社会問題

2017年03月20日

トランプの黒幕?スティーブ・バノンの微妙な立ち位置とは

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スティーブ・バノン首席戦略官はトランプ政権の黒幕なのか? 

最近の報道などではスティーブ・バノン首席戦略官への注目が高まっているようです。

散々オルト・ライトを馬鹿にしてきた日本人有識者もバノンの存在感の大きさが無視できなくなりつつあり、欧米メディアがバノンの報道を増やすのに合わせて解説記事などが増えてきました。

たしかに、バノン首席補佐官はトランプ政権の意思決定について重要な役割を果たしていると思います。現在のトランプ政権における最重要人物の一人と言えるでしょう。しかし、バノンのトランプ政権内での立ち位置は共和党内の派閥争いの微妙な均衡の上に成り立つ砂上の楼閣でしかありません。

トランプ政権内での影響力を過大評価する論調には全く同意できず、彼も広義の保守派の中の一つのパートを担っている存在として冷静に認識していく必要があります。

スティーブ・バノンの人生、そして力の源泉とは何か

スティーブ・バノンの父は朴訥とした真面目な労働者であり、AT&Tを務め上げた米国における父親像を体現するような人物です。スティーブ・バノンは父であるマーティー・バノンのような人々が米国を支えていると認識しています。

一方、スティーブ・バノンは一流大学を卒業、機関投資家であるゴールドマン・サックスで活躍し、自らの父とは対極にある米国内の特権階級側に所属する一員としての人生を歩みました。

この二人の人生が交錯した瞬間がリーマンショックでした。

父のマーティーがコツコツと積み上げたAT&Tの株価が下落・一夜にして財産を失った一方、スティーブは政府と癒着した一部の人々が何ら責任を取らずにヌケヌケと暮らす姿を金融マンとして目の当たりにしました。この際、バノンは父のような真面目な米国民を蔑ろにした米国の政治への深い憤りを持ったと伝えられています。

この後、スティーブ・バノンはオルト・ライト系とされるネットメディア「ブライトバートニュースネットワーク」との関係を強化し、同サイトをニュースメディアとして大きく飛躍させることに成功しました。

ただし、バノンをホワイトハウスに送り込んだ力はネットメディアの力ではなく、このときブライトバートニュースネットワークの飛躍を支えた、ある有力者の存在にありました。

マーサー財団とトランプの同盟、その同盟関係の代理人としてのバノン

米国には政治運動の資金面を富豪が設立した財団が支えることは珍しくありません。有名な財団はコーク財団などであり、主に共和党系連邦議員らに対して巨額の資金援助が行われていることで有名です。

トランプは大統領選挙の過程でコーク財団と対立・ムスリム入国禁止などの舌禍によって共和党主流派とも対立関係に陥ってしまい、大統領選挙で資金面・運動力面でヒラリーに対して大きく劣後する状況に陥りました。

トランプの苦境に手を差し伸べた存在がマーサー財団です。マーサー財団は共和党予備選挙で保守派の大統領候補者であったテッド・クルーズのスーパーPACへの巨額資金提供者であり、ティーパーティー運動や保守系シンクタンクなどへの資金提供者として近年存在感を高めてきた財団です。

バノンのブライトバートニュースもマーサー財団から10億円以上の資金援助を受けていたと報道されており、バノンとマーサーは政治的同盟関係にあったものと推測されます。

テッド・クルーズの予備選挙撤退後、マーサー財団は急速にトランプに接近し、その過程の中で財団設立者のロバート・マーサーがバノンをトランプに引き合わせました。

また、クルーズのスーパーPACの責任者は現大統領顧問のケリーアン・コンウェイが務めていましたが、同スーパーPACはトランプを支援するためのものに看板が架け替えられるとともに、コンウェイはトランプの選挙対策本部長に就任することになりました。

バノンとコンウェイの合流以降、トランプ選対に保守派の政治運動が結集し始めてトランプとヒラリーの支持率差は急速に詰まっていくことになりました。

ロバート・マーサーの娘のレベッカ・マーサーはトランプ政権移行チームの執行役員に選ばれており、バノンとコンウェイのホワイトハウス入りも含め、人事面・資金面の観点からトランプとマーサー財団が緊密な関係を維持していることが分かります。

トランプの黒幕は「共和党保守派」であって「バノン個人」とは言えない

共和党内では保守派の政治運動を基盤としている保守派、様々な利権構造に支えられた有力な政治家を基盤とする主流派の2つの派閥が権力闘争を繰り広げています。

現在までトランプ政権は大統領選挙の経緯を反映してバノンを含めた保守派の影響力が相対的に強い状況となっています。

ただし、トランプを支える政治勢力の中心は大統領選挙の途中からトランプ陣営に合流したレーガン大統領の流れを組む保守派の政治運動の担い手です。たとえ、バノンやコンウェイなどのマーサー財団と近い関係にある人々が論功行賞でホワイトハウスの重要な地位を占めていたとしても、その影響力の過大評価することは誤っています。

バノンは保守主義運動の中ではニュースサイト運営者に過ぎず、バノンの権力基盤はマーサー財団という保守系の一つの財団が支えているに過ぎません。共和党保守派全体から見た場合、あくまでも彼の位置づけは保守派の一角を占めている新参者の重要人物というだけです。

そのため、共和党保守派の政治勢力全体を指してトランプを支える黒幕と表現することは可能であっても、バノン個人を黒幕と表現する行為は小説であって分析はありません。

また、保守派と対立する主流派はバノンの動きを警戒しており、陰に陽にバノンを追い落とそうとする動きが活発化している状況があります。バノンとコンウェイを支える政治的な背景は他の保守派の人々よりも弱いため、ホワイトハウスや連邦議会の主流派、そして彼らに近いメディアがバノンとコンウェイをネガティブキャンペーンのターゲットにしています。

大統領選挙の過程で生まれた保守派と主流派の対立の関係を背景とし、その天秤のバランスを保守派側に傾けるためにバノンは一時的に保守派から同盟相手として認識されている状態であり、その地位は砂上の楼閣として表現できるものと思われます。

したがって、バノンが首席戦略官として国内政策に強い影響力を持ちながら、国外政策に影響力があるNSCの常席になったとしても、その権勢を過大に評価する論調に与することは誤りです。

スティーブ・バノン首席戦略官の扱いは共和党内の権力闘争のバロメーター

それにも関わらず、筆者はトランプ政権におけるバノンの扱いについては注目すべきと考えています。なぜなら、バノンの扱いは共和党内の勢力争いを測る指標となるからです。

仮に何らかの勢力構造の変化によってバノンがトランプ政権から追放された場合、その現象は従来までの保守派が更に勢力を拡大したのか、それとも主流派が勢力を盛り返しているのか、のいずれかを意味します。

逆に現状のままバノンの権力が拡大し続ける場合、それは保守派・主流派の両派の力が拮抗している状況であり、トランプ大統領の独自の権勢が勢力均衡下で拡大している状況にあることを示唆しています。

スティーブ・バノン首席戦略官はその人生、政治観、歴史観を含めて小説のネタとしては非常に魅力的な人物像を持った人物だと思いますが、その人間性からトランプ政権の性格を導き出そうとする行為はバランスの悪い論評だと思います。

米国政治について面白い物語を描くだけでなく、冷静に分析を加えていく目線が必要です。

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 本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。

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2017年03月15日

日経新聞の欧米政治に関する偏向報道が酷すぎる

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先週の土日の日経新聞の内容が酷すぎてびっくりした

今週はオランダの総選挙があるため、日経新聞に米国・欧州の選挙情勢について解説した記事が掲載さました。ただし、一言で述べるならば、極めて稚拙な演出がなされた偏向報道でした。

「国粋の枢軸」危うい共鳴 本社コメンテーター(3月11日・日経新聞・秋田浩之)
極右政党 欧州に烈風 15日にオランダ議会選仏独に連鎖 (3月12日)

筆者の感想としては、欧米のポピュリズム(≒極右、左翼ポピュリズムもあるため)について考察しているにも拘わらず、その考察の解像度が著しく低く、前者の記事であればせめて現地取材をすべきであり、後者の記事であれば前提として新書一冊くらいは読んでから取材結果を公表すべきだと思います。

