タックスイーター

2017年07月04日

都議選敗北はTOKYO自民党が生まれ変わる好機

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自民党・東京都議選の敗因は「争点」設計のミス

自民党の東京都議選のマニフェストは「個人都民税10%削減」「事業所税50%削減」など、経済政策としては「都民ファースト」よりも筋が良いものでした。しかし、これらの政策は「やっつけ感」が元々漂っていたこと、どの候補者も真面目に訴えていなかったこと、そして党本部がほぼそれらの政策を無視したこと、などが響いて、その価値や位置づけが明確になりませんでした。

一方、憲法改正やテロ等準備罪などのタカ派的な政策イメージが先行し、国民の目から安倍政権が一定の評価をされてきた経済政策が目立たなくなったことで、有権者が安倍政権を積極的に支える理由が喪失したことも大きかったと思えます。

そのため、消極的な理由である「安倍首相・自民党以外の選択肢がない」という課題に対して、自民党に対して「古いか・新しいか」というだけで他はほぼコピーと変わらない「都民ファースト」が代替者としての地位におさまることになりました。(もちろん、選挙戦自体は公明党・連合という新進党型なので少し違う点もありますが。)

都議会自民党は各選挙区のボスの集合体で統一的なキャンペーンは実施しにくい体質がありますが、そこは党本部側が国政レベルでキャンペーンを設定して補うべき点だったと思います。

争点設計の失敗の結果としての「メディアによるネガティブキャンペーン」

森友・加計のような首相及び夫人に起因する問題はまだしも、豊田議員の暴言スキャンダルや金子議員の公用車育児通勤などは本来は都議選に影響を与えるほどのモノかと言えば極めて疑問です。

要は安倍政権自体がテロ等準備罪や加計スキャンダルなどの国会対策に手一杯に追い込まれて、東京都議選をどのように戦うのか、という点について無策であったことが、メディアのネガティブキャンペーンに拍車をかける結果になったものと思います。

たしかに、昨年段階から小池知事の支持率は非常に高い状況ではあるものの、豊洲問題をはじめとして都民からの支持に一瞬のかげりが生じたことも確かであり、その時に自民党があるべき「東京都のビジョン」を示せなかったことが致命傷になりました。

小池知事は議会運営日程を見ながらマイナスを修復するタイミングを計画的に伺っていたように見えるため、選挙に向けたスケジュール設定なども小池知事のほうが上手であったように思います。

政権側が選挙争点を設計することに失敗した場合、反政権的なメディアによる争点設計が優位となり、その結果として「通常は話題にもならないようなネタ」がワイドショーで幅を利かせることになったといったところでしょう。

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東京都を痛めつけることを良しとする現在の自民党の愚さ

むしろ、自民党は東京都のビジョンを作るどころか、東京都を衰退させるようなスタンスを維持し続けています。昨年の夏の東京都知事選挙において、都政のドンの問題はクローズアップされましたが、それだけでなく、増田寛也氏という東京から地方への不当な資源移転を推進する人物を知事候補におしたことが拒否されたことを真剣に考えてこなかったことが問題です。

知事選挙で落選した増田氏は杉並区の顧問に据えて厚遇されています。自民党の重鎮のお膝元であり、有権者の民意を無視した忖度の極みでしょう。同氏のお墨付きのプラスアルファを得た杉並区は南伊豆への無用な特養建設に邁進し続けており、東京都内からの税金の流出に拍車をかけるモデルを構築しようとしています。また、同氏が座長代理を務める国の有識者会議が東京都内における大学抑制をはじめとした東京衰退政策を平然と公表している姿にも全く共感できません。

基礎自治体が独自に判断したというのかもしれませんが、都民が有権者として税金で雇うことを拒否した人物に、都内の基礎自治体が顧問料を支払うことに疑問を呈さない政党など不要でしょう。

小池知事の初登頂時の握手を拒否した無反省ぶりだけでなく、政策的な無反省ぶりは極まった状況であると言えます。この点も「都民ファースト」という名称のアンチとして都民の認識の深いところに影響したものと推測します。(追記・握手拒否はメディアが作ったフェイクニュースということで、自分も勘違いしていたため反省します。)

TOKYO自由民主党は「東京都民のための政党」に生まれ変わるべきだ

自由民主党の主要な支持基盤は土着の人々であり、ノスタルジーに駆られて田舎に税金をばらまくことを良しとする人たちばかりではありません。東京都内でも土着の人々はいるのであって、党本部が地方を重視するどころか、都議会自民党が地方へのバラマキを容認するなど言語道断です。

筆者は元々TOKYO自民支持でしたが、近年ではおかしな方向に向かっていたため、第三極への支持を強めていました。そして、TOKYO自民党は完全な敗北を決すまで間違った政策を進めてしまいました。これは東京オリンピック招致で東京都は国に協力を求める必要があり、政権与党であった自民党が東京都のために働くことに対して逆行した政策を容認してきた故もあることでしょう。

しかし、既に東京オリンピック招致は決定しており、それらの差配は小池知事・都民ファースト側に移ることが予想されるため、TOKYO自民党は利権争いはほどほどにして、東京都民のために働く、という原点に立ち返ってほしいと思います。タックスイーターの政党からタックスぺイヤーの政党に転換すべきです。

二度と党本部が指名するような天下りの地方バラマキ候補を都知事候補に指名する愚を繰り返さないでほしいものです。

TOKYO自由民主党は経済成長の具体策を出せる政党へ

小池知事及び都民ファーストの会は豊洲問題に象徴させるように政策よりも政局を優先させる傾向を持っています。そのため、そもそも経済政策自体を真剣に考えている可能性は極めて低いものと思います。一方、自民党本部も東京都のことをまともに考えているとは信じがたい政策を実行しています。

そのため、都議会の野党第一党であるTOKYO自民党は独自のシンクタンク機能を創設し、東京都の経済成長を促すためのまともな政策を立案していくことが望まれます。それらは今後の都知事選挙や都議選における礎となっていくことでしょう。

この東京都議会議員選挙の結果は、中央の党本部が推し進める地方へのバラマキを東京自民党が拒絶して、東京都を更に経済成長させるための政党に生まれ変わる絶好の機会が到来したと受け止めるべきです。



