国内政治

2017年05月05日

憲法9条と防衛大臣、本当に議論されるべきことは何か

稲田

憲法9条改正で多くの国民が勘違いしていることとは何か

安倍首相が中途半端な憲法改正を打ち出したこともあり、左も右からも憲法論議が少しだけ盛んになっているように思います。

ただし、筆者は憲法9条については改憲論者(現状の著しく不合理な内容は改正すべき)ですが、そもそも憲法改正論議などという不毛な議論に政治的資源を割り当てることは論外だと思っています。

左も右も「憲法があるから戦争が起きない」とか「憲法を改正すれば中国・北朝鮮に勝てる(または抑止になる」とか、低レベルな議論はいい加減にするべきでしょう。

はっきり言いますが、「憲法」を議論すること、「安全保障・防衛政策」を議論すること、まして「戦争を議論すること」は全く別物です。

憲法があるから戦争が起きない、憲法9条を改正するから抑止になる、のでもなく、米軍・自衛隊の具体的な戦力及び日米に国際環境を形成する外交能力があるから物理的な戦争が起きていないだけです。

憲法の内容を変えることで戦争開始・戦争勝敗に影響があると思う「呪術志向」の人たちは実際の安保・防衛政策や戦争について議論することは危険なのでやめてほしいです。

象徴としての憲法9条改正を主張する首相と全く無能な防衛大臣の組み合わせ

安倍首相は憲法9条改正を主張していますが、実際の安全保障政策・防衛政策にどこまで関心を持っているのか極めて疑問です。

なぜなら、安全保障・防衛政策を所管している防衛大臣に不適格な人事を行っているからです。国会答弁の最中に泣き始めるような感情的な人物を防衛大臣に任命していることは話になりません。また、スーダンのPKOに関する日記問題では組織を全く統率できていないことも明らかになりました。

別の国会の場面では、稲田大臣は長島昭久衆議院議員に「特定の自衛隊の具体的な装備内容・予算」について問われて「事前通告が無かったので答えられない」と答弁していましたが、嫌がらせ的なクイズはダメとしても事前通告がなかった場合に如何なる兵装についてなら答えられるのでしょうか。法務・総務・財金畑のド素人を防衛大臣の席につけた責任は重いと思います。

また、外交交渉を担う岸田外務大臣は安倍首相にとっては現在政敵とも言える人物です。現在、重要な外交交渉は官邸主導で実施しているように見えますし、防衛・外務両大臣がまともに機能しているか不安を覚えます。

安倍首相が憲法9条改正を議論してもかまいませんが、現在の安全保障・防衛・外交政策の人事的な意味での適切化を行う方が先であるかことは明らかです。

まさか安倍首相は憲法9条改正が目の前の安全保障・防衛・外交の具体的な問題よりも大事だと思っているとは思いませんが、仮に今すぐ戦争になった場合に「稲田防衛大臣」「岸田外務大臣」で十分に戦えないでしょう。

憲法9条と安全保障・防衛政策・外交交渉は別物、具体論を議論する時代に

国民の多くは左右の識者たちの議論によって、憲法9条改正と安全保障・防衛・外交が結びついているように錯覚させられています。しかし、安全保障・防衛政策・外交交渉は具体論であって憲法9条と現実の戦争は直接的には関係ありません。

政府答弁によって攻撃的兵器を持つことは憲法上禁止されているとされていますが、このような地理的な概念に制約された兵器概念自体が時代遅れであり、不合理な政府答弁が見直されることは必然だと思います。したがって、このようなことも議論するまでもなく見直されるべきものであり、現行憲法下でも内容の見直しは可能です。(昨年の安保法制で事実上見直されたものと理解しています。)

その上で、国際環境形成、自衛隊の目的、装備内容、運用の実際などが体系だった議論によって行われていくべきです。日本の安全保障を守るために必要な議論とは、防衛大綱や中期防でどのような兵力を揃えていくべきか、などの具体論です。

国会議員のうち何名が日本の具体的な兵装の在り方についてまともに話ができるでしょうか。まして、現実妥当な装備計画、予算、運用について議論できる人は少数しかいないはずです。これが世界有数の軍事費支出を行っている日本という国の現状なのです。

また、北朝鮮への日本自らによる制裁だけでなく、米国に言われるまでもなく北朝鮮の貿易相手国に積極的に制裁を行うことを確約させるよう動くべきでした。米国の指示で慌てて関係国への働きかけを行っている日本の姿は悲しくなります。

国力の基本は経済力と外交能力であり、各国はその制約下で兵装を整えていくことが求められます。闇雲な軍拡はかえって国力を削ぐ結果を生みだすため、憲法改正したとしても軍拡をすれば良いという問題ではないのです。現在の国会の議論の状況ではどのみち実際の戦争に対応することは困難かと思います。

安保法制の議論の時の左派のような愚かな議論は必要ありませんし、ほぼド素人と言っても過言ではない防衛大臣を任命している場合でもありません。そして、国民もいつまでも憲法9条改正という、実際にはどうでも良い話題にかまけているべきではないでしょう。



本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。


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維新・橋下氏「教育無償化」は維新の存在意義の否定

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(敬愛する横山三国志から引用)

維新の法律政策顧問である橋下徹氏の教育無償化・憲法改正案の矛盾

憲法改正案の中に維新の法律政策顧問である橋下徹氏が大学・大学院を含めた高等教育の教育無償化を盛り込むことを提言されています。筆者は、教育無償化(税負担化)に根本的に賛成しませんし、また維新が同提案を行うことは自らの政党としての存在意義を否定するものと考えます。

