自由民権運動

2017年02月01日

音喜多都議・都民ファーストの会幹事長の真価を問うポイント

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音喜多都議会議員の真価を問うポイントとは何か

千代田区長選挙を巡る姿勢について音喜多都議の政治姿勢、過去のブログ記事に関する矛盾点を指摘する記事が出ており、公職にある人がネットで情報発信し続けるということは色々な意味で大変だなと感じています。

議員の発言が検証されることは良いことだと思いつつも、今回の事例にビビって他の議員の情報発信が益々行われなくなることを危惧しています。

筆者は彼の情報公開に関する姿勢を非常に評価しており、議員の議場以外での過去の発言も多面的に検証される対象となってきたことは民主主義の進歩ですから、音喜多都議には今後とも積極的に情報発信を行い続けてほしいと考えています。

真価は「都民ファーストの会」の「党綱領」と「党則」で問われる

さて、今後の音喜多都議の真価を問うポイントは幹事長としての手腕にあると思います。

都民ファーストの会は、既に公認候補者が存在しており、千代田区長選挙でも現職を推薦しているにも関わらず、依然として党綱領も党則も発表されていません。そのため、現状では理念なき野合だと批判されても仕方がありません。

音喜多都議が幹事長として早急に実施すべきことは、政党として目指す姿を示す「党綱領」、そして政党の運営をルールである「党則」を創り上げることです。

(注記:報道によると、政治団体・都民ファーストの会は地域政党として活動するとのことで、所属議員は3人しかいないので、筆者は都民ファーストの会 都議団幹事長と地域政党の幹事長は同一のものという前提で書いています。この辺りから定義もしっかりしてほしい。)

音喜多都議はまだ1期目にも関わらず過去にルール不備だらけの政党のゴタゴタに巻き込まれてきており、ワンマン政党の脆弱さと健全な政党運営を行うための仕組みの重要性を認識しているものと推測します。

今後、様々なステークホルダーが党運営に関わることになると思いますが、その際に政党としてのルールが無ければ早晩同じように潰れることになるでしょう。したがって、都議選の前哨戦である千代田区長選挙は早々に片づけて幹事長としての最初の仕事に着手するべきです。

また、政党としての党綱領も基本政策も存在しないにも関わらず、希望の塾から公認候補者や政策立案スタッフを選ぶ姿勢は野合そのものなので控えるべきです。

形だけの幹事長になるのか、実質の伴った幹事長になるのか

政党にも様々な形がありますが、政党の番頭である幹事長は政党の公認権と予算の両方の決定権を持つことが重要です。

政党に所属している議員(自分より期数が多い)をコントロールするためには、都議選公認段階で党綱領や政党の公約への忠誠を所属候補者らに確約させる必要があります。

現在の不透明な公認プロセスを改めて透明性を高めるとともに、次回の都議選挙時には予備選挙を導入して当選議員の既得権化を防止するべきです。

特に選挙に勝つために政党を移籍してくる候補者らが大半でしょうから「公の場」での血判状にサインさせることが重要です。

さらに都議選後に所属議員の離反が相次ぐことが予想されるため、政党の予算や議事決定の在り方などで幹事長の主導権を握る形にすることも必要です。

議員は政党と有権者を平然と裏切るものであり、当選1期目の議員が手練手管の都議会議員らを相手に幹事長の重責を果たすなら所属議員の言動を縛る強いルールが必要です。

上記の内容を党則に実装できるかどうかで、音喜多都議が当選するための小池追従なのか、それとも自らが信じる政策を実行するための現実的な判断なのかも分かってきます。

既に当選1期目の陣笠議員の領域を超えているということ

音喜多都議が語った理想と現実の話は既に当選1期目の陣笠議員の枠を超えているものです。もちろん、政党の幹事長ですから陣笠議員ではないのは明白であり、彼の意志は政党運営の結果として都政に反映されていくことになります。

都民ファーストの会は入社数年目の社員をいきなりCOOのポストに据えたベンチャー企業みたいなものであり、社内体制もまともに構築されていない成長中の組織だと言えます。そのため、音喜多都議には最前線で千代田区長選挙の応援を実施しつつも、新政党の経営陣としてやるべきことをやることを望みます。

音喜多都議に対する評価は一都議会議員としての言動に対する評価も問われるべきですが、小池都政という有権者から一定の期待を持たれている政党の幹事長としての経営手腕で問われるべき段階となっています。

何度も政党が壊れていく姿を見続けてきた経験を活かし、上の世代の人々が私利私欲に惑わされてまともに運営することができなかった新党の運営という大事を成し遂げてほしいと思います。

<渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)の最新著作のご紹介>

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本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。
 

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2017年01月03日

東京都・小池都政の「高すぎる経済成長目標」は妥当か

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小池都政が目指す「高すぎる」経済成長目標

「東京ファーストでつくる新しい東京」という小池都政の2020年までの計画が昨年末に発表されたので、筆者も一応ざっと目を通してみました。

全体として数値目標が設定されるようになったことは良かったと思いますが、掲げられた重要な数値目標の設定についての妥当性には極めて疑問があります。

その数値目標とは2020年度・都内GDP120兆円(名目)という数字です。

計画に記載されている通り、2014年度・約 94.9 兆円基準として2020年度120兆円を目指すとなると、2015年度からの毎年の経済成長率は4%程度必要になります。実質ではなく名目であったとしても近年では全く達成できていない高いハードルだといえるでしょう。


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「都民経済計算(都内総生産等)平成27年度速報・平成28年度見込」から引用>
 
実際に、東京都が発表した都内総生産の2015年度速報・2016年度見込みを見ても、2015年度は微増・2016年度は減少しています。仮に、2016年度見込94.4兆円をベースにすると毎年名目6%以上の成長を平均して記録しなければ2020年名目120兆円を達成することはできません。

「東京ファーストでつくる新しい東京」の策定経緯

上述の「東京ファーストでつくる新しい東京」を参照したところ、概ね3回のプラン策定会議によって同計画は承認されたものと思われます。

プラン策定会議の議事録を読んでみましたが、上記の経済成長目標の数字については事務方から説明があっただけで、それを達成するための方法が十分に説明されているようには思えません。