本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。


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2017年04月05日

元かがやけTokyo都議は「都民ファースト」から離党すべき

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<TBSから引用>

連合東京と政策合意なら、元かがやけTokyo都議は「都民ファースト」から離党すべきだ

「7月都議選、都民ファーストの会と連合東京が政策合意」という報道がありました。

連合東京には当然ですが、 東京都の職員組合も所属しています。したがって、職員給与に関しては基本的に守るor増やす方向であることは間違いなく、事業の民間委託や民営化にも反対であることは明白です。

一方、元々小池百合子東京都知事を知事選挙で応援した「かがやけTokyo」の議員たちは、旧みんなの党のメンバーであり、職員給与の引き上げについては反対姿勢を取るとともに、都事業の民間委託などに前向きな姿勢を見せていたものと記憶しています。

彼らの元所属政党である「みんなの党」は2013年都議会議員選挙時に「東京アジェンダ」を発表し、その中で「公務員の総人件費20%カット」を謳っていましたので、このような政治姿勢の転換はほぼ180度真逆の方向に舵を切ったと言って過言ではありません。

したがって、仮に都民ファーストの代表が小池知事の野田特別秘書であったとしても、現在の都議会所属議員には連合東京との政策協定を結ぶことには責任があります。連合東京から支援を受けた都議候補者が自党から立候補することを黙認することは2013年の都議選挙の公約への事実上の裏切りでしょう。それとも、既に党名も内容も違う、または連合東京と一緒になっても公約は守れると嘯くつもりでしょうか?

元かがやけTokyoの都議会議員が「都民との公約」をまともに守るつもりがあるなら、「都民ファースト」から離党するか、連合東京との政策協定を撤回するように働きかけるべきです。

政治家なのか、政治屋なのか、それが問題だ

自分達が推薦した都知事が連合東京と組むからといって自らの政治スタンスを180度転換する議員は、政治家ではなく政治屋でしかありません。地方議会は小池知事の私塾である希望の塾の都議選候補者選抜試験にもあったように「二元代表制」であるため、小池知事の方針に従って自党が連合東京と組む必要はありません。現在の都民ファーストの都議会議員らはこの事態を容認したのでしょうか。

連合東京と政策協定を結ぶと言うならば、みんなの党⇒維新の党⇒民進党、と所属政党を変えてきた、旧みんなの党の都議会議員らと何も変わりません。自分達が受かりたいだけの都議会議員なら既に十分足りてますから、政策方針を転換するなら次の選挙に出馬するべきではありません。有権者にとっては改革派を僭称する勢力が存在することは紛らわしいだけで迷惑です。

明確に申し上げておきますが、ここで黙って都民ファーストに残って政策協定を追認するようであれば、それは「政治屋」です。元かがやけTokyoに所属していた都議会議員は、政治家なのか、政治屋なのか、それが問題なのです。現在の政治的な党派性をとるのか、前回の選挙で自分を都議会に送ってくれた有権者を信頼するのか、どちらを選ぶべきなのかが問われています。

ちなみに、筆者はかがやけTokyoの人々は都民ファーストを離党したほうが良いと考えています。なぜなら、筋が悪い公営市場移転問題に政局的に振り回されることなく、本来政策的に必要なことを有権者に訴えられるようになるからです。

元かがやけTokyoの都議会議員のTwitterアカウント

下記が元かがやけTokyoの都議会議員のTwitterアカウントです。おかしいと思う人はこちらに意見投稿を行って、彼らに都民ファーストからの離党または連合東京の政策協定の撤回を要望してください。これは彼らに期待した都民への明白な裏切りであり、彼らに政治家としての志があるなら筋を通させるべきです。

音喜多駿 https://twitter.com/otokita
上田令子 https://twitter.com/uedareiko
もろずみみのる https://twitter.com/morozumi_m

トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体
渡瀬裕哉
祥伝社
2017-04-01




本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。 



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2017年03月24日

東京都の政党は「地方交付税」問題を争点にすべき

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政治家にビジョン形成を求めること自体が時代錯誤ではないのか

宇佐美典也さんの「都議選は「空前絶後で超絶怒涛な公約」を待望してます」を読んで、やはり元官僚の方は言うことが違うなと思いました。

政治家はビジョナリーな空前絶後で超絶怒涛の公約を語ることよりも、現実の財布(=税金)の話をすることが本来の仕事であり、税支出の使途の妥当性を問うべきです。彼らは納税者の代表であって妄想を語ることは仕事ではありません。

政治家や官僚に社会のビジョン形成を求めること自体が時代錯誤であり、革新官僚的な発想で「政治にビジョンの提示を求める」という行為をやめていくべきでしょう。

東京に基盤を置く政党が地方交付税や地方バラマキ政策を問題にするのは当たり前

筆者も維新の会の「議員定数5分の1」は全く意味不明だと思いますが、都民ファーストの音喜多都議が地方交付税の在り方を問題にすることは東京都に基盤を置く政党の幹事長として至極当然のことだと思います。

年間7兆円以上も東京都内から流出している「みみっちい」税金の話を看過できるほど、東京都民は非現実な世界に生きているわけではありません。

宇佐美さんが主張する「東京の出生率を2.5まで引き上げる」とか、「75歳まで働ける社会」とか、「観光消費を倍増させて経済を成長させる」とか、「生活コストの引き下げ」などは東京都民の手に資金が残っていればある程度解決可能な問題です。このような政治家の対処療法的な個別のレトリックではなく、東京都からの税流出を防止することは問題の根治に繋がります。

東京に基盤を置きながら、都議会だけでなく国政に候補者を立てる準備を推進している「都民ファーストの会」の都議会幹事長が税金の話をすることは当たり前です。

まして、筆者も音喜多氏も東京出身者であり、それらの人々の声、そして地方から出てきて東京で子育てしている人々の声を代弁しても何ら不思議でもありません。

また、東京と地方の共存共栄とは、東京一人勝ち&地方へのバラまき、を前提とした関係ではなく、東京と地方が独立・協力・競争しながら一緒に栄えるものだと考えます。

必要とされるものは政治家の「口約束」ではなく、民間の力を信頼する「契約」だということ

筆者が都民ファースト会などに期待する都議会議員選挙の公約は、宇佐美さんが共感を示したような石原氏の「〇〇やります」的な公約ではなく、「〇〇やりません、東京都民の手にお金と権限を戻します」というものです。

豊洲新市場一つをとっても移転するか否か以前に、行政機関は意思決定までに時間がかかりすぎて、元々想定していた事業環境と大きく変化が生じてしまうことはザラだと思います。(豊洲市場は大赤字!金融の視点で見える事業面での大問題)小池知事が移転を早期に実行したところで、東京都庁が無能な投資家であることに違いはありません。