産経新聞によると、橋下氏は「徹底した行財政改革で捻出した「税金の無駄」を充てた上で、不足分を相続税の引き上げで補う」と主張されているそうです。

もちろん教育無償化(税負担化)については色々な考え方があると理解していますが、筆者は地方分権を主張する維新が全国一律に同じ基準で政策を実行するという発想自体に反対です。

教育無償化に関する議論は権限・財源を移譲した上で地方自治体が判断すべき

大阪市役所によると、幼児教育の無償化(税負担化)を行う予定とのことです。また、大阪府では既に高校までの教育無償化(税負担化)を実施しています。筆者は政策の是非はともかくとして、このように税金の使途というものは権限・財源を可能な限り地方に移して地方自治体レベルで判断すべきと考えます。

政治は住民に近ければ近い方が望ましいものであり、税金の使途に対して納税者の関心が行き届くようになります。日本は既に都道府県レベルで一国に相当するGDPと予算規模を有しており、都道府県レベルではなく国策として大学・大学院を含めた高等教育の教育無償化(税負担化)を推進する必要を感じません。

仮に維新がいまだに地方分権を主張する改革政党であるとするなら、「教育無償化に関する議論は権限・財源を移譲した上で地方自治体が判断すべき」と述べるべきです。国民から遠い国全体に関わる憲法で税金の使途を定めることは地方分権の流れに逆行するものであり、ひいては維新の存在意義も無くなることになります。

地方自治体間の善政競争が国の競争力を産み出す源泉です。したがって、維新の基本的な方向性は「国全体で一律に決めることを無くし、地方自治体が独自に判断できる分野を増やすこと」ではないかと思います。維新がどうしても大学・大学院を含めた高等教育を無償化(税負担化)したいなら、地方自治体独自の判断で実行できるようにすることが大事です。

今回の憲法改正案はその流れに逆行するものであり、大阪府・大阪市(まして大阪都)で独自に判断・実行するのではなく、憲法に明記して日本全国に教育費無償化(税負担化)を強制する理由が分かりません。

現在の国政の事案を将来も国政の事案として語ることは間違い

維新は中途半端に国政に議席を保有しているために、「現在の国政の事案を将来も国政の事案として語る愚」を犯しているのではないかと思います。

高齢者に偏重しているとされている社会保障費を現役世代・子どもに振り向けるという政策、を実行したい場合、それを国政レベルで実行する必要性は本来ありません。

一度「国会病」または「有識者病」に憑りつかれると、現在国政の事案だから国政の中での組み換えを行うことが安易で分かりやすいために国政の範囲での予算組み換えなど役所の論理に議論が偏りがちです。筆者はそもそも税金で負担する話を「無償化」と表現すること自体が「お役所言葉」の典型だと思います。

結局は有権者から遠い場所で行われる議論はどれほど良い案でも紛れと骨抜きが幅を利かせることになるでしょう。維新の党是は補完性の原理に基づく地方分権改革かと思ったのですが、それは違ったのでしょうか。

社会保障の在り方も含めて積極的に地方自治体に分権していき、そして地方自治体同士が望ましい政策の在り方を競争していくことが重要なのです。

大学教育まで含めた無償化は地方に権限・財源移譲をした上で、大阪で先行実施して成果を見たら良いでしょう。その結果として、費用対効果などの成果が良いものなら全国に拡がり、その支出に見合った成果が無ければ大阪も止めるでしょう。このような柔軟な対応を可能とする点が地方分権を行うべき理由です。

一方、今回の橋下氏の改憲案のように憲法に明記した場合、政策に間違いがあっても政治的に後戻りが難しくなる違いがあります。自分が正しいと思うことだから日本全国で一度に適用する、というのは中央集権論者の発想であり地方分権論者の思考とは異なるものです。

維新は現在国政に議席を保有している唯一の「特定の地方自治体に基盤を持つ政党」であり、「国全体で物事を推し進めようとする」他の政党の「非改革的な姿勢」を見習う必要はありません。むしろ、憲法改正論議では、明確な地方分権主義を打ち出して他党とは一線を画すべきでしょう。

仮に高等教育に関して地方自治体が判断・運営する能力がない(一国並みのGDPを持ちながら)と思うなら、地方分権などを主張することは止めてしまって徹底した中央集権を主張するべきです。

明治維新は「地方の役人」が「中央の役人」に取って代わって中央集権を進めたクーデターですが、現代の「維新」勢力も結局は中央集権勢力ということなのでしょうか。維新が「国政での権力掌握を目指すための方便として地域勢力ではなく、本当に地方分権を党是とする政治勢力」なら、筆者の言っている意味が分かると思います。



本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。



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2017年05月04日

共和党保守派「水曜会」と自民党「部会システム」の比較

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(イメージ写真)

共和党保守派の水曜会・International coalition meeting で講演

共和党保守派が毎週水曜日にワシントンDCで開催している作戦会議でスピーチを行ってきました。この会議は完全内容非公開・参加者非公開・写真禁止・完全招待制というインナーミーティングであり、筆者もここで何を話したかということは多くを書くことができません。

強いて言うなら、上記の公開用イメージ写真の中心に座っている全米税制改革協議会グローバー・ノーキスト議長を中心に、様々な発言者が5分程度の問題提起を行って参加者からの質疑応答、終了後のネットワーキングが行われるというイメージです。今回は世界中から様々なシンクタンクの代表が訪米してスピーチを行っていました。