むしろ、「数字目標を議論しながらも何も現実の数字を踏まえない会議」などやる意味があるのか、とすら思えます。〇〇を〇〇やります、的ないかにも行政的なやりっぱなし感が拭えないものとなっています。

同策定会議には事務方がズラッと並んでおり、基本的にはその場で意思決定を覆すようなものではありませんが、それでもこの会議にこの数字が出てくる前に止めるべきだったのではないかと思います。

東京都政は「霞が関のお絵描き」から一線を画すべきだ

都内総生産2020年120兆円(名目)は、アベノミクスが目標とする2020年頃にGDP600兆円を目途とする計画に合わせて、日本国の約20%を占める東京都の域内総生産を単純に割り当てただけの数字だと推測されます。

日本全体・名目GDP600兆円は現状でも極めて厳しい数字であり、日本経済が毎年3%以上の成長をする必要があり、世界経済の順調な成長とインフレの進行が前提となっています。

前者はトランプ政権による巨額の景気刺激策によって下支えされる可能性がありますが、中国・欧州などでの不安定要因も依然として大きい状況です。また、後者は日本銀行が事実上グロッキー状態であり、異次元緩和が手詰まりな状況となっています。そして、そもそも日本の名目GDP自体、最近は年間3%成長を実現できていません。

したがって、東京都が都内総生産名目・120兆円の目標を達成するためには、霞が関の非現実なお絵描きに付き合っているだけでは困難なものとなっています。

小池プランの経済成長目標を達成するために必要なこと

上記の通り、霞が関に阿る東京都官僚の非現実な絵に描いた餅を食べさせられた小池都知事は、今後都議会運営で非常に厳しい立場に立たされることでしょう。都議会議員から何かある度に同経済成長目標を引き合いに出されて未達を叱責される状況となります。

そして、小池都知事が独力で経済成長目標を達成することは、従来の延長線上の現在のプランではほぼ不可能です。筆者には上記の計画の施策を繋げてみても目標達成ができるとは全く思えません。

小池都知事が目標を達成するためには、地方交付税改革、に手をつけるしかありません。国税に繰り入れられた地方交付税を推計し、各都道府県に再配分した差額の数字を基にすると、東京都からは地方交付税という形で毎年約7兆円近い税金が流出しています。

まずは、これらのマイナスを堰き止めるべく、東京都の意見を代弁する政治勢力を都政だけでなく国政にも形成してくことが必要です。今年の都議会議員選挙で小池新党が立ち上がると看做されていますが小池都政のプランを実現するためには国政にモノを申せる力が必須だと言えます。

また、トランプ政権が打ち出す法人税減税競争は世界中の都市を新たな競争に巻き込むことになり、増税志向で動きが鈍い霞が関に合わせているようでは競争に敗北するのは必然でしょう。世界的な都市間競争に打ち勝つための東京都独自の減税・規制緩和政策を推進していく必要があります。

小池都政は既に後戻りできない数字を発表しており、小池氏が経済成長目標を達成するためには、東京ではなく日本の大改革が必要です。したがって、既に昨年末に戦いの火蓋は静かに切られていると言えるでしょう。



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yuyawatase at 23:30|PermalinkComments(0)

2016年04月25日

池田まきの「でんわ勝手連」は米国では常識的な手法である

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補選の結果は予想通りであり、数字以上の成果が出ることなどあり得ない

北海道5区補欠選挙の結果については、与党が勝つことは当たり前の状況だったと思っています。

あえて言うなら、選挙は計算して逆算できる票以上の票は出ないので、

前回の自公票 131394 今回の自公票 135842 
前回の野党票 126498 今回の野党票 123517(前回よりも投票率は-0.8ポイント)

新党大地の基礎票2万票が前回の野党票から自公票にスライドしたことを考えると勝ち負けは最初から決していた勝負なので、「北海道5区」で民進党が勝つかも?みたいなことを言っていた人は選挙を知らないと思います。結果としては前回と変わらない開票結果であり、投票率が落ちる中で与党は得票数を増やして勝利しています。(大地票は脱落した票もあるでしょうから、概ね妥当な数字だと思います。)

つまり、自公側はスキャンダルの影響などで大勝を逃しましたが、野党側も通常運転の票が出ただけなので、この選挙結果について評価するなら、「ハナから結果は分かっていたと思いますが・・・」っていう感じです。そして、自分の率直な感想は「どっちが勝っても罰ゲームみたいな投票結果に興味あるの?」とも思います。

なぜ、新党大地は野党統一候補に協力しないのか?(2015年12月29日)

でんわ勝手連は「米国の選挙学校では普通に教えていること」である

筆者は共和党系の保守系選挙学校であるThe Leadership Instituteの選対事務局長を育成する教育カリキュラムを受講したことがありますが、その際に電話作戦の手法についてもレクチャーを受ける機会を得ました。

同レクチャーの中で教えられた電話作戦の手法が、ネット上でボランティアを募集して作成したマニュアルの通りに電話かけを手伝ってもらう、という手法です。まさに今回の「でんわ勝手連」のことであり、2009年当時はなかなか斬新だなと思ったために記憶に残っています。

そのため、今回の池田まき勝手連の「でんわ勝手連」は通常のやり方として米国の選挙では普通に取り入れているものとして理解しています。

それにしても、ネット募集に応じてバーニー・サンダースのボランティアの方も参加されたという話題性もあり、ネットの使い方や運動のやり方で世界中から情報収集・手法採用を行っている左派の運動にはなかなか関心させられます。

プロの選挙プランナーの皆様から指摘が出ているように、日本では時代遅れの公職選挙法が実質的に民主主義の発展を阻害しているため、同手法を採用することは未成年者対応や外国人対応などの問題があります。

そのため、このやり方が日本で受け入れられるかどうかは分かりませんが、左派系の皆さんが勝手連という形式を取ることでグレーな部分を堂々とスルーしようとする度胸はなかなかのものだと感心しました。

公職選挙法違反だ!と叫ぶ人々は民主主義の首を絞めていることを学ぶべき

選挙運動の話になると、重箱の隅をつつくようなことを並べて、選挙違反だ!と叫ぶ人がいますが、その際にお願いしたことは「選挙違反だ!」と叫ぶのと同じくらい、「公職選挙法を変えるべき!」と叫んでほしいということです。