宇佐美さんと筆者は同年代ですが、東京都の政治家と都庁の役人に夢を見せてもらう必要はありませんし、むしろ政治家と役人は余計なことをせずに粛々と行革、減税、権限移譲・規制緩和を進めてほしいものと思います。

宇佐美さんが我々の世代を代表されるようなことをおっしゃっていたので本稿に引用してしまって申し訳ありませんが、意見が違う人もいるよということで大目に見てください。

政治家が考える「日本の中で東京がどのような役割を果たすべきか」を具体化した「空前絶後で超絶怒涛な公約」でげっそりさせられるよりも、日々をコツコツと生きている東京都民の生活が豊かになる政策をやってもらう方向性でお願いしたいものです。

これ以上東京都民の税金を政治家や役人のおもちゃに使う行為をやめること、次回の東京都議会議員選挙に一都民として唯一期待しております。起きながら見る夢とは民間人が努力する中で見るものであり、政治家ができることはそれを邪魔しないことです。
 





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2016年02月08日

鴻海がシャープを買収することは自然の摂理である

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wikipediaより引用

鴻海がシャープを買収することは自然の摂理である

台湾企業の鴻海がシャープを買収する方向でほぼ決まりそうなことは非常に望ましいことです。鴻海がシャープブランドを活用した世界戦略を採用することは一つの考え方だと思います。まさに買収すべくして買収した自然の摂理のようなものであり、新興国で資本力を蓄えた企業として「歴史を買う」妥当な戦略だと思います。

それに比べて、産業革新機構は「再生」という名称で何をしようとしたのか全く不明です。シャープは経済産業省の天下り実績がある企業であり、「技術流出の防止」という大義名分を掲げて、更なる天下り先確保&過去の不透明な巨額投資の意思決定過程の記録を隠そうとしたんじゃないかと邪推もしたくなります。

むしろ、経営危機にあるシャープを買収するために7000億円も拠出する企業が現れたことについて、日本人であれば喜ぶべきところであり、本来はベンチャー投資に充てるべき血税を「大企業の再生案件」として投資しようとした政府系の官民ファンドから資金の引き上げを直ちに実行するべきです。

世界に対して日本が自由主義経済国であるメンツを辛うじて保つ形に

産業革新機構がおかしな行動をした上に、シャープの経営陣が鴻海の好条件に即決できない姿をさらしたせいで、日本は依然として自由経済の国ではないかのような印象を他国に与えるところでした。しかし、結果としてシャープが鴻海を選んだことで自由市場が機能していることを世界に示せたと思います。

現在の国際競争はグローバル企業からの投資をどれだけ惹きつける都市・企業・人材を創り出すかということが重要です。シャープという一企業の事例を通じて、日本は政府系ファンドが市場原理に反する不可解な行動を行う国であるという印象を与えることは中長期的に見て決定的にマイナスです。

先発資本主義国である日本は他国企業をM&Aしていきながら、更に付加価値を高めた都市・企業・人材への投資を集め続けるというスパイラルな上昇過程を続けることが大事であり、その流れを自ら断ち切ってしまうことこそが敗北への道ということになります。

今回の一件でも分かることは、国策の産業政策というものは「保護主義」を根幹に据えており、発展途上国の政策モデルであるということです。このような政策モデルを根本から転換させていくことが必要でしょう。

金融政策で景気が浮き沈みするのであれば「産業政策」は不要ではないか

筆者は政府と中央銀行を肥大化させるアベノミクスを支持する者ではありませんが、しかし安倍政権がアベノミクスの成果を強調することをそのまま認めるならば「産業政策」は根本的に不要だということになります。

安倍政権になる以前から、政府は大量の予算を産業政策に投資してきているのに、それらはアベノミクスが行われるまで何ら経済活動を好転させる成果を生み出さなかった、ということになるからです。したがって、金融緩和によって景気が浮揚するなら産業政策は不要と言えるでしょう。

筆者はアベノミクスによる景気浮揚効果は極めて限定的であり、リーマンショックからの景気循環による経済活動の好転のほうが大きいのではないか、と思っていますが、その場合であっても産業政策はやはり不要ということになります。

今回の産業革新機構のシャープの買収失敗は、日本の産業政策の必要性について根本から見直す良い機会になるのではないでしょうか。その大半は日本の産業構造の新陳代謝を遅らせるものであり、産業政策を極小化することが実は最大の産業政策であることに気が付くことでしょう。




日本の競争戦略
マイケル・E. ポーター
ダイヤモンド社
2000-04

1940年体制(増補版)
野口 悠紀雄
東洋経済新報社
2013-05-02





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2016年01月20日

安倍・山尾質疑、与党も野党も「適当な数字ばかり」を並べる待機児童問題

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安倍首相と山尾しおり議員の「女性就業数」「待機児童」の質疑が話題に

2016年1月13日の衆議院予算委員会で山尾しおり議員による安倍首相の「安倍政権下で90万人の女性の就業者数が増加した。待機児童増加は嬉しい悲鳴」が虚偽である、という追及をしたことが話題になりました。

山尾議員曰く「25~44歳までの女性就業者数は2010~2015年で横ばい。増えたのは高齢者の女性ばかり」ということで、安倍首相が思い込みで答弁していると指摘しています。

その上で、山尾議員は「待機児童数が増加している背景の一つは保育士の給料が悪いから。したがって、保育士の給料を引き上げろ」と要望しています。

衆議院インターネット中継
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=45450&media_type=wb

本記事では上記の議論の妥当性について再検証することで、国会のあるべき姿について国民に再検討を促すことを目的としています。

本来であれば、古賀茂明氏のような有識者の皆さんが正しい話をするべきだと思うのですが、まったく的外れな感想をメディアに載せているので、本ブログが同問題についてミッチリと調べてました。

古賀茂明氏
待機児童が増えたのは「働く母」が増えたからじゃない! 白熱の質疑応答で暴かれた安倍総理の「ウソ」

女性の就業及び保育の実態を数字で検証してみた結果は・・・

女性の就業状況を検証する上で重要なことは、20~44歳の女性人口の絶対数が減少している、ということです。2010~2014年までの20~44歳までの女性人口数は約89万人減少しています。したがって、20~44歳までの女性の就業数が横ばいであることから就業率は上昇していることが分かります。
(参考:人口動向も含めた正規・非正規就業者数などの詳細をグラフ化してみる(2015年)(最新)

