

(9)欧州分裂・移民問題の危機 
 
人道上・経済上の問題から継続・拡大されてきた移民問題が深刻化しています。特にフランスの同時多発テロやシリア難民の増加は各国の右派政党の台頭に繋がっており排外主義の台頭が起きています。また、イギリスがEU離脱の国民投票を行う旨を発表するなど、EUの屋台骨自体が危機にさらされつつあります。

欧州は充実した社会保障制度を持っているために、自国民への社会保障を維持するために新たに受け入れる移民への反感が強まっているという、ケイジアン的な発想による新しい排外主義の形が出現しています。EU分裂や移民問題の危機は、政治経済体制の新しいパラダイムを見出す上で注目に値します。

(10)サイバー空間における攻撃の深刻化
 
サイバー空間における米中の摩擦が深刻化しており、実質的な紛争状態になりつつあります。特に、米国共和党は中国からのサイバー攻撃に非常に大きな懸念を示しており、共和党が大統領選挙に勝利することになれば同問題は大きな外交テーマとして取り上げられていくことになるでしょう。

また、日本はアノニマスによって厚生労働省や首相HPがダウンさせられるなど、サイバーセキュリティー環境が極めて脆弱であり、来年の伊勢志摩サミットに際して何らかのサイバーセキュリティー上の問題が発生する可能性が高く、セキュリティー体制の早急な強化が必要です。今後は、大規模な国際会議などの開催国の要件としてサイバーセキュリティーへの対応力などが一層求められることになるでしょう。





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2015年11月18日

切捨御免!長谷川豊さん、FBの仏国旗化を理解できない人へ

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仏国旗のFBペイント化を巡る稚拙な言論が溢れています

フランスで起きたテロに関して、仏国旗のFBペイント化について日本国内で様々な議論が起きています。しかし、有識者とされる人々の議論のレベルの稚拙さに閉口しています。 特に「笑顔の写真にフランス国旗をかぶせることが不謹慎か否か?」という、田舎の町内会レベルの議論が堂々とまかり通っていることには引いてしまいます。

たとえば、Facebookのプロフィール写真をペイントしている偽善者たちに捧げる4つの視点(長谷川豊さん)など、は大学の基礎教養から学び直すことをお勧めしたいものです。メディアで影響力がある人々にはもう少し自覚をもってほしいものです。今回はFBトリコロール(仏国旗化)への稚拙な意見を切捨御免させて頂きます。

物理的な現象としてしか「死」や「事件」を理解できない人々

テロ発生後、「レバノンでもテロ被害者がいる」「エジプトでも航空機テロがあった」「フランスの空爆もテロだ」などという様々な意見が飛び交い、FB写真にフランス国旗をかぶせることを揶揄する人々が現われました。

心情としては分からないでもない話ですが、教養がない人々の戯言だと思います。もしくは、「テロが何のために行われているのか」を理解していないと言い換えても良いです。

無理解の原因は「物理現象としてしか『死』や『事件』を理解できないこと」に起因しています。

「どの場所で何名の人が亡くなったか」という物理的な話と「発生した『死』や『事件』にどのような意味があるのか」ということは、たとえ同じ事象を指していたとしても全く異なるものです。

そして、今回の件でFB写真のトリコロール化について、上記の理由で反対している人は両者の区別がついていないか、または後者の『死』や『事件』の意味を理解できていない人ということになります。

テロリストが狙っている標的は「文明」という形而上のシステムである

テロリストが狙っている標的は、「西欧文明」、つまり自由主義・民主主義に基礎を置いた近代文明そのものです。西欧文明の価値観を象徴する場所として「フランス」・「パリ」は重要な意味を持ちます。

そのフランス・パリで起きた事件に対して反応することは、自由主義・民主主義側の文明に属している現代日本人が反応することは至極当然です。

なぜなら、今回のテロはテロリストと西側文明に属する人々の価値観を巡る戦いの延長線上に位置するものであり、何よりも「自らの価値観を表明する」ことが政治的・社会的な意味を持つからです。