筆者はワシントンDCを訪問する度に同会議に出席させていただき、DCにおける最新の政治情勢のトレンドを収集させて頂くことが出来ています。

「水曜会」小さな政府を求める共和党保守派が作り出した政治システム

水曜会は共和党においては極めて重要な政治システムの一部を形成しています。一つの民間の政治団体である全米税制改革協議会が主催するイベントにも関わらず、毎週のように設定される新たな政治アジェンダに対して保守派としての情報共有や行動方針が決定する場だからです。

また、共和党の政治家への応援の可否、新たな政権・議会スタッフの紹介、各団体のアジェンダに対する意見がテンポよく表明されていき、保守派を構成する様々な団体の意向が実際の政治過程に反映されていく様子を見ることが出来ます。もちろんプレゼンテーターのスピーチの内容が悪ければ何も起きず、内容が大うけするようであれば同アジェンダは一気に進むことになります。

この場に集っている方々は原則として「小さな政府」を求める共和党保守派の人々であり、同じ価値観をともにする人々が次々とアライアンスを形成して政策実現に向けた動きを展開する「民主導」の統治システムだと言えます。

「部会システム」大きな政府を志向する自民党が作り出した政治システム

一方、共和党保守派の「水曜会」と対比して、ほぼ真逆の機能を果たしている統治システムが自由民主党の政調部会システムです。

自民党の政調部会では、会議室の正面に部会長、有力議員、その横に部会を構成する議員席、関連する官僚が座る役人席が用意されています。そして、業界団体などの利益団体に対して、業界の意向を受けて発言する所属議員の先生方が(概ね役人に質問または叱責するポーズをして)自分は頑張ってますよというアピールをする場となっています。(筆者が見ていた頃の部会のイメージですが、今でも大差ないものでしょう。)

部会システムは、自民党という政党自体が中央省庁とほぼ一体化して業界団体の利益を拡大していく高度経済成長期のシステムであり、既に時代遅れの感はあるものの共和党保守派の理念とは対比的な自民党側の「大きな政府」を志向する政治システムとしては極めて優れたものだと思われます。

「官高党低」という状況下で変化が求められる政治システム

最近の政治的な傾向として、政党よりも官邸が強くなる、つまり官邸に予算・人事の権限が集中して、政党がスポイルされる「官高党低」が問題視されています。これは経済財政諮問会議や内閣人事局に象徴される一連の行政改革の中で進められてきた官邸主導の政治システムが確立されてきていることを意味します。

そして、このような状況下では、政党が各省庁と一体化することで運営してきた自民党の部会システムは時代遅れのものとして機能しなくなってきています。中央省庁の役人も予算・人事を握っている官邸を政党よりも重視することは当然です。日本は議院内閣制を取っているものの、実態としては大統領制に近いものになりつつあると言えるでしょう。

そこで、政党が存在感を取り戻そうとするのであれば、中央省庁の方針に反対する民間勢力を糾合して一つの政治的な勢力を形成してくことが必要だと思います。現在のように中央省庁とぶら下がっている業界団体と蜜月を築くだけでは、政党が官邸に追従する現在の構造から抜け出すことは困難です。(実際、自民党は中央省庁に紐づく業界団体の声を民主主義の声としてきたので難しいかもしれないですが。)

政治は志がある政治家が一人いれば変わるものではなく、政治システム自体が変わることで初めて大きな動きに繋がっていきます。筆者はそのための政治システムの一つとして、共和党保守派が運営している水曜会は極めて優れたシステムであり、自民党などの主要政党の志ある人々は同システムを採用していくことが望ましいと思っています。日本の政治システムはまだまだ途上であって海外の事例を参考にすべき点が多々残っています。



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2017年04月22日

北朝鮮有事、日本の「勝利」はどこにあるのか

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photo by MATTA odai by マエリベリ・ハーン

米国が北朝鮮に攻撃することは、勝者なきゲームに過ぎない

米国が北朝鮮問題に本腰を入れ始めた背景には習近平と張徳江の中国国内の政争があるものと推測されるわけですが、米国が本気になる大前提は北朝鮮の核を積んだICBMが米本土に届く可能性が出てきたことにあります。

北朝鮮の核やミサイルは日本や韓国などをそもそもターゲットにして久しいわけであり、在日米軍・在韓米軍はあるものの、米国の国内政局的なリアルに影響を与えていたとは思えません。

筆者は現状では米国の北朝鮮攻撃の可能性は極めて薄いと思います。しかし、仮に米国が北朝鮮を攻撃したとしても米本土はほぼ何も傷つかず、主な戦場となるのは韓国・日本です。その際、北朝鮮はミサイルだけでなくインフラテロで確実に都市機能が崩壊しにかかることでしょう。

また、北朝鮮から発生した難民問題に苦慮するのは中国・ロシアということになるでしょう。そして、北朝鮮も体制崩壊は必然であり、金王朝も終わりということになります。

つまり、北朝鮮に対して米国が実際に攻撃するという事態は、米国以外の全ての国々の負けがその場で決定します。そして、実際には米軍にも被害は出ますし、東アジア経済が混乱することで米経済も打撃を受けるという勝者のいない戦争が行われるに過ぎません。

米国はICBMさえ放棄させればOKであり、なおかつ核放棄をさせれば上々ということになります。北朝鮮有事を実際に発生させることは避けたい、ということが関係各国の指導部ほぼ全員の意図が一致している本音ではないかと思われます。

北朝鮮問題の「勝利」はどこにあるのか、日本人はどこを目指すべきなのか

日本は自由と民主主義の価値観を米国と共有する国だと安倍首相は何度も海外に向けて表明していますが、東アジアの理想はどのような状況か、というビジョンは実際には無いように見受けます。