そのため、山尾議員が「就業率」ではなく「就業数」に質疑でこだわったことは正しいものと思います。安倍首相も数字を認識していなかったという点で極めて稚拙であったと思います。

しかし、待機児童数の増加を検討する上で、20~44歳の女性の就業者数が意味がある数字かどうかは別問題です。

なぜなら、2010~2014年の新生児の絶対数が減少している(約107万→約100万、累計約16万人)上に、保育園の利用児童数は増加しているからです。(約208万人→約227万人(2014年)→237(2015年))つまり、女性の就業者数は横ばいですが、子どもの絶対数は減っており、保育園の利用児童数は増えているのです。

では、山尾議員が指摘する2015年度の待機児童は何故増加したのでしょうか。実は待機児童数自体も2010~2014年まで減少が続いていました。(2.6万人→2.1万人)2015年に待機児童数が増加した原因は、子ども・子育て支援新制度が導入された結果として待機児童数が掘り起こされたからです。(2.1万人→2.3万人)
(参考:『保育所は増加・待機児童も増加』という怪奇現象の理由 〜 政府にとって好都合な数字ではダメ

ということで、結論としては、

「新生児数が減った上に保育園の増加で利用児童数は増加したため、直近数年間は既存の待機児童は解消に向かっていた。しかし、2015年度の新制度の導入で潜在的待機児童数が掘り起こされて待機児童の絶対数が増えた。一方、25~44歳の女性就業率は増加しているため、女性の間で保育園の話題が増えている」

ということが実態です。したがって、山尾議員がこだわる「女性の就業者数が横ばいであること」「保育士の給料」は、あくまで山尾議員が述べるように背景の一つでしかなく、2015年の待機児童数増加の直接の要因として捉えることには無理がある、ということが言えます。

保育士の給料の実態を数字で検証してみた結果・・・

その上で、山尾議員の持論である「待機児童の背景の一つ」は「保育士の給料が悪いから」であり、「保育士の給料の引き上げ」が必要だ、という主張の妥当性を検証します。

実際、現行制度では保育士が集まらなければ保育サービスの総量を増やせないので、現役保育士だけでなく潜在保育士が働くことができる環境整備が必要となります。

そこで、まずは保育士の給料環境について考察します。平成26年度の厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、

<全産業>平均年齢・平均年収は42.1歳329,600円で、労働時間は163時間・超過労働は14時間
<保育士>平均年齢・平均月収は34.7歳で216,100円で、労働時間は168時間・超過労働は4時間

ということで確かに保育士の給料は低いように思われます。しかし、保育士の20代・30代労働者比率は70%という異常に低い年齢構成の産業であり、我が国の年功序列賃金を前提とし場合に全産業平均よりも平均年収が低くなっている点も忘れるべきではありません。そして、もう一つ注目すべき数字としては、

〇賃金の男女格差
<保育士(男)・40~44歳>平均月収369,400円で、労働時間は173時間・超過労働11時間(保育士全体7%)
<保育士(女)・40~44歳>平均月収234,700円で、労働時間167時間・超過4時間
 *男女の賃金格差は30代以上になると大きくなる傾向があります

〇勤続年数
保育士は7.6年という極めて短い勤続年数であるということ

が挙げられます。

男性保育士は年齢相応の給料を得ているが、女性保育士は極めて低い給料しか得られておらず、非常に短い勤続年数から離職・復職を繰り返す業界=勤続年数に応じて給料が継続的に上がらない業界構造があることも推察できます。これは業界の構造問題であって、単純に「保育士の給料を上げる」という結論は思考停止以外の何物でもないことが分かります。

待機児童問題を国会で語る上での大前提を整理した結果は下記の通り

・25~44歳の女性の「人口は減少」「就業率は上昇」「就業者数は横ばい」ということで、働く女性の比率が上昇したことで女性の会話内容で保育園の話題があがる機会増。

・近年減少を続けてきた待機児童数が2015年度に増加した理由は新制度による申込者数増が原因。

・問題の本質は申込ベースの待機児童数の測定方法では「サービス変更で潜在的ニーズが掘り起こされる」と数字が増加するため、保育所ニーズ全体の状況を掴む数字として不適切だということ。したがって、待機児童数で一喜一憂する国会質疑は意味無し。

・保育園増加させると利用児童数は増加しており、現状において保育所ニーズは存在。ただし、中長期的には新生児が減少している状況を加味する必要あり。

・20~30代中心の保育士給料は全産業平均よりも低い。ただし、保育所を運営する小規模事業者が増加し続けており、離職・復職が比較的容易であることから雇用には強い職場であり、各事業者が保育士を継続的に確保することに困難さを感じている。(給料は低いが雇用に強い構造が潜在保育士を増加させている)

・上記のような環境から、保育士は勤続年数が短くなる傾向があり、給料アップのためのキャリアパスはほとんど存在しない。保育園は小規模事業者であるために経営者や管理職になれる人は少数。つまり、保育士の低賃金問題とは、若者の低賃金というよりも「年齢を重ねても給料が増えない」業界の経営状況にある。

本来、国会の質疑で問われるべきことは下記の通り、首相も議員もしっかりしてほしいものです

保育園数が増加すると利用者数が増加する現状に鑑み、今後も継続的に保育園の整備を行っていくことが望まれます。しかし、今後の人口動態推移や業界構造に関する問題を考慮した上で、下記のような解決策について議論することが必要です。

・中長期的には新生児数は減少することが見込まれるため、保育ニーズの需給調整をフレキシブルに行える経営主体によって保育サービスが提供されることが望ましい

・小規模事業者の濫立によって保育士の頻繁な離職・復職及びキャリアパス不足などが発生し、保育士の給料が構造的に上がらない状況が生まれている現状を是正するべき。

・したがって、保育園の小規模経営を止めて大規模チェーン化を進めることで、保育サービスの供給増を強力に進めていくとともに、将来的な需給ギャップを調整できる経営体制を整備。また、大規模で安定した事業体の中で保育士の中長期的なキャリア形成を行うことができるようにすることが望ましい。

・政府は、保育園の経営主体、保育料、保育サービス、保育士給与などの全面自由化を実施することを通じて、保育サービスの市場経済化を推進するべき。低所得者対策については別途考慮するべき。