自らが属している文明の価値観を守る意思表明が「仏国旗化」であり、テロリストが壊そうとした文明が崩れていないことを示す意味があるのです。

FB写真を単純にお悔やみの意味で仏国旗化した人も多いかもしれませんが、仏国旗化する行為には優れて政治的・社会的なメッセージであることを知るべきでしょう。ネット上の自由な言論空間の中で育ってきたFBがフランス国旗化を利用者に進めることは必然的なことなのです。

従って、フランス・パリのテロ以外で反応しないことも理にかなった話であり、それらを無意味な行為と揶揄する人は「テロリストが何と戦っているのか」という本質を掴んでいない政治的な感性が鈍い」人です。
 
目の前で起きていることの意味を解釈しようとする矜持

「〇〇で何人が亡くなりました」という情報を並べて相対化する人は、西欧文明に属する人々とテロリストの対立構造を全く理解できていないということになります。

つまり、自らの認識が何らかの文明と接続されておらず、毎日を飯を食って死ぬだけで過ごしているということです。もちろん、人生は自由なのでそれでも構わないですし、上記の形而上の理解を経た上で自分は仏国旗にはしない、という信念を持って批判される人も問題ありません。

いずれにせよ、文字や言葉を仕事にする人々にはもう少し「教養」を持ってほしいものです。目の前の事象の垂れ流しや感情論ではなく、事象に対する意味解釈を行う矜持を持った人材が望まれます。子どもではないのだから。





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yuyawatase at 17:00|PermalinkComments(0)

2015年11月17日

国際テロに世界のオタクが宣戦布告(笑)

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最初に申し上げておくことは、自分は「アノニマス」のネットワークに対して非常に親近感を持っています。非合法な集団であるアノニマスの活動は積極的に認められないものの、「自由」という基本的な価値観に基づいて行動する彼らの動機には一定の共感を持っています。

国際テロ組織に「世界のオタク」が宣戦布告

今回のフランス・パリにおけるテロ行為に関して、実行犯であるISに対してアノニマスが宣戦布告しました。今後、ISと関係があるTwitterアカウントなどの晒し上げなどを行っていくとのことです。

アノニマスは国際的なハッカー・ネットワークであり、主に政府やマフィアなどの自由や人権を侵害する存在に対し、インターネットの力を使った実力行使や圧力をかけている人々のつながりを指します。

彼らは自由主義的な映画作品であるVフォー・ヴェンデッタで有名になったガイ・フォークスの仮面をつけて365日ハロウィンのような恰好をして登場してきます。

日本のオタクと比べて可愛げはありませんが、アノニマスとともにあるITオタクの戦闘能力は極めて高く、過去にオーストラリア、チュニジア、北朝鮮などの政府、メキシコのマフィア、KKK、ネットいじめ犯などが痛い目に遭わされた経験があります。日本政府が2020オリンピックなどで標的になった場合、日本政府のセキュリティはおそらく瞬殺されるレベルです。

ちなみに、日本政府も過去に標的となったことがありましたが、「国土交通省霞ヶ浦河川事務所」のHPが「霞が関と間違えて」書き換えられるなど、日本の高い言語障壁が功を奏したこともありました(笑)(アノニマス自身が「日本語、難しい」と発言したそうです。)


非対称型戦争に対応する新しい形としてのアノニマス

国家とテロリスト、という非対称型戦争の在り方は極めて非効率であり有効性が疑問視されるようになっています。現代の先進国の軍事力は正規軍同士の戦いに特化している側面があり、ゲリラ戦やテロリズムに対して必ずしも有効な戦力を持っているわけではありません。

国家が打倒できるものは「テロを生み出す抑圧的な政治体制」です。抑圧的な政治体制を打倒することで、当該地域の社会を自由市場と立憲主義に接続し、テロが恒常的に発生する政治状況を消滅させることが役割です。

