サッチャー

2016年06月30日

批判されるべきは「英国」ではなく「EU」じゃないのか?

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非民主的・排他的なEUという存在が批判されるべき真の対象である

英国のEU離脱が決まった直後から主要なメディアで「英国がEU市場から締め出される!英国民は後悔している!」的なインテリたちの罵倒記事がひたすらアップされました。

元々残留派の主要な主張は「EU単一市場へのアクセスがEU離脱によって閉ざされる可能性」を指摘するものが多く、主に経済的な理由から残留を求める視点が強かったものと思います。

つまり、「EU官僚の政治的な支配を受け入れなければ、EU市場にアクセスできなくなるので、英国の民主主義は制約されても仕方がありませんね」ということ、そして「グローバルな経済が分からない離脱派は馬鹿だ」というキャンペーンだったわけです。

しかし、このような排他的な市場の存在を肯定する思考自体がグローバル経済の視点に立った場合に批判されるべき考え方ではないでしょうか?筆者は英国の決断よりもEUの存在のほうが批判されるべき対象であると考えています。

「政治統合を受け入れなければ市場統合は無い」という誤った考え方

欧州域内ではブリュッセルのEU官僚による指令によって実質的に様々な規制・財政措置が決定されています。国際的な官僚機構によって参加各国の民主主義は制約を受けているといっても良いでしょう。つまり、現代版の社会主義連邦がEU(欧州連合)の本質です。

そして、その社会主義連邦を抜けた英国がEU市場にアクセスできなくなると脅しをかけるEU官僚たちは、非民主的なEU機構を率いる重商主義者そのものであって、国際紛争を何度も引き起こしてきたブロック経済の亜種のようなものを堂々と主張していると捉えるべきです。

根本的な勘違いは「政治統合を受け入れなければ市場統合は無い」という誤った考え方です。

そもそもブリュッセルによる中央集権的な政治統合は欧州全域の自由市場の確立にとって必要条件ではありません。自由市場が必要であれば各国ごとに交渉して国民の合意を経ながら自由化を進めていけば良いだけです。

「政治統合と市場統合は一体である」という誤謬に基づく批判は的外れであり、欧州だけでなく日本のインテリたちも英国の離脱派を愚か者のように批判していますが、真に批判されるべき対象は非民主的・排他的なEUという存在なのです。

英国が間違った方向に進んでいた欧州を正す存在になるだろう

本来、国際的な言論として喚起される主張は、EUを離脱する英国に対するEU側の脅しを批判するものであるべきです。英国をEU市場から締め出すというコメントを発する人々の重商主義的な世界観が否定されるべきです。

離脱派のボリス・ジョンソン元ロンドン市長が発表した英国の民主主義を守りながら自由貿易を推進するという主張は「非現実な良いとこ取りだ!」としてメディアで批判されましたが、彼の主張は極めて真っ当な主張であって批判される理由は全く見当たりません。

むしろ、「巨大な市場へのアクセスのためには民主主義が制約されるべきだ!」とか、「民主主義を守るために自由貿易は止めても良い」とか、それらの主張が目指すべき理想として適切なはずがないのです。

EUは欧州での戦争の惨禍の再来を防止するとともに、旧ソ連などの地域に民主主義を拡げていくことに貢献しましたが、いつの間にか巨大な社会主義的連邦組織に自らが堕してしまいました。

ボリス・ジョンソン氏が述べた「英国がパワフルで自由で人間的でよりよい世界のための大きな力になる」という自己認識は正しく、間違った方向に進んでいた欧州を政治的に正す存在として英国の役割は大きくなるでしょう。

英国のEU離脱は初期は社会主義思想や短期的な投機思考に染まったインテリ・ビジネスマンらによって批判され続けると思いますが、長い歴史から見れば英国民が行った英断だったことが証明されることになります。



本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。


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yuyawatase at 10:22|PermalinkComments(0)