筆者は上記のようなソリューションを提案するべきだと思います。保育園をタックスイーターの政治的な食い物にしていくのではなく、しっかりとした経営主体とすることで、サービス向上・保育士の待遇改善を図るべきです。

これらについては異論がある人もいるかもしれませんが、少なくとも首相と国会議員は上記の数字程度のことは踏まえて国会質疑を行ってほしいものです。




マンガでわかる統計学
高橋 信
オーム社
2004-07



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2016年01月19日

「地方交付税」「基準財政需要額」という無根拠の固まりへの妄信

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地方交付税という出鱈目のバラマキ制度を廃止することが必要 


平成25年度の数字では、東京都から他都道府県への流出する地方交付税への持ち出しは

・地方交付税 6兆6695億5000万円 (都道府県・市町村含む)

という金額になっています。この巨額の財政流出は東京都・都内自治体以外の「地方自治体が行政サービスを提供するために必要な財源」の補てんとして使用されています。

この「地方自治体が行政サービスを提供するために必要な財源」の「補てん額」は、

基準財政需要額-基準財政収入額=地方交付税の受取額(補てん額)

という計算式で算出されます。つまり、必要な財源=基準財政需要額を大きく計算するほど、東京都からの財源流出は大きくなっていくことになります。

基準財政需要額の計算根拠は極めて不明瞭なものでしかない

では、その基準財政需要額は、どのように計算するかというと、

測定単位(国調人口等)×単位費用(法定)×補正係数(寒冷補正等)

という式に基づいて算出されます。人口などの規模(測定単位)、各行政サービスに必要な単価(単位費用)を掛けて、そこに寒冷地などの味付け(補正係数)をして導き出されます。

しかし、本音で話してしまえば、この計算式の根拠となる単位費用や補正係数などの大半は単なる惰性で決まっていると言っても良いと思います。どちらかというと、地方交付税の財源額に応じて地方に配分するための根拠作りとして使用されているとも言えるでしょう。

私自身もある単位費用の算出根拠について過去に調査に関わったことがありましたが、総務省の交付税課に電話で尋ねた際に「5年以上前の話は分からない」という衝撃の回答をされたことを現在でも思い出します。(ちなみに、継続調査の結果として、同単位費用は遡ると帝国議会時代の名残や自治労との折衝などの影響を受けていたことが分かり、個人的な感想として絶句しました。)

最新の単位費用の中には「地域の元気創造事業費」や「人口減少等特別対策事業費」も含まれており、もはや何のためのお金なのかもさっぱり分かりません。

そして、現在でも毎年のように地方自治体からは単位費用と補正係数に関する意見申出が行われており、「単なる政治的なパワーゲーム」と「財政事情の都合」によって決まっているのではないかとすら思います。(実際に大都市部には著しく不利な昼間人口、地価の割落し、普通態容補正の減額などが存在しています)

一人当たり基準財政需要額で冷遇される東京都、移住促進で財政問題は解決できる?

仮に、基準財政需要額の算定結果が正しいものとした場合、その結果から導き出される施策は「地方へのバラマキ」ではないことは明らかです。下記のグラフは東京都のHPから東京と普通交付税の算定結果についてから抜き出してきたものです。

基準財政需要額(都道府県比較)

上記のように、東京都は人口1人当たりの基準財政需要額(必要なコスト)が低いことが分かります。つまり、財政難の日本の懐事情に鑑み、政策としてそもそも実行していくべきことは、東京都から地方交付税の税金を取り上げることではなく、高コスト地域から低コスト地域への移住促進であることが分かります。

1人当たり基準財政需要額

しかも、東京都大都市部以外の地方交付税の人口1人当たりの基準財政需要額は増加傾向にあります。地方は一人当たりのコストが増加傾向にあり、中長期の財政的な観点からも、基準財政需要額の算定結果を大幅に減額していくか、地方の人口自体の更なる東京都への移動を行うべきことが分かります。

したがって、地方交付税制度の算定結果自体が地方交付税の非効率性を明らかにしており、同制度の廃止・見直しが必要であることを示しています。

基準財政需要額に基づく地方交付税というソ連型の計画経済システムの廃止

そもそも「〇〇の行政サービスには〇〇円かかります」という計算を全国一律に実施するという発想自体が思考停止の産物です。なぜなら、この広い日本で特定のサービスの価格を中央省庁の一部署が正確に算出して配分することなど不可能に決まっているからです。

日本国民はこのようなソ連型の計画経済システムの権化であるような時代遅れの地方交付税制度をいつまで存続させるのでしょうか?

世の中では東京都は「地方からの人口流入で大きくなったのだから地方にお金を払うのは当然」という言論が幅を利かせています。東京都などの都市部が何十年も前に雇用対策を引き受けたことを歪曲した話を信じている人がいるからです。東京都への労働者の自発的な移動を理由に地方への強制送金を正当化する理屈は「慰安婦問題で強制連行を主張する人々と同程度の論理」に過ぎません。

それらの言論は「現在の東京都民に実体的な根拠もなく掴みカネを要求する」タカリ行為を正当化する情けない論理です。もっと言うなら、このような制度が存続することは地方に住む人のまともな労働意欲を削ぐことになります。そして、地方経済に非合理な歪みを作り出して、健全な成長の芽を摘み取ることにもなるでしょう。

東京都民は上記のようなデタラメな地方交付税制度によって一人当たり毎月4万円以上の負担を強いられています。また、東京都以外の日本全体の経済は同システムによって根本から腐ってしまっています。

東京都民は目を覚まして怒りを表明する必要があり、東京都民の怒りが日本の再復活に繋がるものと信じています。

東京一極集中が日本を救う (ディスカヴァー携書)
市川 宏雄
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2015-10-22


 

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2016年01月16日

納税者が「他人の借金を肩代わり」する利子補給制度の廃止を

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地方自治体の産業政策の相当部分は「利子を代わりに払ってあげる」という政策

地方自治体の産業振興予算の相当部分は地域の中小企業の借金を代わりに支払うことに使用されています。この政策は「利子補給」と呼ばれており、一定の条件を満たした中小企業は利子の支払いの大半を免れることができます。 

利子補給は各地方自治体の予算でかなりの部分を占めており、都心部の地方自治体でも産業振興予算の25%以上の予算を占めているところもあります。

もちろん、これらの利子補給を受けることによって助かっている企業があることも事実ですが、納税者が納めた税金を使って一企業の利子を支払っているということを知らない有権者も多いのではないでしょうか。