そのため、対テロ戦争はテロリズムとの戦いという意味では一定の成果を挙げることはできるものの、既に拡散して分散化しているテロリズムへの対応としては不十分なものです。

国家と非対称状態にあるテロリスト・ネットワークに対抗する一つの事例として、アノニマスのようなネットワーク型の集団が対抗する状況は世界の未来地図の一つを描き出している、と言えるでしょう。

FBアカウントをフランス国旗にしない人々が行うべきこと

テロリズムのような暴力と恐怖を用いる超国家的なネットワークに対し、国家の武力だけに頼って解決を求めることは極めて困難であると思います。ただし、テロリストに優しくすれば良い、というお花畑思考は事態を悪化させるだけのものでしかありません。

アノニマスには賛否両論が存在していますが、少なくともテロリズムに対する現実的な回答の一つが提示されていることに注目すべきです。今後、アノニマスに晒されたアカウントの持ち主が政府によって摘発されていくことになるでしょう。

テロリズムに対抗する手段という意味では、短期的にはテロ支援国家の打倒、中長期的には自由市場を世界に拡げる教育活動を徹底する世界ネットワーク(既に存在している)を拡大していくことが重要です。

私自身はテロ当日にフランス大使館前まで献花してきましたが、国家に対して拒絶感を持ってFBアカウントをフランス国旗にすることを拒否する人々は、感情論的な国家批判を行うばかりではなく、現実的な対応手段について議論するべきだと思います。





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yuyawatase at 17:00|PermalinkComments(0)

2015年11月16日

想田和弘さん、申し訳ないのですが切捨御免させて頂きます!



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今回のフランスのテロでネット上で情報収集していると、左翼が政権批判やら米国批判などを行っている様子が沢山見物できました。それは一つの考え方であるため、私自身は賛同できない意見ですが、それはそれかなと思っています。と思ったら、一人トンデモナイことを述べられている方が居たので切捨てさせて頂きます。

日本の左翼は意見を述べる前に常識を持つべきだと思う

下記は、映画作家の想田和弘さんのTweetです。想田さんは知り合いの映画を撮影されたこともある人なので、切り捨てるのも多少気が引けますが、それでもこの発言はあまりに酷いのではないかと思います。

想田和弘
‏@KazuhiroSoda
ひとつ確実に言えることを申し上げると、911以来米国が主導してきた、目には目を的な「テロとの戦い」は完全に失敗だということです。だってこの15年間で2つの戦争を起こし、ビンラディンやフセインを殺して、テロは減りましたか?逆に増えたでしょう。みんなにこの事実を直視して欲しい。

引用終わり。
 
一つ確実に言えることはビンラディンは犯行声明まで提示した「顕在化したテロリスト」であるという事実です。9.11が自作自演のテロだったというトンでも世界の住人ではなく、同じ世界に住んでいるなら私と共通の事実認識を持っていると思います。

と思って、想田さんのTweetに「イデオロギーが過ぎると全体の信ぴょう性が無くなりますよ」とコメントしたら、「あなたのほうがイデオロギーがかってるだろ!」と返信。まあ、お互い主義主張はありますが、自分はビンラディンがテロを起こさない、と思うほどイデオロギーに盲目ではありませんw

「テロが起きない環境を作ること」と「顕在化したテロリストを野放しにすること」は全く違うこと

自分も原則として戦争には賛同しませんし、国内・国外問わずムスリム社会との融和を進めるべきだと考えています。そのために、全世界への自由市場・平和整備は欠かすことができないことだと認識しています。

しかし、そのことと「顕在化したテロリスト(自分で名乗っているテロリスト)」を罰しないことは別の話です。犯罪が起きないような環境を整えること、と、凶悪犯罪者をそのまま放置すること、の区別くらい誰でもつくかと思っていたら、意外とそうでもないということに驚くばかりです。