トランプ、ルペン、ウィルダース、AfDなどの欧州の右派勢力を同じカテゴリーの極右という形でまとめるのは無理があります。これらの政治勢力は主張の根幹となるイデオロギーや政策が全く異なり、これらを同一の極右勢力として論じることは、根本的に頭が悪いのか、それとも欧米人に対する偏見があるのか、いずれなのか迷うところです。

最近では他の新聞の権威が落ちている中で、日経新聞はそれなりのポジションを保っているのだから程度が低い政治解説記事を載せていることは極めて残念です。そこで、両者の記事について徹底的に反証をしておきたいと思います。

「国粋の枢軸」危うい共鳴 本社コメンテーター」の記事の支離滅裂さ

秋田浩之氏が記事中で2回も触れている「ワシントン近郊で開かれた米保守系政治団体のイベント」とは、Coservative Political Action Conserence(CPAC)と呼ばれる全米保守派の年次総会のことです。筆者はこちらの集会に直接参加しましたが、日本のメディアは一部のテレビメディア以外ほとんど姿はありませんでした。

「2月下旬の米保守系政治団体のイベントには、欧州から極右や右派政党も顔をそろえた。報道によれば、フランスの国民戦線やイタリアの北部同盟、オーストリアの自由党の幹部らがトランプ政権側と熱心に接触を重ねた。」という記述もありますが、会場内では「欧州からの極右勢力なんてどこにいたの?」というほどに存在感が薄く、たとえ彼らが居たとしてもあくまでも国内イベントに過ぎないCPACでは端役でしかありません。これを誇張して記事化するのはもはやプロパガンダの類に過ぎません。

CPACにはスティーブ・バノン首席戦略官とともに、オルト・ライトの一部とみなされているブライトバートニュースも初参加の状況でした。会場に参加している保守派の人々からは彼らは形式上の参加を許されているに過ぎず、暖かい歓迎もなければ生暖かい目線が向けられていただけです。ちなみに、CPACの主催団体であるAmerican Conservative Unionのダン・シュナイダー事務局長は自らの講演のタイトルを「オルト・ライトは全く保守ではない」と名付けてオルト・ライトを激しく糾弾していました。

CPACでバノンは当初単独公演の予定でしたが、急遽予定を変更して保守派のラインス・プリーバス首席補佐官と同じ時間に現れて、保守派内での蜜月を演出しました。ただし、この行為はトランプ政権の中でバノンが浮いていると認識されていることを逆に意味しており、バノンが保守派に対して恭順の意を示したものと捉えることもできます。また、バノンとトランプが思想を共有しているという根拠も全くありません。

したがって、CPACがまるでバノンの独壇場であり、欧州の極右が顔をそろえて仲良しでした、というような個別の事象を都合よくつなぎ合わせた記事内容は捏造に近い解釈だと言えます。バノンは保守派の中でも浮いた存在であり、トランプ政権におけるキーマンではあるものの、保守派・主流派に挟まれて好き勝手振舞えているわけではありません。

さらに、秋田氏は記事の中でバノンの思想に関する説明をしていますが、「知人の噂話」を根拠にバノンの思想を解説しています。ワシントンのメディア関係者のひそひそ話の結果が「ヒラリー優勢」の誤報を日本にまき散らした原因だったことを忘れたのでしょうか。

CPACの現地取材もろくにせずに先入観で内容を語り、バノンについては直接取材したわけでもない噂話を掲載したことについて、ジャーナリストとして恥ずかしいものと認識してほしいと思います。

極右政党 欧州に烈風 15日にオランダ議会選仏独に連鎖 (3月12日)」の解像度の低さ

こちらの記事については言うならば、ウィルダースとルペンを同一の極右政党のように扱って並列的な記事にしていますが、彼らの政治的な主張は全く異なるものです。取材をしていることは秋田氏の文章と比べて一定の評価に値しますが、その内容については疑問が残ります。

ポイントは「極右」という表現にあります。基本的に欧州のポピュリズムは反EUの文脈で構成されることが多い状況です。したがって、政治運動を形成するためには「EU」に対置する「我々」を定義する必要があります。

そのため、各国の歴史・文化によるアイデンティティーポリティクスが必要とされた結果、右派系のポピュリズムは躍進しやすい状況があります。しかし、各国民のアイデンティティーは全く異なるため、表出してくるポピュリズム政党の政治的主張にも相違が生じることになります。

たとえば、

ウィルダース率いるオランダの自由党はリベラルな政策を追求した結果として生まれた極右政党です。元々オランダは自由主義の影響が強く、様々な社会政策が極めてリベラルな形で運営されてきました。

しかし、このようなオランダ文化を破壊する存在としてイスラム教やEUが認知されたことにより、自由主義の文化を守るための主張が盛り上がった状況となっています。ただし、社会政策に関しては相変わらずリベラルなままです。また、ウィルダースは貿易の自由化については否定的とは言えません(ただし、貿易自由化=EUのことを意味するわけではない。)

一方、

ルペン率いる国民戦線は元々ネオナチなどの系譜を引き継ぐ人々が多数含まれていた立党状況が示すようにオランダの自由党は真逆の成り立ちとなっています。特にマリーヌ・ルペンは大きな政府に党の経済政策の舵を切るとともに、グローバリズムを批判しています。共和国的な価値観を維持しつつ、それらに反するイスラム教には厳しいという面はあるものの、それ以外はオランダの自由党とはかなり違うものだと言えます。

さらに、

ドイツのAfDは元々経済学者らが作った政党であり、欧州単一市場にも公式には反対の立場ではなく、ユーロの解体と各国通貨の導入を謳っています。AfDはギリシャのようなお荷物国家への金融支援を拒否していることが特徴です。

また、AfDはグローバル化を拒否しておらず、主権を保った上での市場統合については是としています。高度技術者の移民受け入れを主張し、難民や低技能者の移民を拒否する姿勢を示しています。イスラムに関してはやはり文化面から拒否。

ということで、「反イスラム」は共通かもしれませんが、その理由も極めて欧州的な考え方によるものであり、日本で想像しているような極右とは少し趣が異なるわけです。しかも、EUの統治機構には反対であっても、グローバル化や単一市場について各々のポピュリズム政党によって濃淡あるわけです。

「TPP・EU」=「グローバル化」というリベラルなエスタブリッシュメントの安易な発想

筆者は安全保障・国内市場改革の観点から米国がTPPを推進したほうが良かったと考えています。

ただし、TPPやEU自体を「グローバル化」の象徴だとみなす思考は各国の中のリベラルなエスタブリッシュメントの典型的な思考パターンでしかありません。

TPPやEUは見方によってはブロック経済の亜種のような存在であり、これらの枠組みをグローバル化とイコールの存在だと思うことは間違っています。そもそも煩雑な官僚的手続きがそれらの枠組みには求められるため、筆者も参加する自由主義者の国際会議などでは自由経済の観点から否定的な意見が出ることも少なくありません。

欧米型のリベラルな教育を受けた有識者やメディア関係者の頭の中にはグローバル化といえばTPPやEUが大前提であり、それらを否定するポピュリズム政党は全て反グローバルだと思うのかもしれませんが実態としては誤りだと言えるでしょう。

また、メディアはトランプ政権について無根拠なアジテーションを記事にすることは即刻改めるべきです。それらの行為は書き手の自らの知的貧困をさらす行為であるとともに読者にとっても有害であるからです。

日経新聞には一面的な記事内容を掲載するのではなく、各国の政治状況の内実にまで踏み込んだ、読む価値がある記事を生産することに注力してほしいと思います。

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日経新聞の数字がわかる本
小宮 一慶
日経BP社
2013-09-06

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2017年02月10日

トランプは本当にHPから気候変動の記述を削除したのか?