そのため、この緊迫する事態に対して殆ど政治的なメッセージらしいメッセージも出せず、米国の同盟国として危機に慄くばかりの対応となっています。

北朝鮮有事が発生することは上記の観点から日本にとっては負けであり、現状維持またはICBMを放棄させたとしても負けに近い引き分けしかないゲームに参加していることになります。

安全保障上の脅威にさらされている日本人、北朝鮮に拉致された拉致被害者の方々、北朝鮮国内で圧政に苦しむ北朝鮮国民、そして東アジアの自由は、金王朝に脅かされ続けます。

もちろん、核とミサイル、そしてテロへの対抗策を整備していくことで、日本への安全保障上の脅威を緩和できるので大いに進めるべきです。更に難しいとは思いますが、現在議論されている先制攻撃能力の獲得やサイバー能力の拡充も急ぐべきです。

しかし、北朝鮮問題とは日本の安全保障が問われているだけではなく、世界の中、そして日本の隣国に圧政を敷く独裁国が存在していることについて、日本人としてどのように考えるべきなのか、というビジョンが問われている問題だと思います。

現在発生している事態は、北朝鮮という独裁国をコントロールするために米中の接近が生まれており、米国が軍事的・経済的にも大国でありかつ事実上の独裁国家である中国の東アジアにおける影響力を容認する方向に動いています。

日本は、北朝鮮や中国の政治体制を認めるのか、それとも自由主義・民主主義がアジア地域に拡がることを良しとするのか、仮に後者だとするなら米国も含めた国際社会に自国のビジョンを提示するべきではないでしょうか。

トランプ政権は中国政府を動かしましたが、日本は中国政府を動かすこともできず、米国政府を動かすこともほとんどできません。それは軍事力の不足も当然ですが、日本に本当はビジョンがないからに他なりません。

北朝鮮に対して中国が生殺与奪権を持っているのは理解しますが、米中のやり取りを傍観して追認するだけの存在のままで良いのでしょうか。

実際に有事が起きたときの脅威への対処で「負け」の被害を少なくすることは大事ですが、日本の「勝利」とは何か、それに向けて何をするべきか、ということをもう少し議論・準備しても良いのではないかと思います。



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2017年04月05日

元かがやけTokyo都議は「都民ファースト」から離党すべき

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<TBSから引用>

連合東京と政策合意なら、元かがやけTokyo都議は「都民ファースト」から離党すべきだ

「7月都議選、都民ファーストの会と連合東京が政策合意」という報道がありました。

連合東京には当然ですが、 東京都の職員組合も所属しています。したがって、職員給与に関しては基本的に守るor増やす方向であることは間違いなく、事業の民間委託や民営化にも反対であることは明白です。

一方、元々小池百合子東京都知事を知事選挙で応援した「かがやけTokyo」の議員たちは、旧みんなの党のメンバーであり、職員給与の引き上げについては反対姿勢を取るとともに、都事業の民間委託などに前向きな姿勢を見せていたものと記憶しています。

彼らの元所属政党である「みんなの党」は2013年都議会議員選挙時に「東京アジェンダ」を発表し、その中で「公務員の総人件費20%カット」を謳っていましたので、このような政治姿勢の転換はほぼ180度真逆の方向に舵を切ったと言って過言ではありません。

したがって、仮に都民ファーストの代表が小池知事の野田特別秘書であったとしても、現在の都議会所属議員には連合東京との政策協定を結ぶことには責任があります。連合東京から支援を受けた都議候補者が自党から立候補することを黙認することは2013年の都議選挙の公約への事実上の裏切りでしょう。それとも、既に党名も内容も違う、または連合東京と一緒になっても公約は守れると嘯くつもりでしょうか?

元かがやけTokyoの都議会議員が「都民との公約」をまともに守るつもりがあるなら、「都民ファースト」から離党するか、連合東京との政策協定を撤回するように働きかけるべきです。

政治家なのか、政治屋なのか、それが問題だ

自分達が推薦した都知事が連合東京と組むからといって自らの政治スタンスを180度転換する議員は、政治家ではなく政治屋でしかありません。地方議会は小池知事の私塾である希望の塾の都議選候補者選抜試験にもあったように「二元代表制」であるため、小池知事の方針に従って自党が連合東京と組む必要はありません。現在の都民ファーストの都議会議員らはこの事態を容認したのでしょうか。

連合東京と政策協定を結ぶと言うならば、みんなの党⇒維新の党⇒民進党、と所属政党を変えてきた、旧みんなの党の都議会議員らと何も変わりません。自分達が受かりたいだけの都議会議員なら既に十分足りてますから、政策方針を転換するなら次の選挙に出馬するべきではありません。有権者にとっては改革派を僭称する勢力が存在することは紛らわしいだけで迷惑です。

明確に申し上げておきますが、ここで黙って都民ファーストに残って政策協定を追認するようであれば、それは「政治屋」です。元かがやけTokyoに所属していた都議会議員は、政治家なのか、政治屋なのか、それが問題なのです。現在の政治的な党派性をとるのか、前回の選挙で自分を都議会に送ってくれた有権者を信頼するのか、どちらを選ぶべきなのかが問われています。

ちなみに、筆者はかがやけTokyoの人々は都民ファーストを離党したほうが良いと考えています。なぜなら、筋が悪い公営市場移転問題に政局的に振り回されることなく、本来政策的に必要なことを有権者に訴えられるようになるからです。

元かがやけTokyoの都議会議員のTwitterアカウント

下記が元かがやけTokyoの都議会議員のTwitterアカウントです。おかしいと思う人はこちらに意見投稿を行って、彼らに都民ファーストからの離党または連合東京の政策協定の撤回を要望してください。これは彼らに期待した都民への明白な裏切りであり、彼らに政治家としての志があるなら筋を通させるべきです。