大量の人間の生命を奪った「顕在化したテロリスト」の排除は、米国がワザワザやらなくても本来であれば国際社会で連帯して行われるべきものであり当然のことだと思います。

リベラル派はもう少し常識レベルを上げてくれないものだろうか

私自身は政府からの自由が必要だと主張している人間なので、テロに対する統制という名目で無制限に広がっていく国家権力の在り方には強い疑問を持っています。その際に、本来は社会的なリベラル派とはそれなりに意見が近くなるはずですが、現在のままだと「あまりに常識が欠落しすぎて議論にならない」という問題があります。

要望としては脊髄反射で政権批判と米国批判するのではなく、もう少しファクトベースのまともな話ができるようになってくれないか、と切に願う次第です。

ビンラディンは「顕在化したテロリスト」であり、ビンラディンが生存して自由に活動していれば確実にテロは増えます。それとも、ビンラディンが統制してたテロ集団のほうが動きがまとまってテロが穏健だったとでも主張するのでしょうか。

いつまでも日本国内のリベラルのレベルが常識が欠落した状態では、自由や人権という価値観が太古の昔の左翼運動家の残りカスのような扱いを受けることになるので、もう少しだけレベルを上げてほしいと思います。

イスラム国 テロリストが国家をつくる時
ロレッタ ナポリオーニ
文藝春秋
2015-01-07




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yuyawatase at 17:00|PermalinkComments(0)

何故、テロ行為と対テロ戦争を相対化してはならないのか

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日本の言論空間に溢れかえったテロ行為と対テロ戦争を相対化する有識者たち

日本の言論空間ではテロ行為と対テロ戦争を混同し、米国らの対テロ戦争によってテロ行為が増加しているという発言が溢れかえっています。また、そこまで言わなくても、あえてテロ行為を相対化することに理解を示し、自らが中立性を持った発言を行っていると思いこんでいる人も見かけます。

私の立場は、テロリストはいかなる理由があっても許されるものではない、というものです。そして、対テロ戦争とテロ行為は全く異なるものだと見做しています。また、テロが発生する原因として強圧的な政治体制の中で自由市場や平和な環境へのアクセスが難しいことを重視しています。

ISISのような専制的な支配体制を敷く政治勢力を打倒することで、将来に渡ってテロの発生源を断つことが重要です。それらの政治体制そのものがテロを生み出す温床だからです。

テロの発生原因と戦後構築の失敗を同一視することのではなく、専制的な支配体制の除去を行った上で、戦後構築の手法を見直すことが大切です。

一般のムスリムをテロリスト予備軍と見做していることに気が付くべき

対テロ戦争の犠牲者が発生してしまうことは非常に痛ましいことであるものの、そのことを理由として誰でもテロリストに成り得るという考え方は「現在、テロリストではない一般のムスリムの全てをテロリスト予備軍」と見做すものです。

自由市場や平和な環境へのアクセスが断たれた状況によって、暴力によるテロリズムへの動機が生まれるとする立場から見た場合、テロリストと一般のムスリムを峻別して考えることは極めて重要です。

テロリズムの発生原因を個人化する相対化の言説は、一般のムスリム全てがテロへの動機を持っているとみなす考え方に繋がるため、極めて有害かつ無思慮なものだと思います。

テロの発生原因は政治的・社会的なものであって、宗教的・個人的なものではないものとして対応するべきです。前者は排除可能な要因であり、後者は排除不可能な要因です。後者を強調することは、消すことができない偏見を人々にまき散らすことになります。

日本の「有識者」は「相対化」ではなく「切り分け」の視点を身に付けるべき

日本では、有識者とされる人々は視点の相対化を通じて、一般の人々を煙に巻いて有利な言論的ポジションを確保することが常ですが、相対化は物事を何も解決できないだけでなく、ある種の問題を引き起こすこともあることを自覚するべきです。