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<トランプ大統領就任式当日(1月20日)にホワイトハウスHPから気候変動の記述が削除された?>

約3週間前の話になりますが、日本でも「トランプ政権発足に合わせてホワイトハウスHPから気候変動の記述が削除された」というオルタナファクトが平然と垂れ流されていました。

トランプ政権が気候変動の政策的な優先順位が低い共和党政権であることから、各種メディアが「トランプによってホワイトハウスHP上から気候変動に関する記述が削除された!(or記述が消された!)」と騒ぎたい理由は分かります。

しかし、これは明らかな事実を歪曲した誇張報道であり、これらを報道した米国主要メディアと日本の各種メディアの倫理観が問われるべきものだったと思われます。

<単なるWEBページの移行:事実の歪曲報道で記事の訂正に追い込まれたメディア>

米国では大統領が変わると前大統領のホワイトハウスのデータは別サイトでアーカイブ化されることで保存されることになります。そして、ホワイトハウスHPは新大統領の施政方針が示されたものに入れ替わります。

つまり、トランプ大統領はホワイトハウスHP上から気候変動に関する記述を「削除した」わけではなく「内容が入れ替わった」ために他の記述も含めてまとめて消えたということが正しいのです。

新政権発足時のHPの内容はまだ十分な情報も無いことは当たり前であるとともに、数少ない掲載されている情報は政権として優先順位が高いものになることは必然的なことです。それを持って記述を削除した・記述が消えた、ということはやや誇張が過ぎると言えるでしょう。

ちなみに、現状ではトランプ政権では閣僚の承認に伴う公聴会でも気候変動に強面とされる閣僚候補のコメントが軟化しつつあり、OPECからの石油ではなく自国のシェールガス主体のエネルギー構造になるとCO2排出量と減少するため、米国がパリ協定に代わる新たな枠組みを提示する可能性すらあるものと思われます。

したがって、日本語サイトでもこのような当たり前の事実認識すらできない偏向したメディアが一部記事内容の修正を行うことになり見苦しい釈明に追われることになりました。ちなみに、多くのメディアはこのことに対する偏向報道についてほとんど訂正も釈明もしていません。

<EPAに対する気候変動に関する記述削除指示、ロイター報道は事実か否かが証明されていない>

上記のようなミスリーディングが米国のメディアを賑わせている中、追い打ちをかけるようにロイターが下記のような報道を行いました。

トランプ政権、米環境保護局に気候変動に関するページ削除を要求

この記事はオバマ政権時代から働いている環境保護局の職員の内部リークが記事化されたものです。しかし、同内部リークが指摘した指示の有無についてはトランプ政権側から裏が取れておらず、なおかつ環境保護局HPから気候変動のページ自体が削除されることもありませんでした。(一部の項目では政策の見直しから修正がありました。)

反トランプ勢力などの論評ではロイターの記事が引き金となり、社会的な抗議・対策の動きが広まったため、トランプ政権が指示を撤回したという理解になっていますが、それを裏付ける証拠は同リーク証言以外にほぼありません。ただし、同指示の存在は環境保護関連の人たちによって誠しやかに事実として語り続けられています。

<米国メディアの報道はタイトルだけでなく内容の吟味も必要>

最近の米国メディアの報道は「タイトルによる釣り」が常態化しており、その報道内容までじっくり読まないといけません。たとえば、ニューヨークタイムズの

With Trump in Charge, Climate Change References Purged From Website(1月20日)

の記事はタイトルだけみれば「気候変動の記事がパージ(追放)された」と書いてありますが、記事内容まで読むと上記で指摘したHPの入れ替わりの過程で生じたものであることが触れられています。しかし、多くの人はタイトルしか見ないことも多く、偏向した世論誘導目的の記事であることが明らかです。

米国では主要メディアが反トランプ勢力に加担する政治的な党派対立が深刻化しています。したがって、その米国の主要メディアの報道だけで情勢に判断することは間違っています。

日本のメディアの大半も「欧米のメディアがこんな報道をしてました」という言い方で責任回避しているつもりかもしれませんが、それらの行為は責任回避になっておらず、米国内の政治闘争に間接的に加わっているだけに過ぎません。

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2017年02月09日

なぜトランプの入国禁止措置に違憲訴訟が起きているのか?

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<トランプ政権は入国禁止を行う入管に関する権限を持っている>

本日はトランプのイラン・シリアなどの7か国からの一時的な入国禁止措置に関する違憲訴訟の狙いについて考えていきたいと思います。

メディア上では入国できなかった人々のお涙頂戴的な内容が流れ続けてきており、難民の入国などをいきなり制限するとは何事だ!きっと違憲に違いないと思った人もいるかもしれませんが、実はそのようなことは裁判の主要な争点になってはいません。

そもそも多くの日本人の多くは、トランプに一時的な入国禁止措置を講じる権限が無い、と思っているかもしれませんが、司法省法律顧問室で同措置が形式的には合法であると確認しており、同措置がただちに違憲になるということはありません。

<極めて米国的な事情に基づく違憲訴訟の観点とは>

では、米国では違憲訴訟で一体何が主に争点になっているのでしょうか。

本件では私たち日本人には馴染みが無い論点が違憲訴訟の対象になっています。

合衆国憲法修正第1条には「合衆国議会は、国教を制定する法律もしくは自由な宗教活動を禁止する法律、または言論・出版の自由もしくは人民が平穏に集会して不満の解消を求めて政府に請願する権利を奪う法律を制定してはならない。」と書いてあります。

本件で問題となっている争点は、今回の入国禁止措置が修正第1条で禁止している宗教差別、つまりイスラム教徒に対する宗教的な差別にあたるのではないかというものです。

単純な入国禁止措置だけでは過去にオバマやカーターが行った入国禁止措置もあり、司法省法律顧問室の形式的なリーガルチェックも経ているために大統領令を制止することが難しいものと思います。そこで、トランプ政権に反対する勢力は「修正第1条」を使った違憲訴訟に持ち込んでいる状況です。

特に政権反対勢力は「トランプ陣営の過去の発言」(イスラム教徒入国禁止など)を例示し、これがテロ対策ではなく宗教差別の意図で行われていることを立証するやり方を取っています。つまり、トランプ政権側としては大統領令自体の形式性よりも選挙期間中などの発言に基づく立法趣旨を問われる展開となっており、おそらくこの状況は多少想定外だったのではないかと推測します。

そして、何よりも本件では大統領令の違法性を単純な違法性ではなく憲法違反に持ち込んでいるところが最大の肝になってくるのです。

<目的は違憲判決から連邦議会における弾劾のコンビネーション>

今回の政権に反対する勢力の訴訟目的は、大統領令を単純に撤回させることだけではありません。むしろ、この大統領令に難癖をつけて違憲判決を得ることによって、トランプ政権を一気に瓦解させることが真の目的であるように推測されます。

合衆国憲法第2章第1条8項では、大統領は合衆国大統領の職務を忠実に執行し、全力を尽して合衆国憲法を維持し、保護し、擁護する ことを宣誓することが求められています。

仮にトランプの大統領令が違憲だということになった場合、現職大統領の行為は憲法を維持・保護・擁護する存在ではないと司法が認めることになります。そのため、トランプに反対する政治勢力は違憲判決後に一気に議会における大統領弾劾に持ち込んでトランプ大統領の首を殺る計画を仕込んでいるわけです。

そして、この強引なトランプ殺しの方法は、最高裁判事でトランプが指名した9人目の保守派の判事が任命される前に進めるしかチャンスはありません。数か月後に最高裁で保守派判事が任命されるまで司法の見通しは極めて不透明であり、民主党側は連邦議会で同判事の就任を徹底的に妨害しつつしつつ、米国各地で同党系の司法関係者によって違憲訴訟が乱発する戦略を取っているわけです。

そして、それに民主党系に与するメディアは国務省が指定している「テロ支援国やテロリスト・セーフ・ヘイブン」ではなく、あえて「イスラム教徒が多数派を占める国」という表現を使って「これはテロ対策ではなく差別なんですよ」というメッセージを流布し続けています。これらは裁判を有利に行うための世論誘導による支援と言えるでしょう。

つまり、これは入国禁止で理不尽な思いをした人がいる、という表面上の話ではなく、もはやトランプ政権と反対勢力による単なる政争の延長線上のものでしかなくなってしまっているわけです。