現在の公職選挙法の規定には治安維持法時代の名残り(戸別訪問の禁止など)の意味不明なものが多く残っており、筆者は日本は「なんちゃって民主主義国」であるという感覚を持っています。現行の公職選挙法は自由な政治活動や選挙運動を阻害するための法律であると言っても過言ではなく、立候補予定者が有権者に思いや政策を届けることを阻止するための様々な規制のオンパレードです。

上記の問題については全ての立候補経験がある人が同意してくれると思いますが、基本的には現職有利の規定であるために選挙後に公職選挙法が改正されることはほぼありません。そのため、一般有権者にまで問題点が浸透せず、公職選挙法が制定されてから50年以上も日本は「なんちゃって民主主義」の下で選挙を行ってきています。(むしろ、選挙期間などは短縮を繰り返しており、なんちゃって民主主義度合は強まっています。)

公職選挙法は投票日と投票方法だけを決めて、後のことは全て有権者の良識に任せるべきです。それ以上の細かい規制などは単なる言論の自由と政治活動の自由への侵害でしかありません。

そのため、今回の池田まきの「でんわ勝手連」について、プロの選挙プランナーの方などから公職選挙法違反が早速叫ばれていることが非常に残念であり、そのような負のエネルギーを公職選挙法の改正というポジティブなほうに向けることが必要だと感じています。

専門家として果たすべき役割を認識し、専門家の皆さんが時代遅れの公職選挙法の規制で飯を食っている存在に堕すことを恥じるべきではないかと思った次第です。



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2016年01月17日

中央省庁の「大規模な地方移転」がもたらす真の効果


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現在の中央省庁の「生ぬるい移転策」は国を滅ぼすものだ

現在、地方創生の観点から中央省庁と独立行政法人の地方移転が議論されています。

具体的には、

<中央省庁>観光庁、特許庁、文化庁、消費者庁、総務省統計局、中小企業庁、気象庁
<独立行政法人>理化学研究所、水産総合研究センター、農業・食品技術総合研究機構、産業技術総合研究所、教員研修センター

などが検討対象として挙がっています。私はこのような中途半端な地方移転策は弊害が大きく、特に独法系の研究所は人材面の観点から地方に移転することは論外だと考えています。

中央省庁側も各省庁の本丸ではなく、あくまで外局を移すという消極的な対応ぶりであり、「この程度の移転策であればやらないほうがマシ」という声を上げさせることを狙っているかのようです。おそらく、7月の参議院議員選挙のどさくさに紛れて、地方創生という言葉と移転話自体を潰してしまおう、という各省庁の魂胆なのでしょう。

東京都から中央省庁の本丸を地方に移転させることが重要

ただし、筆者は東京都からの中央省庁の移転は行うべきだと考えています。関東一帯への移転であれば1時間以内に国会まで来ることは可能であるため、東京のど真ん中の一等地である霞が関に中央省庁は不要です。

もちろん官僚諸氏が懸念するような質問取りやレクなどの実務上の問題が発生することは理解します。まして、毎朝の自民党の部会への出席などを考えると永田町に近い場所に立地していたい気持ちも分かります。

しかし、筆者はそれらの官僚による国会議員への過剰サービスこそが日本の政治レベルの向上の弊害になっていると確信しています。国会議員が説明を求めれば直ぐに官僚が飛んできて政策趣旨やデータの説明を行うような環境は議員の甘えや政官の癒着構造に繋がっています。

そもそも官僚からのレクであればTV会議などでも可能、国会の質問取りなどもデータ送受信で十分な作業です。事務作業の処理が必要であれば衆議院会館・参議院会館に設置された各省の連絡室で十分だと言えるでしょう。

それ以上の過剰かつ日常的な政官の接触は官僚による根回し文化の存続の観点から有益かもしれませんが、政治のレベルアップには繋がらないため、政治側のアイディアが時代の変化に機敏に対応することが困難になる原因となっています。

民間の政策研究機関の発達が遅れている日本の政策マーケット

日本では民間の政策研究機関の発達が遅れています。中央省庁の下請けのような研究機関がゴロゴロしているだけで、国会議員らが政策研究を頼みたいと思ったときに適切な研究機関はごく少数しか存在しません。そもそも金融機関系のシンクタンクは財務省には何も言えないでしょうし、その他のケースでも政策研究能力では中央省庁に歯が立たないのが現状だと思います。

米国ではワシントンには大小様々な政府機関から独立したシンクタンクが濫立し、しっかりとした政策提言を行うことができる人材が多数存在しています。私も幾つかの研究機関を訪ねましたが、その知見の卓越性・視野の広さに驚かされた経験があります。

日本で米国のようなシンクタンクが発達していない理由は「国会議員の怠慢」に原因があります。国会議員が政策に金を払わない、毎年多額の政党助成金と立法事務費を受け取りながら、その大半を選挙関連費用に投入するカルチャーは酷いものです。

国会議員に対して提言を行う人々は原則として手弁当、または数万~数十万円のお小遣いをもらうだけ、政党からの相当重要な調査委託を受けたとしても1~2千万円程度ではないかと思います。これでは民間の政策シンクタンクが育つわけがありません。政治に関わるリスクも考慮すると「バカバカしくて付き合ってられない」というところが研究者の本音でしょう。

国会議員が政策研究に資金を投じない主たる理由は「官僚が無料で直ぐにレクチャーをしてくれるから」に尽きます。もちろん、それは無料ではなく税金によって行われているものですが、国会議員は何でも官僚に聞けてしまうので、政策=知識=お金を払う、という当たり前の慣習が無くなっているのです。

従って、国会議員の政策立案とは、官僚からのデータ、官僚からのレク、を基にしたものになり、独自の視点やアイディアが欠落することになります。

世界に通用する民間の政策研究機関の創設を行うべき

筆者は国会議員が官僚から自立するために、中央省庁の地方移転を大規模な形で進めるべきだと思います。

中央省庁と国会議員の物理的な距離を引き離すことを通じて、不必要な政官の癒着を防止するとともに、国会議員への政策インプットの経路自体を改革することが必要です。

そして、政策インプットの経路を改革する中で、政党助成金・年間320億円と立法事務費・年間50億円の10%をまともに政策調査に使うだけで37億円の政策マーケットが創出されることになります。