また、物事を解決していく際には「相対化」ではなく「切り分け」が重要であることは、一般のビジネス社会では常識だと思います。事象を相対化しているだけでは物事は遅々として進まず、事象の切り分けを行うことで初めて解決可能な問題に取り組むことができます。

事象を理解する際に多くの視点を持つことも有用ではありますが、集めた情報をそのまま並べることが何を意味するのか、ということについて、もう少しだけ深く考えるべきだと思います。




 

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yuyawatase at 13:40|PermalinkComments(0)

2015年11月14日

私がフランス大使館前で献花した5つの理由

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(写真はフランス大使館前、カメラ光は大使館前で取材中の大手メディアのものです。)

2015年11月14日午後6時、私はパリで同時多発的に発生したテロの犠牲者への哀悼の意を捧げるべく、フランス大使館前に献花を行いました。一市民である自分が何故このようなことを行ったのか、下記に5つの理由を述べさせていただきます。

(1)犠牲者への哀悼の意を捧げること

今回のテロでお亡くなりになられた皆様への哀悼の意を、フランスの方々に日本人として直接何らかの形で示したかったからです。

私自身も海外に出かけることも多く、フランスにも一昨年訪れた経験があり、パリにも友人や知人も住んでいます。平和に暮らす人々が突然命を奪われたことに強い怒りを覚えつつ、その犠牲者となられた皆様への思いを表現させて頂きました。

(2)自由社会への挑戦であるテロに屈してはならないこと

テロは私たちの社会を構成する「自由」という価値観を脅かし、理不尽な暴力で生命・財産を奪う行為です。

自由と民主主義を標榜する日本人として私たちの社会を構成する価値観への挑戦に対して屈さない意志を示す必要があります。そのため、遠く離れたフランスの地にいる自由と平和を愛する仲間への連帯の意志を示させて頂きました。

(3)国会議員・地方議員のFBやTwitter配信内容に義憤を感じたこと

本来であれば、犠牲者への哀悼の意やテロに屈さない意志は、国会議員などの皆さまが強い決意を持って意見表明されるべきだと感じています。なぜなら、これはテロリストと私たちの社会の「価値観」の衝突だからです。

しかし、私が、FB、Twitter、報道を見ている限り、誰一人として自らの行動としてフランス大使館まで出向いて連帯の意志を示そうという方がいませんでした。既に公務がある場合や地元で予定があることは理解しますが、このような時に国際社会に日本人の代表として意思表明(価値観を表明する)をせずに一体いつ行うのでしょうか。

日本の国会議員のあり方に義憤を感じ、私自身も夕刻以降の予定はキャンセルし、フランス大使館前に向かわせて頂きました。正直申し上げまして、私の微力な行為がどれだけ意味があるかは分かりませんが、この理由が最も大きな理由です。

(4)TVメディアの報道内容を論じるよりもメッセージの発信が大事だということ

テロの第一報が入って以来、ネット上は平常運転でくだらない内容を流し続けるTVの報道内容の是非の話題で盛り上がっていたように思います。しかし、TVが社会の木鐸としての役割を放棄するなら彼らは勝手に廃れて滅んでいけば良いだけのことです。

そのような不毛なメディアについて是非を論じるよりも、まず優先事項として、日本人としての態度、そして自由を標榜する諸国との連帯する意志を示すべきだと感じました。だから、報道に対する受け手の姿勢ではなく、自らが主体的に動こうと思ったことも動機の一つです。

(5)国内の反動勢力の言論へのアンチテーゼを示したかったこと

このような事件が起きた後、国内ではこれに乗じて警備の強化などを名目として、国民の自由を制限する意見が多数出てくることになるでしょう。

私はテロリストには断固たる対応を行うべきだと思っています。しかし、明確に申し上げますが、「テロと戦うこと」と「国民の自由を制限すること」は全く異なる行為です。むしろ、国民の自由を制限する行為は、私たちの社会の価値観を放棄し、テロリストに対して譲歩するということを意味します。