<党派的な政争目的で犠牲になる米国のセキュリティ>

ジョージ・ワシントン大学のジョナサン・タリー教授が言うように「あからさまなイスラム教禁止ではなく、7か国からの入国を一時的に制限しても世界の大多数のイスラム教徒は影響を受けない」という見解に従って、筆者も同大統領令を軽はずみに違憲とすることは難しいのではないかと思っています。

そして、筆者がそれ以上に問題であると感じていることは、既にトランプ政権は同禁止措置の大統領令を発布した翌日にシリア・イラクのISISを掃討する計画の立案を国防総省らに求める大統領覚書を出してしまっていることです。

つまり、トランプ政権は入国禁止の大統領令を即時適用することによってISIS掃討計画の立案命令を出す前に、彼らが逃げられないor米国に入国できないようにしていたわけです。ところが、連邦地裁の判決によって大統領令が停止したことで、ISISがシリア・イラクから脱出して米国に侵入する千載一遇のチャンスが生まれてしまっています。

上記の状況に鑑み、筆者には同大統領令の立法趣旨はこれから実施するISIS掃討に伴うテロ対策にしか見せませんし、米国内の政治的な党派対立によってテロリストを利する結果となっている状況については疑問を感じざるを得ません。

また、このことを分かった上で違憲訴訟を行う政権反対勢力に倫理観の無さには憤りを覚えます。実際に筆者も月末に仕事で米国に行く必要があるのですが、このような温い対応状況では一抹の不安を覚えざるを得ません。米国民には無暗な反トランプ騒動はいい加減にしてもらって冷静さを取り戻してほしいと思います。

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イスラム国 テロリストが国家をつくる時
ロレッタ ナポリオーニ
文藝春秋
2015-01-07


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2017年02月08日

安倍首相・トランプ会談の狙いに関する考察

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 <安倍・トランプ会談で日本が提案する内容とは>

安倍政権は2月10日のトランプ大統領との会談に先立ち、「日米日米成長雇用イニシアチブ」という包括的なプログラムを準備し、約51兆円のインフラ投資と70万人の雇用創出を提案することが報道されています。

同イニシアティブは5項目で構成されているとされており、米国でのインフラ投資、世界でのインフラ投資に関する連携、ロボットや人工知能での連携、サイバー分野での協力、雇用を守る分野での連携が含まれているとのことです。その上で、トヨタをはじめとした自動車関連産業が米国で150万人の雇用を作っていることを強調するものと思われます。

トランプ政権は安倍首相を歓待した上で、フロリダのリゾートで安倍・トランプのゴルフを設定し、個人的な関係を築く用意を準備していると報道されています。

<元々トランプ政権発足直後に外務省の有識者会議で提言されていたこと>

米国へのインフラ投資推進は日本政府としては規定路線であり、外務省が設置していた民間有識者の「日米経済研究会2016」が昨年11月段階で対米政策の方向性について提言書を提出しています。

その内容はトランプ大統領が推進する米国のインフラ整備について、高速鉄道・再生エネルギー・水関連インフラなどで協力する旨が記載されており、日本政府が力を入れているインフラの輸出が謳われているものでした。

そのため、トランプ政権に対する処方策として予め準備していたカードを切ったということが言えそうです。安倍政権や自民党の支持基盤を見ても高速鉄道の輸出などは悲願とも言えるものかと思います。

また、私見では、安倍政権は第三国への共同投資などにロシアのプロジェクト(ヤマルなど)を含めることで、対中包囲網にロシアを加えることへの米国のコミットを得にいくのではないかと推測します。

<日本が提案する内容が持つトランプ政権に対するインパクト>
 
筆者は安倍政権の外交・安全保障政策は終局的に失敗すると思っているので評価していません。ただし、今回の対米外交の「お土産」についてはトランプ政権に対しては極めて有効だと思います。

トランプ大統領にとってはインフラ投資による雇用創出は願ったり叶ったりのものです。トランプ政権は100兆円のインフラ投資を主張しているためにその財源が問題となってきました。しかし、日本政府が約51兆円の投資を宣言したために数字の上では目標の半分を解決したことになります。(*日本側の投資期間が不明なのでざっくり数字のみ。)

トランプ政権の経済政策の政策効果が出始めるには数年かかると想定されるため、トランプ政権としてはそれまでに象徴的な成功事例が幾つか必要になっています。そのため、日本からの多額の投資が決まったニュースは大きな意味を持っています。(トランプ氏が当初Twitterで指先介入をしたのもセンセーショナルな効果を狙った意味合いもあるものと理解すべきです。)

<インフラ投資が持つ米国外交上の多面的な効果>

また、インフラ投資は米国においては運輸省が所管する領域となります。運輸省はエレーン・チャオ運輸長官が所管していますが、彼女の夫は連邦上院の共和党院内総務のミッチー・マコーネル氏です。同氏はトランプ氏と実質的に対立している共和党主流派のボスです。

つまり、インフラ投資への協力は上記の通りトランプ氏に対して恩を売れるとともに、共和党が支配する議会に対しても友好的なメッセージを送ることになります。米国では連邦上院が外交政策に持つインパクトは大きいため、日本政府の対応は米国の共和党内の分裂にも配慮した賢いやり方だと思われます。また、インフラ投資については米国民主党も積極的であるため、米国の議会野党対策としても機能することが予想されます。

今後、インフラ投資でプラスの経済効果を受ける地域の連邦議員らに対してしっかりと影響力を拡大していくことを通じ、トランプ大統領とその周辺だけでなく連邦議会にも橋頭保から影響力を拡大していくことが望まれます。

<金で解決する外交が持つ限界点も認識すべきだ>

ただし、安倍政権の対米外交のスタンスにも問題はあります。

筆者は金で解決する外交のやり方には必ずしも肯定的ではありません。なぜなら、金で結びついた関係は、自分よりも金を持っているライバルパートナーが現れたときに終わるからです。

この場合にライバルとして登場する存在は中国です。中国は経済成長が鈍化しつつあるものの、世界第二位の経済大国となり、現在でも新常態の中で中速度の経済成長を続けています。

米中の貿易高こそが非常に大きなものがありますが、中国は米国本土にほとんど投資を行っていません。したがって、米国は民主主義国なので中国からの輸出品が選挙区の「雇用」に与える影響が無視できず、米中の距離は現状では比較的遠いものとなっています。

逆説的には、トランプ政権の圧力に屈する形で中国政府や中国企業が米国に直接投資を開始すると、日中の米国に対する影響力のバランスは崩れることになり、日中の今後の経済力の逆転が進展する中で、米国への貢ぎ物競争では最終的に日本は中国に敗北する可能性があります。したがって、日米間の問題を金だけで解決しようという日本の現在の姿勢は好ましいものとは言えない部分もあります。

そのため、筆者が以前から指摘している通り、本来は「金」ではない「価値観」を通じた日米同盟、を目指すべきであり、金はそのための下支え的なものだと認識する必要があります。

<米国から得られるものが皆無の会談になる可能性も>

日本側は米国側に貢物を用意して訪米することになるのですが、米国側が日本に与えるものが何になるのか、ということがイマイチ判然としません。たしかに、安倍・トランプ、日米関係が良好なものになるものと思います。しかし、筆者はそれだけのことに米国のATMとして約51兆円もの資金を拠出するカードを切ることの意味が分かりません。

米国の閣僚人事を見る限りでは、表面的な部分では反中派(ただし、習近平との繋がりは重視)を揃えており、トランプ政権は少なくとも数年は反中姿勢を崩さないものと思います。マティスもティラーソンも正式任命前の上院公聴会の段階から東アジアへの安全保障にコミットする発言をしています。また、日本が固執するTPPについてはトランプが既に撤退を宣言し、二国間協定に対しては日米ともに前向きな姿勢を示しています。

そのため、現段階で「インフラ投資」という日本最大の切り札を使ってトランプ政権から引き出す対価があるとは思えません。

そのため、筆者の見立てでは、安倍政権の狙いは「憲法改正に対するトランプ政権の了解を得ること」にあるものと見ています。安倍政権の悲願は憲法改正であり、その最大の障害は米国です。