元々のそれらの資金の最低限10%程度は最初から政策調査に使用することが当たり前だと思いますが、たとえその程度であったとしても日本の政治のレベルを激変させるだけの効果があるでしょう。是非、地元の議員に立法事務費を何に使ったのかを聞いてみてください。

上記のような環境づくりの一環として、中央省庁の本丸の地方移転(関東圏内の移転)を推進することが望ましいものと思います。日本に世界に通用するシンクタンクが創設されることを期待しています。




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yuyawatase at 07:00|PermalinkComments(0)

2015年12月17日

CNN共和党予備選挙、米国メディアの圧倒的なクオリティー

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(本記事の写真は全てCNNから引用)

CNN共和党予備選挙ディベート(討論会)の分析のためのハイクオリティーな資料

CNNの共和党予備選挙のディベート(討論会)を見ていてエキサイティングな議論が議論が交わされました、各候補者ともに安全保障を中心に理念・具体策を語り尽くしました。おそらく日本の政治家では全く成立しないレベルのものかと思います。

各候補者の素晴らしいスピーチ以外に、やはり目を引くのはメディアが提供するクオリティーの高い情報分析のための資料です。これらの情報がディベート終了後に提供されることで、メディアは視聴者に対して独自の付加価値を提供しており、政治家のメッセージを流しっぱなしで役に立たない日本のメディアとは全く異なります。

(1)「誰が」「何分」「何を」話したかという各候補者の関心事を計測するデータの提供

CNNは番組中にどの候補者が何分間を何の話題について話したか、というデータを提供しています。

Interactive: Republican debate by the numbers(注:音声あり)

このデータを見ることによって、メディアによって不当に加工されることなく、生のデータとして番組の中で何が話されたかを有権者は知ることができます。

少し抜粋して見ると、最も長く議論された内容はISIS(17分32秒)、二番目に長く議論された内容は外交政策(16分45秒)であることが分かります。そして、両方の議論でトランプ氏が3分以上独占して最も発言した人物であることが分かります。

逆に、移民についてはマルコ・ルビオ氏、プライバシーと安全保障はテッド・クルーズ氏、シリア難民についてはベン・カーソン氏が発言していたことがデータから見て取れます。そして、全体で最も長く話した人はテッド・クルーズ氏、二番目はマルコ・ルビオ氏であり、両者による激しい討論があったことが理解できます。

このように誰が何の話題について関心があるかがデータで一目瞭然となります。そして、データが提供されることで、人物とディベート時間という客観的なデータから有権者は候補者を評価することができるのです。

(2)客観的に「候補者の発言の確からしさ」を「客観的なデータ」から検証するチームの存在

米国の討論番組では激しい討論が行われることから事実ではない発言が候補者から飛び出すこともシバシバです。そこで、各候補者のスピーチ内容の確からしさを検証するためのチームがメディア内に存在しており、その発言内容が番組終了直後に精査されることを通じて候補者としての資質が査定されます。

CNN's Reality Check team inspects the claims(注・音声あり)

たとえば、ランドポール氏がシリア難民について中東諸国が何もしてくれていない、と発言していますが、トルコの受け入れ数など具体的なファクトに基づいて注が入れられています。

ちなみに、日本では国会での発言ですら陰謀論に基づいた無根拠で行う議員も存在しており、その発言内容について厳しく証拠付きで精査されることが望ましいと言えるでしょう。

(3)視聴者がその場で候補者のスピーチに優劣をつける開かれた評価方法


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このグラフは番組視聴者が各候補者の優劣をダイレクトに投票で決める仕組みです。グラフの上ではランド・ポール氏が圧勝、トランプ氏2位、マルコ・ルビオ氏3位、テッド・クルーズ氏4位という順番です。

ちなみに、ランド・ポール氏は若くて元気な支持者が多いため、組織的にずば抜けた数字が出ている状況であり、同時に集計されたTwitterのビックデータ分析でもポジティブワードが最も高い候補者になりました。若干バイアスはあるものの、リアルタイムの視聴者参加は臨場感を演出します。

さらに、この仕組みの面白いところは投票しないと結果が見れないというものであり、候補者に投票すると「その人を応援する寄付サイトとセットでグラフが表示される」というところです。テレビ局が民主主義の発展に寄与していることが良く理解できます。

日本でも上記の3つの仕組みは直ぐに導入可能、日本のメディアは改革を実施するべき 

各候補者による討論終了後、候補者、有識者、政党関係者、運動員、その他諸々による多角的な評価がディベート内容について検討されて、その内容がそのままメディアに流れ続けます。報道の公正さは情報を大量に出し尽くすことが重要であり、情報内容の事前審査ではないことが分かることでしょう。

日本と比べて圧倒的なパフォーマンスを発揮しているメディアに対し、様々な注文がついて日々内容が改善されている状況、これこそ民主主義の大国である米国のジャーナリズムの凄さであると感じています。 

米国の民主主義の在り方についてはまだまだ見習うべき点が多数存在しており、メディアのレベルアップは必須事項であると改めて痛感しました。是非とも改革に真面目に取り組んでほしいと思います。

マッキンゼー式 世界最強の仕事術
イーサン・M. ラジエル
英治出版
2001-04-01




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2015年12月14日

現代に続く長州支配をこれ見よがし、「花燃ゆ」歴代最低視聴率に

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花燃ゆ、視聴率が歴代ワーストタイという無残な結果に・・・

NHK大河「花燃ゆ」が歴代ワーストタイの視聴率、全50話の期間平均は12%となりました。

はっきり言って、「当たり前だ」と言いたい。

「無名の女性を主人公にした」「幕末男子のそだて方とかコンセプトがおかしい」とか、色々な意見があるわけですが、大河ドラマの筋として日本国民全体を侮蔑したものであったことが原因だと思います。