テロリストにとっては世界中を半戦争状態とし、私たちの社会から自由の価値観を奪うことが政治的な勝利なのです。たとえ、テロリストを全員捕らえて罰したとしても、私たちの自由が社会から無くなっていれば私たちの負けなのです。

この場を借りて、私たちの社会の内部から現われる「自由の価値観を放棄しよう」という声に対して明確に抗する意志を述べさせて頂きます。

最後に、多くの日本人にフランスで自由のために戦う人々を精神的に支える表明をしてほしい、と思います。この戦いは自由の価値観に対する戦いであり、私たちが連帯の意志を示すことが最も有効なテロへの対抗手段となります。

テロリストの暴力では私たちの社会を変えることはできません。私たち自身が自由を放棄したときにテロリストが勝利することになるのです。この戦いは既にフランスだけでなく日本でも始まっているのです。





 

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テロに対する価値観の戦いは国内の裏切り者に注意するべき!

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フランスで大規模テロ事件が発生しました。自由を愛するフランス人民とともに、私も拙い意見表明ではあるもののともに戦っていきたいと思います。

テロによって破壊されるものは何か

もちろん、フランスのテロでは多くの人が亡くなる痛ましい事件となっていることは確かですが、テロが壊すものは物理的な領域だけでなく、精神的な領域に属する価値観が極めて大きいと考えています。

テロは生命・財産・表現の自由という近代的な自由の思想に対する攻撃であり、今回のフランスのテロ事件以前から数世紀かけて行われている価値観を巡る長い戦争の一形態に過ぎません。

テロが狙うものは、そのような自由の価値観そのものであり、それらを破壊したときにテロが真の意味で成功したと言えるでしょう。テロの狙いは自由社会の政治体制の変更にこそあります。

テロに対する警戒体制が強化されていくことの意味

このような事件が起きてしまった以上、フランス国内、そして欧州の中での警戒体制は強化されていくことになると思います。これらの現象は一時的には仕方がない部分があることを認めざるを得ません。

しかし、そのような個人の自由を侵害する政府の行為が拡がることこそがテロリストの真の狙いであることを忘れてはなりません。

テロリストへの警戒を理由として自由社会がその価値観を放棄し、テロリストらの圧政的な価値観に近い政治体制に移行していくことは自由社会の敗北を意味します。

テロリストに関しては断固とした措置を実行し、一人も生かして帰してはなりません。文化的な背景の違いなどは社会学的な考察の対象ではありますが、テロが殺人が伴う政治的な闘争である以上一切考慮する必要はないのです。

しかし、それらと自由社会の権利を制限を行うことは別物です。私たちが何とどのような戦いをしているのか、その本質について注意深く考える必要があります。

真に警戒すべきはテロリストの政治的・思想的な国内共犯者たち

このような事件が起きると、西欧社会の行き過ぎた自由が問題なのではないか、というコメントを発する人々が増えますが、それらはテロリストの政治的・思想的な共犯者だと言えます。

なぜなら、この戦いは物理的な部分に本質があるのではなく、価値観を巡る戦いにこそ本質があるからです。つまり、上記のようなコメントを通じて、テロリストの価値観を正当化する行為は自由社会への敵対行為と言えます。

テロはあくまで一過性の現象に過ぎず、真に警戒すべきは国内の自由社会に敵対する人々の言説です。なぜなら、これらの人々が実際に私たちの自由社会を放棄する作業を行うからです。

テロが起きるとかならず起きる「行き過ぎた自由」議論。テロリストは私たちの社会を変えることはできません。私たちの自由社会を放棄させるのは国内のテロリストに対する政治的・思想的な共犯者たちです。

自由社会を守りたいと思う人は、今こそ自由への意志をしっかり保つことで、国内のテロリストへの政治的・思想的な共犯者の言説に対抗していくことが望まれます。

独裁者になるために
イニャツィオ シローネ
岩波書店
2002-12-20



 

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