2016年07月28日

鳥越・増田・小池、都知事選挙は「釈明力」を競う場になったのか?

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都知事選挙は各陣営の「釈明力」を競う場と化しているが・・・

今回の東京都知事選挙は参議院議員選挙との兼ね合いから公示日ギリギリに立候補者が出揃った経緯もあり、選挙期間中の週刊誌・ネットメディアの醜聞特集がなかなか激しい展開になっています。


まさに、今回の東京都知事選挙は各陣営の釈明力を競う場と化しており、どれだけうまいトラブルシューティングができるのか、という修羅場への対応能力が厳しく問われる状況となっています。

ある陣営は法的措置、ある陣営は文章で回答、ある陣営はブログで応酬など、様々な対応パターンが取られて、各陣容ともに味がある対応状況となっています。

これはこれで東京都民の酒のつまみを提供する「釈明劇」の見世物としては面白いと思いますが、本人が自分の言葉で認めた内容はともかく、過去に取り上げられたネタの焼き直し、一方的な証言で反証不能なものなどが並ぶ状況は健全な言論環境とは言えないかもしれません。

いずれにせよ、女性問題という政治的な振る舞いとは別次元の話題が選挙での投票基準として重要な要素となってしまっていることは一都民として非常に残念です。

日本も米国式のジャーナリズムのあり方を参考にするべきだと思う

筆者は公職に立候補している公人の人物評価の観点からの厳しい意見・表現の提示を否定するものではありません。むしろ、第三者が事実検証できるなら今後も積極的に行われるべきだと考えています。


ただし、その内容は、統計データ、公的発言記録、メディア上の発言などを組み合わせた第三者による検証可能な内容を基本とするべきだと考えています。第三者で検証可能な証拠に基づいた議論であれば、データの解釈を巡って論争が起きることを通じて、候補者自身や政策についての理解が深まることにも繋がります。

筆者も辛口の批評を行うタチなのですが、基本的な証拠内容が共有されていれば、得られたデータをどのように解釈して提示しても分析者の自由であり、それに反証したい人は自ら論証して自分が信じている価値ある情報を提示すれば良いと思っています。

たとえば、米国の大統領選挙では立候補者同士の討論内容は各人の主張自体は自由ですが、数的根拠や事実確認はテレビ中継の間に事実確認チームが検証して討論終了後に各候補者の発言内容の誤りが発表されます。また、誰が何分間・何の話をしたか、ということが集計されて発表されることで、立候補者の関心事項を客観的に測定する試みも行われています。

米国でも女性問題なども話題になりますが、それ以上にジャーナリズムのレベルが根本的に高いと感じます。日本でももう一歩踏み込んだ民主主義の発展に寄与するジャーナリズムが生まれれば素晴らしいと思います。

東京都知事選挙が健全化するためには「所定の任期を全うできる知事」が必要

東京都知事選挙が「釈明力」を競う場になっている理由は幾つかあります。

第一の理由は「知事が突然辞任したため」に「1か月後に知事になれる人だけが中途半端な準備のままで出馬する」状況になっているということです。ある日突然に知事が辞職したタイミングに合わせて出馬の準備ができる人はほとんどいません。少なくともやり手の経営者や売れっ子タレントでは目の前の仕事を短期間でキャンセルできる人はいないでしょう。また、およそ公示前の討論会を前提とした場合、1週間程度で政策の準備を行う必要がありますが、それも候補者個人の力量だけでは不可能だと思います。

第二の理由は「都議会各会派が知事選挙に即応できる政策研究を怠っている」と思われることです。都知事が突然辞任したとしても、都議会が存在している以上、各会派は都知事選挙の政策集を常備するくらいの練り上げは行っておくべきです。都議会議員には1人・年間約2000万円以上の都民の税金による維持費がかかっており、都民の信頼に応える政策立案活動を日常的に行っておくことが期待されます。

第三の理由は東京都の情報公開の体制の悪さです。東京都政の政策を検証して政策立案しようにも、他の都道府県と比べて政策評価に基づく情報公開が極めて貧弱だと思います。したがって、東京都民が政策論争を理解するための情報が少なく、候補者も短期間で政策を仕上げることが困難になっています。

以上の理由から、今回の東京都知事選挙は政策論争が行われる余地が少なく、候補者自身の身体検査中心の「釈明力」を競う場になっています。ちなみに、政策的に十分な準備を持って臨んだ候補者の事例として、2011年の東国原英夫氏が作成したマニフェストを参考事例として紹介しておきます。(東国原英夫氏の2011年マニフェスト 

http://www.maniken.jp/pdf/2011tokyo_higashikokubaru.pdf)


2011年当時は東日本大震災の最中であったため、残念ながら十分な政策論争はありませんでしたが、今回各候補者が東国原氏の政策集レベルのマニフェストを最初から発表できていれば、今回同様に身体検査が厳しく問われたとしても、政策の存在が盾となって現状よりも内容がある論争が行われたのではないかと思います。ちなみに、選挙戦終盤になって各陣営の政策が徐々に整備されてきたことは喜ばしいことです。

次回の東京都知事選挙は「選挙公示日の半年前」から、各政党には都民公開で候補者選考を行うような形にして頂き、都民の納得度が高い内容の濃い選挙にしてもらえると一都民としては嬉しい限りです。


超一流の謝り方
千田 琢哉
総合法令出版
2016-03-23


本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。 

 


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yuyawatase at 23:00│Comments(0)国内政治 | 社会問題

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