貸付金の利子は何のために存在しているのか


産業政策上の観点に立てば、貸付金に利子がある理由は産業の新陳代謝を図ることにあります。適切に設定された利子以上の収益を上げることができる企業が生き残ることで、経済全体の革新を測ることが可能になります。

従って、貸付金に適切な水準の利子が存在することによって、金融機関は貸付先への支援に本気で取り組むことになり、企業の入退出が促進されることになります。

結果として、新しい利益率の高い産業にヒト・モノ・カネが移動することによって、経済環境の改善の恩恵として賃金や雇用などの中長期的なプラスの効果がもたらされます。

仮に利子補給を受けなければ成り立たない事業であれば、それは資本市場で存続するには必要な利益を上げることができない事業であり、中長期的な観点に立てば整理・淘汰されるべきものと言えます。

同事業が中長期的に成り立つ確信がある場合、金融機関がリスクを取って貸し出しを実行するべきであり、貸し出しリスクの判断ができない納税者がリスクを肩代わりする現在のシステムは論理的に不要です。

資本主義を機能不全に陥らせる産業政策の廃止が必要

地方自治に関心が無い多くの方は、地方自治体が行っている産業政策の大半が商店街振興と利子補給のための予算だと知れば驚くと思います。しかし、そのような姿が現在の地方自治体の産業政策の予算配分の実態であり、地域に新しい産業が起きてこない遠因となっています。

地方自治体の産業政策は、経済の構造変化を鈍化させる方向で機能しており、地域経済の激変緩和のための救済策のようなものだと言っても過言ではありません。その結果として、地域経済は必要な変革を遂げることなく、緩やかな死を迎えることになります。

地域経済を本当に振興するためには、地域内で適切に資本主義を機能させることが重要であり、そのための重要な要素である地域金融のインセンティブを正すことが必要です。したがって、重要なことは「利子」を機能不全に陥らせる政策ではなく、利益を生み出すための積極的な規制緩和や減税政策の実施ということになります。

地方自治体の産業政策のパラダイム転換が必要であり、そのためには地方自治体自体の勇気が必要となります。地域の首長、議員、事業当事者の皆様が英断を実行されることを期待しています。




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yuyawatase at 17:32|PermalinkComments(0)

2016年01月07日

20代・30代所得税全廃(約3兆2111億円)は可能か?

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出生率の改善には「20代・30代の所得税全廃」の実行こそが重要

以前の記事「子育て」から「結婚・出産」への政策のパラダイムシフトへ」でも述べた通り、日本の出生率の変化は、価値観の変化による晩産化と経済不安・雇用不安による未婚率の上昇によるものであることは明らかです。

そして、出生率の向上という新しい時代の要請に対応するために、従来までの「子どもを持つ世帯」に偏った子育て支援策の在り方を「結婚・出産」に的を絞ったものに転換する必要性を説きました。

その中で、未婚・未出産も含む20代・30代の所得税減税を行うことで、雇用増・可処分所得増・経済成長を促すことを提言しております。なぜなら、中途半端な児童手当などの子育て政策を行うよりも、勤労者の雇用機会を生み出して可処分所得を増額させるほうが婚姻率・出産数の向上が見込まれると推測しているからです。

日本の出産は結婚家庭から大半が生まれているため、若手世代を正社員で雇いやすい環境を税制面から整備して婚姻を促進することが有効です。さらに、女性の社会進出の観点から働く世帯の可処分所得増を通じて各種保育サービスなどへの支出を確保していくことは急務と言えます。

20代・30代の所得税総額は「3兆2221億円(推計・平成26年度)」である

では、20代・30代の所得税を全廃するには実際に幾らの税額が必要なのでしょうか。家計調査によると、平成26年平均で、20代・30代は所得税を

20~24歳 月額4,006円  年額48,072円
25~29歳 月額7,177円  年額86,124円
30~34歳 月額9,551円  年額114,612円
35~39歳 月額13,779円 年額165,348円

ということになります。平成26年4月1日の各年代の人口推計と掛け合わせた所得税総額推計は、

20~24歳 2968億4460万円    (617万5千人)
25~29歳 5842億6521万6千円(678万4千人)
30~34歳 8644億370万4千円 (754万2千人)
35~39歳 1兆4656億4467万2千円 (886万4千人)
合計    3兆2111億58,19万2千円  (2936万5千人)

ということになります。20代前半だけなら3000億円、20代全体なら約9000億円、20代~30代前半までなら約1兆8000億円、20代・30代全体ならば3兆2100億円ということになります。

ちなみに、自民党が来年3400億円程度をかけて高齢低所得者世帯に3万円を約1250万人にばら撒く予定をしていますが、同じ金額をかけると20代前半の所得税を廃止することが可能です。若年世代・約3000万人がいかに政治的に舐められているのかを如実に表した数字です。

3兆円2110億円は巨大な金額に見えますが、消費税1%増で2兆円税収増するという見込みもあり、消費税を8%→10%に増税するのであれば20代・30代の所得税を全廃することは可能です。

政策効果の薄い児童手当を減額・廃止、結婚を促進する未婚世帯を含む雇用増・可処分所得増を

もちろん、高齢者への社会保障費は毎年2.6兆円(国・地方・特別会計含む)の増加をしている状況(小黒一正「財政危機の深層」)であり、これらを抑え込んで若年世代に回すことは必須です。日本はシルバーデモクラシー国家であるため、高齢者への社会保障費を削って若年世代に予算を回すことは困難を極めるものと思います。

そのため、若手世代の子育て予算の中で既存の政策の優先順位を晩産化・未婚率上昇対策に切り替えていくことが重要です。そこで、出生率に対する政策効果が低い「児童手当」予算を廃止または減額して20代・30代の所得税減税に回すことを検討するべきだと思います。

児童手当は平成26年度予算で2兆2300億円(平成27年度)が計上されていますが、児童手当1億円で1名の出生率向上効果ということで、予算支出の出生率に対する政策効果が極めて低いことが会計検査院のレポートによって示されています。(詳細は「子育て」から「結婚・出産」への政策のパラダイムシフトへ」)

そのため、児童手当予算を15%削減で20代前半、40%削減で20代全体、85%削減で30代前半までの所得税を全廃することが可能です。可能であれば30代前半までの所得税全廃し、児童手当予算の残額3000億円で保育園整備や不妊治療への手当増額などに力を注ぐべきです。