国内では左派だけでなく保守にも米国が反対している・懸念していることを理由に、憲法改正や靖国参拝への自制を求める声が少なからず存在しています。それらを抑えるためのトランプとの取引ということであれば同取引を行うことも政権の理屈としては成り立つものと思います。直接的なコメントは無くとも「日本の地域における更に積極的な役割を望む」などの婉曲的な表現は出る可能性があります。

昨年、ヒラリー勝利⇒北方領土進展⇒解散総選挙という一部でささやかれたシナリオがトランプ勝利でご破算になったように、年内と想定されている総選挙にも安倍政権とトランプ政権との関係は影響を与えていきそうです。

<渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)の最新著作のご紹介>

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米中もし戦わば 戦争の地政学 (文春e-book)
ピーター・ナヴァロ
文藝春秋
2016-12-02

本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。
 

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2017年02月04日

トランプの入国禁止の合理性が分からない人へ

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トランプ大統領側の視点に立って「入国制限」のロジックを考える

トランプの入国制限について「入国禁止措置でトランプの頭がおかしくなったと思う貴方へ」というエントリーを作って投稿させて頂きました。過去記事では基本的には同時点で分かっていたこと・気が付いたことを中心に述べました。

正直に言えば、この問題について「入国禁止」という一事を持って物事を語っている有識者は、世界とトランプ政権に何が起こっているのか・これから何が起きるのか、についてほとんど何も分かっていないのではないか、と思います。

そして、それらは既に公式にオープンになっている情報からある程度推察することが可能であり、いつまでも観念論的な考察、制度的な説明、リベラルへの批判ばかりしていても、量産型ザクのような無意味な議論にしかなりません。そこで、今回の記事ではファクトに基づいてあえて物議を醸す内容をまとめてみました。

1月28日・トランプ大統領覚書「30日以内にイラク・シリアのISIS掃討作戦を作成しろ!」

1月27日の入国禁止措置で盛り上がった報道に隠れる形で、1月28日に「Presidential Memorandum Plan to Defeat the Islamic State of Iraq and Syria」という大統領覚書が公開されました。

簡単に内容をまとめると。関係機関が協力して「30日以内にイラク・シリアのISISを掃討する作戦素案を作れ!」という命令の文書です。文書内では予算付けに関する詳細な戦略を作るように指示されており、戦時国際法マニュアルの見直しを示唆する内容まで含まれています。

これはトランプ大統領による3つ目の大統領覚書となっています。

メディア上ではスティーブ・バノン首席戦略官がNSC(国家安全保障会議)の常任となり、統合参謀本部議長と国家情報長官は常任メンバーから格下げされた人事が行われたことも盛んに報道されました。この人事は2つ目の大統領覚書で行われたものであり、実は上記のISIS掃討作戦素案作りの覚書の中にはこの2つ目の人事変更を踏まえて計画を立案するべし、という趣旨の内容も盛り込まれています。

トランプ大統領はNSCを腹心で固めており、今後はスティーブ・バノン氏やマイケル・フリン氏らの対イスラム強硬派の勢力の影響力が強まることが予測されます。大統領府におけるバノン氏の側近であるセバスチャン・ゴルカ氏は著書でも「グローバル・ジハード」の脅威・対抗を述べています。

また、シリアへの地上兵力の派兵に慎重な国防総省の軍の制服組のトップがNSCから外されたことは、シリアへの地上兵力の派兵の可能性が高まったことも同時に意味しています。

ティラーソン国務長官及びマティス国防長官の議会公聴会でのISIS掃討発言

米国では各省長官の任命に際して上院で公聴会が実施されることになっており、そのやり取りの中で各長官候補の現状の施政方針について確認することが可能です。そこで、外交・安全保障を担う国務長官と国防長官の中東情勢に関する認識を確認してみましょう。

ティラーソン国務長官はISISの打倒は急務かつ最優先課題としており、アサド政権への対応はその上で検討する、と述べています。ティラーソン氏は公聴会に先立って発表した自らの姿勢方針を示す文書の中でもISISに対して非常に厳しい認識を示しています。

また、マティス国防長官は、ISISに対して現在以上に強い対応を行うべきだという意志を示し、横断的で統合された戦略が必要だと述べており、中東で軍事的な打撃を与えるとも主張しています。マティス国防長官は中東などを統括する中央軍司令官だった経歴を持つ同地域のエキスパートです。

つまり、外交・安全保障のキーパーソンがISISの打倒を優先事項として掲げていることが分かります。そして、当然ですが、上記の戦争計画素案作成を指示した大統領覚書では、国防長官・国務長官、そして関係省庁の長官がズラッと並べられて協力してプランを作ることになっています。

7か国からの入国停止を冷静に受け止める湾岸諸国、シリアへの安全地帯構想を検討するロシア

イスラム教徒がマジョリティーを占める国々からの入国禁止措置について、全てのイスラム国家が反対の姿勢を示しているわけではありません。少なくとも、サウジアラビア、クウェート、UAE、バーレーンなどの比較的親米諸国はトランプ大統領の入国禁止措置への非難に加わっていません。したがって、入国禁止を指定された諸国以外の中東のイスラム系国家の反応は比較的冷静な態度を示しています。

また、米国はサウジアラビアやロシアなどのシリア情勢に直接的に関与している国から、シリア国内に安全地帯を設ける旨について検討することに対する内諾を得ています。米国はオバマ政権時代にトルコから安全地帯構想への賛同要請を地上部隊の派兵を嫌って断ってきました。しかし、トランプ政権下では態度を一転させて同構想について積極的な姿勢を見せている状況です。トランプ政権に呼応する形でロシアがアサド政権の存続を前提として同構想への態度を軟化させてきたことは驚きましたが、両国ともにそろそろ手打ちを図る時期が来ているとも言えます。

入国禁止措置でシリア難民の受入れを無期限停止すること、米国がオバマ時代に完全に失った中東での主導権を取り戻すことに鑑み、米国にとってシリアにおける安全地帯の確保は重要な施策と言えるでしょう。

安全地帯の確保には地上兵力の投入が少なからず必要になる可能性があり、トランプ大統領は選挙期間中に2~3万人の地上兵力をISISに投入する旨を明言しています。また、トランプ大統領は就任演説でも「イスラム過激派のテロに対し世界を結束させ、地球上から完全に根絶する」と改めて述べています。(ただし、地上兵力の派兵のカードは大統領就任から現在までまだ切られていません。)

以上のように中東、特にシリア・イラクにおけるトランプ大統領の外交・安全保障に対する構想に関係各国は各々の立場で一定の協力的な反応を示しているものと思われます。

シリア・イラクで掃討されたISISはグローバル・ジハード路線に転向する可能性

冒頭で確認した通り、約30日後にISISを掃討する計画素案がトランプ大統領に提出されることはほぼ確定事項です。そして、トランプ大統領によって公約通りISISを掃討するために同計画が実行された場合、何が起きてくるのでしょうか。

現在シリア・イラクに集中しているISISが同地域から排除されたとしても、そのことは全てのISISの構成員が地球上から消滅することを意味するわけではありません。では、一体どのような状況になってしまうのでしょうか。

ISISがシリア・イラクで掃討された結果として発生する状況を示唆する有力な事例が存在しています。

それは、アル・カイーダです。アル・カイーダは9.11の時は明確な指揮系統を持った組織でしたが、米国による徹底した攻撃を受けて、数年後には同組織は国際的に分散した形態に移行する状況となってしまいました。

つまり、ISISもカリフ国家に集中されていたパワーが分散化することにより、アル・カイーダのようなグローバル・ジハード路線に転向していく可能性が極めて高いものと思います。また、ISISの構成員の中には、そのままアル・カイーダに合流する勢力も少なくないでしょう。

トランプ政権がISISをシリア・イラクで掃討し、シリア・イラクに出来上がっていたテロリストの入れ物が壊れることは世界中へのテロの拡散の引き金になる可能性があります。このことはイスラム蔑視からテロリストが生まれる云々という迂遠な話よりも遥かにテロの拡散の直接的な原因となるでしょう。