朝ドラ「あさが来た」も一般的にはほぼ無名の女性が主人公ですが、その内容が共感を生んで人気を博していいます。NHKは何が違うのかを反省し、公共放送の中立性について改めて考え直すべきでしょう。

主人公が吉田松陰の妹、その旦那が群馬県令という丸出しの征服者史観

本作は主人公が明治維新の立役者の一人である吉田松陰の妹であり、その旦那は明治政府官僚である群馬県令の楫取素彦(かとり・もとひこ)という、完全に維新政府万歳、つまり「長州=山口県」万歳というコンセプトで出来上がっています。

西日本や山口県のみの放送範囲で終わるならまだしも、征服者として関東の地に君臨した県令を持ち上げるとはあまりにも不見識極まり無いのではないか。群馬県は徳川幕府に近かった譜代大名らが治めていたエリアでしたが、楫取県令は外部から連れてきた官僚らを中心に、群馬県の産業振興、教育改革、その他諸々の功績を挙げた人物です。

群馬支配を確立していくプロセスで、楫取県令は高崎から前橋に県庁を嘘の約束をして移転し、民間側の代表であった自由民権運動の担い手であった有信社ら住民の嘆願を無視し続けた上に、最終的には軍隊の出動寸前の状態まで起きました。

長州による北関東支配の始まりとしての「花燃ゆ」の位置づけ

楫取県令が軍隊を動員して鎮圧しようとした有信社は上毛地域の民権運動の中心になった政治結社で、有信社の代表であった宮部襄は明治14年の自由党時に党幹事となり、上毛地域の理知的な代表者であり、星亨ら自由党系弁護士らとともに活躍しました。

楫取県令が運よく退任した後、群馬県では松方デフレの影響で自由党内の左派が台頭して群馬事件という激化事件が発生します。この暴動を主導したのは上記の宮部ら自由党主流派ではなく途中参加の貧困農民層と自由党急進派でしたが、維新政府が推進したデフレで没落した農民が背負った借金苦などが背景として存在していました。

群馬事件後、北関東では各地で激化事件が頻発するようになっていき明治政府による弾圧が行われるようになっていきます。仮に楫取県令が退任しておらず役職を続けていれば彼の手によって貧困農民層の弾圧が行われた可能性すらあります。

「花燃ゆ」の物語とは、長州人の過激な革命派の妹が長州のエリートと結婚し、維新政府に対抗した自由民権運動が盛んな上毛地域に赴任し、政府による殖産興業によって人々を懐柔・支配していく歴史の始まりを描いたものです。

現代まで続く長州支配、これ見よがしにした「花燃ゆ」、東日本の魂は燃えるのか

戦前は西日本、特に山口県から首相が輩出されることが通例でした。戦前の首相の最多出身県は山口県で5名であり、東日本は東京・北陸を除けば岩手3名、栃木1名という見事なまでの弾圧ぶりが戦前の政治構造を如実に表しています。

歴代首相の出身県一覧(社会実情データ図録参照)

戦後の首相の最多輩出県は群馬県の4名です。群馬県が戦前0名という状態から一気に増えたことは、維新政府の流れをくむ山口県選出の安倍首相には面白くないものでしょう。(戦後の山口県出身の首相は輩出数2位でいずれも、岸・佐藤・安倍という有力な政権を樹立しています。)

安倍首相に対抗していた自民党内の勢力であった、福田康夫・元首相、小渕優子・前経済産業大臣なども群馬県選出であり、安倍首相にとっては非常に面白くない県が群馬県ということになります。大河として長州人が群馬県令に就任する物語はまさに安倍首相は大いに溜飲を下げたことでしょう。

政権がNHKへの影響が強まることを見越したNHKの阿りから、吉田松陰の妹で群馬県令の嫁、という主人公が浮上してきたのかもしれませんが、あまりにも東日本民を愚弄にした舞台設定の大河ドラマだったと思います。

本作は北朝鮮ばりの長州礼賛プロパガンダ大河として、東日本の人々が現代まで続く長州支配の政治構造について問題意識を深めるきっかけにはなったのではないかと思います。





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2015年12月13日

有権者に香典を渡す政治家に投票してはならない明快な理由

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数万円の香典で有権者を買収することは政治活動を真面目に行うよりもコストがかかる

政治資金から香典を支出したことなどが有権者の買収として問題になっていますが、果たして有権者を金銭で買収することは合理的な行動でしょうか?

結論から言えば、有権者を金銭で買収することは真面目に政治活動を行うよりも遥かに高くつくため、危険なリスクを冒すだけでなく金銭的にも無意味だということです。(政治家側だけでなく金銭を受け取った側も罪に問われることになりお互いにとって迷惑となります。)

そのため、買収事案として扱われている事例の大半は極めて非合理なものであり、理性を持った政治家側であれば買収の明確な意図をもって違法行為を行うことはほぼあり得ないものだと思います。

仮にそれらの行為が行われている場合、それは古くからの因習から抜け出れていない残念な結果であり、政治家が意外と因習から抜け出てしまえばほとんど影響もないということが実感できるでしょう。

政治活動を通じて一票を獲得するための「相場」はおおよそ幾らなのか

たとえば、1500票で当選できる地方議会議員選挙が行われる地域で、新顔の選挙区支部長が政治活動を通じて使用する政治活動資金は約300万円程度だろうと推察します。政治活動資金とは、政治活動期間中に支出される人件費、事務所費、ビラ代、備品代などの合計です。

地域差もあるとは思いますが、比較的30代・40代の人物であればおおよその金額はざっとこんなものでしょう。つまり、政治活動によって獲得できる可能性がある票は1票当たり2000円程度ということになります。会社の経営と一緒で、これらは目標を達成するための必要経費みたいなものです。

仮に2000円よりもコストがかかっているなら余計なことに資金を使い過ぎであり、2000円よりもコストが低いならば効率的な政治活動を行っていることになります。政治活動のコストが上下する要因は、それまでの人生の人徳やツケをそこで払っているということです。たとえば、アルバイトを雇わずにボランティアが集まるような人物であればコストは当然に2000円より安くなっていきます。