音喜多駿 https://twitter.com/otokita
上田令子 https://twitter.com/uedareiko
もろずみみのる https://twitter.com/morozumi_m

トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体
渡瀬裕哉
祥伝社
2017-04-01




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2017年03月26日

森友問題で安倍首相が辞任するべき唯一の理由

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籠池問題の本質は「反社会的組織の疑いがある」組織の名誉職に首相夫人が就いていたこと

籠池問題の本質は「自民党の国会議員が法人の代表者が銭を持ってきた」と主張している法人の名誉校長を務めていたということです。

メディアでは「国有地の払い下げに対して便宜を図ったかどうか」という点ばかりが強調されていますが、役所側が資料を破棄したと主張している以上、どちらにせよ事実関係を推論することしかできず、与党も野党もどうでも良い罵り合いを継続するだけのことです。まして、首相が籠池氏に100万円寄付したかどうかという真実でもどうでも良いことが議論されていることに辟易します。

本件で唯一明確になっていることは、

〇安倍昭恵・首相夫人が瑞穂の國記念小學院の名誉校長に就任していたということ
〇鴻池参議院議員が記者会見やメディア取材で籠池氏が金銭(らしきもの)を包んできたので突き返したと主張していること

です。賄賂の申し込みは相手が受領しなくても賄賂申込罪が成立するため、鴻池議員の発言は非常に重いものであり、国会議員に賄賂を申し込もうとした疑いがある法人の名誉校長に首相夫人がなっていたこと自体が問題なのです。

実際に便宜が図られたかどうかなど、鴻池議員の発言を前提とするならもはや問題ではありません。首相夫人が名誉校長の職を軽率に引き受けたことにより、安倍政権のガバナンス及びコンプライアンス、更に言うなら安全保障上の基本的な管理すらできていないことが明らかになりました。

上場企業の役員でも利益相反の恐れがある法人の役職者に親族がなることは望ましくない

上場企業及びグループ会社の役員に就任する際、通常の手続きとして、近親者が取引先、利益相反の恐れがある法人の役職者にいるかどうかをチェックすることは当然のことです。それらの親族がいる場合には利益相反行為を行わないことを誓約することになります。

本件については首相夫人という身分にある人物が「その場のノリ」で名誉校長という役職に就任するという信じがたい行動を行ったことが問題なのです。鴻池議員が告発したような行為を自党の所属議員に行っているような人物について相手の素性をまともに確認することもなく、首相夫人が名義貸しを行ったという危機意識の無さこそが信じられません。

また、首相夫人付きの公務員はその現場を目撃していたとしたら当然制止するべきでしょう。何のためにお付きの人がいるのか、を全く理解していない税金の無駄です。それらの公務員は首相夫人の日々の世話をすることだけが仕事ではなく、このような輩による夫人への篭絡行為を防止するために、国民は血税を払ってそれらの職員を配置しているのです。このような行為を黙殺した上に、ましてその相手の要望に応じて役所に問い合わせた結果を報告する間抜けぶりは常軌を逸しています。忖度云々のレベルではありません。

学校法人という許認可・補助金に関係がある法人の名誉職に、首相夫人という身分にあるものが「自らの一存」で民間の法人の名誉職に就任できる、そしてそれを知りながら黙認してきたことは、ガバナンス、コンプライアンス、安全保障の観点から論外です。

「首相夫人」を「公人」として位置づけ直し、非常識な行動を謝罪・反省することが必要

安倍首相は本件について国有地の払い下げについて強気の発言を行っています。

しかし、安倍首相が国民の代表である国会議員に対して最初に行うべきことは「逆切れ」ではなく、首相夫人の行動をコントロールできていなかった自らの不徳によって国会を空転させていることへの謝罪です。そして、自らの所属政党の国会議員が同法人の反社会性について告発している現状に鑑み、早急に調査をした上で報告すべきでしょう。

安倍首相はこの問題が単なる行儀が悪い学校法人ではなく、北朝鮮などの敵性国家の息がかかった組織だったらどうするつもりだったのでしょうか。昭恵夫人は過去に大麻使用容疑で逮捕された高樹沙耶氏と親交があり大麻解禁論者になっていましたが、それらの問題発覚後も夫人の行動を何ら改善しなかった危機管理能力の不足・無反省ぶりは深刻です。

首相夫人の扱いは安全保障上の重要事項であり、予算委員会で議論することは当たり前です。北朝鮮の恣意行動などへの対処と同様に早期の改善を行うことが必要です。

昭恵夫人がFBで私人として自らの意見表明を出したことには呆れ果てました。いまだ問題の本質が分かっていない証拠です。今すぐ首相夫人を「公人」として位置づけ直して管理すべきです。

仮に安倍首相が昭恵夫人の行動を改善する気がないなら即刻首相を辞任して頂きたいと思います。自民党には他にも優秀な議員が多数存在しており、常識を持った行動ができる夫人を持った方がおります。たった一人の人間を説得するだけで可能な安全保障上の深刻な問題すら改善できない首相は日本に必要ありません。






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2017年03月24日

東京都の政党は「地方交付税」問題を争点にすべき

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政治家にビジョン形成を求めること自体が時代錯誤ではないのか

宇佐美典也さんの「都議選は「空前絶後で超絶怒涛な公約」を待望してます」を読んで、やはり元官僚の方は言うことが違うなと思いました。

政治家はビジョナリーな空前絶後で超絶怒涛の公約を語ることよりも、現実の財布(=税金)の話をすることが本来の仕事であり、税支出の使途の妥当性を問うべきです。彼らは納税者の代表であって妄想を語ることは仕事ではありません。