トランプ政権はグローバル・ジハードへの対応を既に強化しており、政権発足後初めて軍事行動としてイエメンのアル・カイーダ系の組織を攻撃するために実施し、トランプ大統領自らが死亡した米兵のための墓参りを行うことで国際テロ組織壊滅に向けた断固たる決意を示しました。同行動からトランプ政権のグローバル・ジハードへの対応方針が強固なものであることが伺えます。

入国禁止措置はグローバル・ジハードへの対応を意図しているものと推測

上記の通り、トランプ大統領の公約通りISISへの掃討作戦が実行されることで、その後ISISがグローバル・ジハードに転向する可能性があることを確認しました。そして、それらの転向した勢力は当然のように米国に侵入してテロを実行しようとする可能性は極めて高いです。

これらの状況を想定することで、トランプ政権の「入国禁止」措置の意図を初めて理解できるようになります。

トランプ政権はISIS掃討後の世界の環境変化を見据えているものと推測されます。昨日まで平気だったから今日も平気だと思う人はリスク管理に向いていません。

グローバル・ジハード化したISIS及びアル・カイーダ系からのテロリストの流入を防止するために、既にオバマ政権がテロリストの流入可能性が高い国としてテロリスト渡航防止法で指定していた国々からの流入を90日間停止、難民受入れも120日間停止、シリアからの難民受入れは無期限停止する、ということは必須のものでしょう。また、場合によっては同期間内で対ISISの本格的な軍事行動が実行されることも想定すべきです。(当然ですが、同措置がISISが国際的に拡散することへの対応と言えるわけがありません。)

ちなみに、同掃討作戦への関与が大きいイスラム諸国からの流入については一旦停止することも困難であり、それについてはそれらの同盟国の対応を信頼するしかないという苦しい状況となっているものと思います。

ただし、いずれは上記の緊急性の高い国々に適用された新しい基準のテロリスト流入対策が他国にも求められていくことになるでしょう。人権上の問題はあるものの、テロリスト対策として高度な生体認証システムの実装などが図られていくものと思われます。私たち日本人は米国がテロと現在進行形で戦闘を行っている国であるという前提を忘れるべきではありません。

上記の通り、大統領覚書、政権人事、テロリストの状況などを勘案した場合、トランプ政権が実行している政策は一定の一貫性・合理性を備えているものと考えることができます。

トランプ大統領の政策に対するファクト・ベースの議論の必要性

上記の内容は、筆者がトランプ政権の公約及び発足後の行動を論理的に並べて仮説を構築したものに過ぎません。もちろん、筆者の想定が間違っている可能性もありますし、同じファクトを見ても違う結論を導き出す人もいるかもしれません。

しかし、一つだけ言えることは、「観念論的な考察、制度的な説明、リベラルへの批判などの低レベルな議論」はそろそろ止めにしましょう、ということです。トランプ政権は既にスタートしており、矢継ぎ早に様々な政策が実行されている状況にあります。これらについて子細に検討した上で、その意図と実現性を推察することが求められるフェーズに突入しつつあります。

また、トランプ政権の政策は国内政策などでも複数の要素が相互作用を起こすものが多く、その内容は高度に練り上げられたものです。そのため、一つ一つの政策の妥当性を検証するのではなく、それらの政策の繋がりを意識した分析を試みる必要があります。もちろん、それは実際に政策を立案・実行する人々の顔ぶれとも複雑に絡み合っており、真っ当な分析を行うためには政策の方向性と人事情報との整合性も検討していくことも必須の作業となります。

我々はトランプ政権に対する偏見・蔑視は捨て去り、その意図・能力について捉えなおしていくべきでしょう。筆者は国内のトランプ政権に関する議論が速やかに次のレベルまで進んでくれることを願っています。

<渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)の最新著作のご紹介>

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トランプ大統領就任演説
国際情勢研究会
ゴマブックス株式会社
2017-01-31


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2017年01月30日

トランプの入国制限をちょっとだけ詳しく考えてみた

ISIL

トランプが署名した大統領令による入国規制は「トンデモナイ」話なのか?

トランプがイラン、リビア、スーダン、シリア、イラク、ソマリア、イエメンの7か国について入国制限を実施することを発表したことで、全米で反対デモが巻き起こっており、米国メディアがそれらを取材した内容の丸写しニュースが日本でも流れています。

さて、今回はトランプが署名した大統領令が本当に「トンデモナイ」ものなのか、について話をしていきたいと思います。その背景と意図、そして今後の展開について筆者なりにまとめたものであり、日本国内で語られている他の情報とは少し変わった視点から情報が提供できれば幸いです。

元々トランプのイスラム教徒入国禁止は、予備選挙時にトランプと共和党の一部(コーク財団系)が本格的に衝突したきっかけでもあり、その後一時的にトランプのHPから掲載が消えていたものの、大統領選挙後にHP上に復活したトランプ政権にとっては肝いりの政策だと言えるでしょう。

入国制限対象国が少なすぎるのではないか?という批判も存在している

今回の入国制限国は7か国について、米国国務省はこれらの国々をテロ支援国家またはISISやアルカイーダなどのイスラム過激派が現在進行形で勢力を誇っているテロリスト・セーフ・ヘイブンとして名指ししています。

そして、2016年1月に施行されたテロリスト渡航禁止法によって上記の7か国に渡航または滞在歴がある人は米国のビザ免除プログラムが利用できず、ビザ申請をしなければならないという元々他国よりも一段高いハードルが設けられて警戒されていました。そのため、トランプ大統領の着手までの速度には目を見張るものがありますが、これらの優先度の高い国からの入国者に対する規制を見直し・強化するための90日間の一時的な入国禁止措置を実施することは十分に想定の範囲内の出来事だと言えます。

ちなみに、トランプ大統領が2017年の受入れ上限としている難民5万人はオバマの半分程度と言われていますが、それは2016年にオバマが難民受入れ件数を激増させたからです。ジョージ・W・ブッシュとオバマの2015年までの平均は約5万人程度なので特別におかしな数字ではありません。

大騒ぎしている人々もグリーンカード保有者が大統領令の対象外になることが発表されたことで一定の期間が経過すれば静かになることが予想されます。また、米国が要求する追加情報を対象国から得た場合、ほとんど全ての人が入国できる可能性が高いです。

ただし、オバマ政権は最近の僅か2年で約5万発の爆弾を落とし、誤爆などによって新たなテロリストを上記の対象国内(イラク、シリア、リビア、ソマリア、イエメン等)などに育ててしまっています。潜在的なテロリスト予備軍の増加によって対テロ戦争という意味では9.11時よりも場合によっては状況が悪化している可能性があります。

したがって、一部のメディアや有識者のように過去のテロの実績から今後のリスクを安易に想定することは誤りであると推測されます。

そのため、文言通りにテロ対策として考えるならば、上記のテロリスト・セーフ・ヘイブンの文脈からはアフガニスタン、レバノン、パキスタンなどの国も対象であり、トランプ政権が一時的な入国禁止阻止措置を更に拡大していくことも想定すべきです。

トランプの真の狙いは「シリアに地上兵力を派兵して安全地帯を作ること」ではないか?