もちろん、メディアからの注目度や現職・新人の違いはあるため、上記のコスト計算は一概には言えませんが、目立たない普通の地方議会議員選挙の相場はこんなものでしょう。

有権者の買収行為は論理的には正当化されず、論理的思考が出来ない人物に投票すべきではない

香典の相場は5000~数万円であるため、政治活動から一票に繋がる相場の2000円よりも遥かに高額となります。つまり、香典その他の買収行為によって有権者の歓心を買うことは費用対効果が悪い行為だということです。

ここで重要なことは、有権者から信頼を得るために、政治活動の相場の数倍も値段を支払う人間の経営能力は無い、ということです。つまり、有権者買収は倫理的・法律的な面からも望ましいものではありませんが、それ以上に金銭感覚や経営感覚がない人物を首長・議員にしてはならないということです。

そのような人物は自分自身の無能な政治活動のコストを回収するために、地域の支援者に対する無駄なバラマキを実行し、そこから政治資金パーティーなどで自分自身が支払ったコストを回収しようとするからです。これは地域の経済成長を阻害するとともに、地元民に対して経済的な負担を課すものとなります。

以上、有権者の買収は金銭的な側面から非合理な行為であり、それらを実行する政治家は極めて無能ということを確認しました。自分が住んでいる地域の発展を考えるならば、有権者は冠婚葬祭などでお金を包んだり、ビール券を配ったりするような議員に投票するべきではないでしょう。

地方選挙実践マニュアル
三浦博史
第一法規株式会社
2015-03-19




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2015年11月23日

2015年11月22日(日)は55年体制が終わった日になった

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2015年11月22日(日)は55年体制が終わった日となった

大阪維新の会の大阪ダブル選挙での勝利は、自民党に代わる新たな保守政党の台頭を決定づけたものであり、日本の政治構造の根底からの変革を促すものです。維新の台頭は戦後の基本的な政治構造である保革対立の原型としての55年体制に終止符を打つものだからです。

自民党・民主党という二大政党は、55年体制依頼のの歴史的な経緯による存在意義を全うし、今後解体過程に入る政党となりました。まずは基盤が脆弱な民主党が崩壊した上で、戦後政治を支えた自民党も政治的な岐路に立たされることになるでしょう。

崩れ落ちる自民党の保守政党としてのアイデンティティー

自民党への人々の支持の根幹には社会主義・共産主義と対立してきた55年体制が存在しています。そのため、現代社会においても保革対立の文脈から何も考えずに自民党に投票している支持者数もいまだに多い状況があります。

しかし、自民党自体は元々2つの政党が合併した路線対立が異なる政党同士の野合政党です。一方は元々オーストリア経済学を根幹に据えた軽武装・経済重視の自由党、もう一方は戦前の革新官僚・翼賛会の残党を中心とした日本民主党です。両党の野合は台頭する左派への対応として実行されたに過ぎず、民主党が瓦解して新たな保守政党が誕生する中で、政権欲以外に野合を継続する動機はほぼ無くなります。

大阪ダブル選挙での維新勝利、そして民主党が実質的に無くなった政局状況において、自民党という政党も現在の政権与党であるということ以外にアイデンティティーは無くなってしまったのです。

戦前の保守二大政党政治への回帰、歴史は何度でも繰り返すということ

戦前には政友会と民政党の保守二大政党の時代がありました。今後の日本政治は日本は戦前の二大保守政党の時代模様に回帰していくものと思います。55年体制のような保革対立はソ連の影響で左派の力が強まった一時的な現象であり、本来は保守二大政党政治が日本の政党政治の原型と言えます。

政友会の特徴は、原則として官僚と近い立場を取りながら、政府と一体化をして権力を侵食しようとする政党でした。つまり、自民党の基本的なスタンスと極めて近いものとなります。今後、自民党では戦前の政友会に近い性格を強めることになり、中央官僚、癒着系の大企業、農村部などの地主層などを中心とした支持基盤が形成されていくことになるでしょう。

民政党は、原則として議会主義に近い立場を取りながら、比較的自由主義的な政策をかかげていた政党でした。今後、大阪維新が求めるロールモデルになる政党となることが想定されます。今後の維新は、都市の資本家・中間層を中心とした支持基盤が形成されていくことになるでしょう。

民政党は都市政党の改進党をルーツとする政党でありそれらも都市知識層に支えられた政党でもあります。現在もマッキンゼーなどの知識層が支える大阪の行政改革などは維新の会の性質に近いものと言えます。

それ以外は戦前の社会大衆党のような弱小ながらも一定の支持を持つ政党として存続していくでしょう。55年体制の崩壊とはソ連の崩壊であり、日本にもソ連崩壊から遅れて20年、やっと左派系政党が没落する段階が訪れたということになります。

55年体制⇒2014年体制⇒2016年体制へ、日本の政局が本質的に変更するとき

2014年の衆議院選挙後の自民党一党支配(2014年体制)で55年体制の本格的な終わりが始まっていたわけですが、今回の大阪ダブル選挙での維新の勝利によって時計の針は大きく動くことになりました。2016年の参議院議員選挙は日本の針路を決めるものとになると思います。

1993年から始まった55年体制の軋みが2016年になって完全な形で顕在化することは、政治改革には20年程度の時間を要するものであることが証明された形になりました。このプロセスの中で多くのプレーヤーが様々な行動をしてきたわけですが、歴史はもう一度保守二大政党の時代を日本国民に与えてくれました。

このあとに、日本がどのような進路を辿っていくのか、戦前と同じような過ち、すなわち二大政党による憲政を放棄する方向に向かうのかは、21世紀を生きる我々が選んでいくことになります。先達に恥かしくない日本政治を私たちの手で創り出していくことが必要です。

日本近代史 (ちくま新書)
坂野 潤治
筑摩書房
2012-03






 

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2015年11月10日

小沢一郎・民主党政権に対する民権史観に基づく総括

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「宙に浮いた」民主党政権の総括

2009年に自民党から政権を奪取した民主党は政権を獲得した衆議院議員選挙の直前から内部闘争を繰り返し、最終的には政党としての理念を喪失する形で2013年末に下野することになりました。

国民は民主党が実行不能なマニフェストを作成した政党であり、政権を運営する力が無いものとして判定した結果、2015年現在民主党の支持率は回復しないどころか空中分解的な様相すら示しています。