何となく不可能に思える政策も従来までは「提唱や実行」されてこなかっただけである

20代・30代の所得税全廃という何となく不可能に思える政策であったとしても、実際に必要予算を計算してみれば現実的に実行可能なものであることが分かったと思います。要は今まで誰も真面目に推計をしてこなかった、または想像力が欠落していただけのことです。

20代・30代の人口合計数は約3000万人です。これは前回の参議院議員選挙で自民党・公明党に投票した比例票数(約2600万票)を上回るものであり、20代・30代は真面目に自分たちの経済的な利害を政治的に表明していくべきです。

その際のポイントとして重要なことは、若者世代の主張を述べる際に「保育士の給料増額」などのようなミクロな争点で戦わないことが重要です。保育士は40万人しかおらず潜在保育士を入れても100万人しかいません。つまり、総数3000万人のボリュームがまるで選挙時の圧力として生かされないのです。したがって、今回の保育関連の政策変更のように予算措置も薄く「それじゃない」感が強いものになってしまいます。

このような失敗は税金にたかることを前提としたタックスイーターとしての政治行動が招いた失敗と言えます。納税者世帯が圧倒的に多い若年層が税金で暮らす高齢者層と「税金で食べる競争」をして勝てると思うことは戦略環境への認識不足と言えます。

時代の変化に合わせた主張の変化が必要、タックスイーターからタックスぺイヤーへ

多くの若年世代はタックスイーターではなくタックスペイヤー(納税者)であり、シルバーデモクラシーに対抗するためには「20代・30代減税」などの恩恵を受ける人口の絶対数が多い争点を提示するべきです。

このように述べると「今までも児童手当や保育園などが整備されてきたじゃないか」という人もいるかもしれませんが、それらの制度が導入された当時は「団塊の世代が子育て世代であり、高齢者数は相対的にまだ少なかった」という事実を忘れるべきではありません。そのような時代背景があったからこそ、当時の若者世代のタックスイーターとしての主張が通っていたに過ぎないのです。

日本の子育て関連の予算がOECD諸国の対GDP比で低いためにもっと増額をするべき、という主張を行う人もいますが、民主主義の現実をもっとよく見たほうが良いと思います。そのような予算増額競争では子どもを持つ世帯が高齢者世帯に勝つことは不可能であり、もっと間口を広く取った若年世代全体にダイレクトに関係する争点設計を行うことが重要です。

「子育て支援策を訴える政治家」=「若者の声を代弁する政治家」という誤った認識と戦略が選挙マーケットにおけるニッチへの没落を生み出し、若者向けの予算措置・減税措置は行われてこなかった、という現実を受け入れるべきでしょう。

先進国の中でシルバーデモクラシーがいち早く進展していく日本において、若者の政治行動・政治的主張が現実妥当なものに変化していくことが望まれます。





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yuyawatase at 07:00|PermalinkComments(0)

2015年12月26日

国会議員が国会を休まずに男性の育児休暇を増やす方法

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プロセス(1)お上意識丸出しの精神論から脱却する

国会議員や公務員が率先して育児休暇を取得することで民間企業が育児休暇を取得しやすくなる、という妄想は一体どこから生まれたものでしょうか。実際、産休を取得された女性国会議員は9人目になるそうですが、それでマタハラが無くなったでしょうか?

現実を踏まえずにパフォーマンスを評価する思考から脱却することが大事です。上記のような「お上意識」丸出しの議論は一時的な盛り上がりは生むかもしれませんが、所詮はそれだけのことですから実質的に無意味です。国会議員が率先垂範すると国民がついてくるというのは何時代の話でしょうか?

ちなみに、育児休暇を取得すると豪語された国会議員は「先ず隗より始めよ」と言われたそうですが、この故事の元々の意味は「凡庸な部下に多くの褒章を与えたら、より優秀な人材が集まる」というものです。

つまり、故事通りに解釈すると、凡庸な自民党公認の国会議員に育児休暇を取らせれば、国会議員または自民党に人材が集まる、ということになります。おそらく故事の詳細を学ばず、後の世で意味が転じた後の事しか知らないのでしょう。国会欠席中にもう一度勉強されたほうが良いと思います。

プロセス(2)働く世代の手元におカネが残るようにする、企業が生産性を向上させる

国会議員が国会に出席して他の国会議員に働きかけて実現するべきことは幾らでもあります。育児休暇だけに限定するのであれば、育児休暇を強制的に取得させる法律を作れば良いのかもしれませんが、そのような経済活動の現実を無視した議論は止めましょう。

国会議員が行うべきことは、働く世代の手元におカネが残るようにすること、企業の生産性を向上させること、です。

まず、前者は所得税の減税を実施していくことで現役世代の手におカネが残るようにすることが望まれます。20代・30代の所得税を50%カットする政策を実行しても数千億円~約1.5兆円程度で費用負担で済むはずです。それで1人に付き毎月4000円手元に残るお金を増やすことができます。20~30代も約3300万人の人口数がいますので政治的にも不可能ではなく、高齢者にばらまくお金の一部でも回せば達成可能です。(これをやるなら将来的な人口動態を考慮すると数年以内に実行する必要があります)

また、規制緩和を進めていくことで生産性を上げると同時に産業動態を転換することも必須です。経済の生産性が向上した上で、経済全体が知識産業にシフトしていくことで、長期休暇を得るための環境が整うことになります。企業が価値ある人材を引き留めるために育児休暇制度を創設・活用せざるを得ない状況が生まれることになるからです。

上記の政策は一つの事例ですが、これらを実行していくために国会議員には国会で提案・根回しなどやるべきことは山積みです。「自分が育休取るから国民も取ってね」などという御伽の国で国民は暮らしていません。国民が暮らしている場所は、国会議員らがルールを作っている日本です。くだらないパフォーマンスを実行している暇があるなら、国会議員として規制の一本でも廃止してみろ、と言いたいですね。

プロセス(3)企業選択の基準に育児休暇の有無が問われるようにする

上記の状況を整えた結果、働く世代の手元におカネができること、そして産業側も特定個人の能力を必要とする状況を作ることができます。企業と個人の力関係が逆転するからこそ企業側も喜んで従業員が育児休暇を取得することを奨励する環境ができあがります。

要は、北風と太陽の寓話のようなもので、企業が自発的に育児休暇を設けて活用する環境を整えることが知恵であり、政府が無理やり制度として押し付けてみたり、国会議員が育児休暇を取って見せたりすることは知性の欠如そのものです。

ボスザルが実行したから同じ山に所属しているサルはそれを見習う、という思考は、あまりにも国民を馬鹿にしたものです。仮にあるとしたら、ベビーシッターという具体的な雇用の一つも生み出さず、無意味な休暇で税金や給料を貯め込む姿を真似するだけじゃないですか?