しかし、従来の政策の延長線上の措置とは言えども、これらの入国制限措置を純粋なテロ対策の観点のみで考えるべきかについては疑問があります。特にシリア難民の恒久的な入国禁止措置には別の狙いもありそうです。

今回の措置で最も重要なポイントはシリア難民の無期限入国禁止だと言えるでしょう。そして、トランプ政権の狙いは「シリア難民の入国禁止」によって生じる国際情勢の変化だと推測されます。

トランプ大統領は以前から「シリア国内に安全地帯を設ける」旨を発表していますが、サウジアラビア国王との電話会談でも再び「安全地帯の設置」についての協力を求めています。

そして、今回の大統領令でシリア難民を受け入れないと宣言した結果、人道的な措置として「シリア国内の安全な場所で難民に該当する人々を保護する」ことを逆に大義名分として獲得できるわけです。

現在、シリアでは米国抜きの世界秩序の始まりを象徴するかのような出来事が起きてしまっています。

オバマ政権のシリア対応は象徴的な外交失政であり、予算をかけて空爆を継続して無関係の人々も含めて殺傷した上に、米国の地上兵力の不在は和平プロセスからの米国排除という結果を招いて国際的威信を著しく低下させました。

今回、トランプ政権はシリア難民の入国禁止をあえて実施することで、米軍及び同盟国はシリアに地上部隊を派兵して影響力を持つ地域を手にする国内外からの大義名分を得ることになります。そうすることで、シリアでの和平交渉におけるバーゲニングパワーを取り戻せるからです。

そのため、トランプ大統領はシリアへの地上兵力派兵のカードはまだ切っていませんが、国内の一部の有識者のように派兵の可能性を全否定することは早計でしょう。

実際、ティラーソン国務長官をトランプに推薦したロバート・ゲーツはコンドリーザ・ライスと一緒に連名で地上兵力を派遣してプーチンと交渉するべきだという公開書面をメディア上に掲載していたこともあります。

イスラム教徒の入国禁止だと騒がれている理由の一つは少数派キリスト教徒の保護優先だから

上記でも触れた通り、グリーンカード取得者は対象外ということになり、「イスラム教徒の入国禁止だ!」とは一概には言えない状況となっています。

ただし、この大統領令がイスラム教徒の入国禁止と揶揄される理由の一つには「少数派宗教で迫害されている人」(≒キリスト教徒)を優先して難民として入国を受け入れる可能性が付記されている点にあります。

トランプ大統領は、これらの対象となったイスラム教国内では少数派となっているキリスト教徒は極めて残酷な被害にあっていることも多く、これらの人々は宗教的迫害から逃れるために優先的に入国させるとしています。

大統領令の批判者の中にはこの内容が宗教的な差別に当たるとする見方があるようですが、これについては意見が分かれるところでしょう。 キリスト教徒の迫害に関するレポートは十分根拠があり、なおかつ同時にこれはキリスト教福音派などの共和党保守派の意向が働いたものと考えることが妥当かと思います。

大統領選挙の経過及び結果が政策の微妙な部分に反映されることも米国の政治を考察していく上で非常に興味深い点だと言えるでしょう。

<渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)の最新著作のご紹介>

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イスラム国 テロリストが国家をつくる時
ロレッタ ナポリオーニ
文藝春秋
2015-01-07


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2017年01月14日

トランプ政権がそれでも親ロシアと言える理由

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ティラーソン国務長官・マティス国防長官の議会公聴会での発言の意味

レックス・ティラーソン氏とジェームズ・マティス氏に対する連邦上院議会公聴会での質疑が行われました。その中で、トランプ氏が主張する親ロシア的な方向性と両者のロシアに対する発言の間に溝があった、という報道が行われています。

しかし、筆者の感覚では、トランプ氏と両氏の間のスタンスは、あくまでも米国の政治の文脈の中ではロシアとの関係では融和派の中での表現の違いである、と思います。

流石にトランプ氏ほどに露骨にプーチン氏との協調姿勢を見せることはありませんが、両氏ともに米国政治のアクターとしては極めてロシアに対して協調的な発言を行っています。

ブッシュ政権・オバマ政権のロシアに対するスタンスと比較することが大事だ

トランプ政権で新たに任命される予定の二閣僚のロシアに対するスタンスについて絶対的な尺度ではなく相対的な尺度で捉えるべきです。

なぜなら、米国の対ロ関係は旧ソ連との対立の文脈を引きずっていることから、政治的なアクター―のほぼ全員が極端な反ロシア体質を有しているからです。

ロシアではジョージ・W・ブッシュの時代から米国は旧ソ連圏で一連の市民活動家を支援するカラー革命という形で、ロシアとの親和性が高かった権威主義的な指導者を放逐することに熱心だったとみなされています。、

2000年のセルビアにおけるブルドーザー革命や、2003年グルジアのバラ革命、2004年ウクライナのオレンジ革命、2005年キルギスのチューリップ革命など、プーチン政権は一連の革命の背後に米国政府または米国の財団が存在していたとみなされており、ブッシュ政権とプーチン政権の間の対立関係が鮮明になっていきました。

2008年のグルジア紛争で著しく悪化した米ロ関係をリセットすることを主張したオバマ政権は政権発足直後こそロシアとの間で政治的な妥協を成立させたものの、次第にカラー革命に親和的な対ロ外交を志向するようになり、2012年1月にロシア大使としてマイケル・マクフォール・スタンフォード大学教授を就任させました。

マクフォール大使は、反ロシアというよりも更に進んだスタンスで、ロシアや東欧の政権自体を市民活動を活発化させることによって事実上転覆させることを公言しており、着任直後からロシア国内の活動家と接触してプーチン政権との対立を先鋭化させました。

以上のように、ブッシュ政権もオバマ政権も反ロシアというレベルを超えて、ロシアのプーチン政権の転覆までも意図した対応を行っていた、というものがロシア側から見た前二政権への評価でしょう。

米国がロシアの国益への配慮を明示するだけで親ロシア的である

たしかに、ティラーソン・マティスの両氏ともにロシアに対する警戒心を示し、同盟国とともに厳しい対応を取っていくことを明言してはいます。

ただし、ティラーソン氏は公聴会に際して自らの外交の施政方針に関する文書を公開しており、同時にロシア側の国益と調整する意向を示しており、ロシアに対して政治的な妥協を行う可能性について示唆しています。

同施政方針に関する文書では、最初に中国、その後にロシア・ISISという順序でグローバルな脅威が述べられており、ロシアを問題視するトーンは明らかに弱くなっています。そして、その内容は概ねロシアに対して米国の力を示しつつも、お互いに妥協できるところは妥協するというスタンスがとられています。

共和党内ではロシアは妥協の余地がない永遠の宿敵のような扱いであり、同国は人権問題と国際秩序を蹂躙する国家というイメージが持たれています。

実際に、共和党予備選挙の候補者でもあった対ロ強硬派のマルコ・ルビオ氏などが公聴会の場でティラーソン氏に対してロシアでの人権問題やシリアでの戦争犯罪について質問しましたが、ティラーソンはそれらへの回答を拒否しています。米国におけるロシアに対する主流なスタンスはマルコ・ルビオ氏の立場であることは間違いありません。

したがって、ロシアの国益を予測可能なものとした上で、米国の不在によるロシアの増長を防止して同盟国とともにロシアに対抗する体制を構築しつつ、イスラムテロなどに協調して対応することを明言するだけでも、米国内ではロシアに対して十分に親ロシア的なスタンスだと言えます。

どこかの国の首相のように土下座的な外交を行うことは親ロ的という範疇を超えたものだと言えるでしょう。

また、そもそもトランプ氏をモンロー主義的な孤立主義の外交方針を持った人物とみなす向きは、メディアや政治的な敵対者による完全なミスリードであるために論ずるに値しないものです。

トランプもティラーソンもプーチンの強いリーダーシップの継続を前提としている

トランプ氏はプーチン大統領を称賛する発言が多いのですが、その内容はプーチン大統領のリーダーシップに関する点が多いことに特徴があります。そして、リーダーシップには自らの行動に対して説明責任、つまり何を意図しているのかを他者に説明できることが含まれることは当然です。

ティラーソン氏は上記の文書の中で米国の外交に最も必要な要素は「説明責任」だと述べています。つまり、米国が自らの立場を明確にした上で約束を履行していくことの重要性を述べているのです。これはオバマ政権に最も欠けていた外交的要素であったため、ティラーソン氏はその重要性を非常に強調しているわけです。

ティラーソン氏はロシアの国益を予測可能であるために交渉の余地があることを示唆しています。

その前提条件はロシアがプーチン大統領の強いリーダーシップの下にあることは言うまでもありません。つまり、トランプとティラーソンはプーチン政権の存続を前提とした外交方針を共有していることになります。