政治家や官僚に社会のビジョン形成を求めること自体が時代錯誤であり、革新官僚的な発想で「政治にビジョンの提示を求める」という行為をやめていくべきでしょう。

東京に基盤を置く政党が地方交付税や地方バラマキ政策を問題にするのは当たり前

筆者も維新の会の「議員定数5分の1」は全く意味不明だと思いますが、都民ファーストの音喜多都議が地方交付税の在り方を問題にすることは東京都に基盤を置く政党の幹事長として至極当然のことだと思います。

年間7兆円以上も東京都内から流出している「みみっちい」税金の話を看過できるほど、東京都民は非現実な世界に生きているわけではありません。

宇佐美さんが主張する「東京の出生率を2.5まで引き上げる」とか、「75歳まで働ける社会」とか、「観光消費を倍増させて経済を成長させる」とか、「生活コストの引き下げ」などは東京都民の手に資金が残っていればある程度解決可能な問題です。このような政治家の対処療法的な個別のレトリックではなく、東京都からの税流出を防止することは問題の根治に繋がります。

東京に基盤を置きながら、都議会だけでなく国政に候補者を立てる準備を推進している「都民ファーストの会」の都議会幹事長が税金の話をすることは当たり前です。

まして、筆者も音喜多氏も東京出身者であり、それらの人々の声、そして地方から出てきて東京で子育てしている人々の声を代弁しても何ら不思議でもありません。

また、東京と地方の共存共栄とは、東京一人勝ち&地方へのバラまき、を前提とした関係ではなく、東京と地方が独立・協力・競争しながら一緒に栄えるものだと考えます。

必要とされるものは政治家の「口約束」ではなく、民間の力を信頼する「契約」だということ

筆者が都民ファースト会などに期待する都議会議員選挙の公約は、宇佐美さんが共感を示したような石原氏の「〇〇やります」的な公約ではなく、「〇〇やりません、東京都民の手にお金と権限を戻します」というものです。

豊洲新市場一つをとっても移転するか否か以前に、行政機関は意思決定までに時間がかかりすぎて、元々想定していた事業環境と大きく変化が生じてしまうことはザラだと思います。(豊洲市場は大赤字!金融の視点で見える事業面での大問題)小池知事が移転を早期に実行したところで、東京都庁が無能な投資家であることに違いはありません。

宇佐美さんと筆者は同年代ですが、東京都の政治家と都庁の役人に夢を見せてもらう必要はありませんし、むしろ政治家と役人は余計なことをせずに粛々と行革、減税、権限移譲・規制緩和を進めてほしいものと思います。

宇佐美さんが我々の世代を代表されるようなことをおっしゃっていたので本稿に引用してしまって申し訳ありませんが、意見が違う人もいるよということで大目に見てください。

政治家が考える「日本の中で東京がどのような役割を果たすべきか」を具体化した「空前絶後で超絶怒涛な公約」でげっそりさせられるよりも、日々をコツコツと生きている東京都民の生活が豊かになる政策をやってもらう方向性でお願いしたいものです。

これ以上東京都民の税金を政治家や役人のおもちゃに使う行為をやめること、次回の東京都議会議員選挙に一都民として唯一期待しております。起きながら見る夢とは民間人が努力する中で見るものであり、政治家ができることはそれを邪魔しないことです。
 





本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。
 


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2017年03月22日

百条委員会で感じた「豊洲」とは関係ない話

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豊洲の地下水汚染にはほとんど関心がない筆者が思うこと

豊洲新市場の地下水汚染と東京ガスとの土地売買契約を巡る経緯に関する石原氏と浜渦氏に対する百条委員会が終りました。かつての大物知事と辣腕副知事が登場してなかなか見応えがある質疑が成されたものと思います。

しかし、筆者は「豊洲新市場にさっさと移転したら良いんじゃないの」 派なので、百条委員会で石原氏らに環境基準が意味がなかったことを認めさせる一定の意義は認めつつも、質疑内容とは正直言って全然関係ないことが気になってしまいました。

2005年の百条委員会で偽証認定されて辞任した元副知事が天下りしている事実

浜渦氏は副知事時代に議会にやらせ質問を依頼したことを問われた2005年に行われた百条委員会で「偽証」を認定された方です。つまり、百条委員会での偽証なんぞナンボのもんよ、という胆力を持った方ということになります。

結局、浜渦氏は偽証認定されたことで都議会で問責決議を受けて副知事を辞職することになったのですが、まさかその直後に「東京都の第三セクター(東京都交通会館)に副社長になった」とは驚きました。

東京都における議決機関である都議会で「偽証」し「問責決議が可決された」人物に天下りを認める東京都とはどれだけ腐敗した組織なのか、と率直に思います。私自身は浜渦氏が辣腕な方だと耳にしたことはありましたが、副知事以後のポジションは知りませんでしたので、正直言って唖然としました。

石原慎太郎氏が百条委員会で問われるべきは「新銀行東京」の末路ではないのか

石原氏が百条委員会で問われるべき問題は新銀行東京の内実でしょう。新銀行東京は議員の口利きやヤクザものなどによって都民の税金が食い物にされたと噂されている事例です。その杜撰な経営について石原氏に対する住民訴訟も起きています。

筆者としては、本件は納税者の血税を政治家が浪費した最たる事例であったように感じています。豊洲新市場よりも政治責任を問われるべきものであり、その設立からの経緯を徹底的に見直されるべきものです。そして、二度と政府が金融という愚策に新たに手を出さないようにする戒めとすることが重要です。