現在、私たちは自公政権を日本政府の担い手を任せていますが、必ずしもベストな選択としてそれらを選んだわけではなく、自民党の他に政権担当能力がある政党が存在していないという状況が背景に存在しています。

このような状況に陥った理由は、私たちが「民主党政権とは何だったのか、彼らは本来何をやろうとしたことは何か」ということを総括していないことに起因します。アベノミクスなどの経済政策はともかくとして、政治的なパラダイムとしては時が止まったままの状況に置かれています。

小沢一郎氏の党代表選挙の際の演説

民主党政権を実質的に創った人物は小沢一郎氏と言っても過言ではないと思います。政権奪取前の民主党に小沢氏が合流することで民主党は理念と力の両方を得ることに成功し、鳩山政権の崩壊と小沢氏の代表選挙敗北によって民主党政権は終わりに向かいました。

つまり、民主党とは小沢氏が創り上げた政党であり、民主党の本質は小沢氏の言葉の中にあり、そして小沢氏が居なくなった民主党はもはや民主党ではないと言えます。現在の迷走ぶりはまさにそれを端的に表しています。

民主党の総括とは、小沢氏が民主党で進めた政治理念・政治行動に対する総括であり、その小沢氏が進めた標榜していた政治理念は2010年の小沢氏の民主党代表選挙における演説に凝縮されています。

2010年小沢一郎氏・民主党代表選挙演説全文
http://www.asyura2.com/10/senkyo95/msg/254.html

小沢氏が進めようとしていた政治の本質とは「官僚主導」から「政治主導」への転換ということになります。

<一部抜粋>
①「しかしその改革は、明治維新以来、百四十年続く官僚主導の政治を、根っこから国民主導、政治主導に変えな
ければ、とても成し遂げられるものではありません。私の頭の中を占めているのは、その思いなのであります。」

②「官僚支配の百四十年のうち、四十年間、私は衆議院議員として戦い抜いてきました。そして漸く、官僚機構と対峙できる政権の誕生に関わることができました。我々は「国民の生活が第一。」、の政治の幕開けにやっとこぎつけたのであります。」

小沢氏の尊敬する人物は原敬元首相だと耳にしておりますが、原内閣で実行された政治主導の試みが小沢氏が民主党政権でやろうモデルである、と考えることが妥当です。つまり、民主党政権がやろうとしたことは「官から政へ」という政治力学の構造転換を総括することで初めて完了するのです。

政治主導としての政治任用と党への陳情の一元化 

民主党政権時代、自分は下記の2つのニュースに注目してきました。

①霞が関の局長クラスまでの政治任用化
「民主政権では「局長以上は辞表を」 鳩山幹事長語る」
 http://www.j-cast.com/2009/02/10035695.html

②民主党本部への陳情一元化
「政権交代後の陳情対応の変化とは。透明性と公平性を推進」
https://www.dpj.or.jp/article/100009
「自治体首長が「民主党詣で」 陳情一元化、自民打撃も」
 http://www.47news.jp/CN/200911/CN2009111301000814.html

①は戦前から官僚と政治家の間で繰り広げられてきた幹部職員の人事権を巡る争いです。特に戦前は政府の中に政党の意向をくんだ人物が入り込むことを阻止する官僚との暗闘が続きました。戦後は官僚による政治支配が進む形となり、政府内の政治任用職はほぼ存在せず、自民党を中心に高級官僚が議員になる状態が常態化してきました。結果として①は実現されることなく国家戦略局などへの中途半端な政治任用の拡大に終始しました。

②は各省庁が所管している利益団体や地方自治体との繋がりを断ち、官僚がそれらの団体に対して差配する権限を弱めるための政治的な転換となりました。従来までは利益団体や地方自治体は政治家に陳情を行うものの、実際には議席に関係なく永続的な影響力を持つ官僚機構への政策要望の陳情を重視してきました。それらの流れを断ち切って、政党が政策反映へのアクセスポイントを独占することで官への優位を確立する道が開かれました。

小沢氏が目指した「官僚主導から政治主導」へという流れは上記の2つの方法によって実行されるものです。①は中途半端な形でしか実行されませんでしたが、②は短期間ながらも実行されたことによって細野元幹事長党という次代を担う人材の育成が行われることになりました。

民主党政権の末期における「官僚主導」の復活

私自身も民主党の個々の政策に関する賛否はありますが、民主党政権の政策が実行されなかった理由の一つとして、官僚機構による抵抗と巻き返しによる影響が大きかったように思います。特に財源問題などは盤石な政治主導が確立されることによって徹底した歳出削減と予算の組み替えでねん出できるはずですが、中途半端な政治主導では官僚機構の牙城を崩すことが出来ずに前提が崩れてしまいます。

派手な事業仕分けでは大した財源がねん出できないことは当然であり、官僚から政治家への予算編成権の根本的な移譲を実現させるために政治改革の断行は必要不可欠でした。しかし、政権から小沢氏が排除されたことでその道は閉ざされることになりました。

一方、菅首相は就任時に「
官僚の皆さんを排除し、政治家だけでモノを考えて決めればいいということは全くない。官僚の皆さんこそ、政策やいろんな課題に長年取り組んできたプロフェッショナルだ。官僚の皆さんの力も使って政策を進めていく」と述べることで官僚主導の復活を鮮明化しました。
菅政権の跡を継いだ野田政権もかつて自分自身が税金にたかるシロアリと揶揄した官僚と一体なって消費税増税を実現しました。さらに、民主党から自民党に政権が戻ることで政治主導の芽は完全に摘まれることになりました。

以上のように、民主党政権は官僚主導から政治主導を成し遂げるための政権交代を実施したと言えますが、逆に政権任期の途中から官僚と一体化した勢力によって反政権交代が行われたことで改革が未完に終わったという評価が妥当だと思います。

民主党の政権時代には2つの民主党が存在しており、当初に意図した民主党は途中で追い出されて、自民党とほぼ同一の民主党が力を持ったため、政権奪取時に掲げていたマニフェストは実行されなくて当然です。