トランプ政権にとって対ロ問題で起きうる最も厄介な状況は何らかの形でプーチン大統領が指導力を失い、代わりに予測困難な新たな指導者が現れたり、ロシアの政治状況が混乱状態に陥ることだと思われます。

「プーチン政権の継続を容認し、プーチンが主張するロシアの国益との調整を行う」という姿勢は、ブッシュ・オバマ政権の在り方と比べて極めて親ロシア的なものだと言えるでしょう。

トランプ政権と事実上対立関係にある米国メディアやその報道を丸写しにする日本メディアは、トランプ氏とトランプ氏が任命する閣僚の方針の間に齟齬があるように見せたがっていますが、事実は少し異なっていると言えるでしょう。

フォーリン・アフェアーズ・リポート2012年8月10日発売号
ビョルン・ロンボルグ
フォーリン・アフェアーズ・ジャパン
2012-08-10


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2017年01月12日

他人に何かを求める人は追加で金を払うべきだ

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特別扱いを受けたいなら追加で金を払うことが常識だと思う

世の中「これがマナー違反だ!」と言い始めたらキリがないと思います。

たとえば、ファミレスでの携帯電話の使用や子どもの声などがうるさいから黙らせたいとか、お年寄りには席にを譲るべきだとか、それを守りたい人たちは守れば良いし、気まずい雰囲気に耐えられずに自発的にそうすることは構いません。

しかし、赤の他人に面と向かって正義漢ぶってそれを要求する人たちには「?」マークが付かざるを得ません。なぜなら、他人に自分が望む何かを求めるということは、それに対する補償を行うつもりがあることが当然だからです。

なぜなら何が迷惑かなどは人によって違うからです。携帯を煩いと思う人にとってはそれが迷惑ですし、その場で禁止もされてない携帯を止めさせようとする人も禁止される相手にしてみたら良い迷惑です。

私人が私人に対して自我を通すために何が必要なのか

その場がいずれかの店内などであれば当該店舗が禁止していること以上を他人に求める際には最低限お願いから入るべきか、またはどうしても耐えられないなら「追加の金」を払って「マナーコード」が守られる店に行けば良いのです。

まあ、ファミレスには色々な客がいるわけなので、うるさく騒いでいる人もいれば、絶叫している子どももいて、正義漢ぶった道徳おじさんもいるし、それがウザイと思うなら筆者が場所を変えれば良いだけかもしれませんが・・・。筆者にしてみたら全部煩いだけの人ですが、しかし特に禁止もされてないし安いんだから我慢しています。

筆者は他人に対してどうあるべきかを不躾に求める連中が嫌いです。自分の中の正義は他人の正義とは限らないということを自覚できず、他人の領域に土足で踏み込む行為は最低のことだと思います。

自分が当該環境が与えている状況とは違ったサービスを受けたいなら、他人にそれを求めるのではなくて自分が追加のコストを負担したら良いだけです。それを道徳律に依拠して他人に注意しようという世の中は極めて疑問です。

お金で全てが解決するとは言いませんが、お金で解決できることは金で解決した方がいいに決まっています。対立する物事は根本的に解決できないですが、それを効率的に解決するのがお金の役割。それを頭から否定する人は、他人に対するレスペクトがあるようで、実は自己の要求のみを通そうとする傲慢な人です。

自分が正しいと思い込んで他人に強制するのではなくその場の責任者に聞きましょう

他人が自分が嫌だと思っている行為をしているとき、自分で他人に注意するならお願いするか・追加で金を払うべきでしょう。そして、筆者はそもそも赤の他人に直接的に働きかける自力救済は全くオススメしません。

自宅や道端で携帯をかけている人を止めさせる人はなかなかいないでしょう。それはその空間が完全に私的な空間か、または税金によって運営されている公的な空間だからです。形式上、前者の責任は自分、後者の責任者は全員ということになります。道端でどうしても不愉快な行為があるなら警察に行ってくれということになります。

そして、特定の店の中で行われる行為については、公の空間と錯覚しがちですが、その場を提供している店舗の責任者がルールメーカーです。そのため、何か他の人にお願いしたいことがあるなら、その場の責任者にルールを確認し、その上で責任者に何らかの対応を求めるべきだと思います。

愚にもつかない道徳心なんてものは時代に合わせて変わっていくものであり、私人間の利害調整について、何が正しいという自分の正義がある人は一度立ち止まって、その正義は相手の正義でもあるのか、について考え直すべきでしょう。



本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。


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2017年01月11日

トランプTwitter、経団連会長は民主主義を知らない

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経団連会長の「ツイッターは政策発表の場でない」の時代錯誤

経団連の榊原定征会長は10日午後の記者会見で、トランプ次期米大統領がトヨタ自動車のメキシコ新工場の建設をツイッターで非難したことについて「ツイッターは一個人、私人のつぶやきであり、大統領の政策発表ではない」との見方を示した。(日経新聞2017年1月10日)

とのことです。経団連会長のおっしゃる意味を分からないでもないですが、トランプ氏への理解を根本的に欠いている、というよりも民主主義を理解できていないと思います。

現在トランプ氏は主流派メディアと対立している上に大統領就任前なのでTwitterでの情報発信に頼らざるを得ないという側面がありますが、だからこそTwitter上での発言を軽視することは時代錯誤です。

トランプ氏のTwitterは約2000万のフォロワーを抱えています。大統領に選出された人物が国民に直接声を届けることができるメディアの価値を正しく認識するべきです。

Twitterは民主主義の新たなメディアとして認知されるべき
 
トランプ氏は民主主義によって選ばれた大統領です。そして、彼の選挙の勝利に際して、Twitterによる支持者への訴えかけが非常に効果的な役割を果たしたことは明らかでした。そして、現在では主流派のメディアもトランプ氏のTwitterの後追い報道に終始しています。

トランプ氏には約6300万人以上の米国市民が投票しており、トランプ氏のTwitterはトランプ氏一個人の発言と見ることは間違っています。トランプ氏の意向は多くのトランプ氏に投票した人々の声でもあると理解することは米国という民主主義国を理解する上で重要な視点です。

たとえば、トヨタがトランプ氏のTwitterを意図的に軽視したり不快感を示した場合、おそらく共和党支持者が主要な顧客であるトヨタのピックアップトラックなどは一瞬で不買運動に巻き込まれる可能性があります。米国企業も同様であり、フォードなどが米国国内に工場を回帰させることはリスク回避策として妥当です。

メキシコに立地する工場に高関税をかけることは実質的に困難だと思いますが、それらの発言を通じて米国の巨大な市場を利用した事実上の経済政策としてのメッセージを発することが可能なのです。

そして、それらの米国の消費者が構成する市場に直接的かつ非公式に訴えかける手法としてTwitterは極めて有効な手段だと言えるでしょう。

トランプ氏の外交政策の基本は米国市場を背景とした圧力だ

トランプ氏はビジネスマンとしての大統領であると捉えることが妥当です。したがって、単純な自由貿易礼賛論者でも偏狭な保護主義者でもありません。まして、同氏をグローバル化を否定する存在であると看做すことは同氏の政策に対する根本的な錯誤に繋がるでしょう。(新たに任命される駐日大使を見ても明らかです。

トランプ氏が実施しようとしていることは、自国の巨大な市場を背景として各国に経済改革を迫る、というものであることは明らかです。自国民の感情を良く理解した上で、自国の市場の性質を操作することで、国際経済の基本的な構造を変化させようとしています。

ブッシュやオバマのような理想主義的な政権と違って、トランプ政権はグローバリズムとリアリズムの折衷のような政権だと言えるでしょう。

トランプ政権は今後中国に対して強烈な態度を更に見せ始めるものと思いますが、それらの動きは米国市場を巧みに活用しながら中国への更なる改革開放を迫る結果に繋がっていくはずです。その際、公式な場での政策発表では表明しづらいが、国民感情に訴えかけたいものについてはTwitterを積極的に利用していくものと思われます。

大統領就任後、主流メディアとTwitterなどの使い分けについて、それぞれの意味についてしっかりと汲み取っていく作業を行うべきでしょう。



本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。 

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yuyawatase at 13:08|PermalinkComments(0)