石原慎太郎氏には百条委員会で今度は新銀行東京の顛末についてじっくりと語って頂きたいものだと思いました。

今回の豊洲に関して、今までの証言をそのまま信じるならば、都知事・副知事が与り知らぬところで、都民に不利益な契約内容を結んだことが明らかになったわけですが、そのようなガバナンス上の問題が発生しないようにすること、更に政治家の都合で新銀行東京のような大失敗が二度と発生しないようにすることをもう一度確認するべきです。

政治家は60歳程度を限度に定年したほうが良いということ

石原慎太郎氏が脳梗塞を患って体調不良のため、彼の百条委員会は1時間で終了しました。その上、非常に明瞭に記憶していること、記憶から無くなってしまったこと、が混在しており、高齢になっても自分に都合が良いことは覚えているものだなと人の記憶の在り方に感心させられました。

しかし、東京都知事のような重大な意思決定を為す要職についていた人が職責から退いて僅か数年で全ての記憶が無くなってしまうことは問題でしょう。日常的に忙しくて過去のことは忘れてしまうのも理解できますが、具体的な証言や資料が出てきたら思い出すことも多いのではないかと思います。

そこで、首長職などの重要な職責を担うポジションの人は比較的健康体である60歳くらいまでを上限に設定するべきなのだろうと思いました。高齢化社会以前は何歳の人でも要職に座っても良いということは道理がありましたが、現状のような長寿社会では少し非現実な気がします。

立候補に制限をかけるわけにはいきませんので、有権者は投票判断に際して「年齢」というものをもう少し気にしても良いのではないかと感じました。

石原都政に関する検証、その失敗を繰り返さないために

石原都政は長期に渡るものでしたが、久しぶりにその流れにない都知事が誕生したことで、石原都政の功罪について徹底的に検証を加えて反省材料にすることは重要なことのように思います。

石原氏には財政健全化などについては一定の功績はあったと思いますが、東京都の隠蔽体質・官僚体質、放漫な財政運営、政治家による口利きなど、注目が集まっているうちに全て掃除することが大事でしょう。

百条委員会を見ながら、一時代の終わり、そしてその反省の必要性を感じてしまったわけで、同委員会はそのための象徴的な意味はあったかなと思います。



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2017年02月04日

都議会の「真の改革派」を見分ける簡単な方法

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千代田区長選挙を通じて都議会議員が「改革派」だらけになった(笑)

アゴラでの千代田区長選挙に関する関係者の論争で、知事与党である都民ファーストの会も最大野党である自由民主党も、都と区のあり方について「我こそが改革派」であることを宣言する事態に至りました。非常に喜ばしいことです。

<都民ファーストの会>(*正確には伊藤区議は都民ファーストの会ではないと思うけども。)

なぜ区長選挙が「東京大改革を進めるか、止めるのか」を問う闘いなのか?都と基礎自治体の関係から考えてみる(音喜多駿・都議)
千代田区長選、与謝野氏当選ならドン勢い。特別区にも影響。(伊藤陽平・新宿区議)
内田茂氏は都民ファーストだと言い張る川松自民都議へ公開質問状(伊藤陽平・新宿区議)

*過去記事(音喜多都議)
舛添前知事がトーンダウンした児童相談所の特別区(23区)移管を実施し、社会的養護の充実を!
東京都の「区」と「市」の違い、言えますか? -大阪都構想、特別区の正体-

<自由民主党>

小池支持者も驚愕、千代田ファーストは内田茂都議の政策だった⁈(川松真一朗都議)
公開質問への回答+都議会改革は私がやる!(川松真一朗都議)

都区制度改革に対する「改革派」かどうかを測るための指標とは何か

政治家というものは選挙の時には演説などで嘘八百をつくものであり、まして他人の選挙なんてものには何の責任も取らないわけです。しかし、幸いなことに音喜多都議と川松都議はもうすぐ「東京都議会議員選挙」の審判を受けるわけであり、有権者から声を上げて求めれば「本物の改革派」かどうかを知ることができます。

そこで、筆者からは都区制度改革における改革派か否かを測る指標を提示したいと思います。東京都と特別区は普通の地方自治体同士の関係ではなく、歴史的な経緯によって東京都は基礎自治体が本来は持っている権限を特別区から取り上げている形となっています。

ただし、一般的には住民に近い地方自治体が住民サービスを行うほうが安価で質の高い公共サービスを提供できることは明らかです。しかし、残念なことに東京都と特別区は東京都からの事務移管について長年話し合ってきていますが、近年は両者のすれ違いによって事務移管はほとんど行われていません。

東京都議会議員選挙の前に音喜多・川松両都議は改革派として「都民ファーストの会」と「自由民主党」から「東京都から特別区の事務移管の項目の一覧表」を公約として提出していただきたいと思います。

東京都と特別区の事務方の会議が暗礁に乗り上げてお互いに責任を擦り付け合っている現状を踏まえた場合、都議会が政治的な主導権を持って都区制度改革に着手すべきです。

有権者はこの一覧表の個数及び実際に実行された事務移管数で「改革派か否か」を簡単に測ることができます。もちろん、事務移管の一覧表すら提出しない政党は「抵抗勢力」以外の何物でもありません。

都区制度の新たな区割りなどは事務移管の問題が進展していくことで自ずと解決することになります。まずは東京都が自ら権力を手放せば良いだけのことです。

真の「身を切る改革」とは権力を手放すことができるかどうかだ

最近では「身を切る改革」という言葉で「議員報酬を減らす」という政治的なパフォーマンスが実施されることが多い状況があります。この手の話は政治的な支持を高めるには良いのですが、本質的な意味ではほとんど意味がありません。