このような発想をする国会議員には自分が裸の王様であることを自覚させて、本来の自分の仕事を行うことを求めるべきだと思います。

企業が自ら育児休暇の有無を提示して働く側が企業を選べる、という力関係の転換を自然と行うようにできる政治が良い政治ということになります。

上記の前提として「経済が分かる実務志向の国会議員を当選させること」が必須

上記の政策を実行していくためには、経済が分かる実務志向の政治家が必要です。

何でも法律を整備して押し付けるような社会主義者やパフォーマンスだけの非実務的な議員は不要です。むしろ、日本の議員たちこの手の経済音痴な人達ばかりだから、微々たる経済成長しかしていないのだなと痛感します。

地元からの陳情、官僚からのレク、業界団体からの要望、毎日のようにタックスイーターばかりと接触しており、税金を負担している子育て・現役世代の声を無視しているから、まともな経済的思考ができなくなってしまうのです。

国民が生活する環境の福利厚生を充実させたいならば、国民の人的付加価値を向上させる政策を実行し、企業と個人の力関係を逆転させていくことが重要です。

納税者の側に立って国政で活躍できる人を応援し、タックスイーターの側に立つ政治家を倒す必要があります。今回の育休を求めた国会議員はどちら側の人でしょうか。その答えは自明のことだと思います。




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2015年12月24日

国会議員に「育児休暇」は本当に必要か?

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国会議員の「育児休暇(育休)」は本当に必要なのか?

国会議員の宮崎けんすけさんが育児休暇を取るということが話題になっています。これについて宮崎さんを応援する方が多いと思うのですが、一般人の育休と同じように考えることは間違っています。

国会議員は通常の会社員とは全く異なる労働環境にあるため、国民としては「新しい流れ!」ということで単純に歓迎すれば良いという話ではありません。

国会議員の労働環境・福利厚生環境とはどのようなものか?

国会議員の世紀の労働環境・福利厚生環境は下記の通り。

・国会出席は週3日程度(国会開催は9:00~17:00)
・年間・約4000万円の現金支給(給料、期末手当、文書交通通信滞在費、立法事務費)
・公設秘書2名、政策秘書1名などのスタッフの支給
・JR特殊乗車券、国内定期航空券の交付
・東京の一等地に議員宿舎の提供

ということになります。つまり、正規の仕事は週3日9時5時ででスタッフ3名も税金で供給されるというのが国会議員です。正直に申し上げて、およそ「育児休暇」が必要なほど忙しい仕事ではありません。

再就職(再選)と出世のための個人の政治活動が大半を占めているのではないか?

国会議員の忙しいと主張する仕事の大半は、地元の声を聴くという名目の再選に向けた政治活動です。東京に選挙区を持たない議員は「金帰火来」という金曜日に地元に帰り火曜日に東京に戻る生活が一般的です。

さらに、自民党であれば、党内の部会などの勉強会や各種団体との対応など、自分の勉強&党内意思決定&出世のために必要な「党務」をこなすことが求められます。

しかし、これらは自らの再選や党内出世のためのプロセスであり、国会議員として給料が支払われている本来の職務とは異なるものです。地元活動であれば地元有権者、党務であれば政党の幹事長と話して個別に了承を得れば良いだけの話であり、国会への出席を休む理由にはなりません。

つまり、公務員としての国会議員の仕事をこなした上で、自営業者としての政治活動家としての地元活動を減らし、なおかつ同業組合である政党の党務を欠席すれば負担は激減します。国会議員の仕事と自分個人の仕事を混同して考えていることに問題があります。

育児休暇自体は否定しないが、「国会議員」の仕事環境ならば育児休暇は不要

以上のことから、「国会議員」に育休は不要であると思います。社会全体として育児休暇は必要な制度だと思いますが、育児休暇は無条件に認められるべきではなく、その職務との見合いで本当に必要かどうかで判断されるべきものだと思います。

宮崎さんは、ご自身のブログで、

「しかし、次世代の日本のあり方と、女性が輝く社会を実現するための男性の支援を促すためにも一石を投じたいと考えました。勇気を振り絞り、またこの一歩が大きな道に繋がることを信じて前に進もうと決心しました。」

「※私はただ単に休暇を取りたいのではなく、育児をするライフスタイルを作り出すことを目的にしています。当然ですが毎日、私の事務所とも電話やメールで連絡を取り合いますし、地元の皆様の要望などを承る体制は整えます。」

と述べられています。軽薄な有識者らは表面的な判断で応援するかもしれませんが、国民に対して上から目線で啓蒙するような話ではありません。

国会議員の責任を放棄して、自分の政治活動についてはしっかりやります、とはどういうことでしょうか?国民に対して「俺も育児休暇をやるからお前ら見習えよ、ただし俺はお前に雇われたこと以外の別の仕事はやるけどな」という話とほぼ同義だからです。

国会議員以前に大人として当たり前の対応を社会に見せることのほうが重要である

宮崎さんの場合は予算委員会に所属されていますが、国会議員として自覚があるなら、開催日数・重要性度の観点から予算委員会の委員を今期は辞退するなど、自ら職務内容の調整を申し出ることも大人としてのケジメだと思います。(本会議に欠席届を毎回出すと報道されていますが、国会審議を軽視し過ぎだと思います)

最後に、この流れが地方議会にまで波及する可能性があることは論外としか言いようがありません。彼らの年間の議会への出席日数は100日前後であり、他の日は基本的に地元活動と党務しかありません。そもそも育児休暇は取るべき人が取るべきであり、それを取る必要が無い人は取らなくて良いです。

今回の一件で各政党の育休に関する姿勢が問われるという点では「地元有権者」「政党幹部」の判断としては妥当ですが、国民全体の奉仕者である国会議員としての仕事に限定すればナンセンスな議論です。

国会議員にはご自身の本来の仕事を見つめ直してほしいと思います。皆さんは国会議員である前に大人として最低限のケジメをつける姿を社会に見せるべきです。





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