小沢民主党の総括、事態の更なる悪化へ

民主党政権で未完に終わった政治主導のプロジェクトを理解することで、私たちは次の時代に進むための道標を手に入れることが出来ると思います。

小沢民主党の失敗は政権奪取のために政府支出の増大、つまりバラマキを認めたことにあります。戦前の政友会時代から繰り返されてきたことですが、政府の利権を誰が分配するのか、という基準での争いを止めるべきです。

政治家は選挙の洗礼及びバイネームの活動という特徴を持っているため、政治家が官僚を上回る形で政府の利権を長期間運営することは不可能です。そのため、肥大化した利権は主導した政治家にスキャンダルが発生すると一瞬で官僚の手に落ちます。

本来必要な改革は政府が持つ利権を国民の手に戻す「小さな政府」です。小さな政府を推進することによってはじめて民衆は官僚に勝利することができます。

政官攻防史 (文春新書)
金子 仁洋
文藝春秋
1999-02




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2015年11月08日

日本で「小さな政府論」が起きないのは司馬史観が原因

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*高知市自由民権資料館HPから引用「自由民権運動に立ち上がった人々」

 小さな政府を主張する勢力が「維新」を称する不思議

米国ではナショナリズムと小さな政府の価値観が結びつくことにより、小さな政府を求める大衆運動が我が国とは違って盛り上がっています。(詳しくは
拙稿「日本でウケない小さな政府運動が米国で大衆化したワケ」を参照してください)では、何故日本では同様の現象が起きないのか?それは司馬史観という呪縛にこそあるのです。本稿では、日本において大衆レベルでナショナリズムと小さな政府の価値観が融合しない理由とその克服方法についても記していきたいと思います。

司馬史観に代表される超然主義の歴史観という病巣

現代日本人の歴史観に大きな影響を及ぼした司馬遼太郎の作品は日本の近代化が一部の英雄によってのみ実現したという英雄史観に立脚したものです。政治家の中にも『坂の上の雲』等を愛読書として挙げる人間が多いように、民衆レベルでの司馬史観への支持はかなり厚いことが分かります。


ただし、司馬史観が称える人物は維新志士や藩閥官僚などです。彼らは大きな政府・中央集権を推し進めた人々であり、民衆から自由と自治を奪ってきた人々と言えます。これは司馬史観が、明治国家の建設と近代化の歴史に民衆が寄与していない、かかわりのないものであったという物語だということです。いわゆる超然主義に基づく物語です。

超然主義とは何か。それは、「天皇の官吏」は民衆から超然(独立)として政治を行うという思想です。これは司馬が描いた維新志士らによる英雄史観とは、一握りのエリートが世の中を動かすという意味では全く同一のものです。故に司馬史観が民衆心理に浸透することは、超然主義者の末裔である現代の官僚らによる実質的な政治支配の正統性が国民に浸透することに繋がってきたのです。

 
「官僚に独占された日本の近代史」

日本近代史は官僚による国づくりへの功績によって実質的に独占された状況にあります。それは戦後復興史においても同一であり、経済再建への通産省の役割などが過度に強調される偏った歴史観が形成されることを通じて、官僚が政治に関与することへの正統性が守られてきました。

しかし、もしそうであったのならば、本田宗一郎は官僚からの命令に従って未だにホンダはオートバイしか作れず、日本の自動車産業は世界を席巻していなかったでしょう。ですが、実際の本田宗一郎は通産省の指導に逆らい、自動車業に進出し大成功を収めた歴史があります。

このように、本来の近代史においては、官僚=政府の活躍だけでなく、民衆の活躍が車の両輪として取り上げられるべきなのです。しかし、後者についてはすっぽり忘れ去られた状態となっています。むしろ、戦前の歴史においては軍部の暴走を止められなかった存在として、民衆の代表である政党の無力が強く描写させることも少なくありません。

日本の近代史と官僚=政府が深く結び付くことを通じて、日本のナショナリズムは「大きな政府」と常に一体化するようになりました。保守主義を標榜しているはずの自民党が政府規模を拡大し続けていることこそ、ナショナリズムと大きな政府という価値観が結びついた結果の証左でしょう。

「維新」という党名に現れる歴史観とイデオロギーのネジレ原因

2015年現在、小さな政府や地方分権を党是として掲げた保守政党が藩閥官僚による中央集権化を実現した「維新」を呼称する摩訶不思議な現象が発生しています。


この不可思議な政党名の呼称問題は、上記のような日本のナショナリズムをめぐる歴史観の構造的な問題に根差しています。「維新」という呼称が「大きな政府・中央集権」の歴史の象徴であるという大いなる矛盾がありながらも、「維新」以外にナショナリズムを象徴する適当な呼称が彼らには見つからなかったということです。

正しい歴史認識に基づく歴史用語を使用するためには、日本近代史の中でもう一人の主役であった「民衆」の役割を再発見する必要があります。

民衆のナショナルヒストリーとしての自由民権運動の再興の重要性

具体的には、日本近代史における「自由民権運動」というもう一つの国づくりの物語に再注目するべきです。民間の産業資本が勃興し、民衆が西欧思想を摂取していく中で形成された「国会開設と憲法制定を求めた初期の自由民権運動」をナショナルヒストリーとして再興することが重要です。


確かに自由民権運動は細かい解像度で見れば様々な問題があったのは事実です。しかし、板垣退助が「民撰議院設立建白書」の中で納税者が国政に対して意見を述べることは正当な行為であるとしたこと、進取の気風に富んだ私擬憲法が日本各地で作成されたこと、国会既成同盟などを通じて全国規模の議会設立要望が繰り返されたこと――それら明治初期の民衆運動を我が国のナショナリズムの根幹に再配置するべきです。そして、これらは恐れ多くも皇后陛下も繰り替えしご発言の中で、触れられている歴史であることに鑑みればより重要性を持つでしょう。

明治初期の自由民権運動を核とした歴史観を再興することを通じてこそ、ナショナリズム=大きな政府という、一辺倒の歴史観を是正し、ナショナリズム=小さな政府というソリューションを提供できる歴史観の構築が可能となるのです。

今こそ、自由民権運動をナショナリズムの根幹として位置付けるべき時代が来ているのではないでしょうか。



 


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