都議会議員が給料を減らしても権力の源泉である東京都の事務権限を手放さないなら、都議会議員は政治献金で幾らでも後から減額した議員報酬分の資金を回収できるでしょう。一時的な減俸などは権力を持つ人々にはどうでも良いことでしかありません。

真の「身を切る改革」とは目の前に転がっている権力を自ら手放すという決断ができるかどうか、です。東京都から様々な事務権限を特別区に移す、または廃止・民営化することができる都議会議員だけが改革派を名乗る資格があります。

与野党の双方の過去記事において、都民ファーストの会は幹事長が改革派だと名乗りを上げ、自民党都議は政党のドンである内田茂氏が改革派だと主張しました。

是非ともこれらの都議会議員には有権者に自らが改革派である「証拠」を見せてほしいものです。「東京都から特別区の事務移管の項目の一覧表」を出すことすらできない都議会議員など必要ありません。

<渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)の最新著作のご紹介>

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2017年02月01日

音喜多都議・都民ファーストの会幹事長の真価を問うポイント

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音喜多都議会議員の真価を問うポイントとは何か

千代田区長選挙を巡る姿勢について音喜多都議の政治姿勢、過去のブログ記事に関する矛盾点を指摘する記事が出ており、公職にある人がネットで情報発信し続けるということは色々な意味で大変だなと感じています。

議員の発言が検証されることは良いことだと思いつつも、今回の事例にビビって他の議員の情報発信が益々行われなくなることを危惧しています。

筆者は彼の情報公開に関する姿勢を非常に評価しており、議員の議場以外での過去の発言も多面的に検証される対象となってきたことは民主主義の進歩ですから、音喜多都議には今後とも積極的に情報発信を行い続けてほしいと考えています。

真価は「都民ファーストの会」の「党綱領」と「党則」で問われる

さて、今後の音喜多都議の真価を問うポイントは幹事長としての手腕にあると思います。

都民ファーストの会は、既に公認候補者が存在しており、千代田区長選挙でも現職を推薦しているにも関わらず、依然として党綱領も党則も発表されていません。そのため、現状では理念なき野合だと批判されても仕方がありません。

音喜多都議が幹事長として早急に実施すべきことは、政党として目指す姿を示す「党綱領」、そして政党の運営をルールである「党則」を創り上げることです。

(注記:報道によると、政治団体・都民ファーストの会は地域政党として活動するとのことで、所属議員は3人しかいないので、筆者は都民ファーストの会 都議団幹事長と地域政党の幹事長は同一のものという前提で書いています。この辺りから定義もしっかりしてほしい。)

音喜多都議はまだ1期目にも関わらず過去にルール不備だらけの政党のゴタゴタに巻き込まれてきており、ワンマン政党の脆弱さと健全な政党運営を行うための仕組みの重要性を認識しているものと推測します。

今後、様々なステークホルダーが党運営に関わることになると思いますが、その際に政党としてのルールが無ければ早晩同じように潰れることになるでしょう。したがって、都議選の前哨戦である千代田区長選挙は早々に片づけて幹事長としての最初の仕事に着手するべきです。

また、政党としての党綱領も基本政策も存在しないにも関わらず、希望の塾から公認候補者や政策立案スタッフを選ぶ姿勢は野合そのものなので控えるべきです。

形だけの幹事長になるのか、実質の伴った幹事長になるのか

政党にも様々な形がありますが、政党の番頭である幹事長は政党の公認権と予算の両方の決定権を持つことが重要です。

政党に所属している議員(自分より期数が多い)をコントロールするためには、都議選公認段階で党綱領や政党の公約への忠誠を所属候補者らに確約させる必要があります。

現在の不透明な公認プロセスを改めて透明性を高めるとともに、次回の都議選挙時には予備選挙を導入して当選議員の既得権化を防止するべきです。

特に選挙に勝つために政党を移籍してくる候補者らが大半でしょうから「公の場」での血判状にサインさせることが重要です。

さらに都議選後に所属議員の離反が相次ぐことが予想されるため、政党の予算や議事決定の在り方などで幹事長の主導権を握る形にすることも必要です。

議員は政党と有権者を平然と裏切るものであり、当選1期目の議員が手練手管の都議会議員らを相手に幹事長の重責を果たすなら所属議員の言動を縛る強いルールが必要です。

上記の内容を党則に実装できるかどうかで、音喜多都議が当選するための小池追従なのか、それとも自らが信じる政策を実行するための現実的な判断なのかも分かってきます。

既に当選1期目の陣笠議員の領域を超えているということ

音喜多都議が語った理想と現実の話は既に当選1期目の陣笠議員の枠を超えているものです。もちろん、政党の幹事長ですから陣笠議員ではないのは明白であり、彼の意志は政党運営の結果として都政に反映されていくことになります。

都民ファーストの会は入社数年目の社員をいきなりCOOのポストに据えたベンチャー企業みたいなものであり、社内体制もまともに構築されていない成長中の組織だと言えます。そのため、音喜多都議には最前線で千代田区長選挙の応援を実施しつつも、新政党の経営陣としてやるべきことをやることを望みます。

音喜多都議に対する評価は一都議会議員としての言動に対する評価も問われるべきですが、小池都政という有権者から一定の期待を持たれている政党の幹事長としての経営手腕で問われるべき段階となっています。

何度も政党が壊れていく姿を見続けてきた経験を活かし、上の世代の人々が私利私欲に惑わされてまともに運営することができなかった新党の運営という大事を成し遂げてほしいと思います。

<渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)の最新著作のご紹介>

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