2015年12月07日

起業論(1)「僕たちは現代のルネッサンスを始めている」

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「これは社命だ。黙って従え。」と言い放つ会社教の神父たち

このエントリーを書こうと思ったら、ある大企業での辞表が叩きつけられたときのエピソードを思い出しました。元々仲間数人と始めたベンチャーが大企業に買収された若者がグループ会社の経営陣の一角として参加していたときの話です。

そのとき、上記は暫くしてから本社から送られてきた年配の取締役が偉そうに言い放ったセリフ、とのこと。

そして、彼はこの人たちの年代は不毛かつ非合理なコミュニケーションで会社を運営してきたのだと感じたそうです。そして、このまま此処に居たのでは、彼は自分も会社教に強制入信させられそうだと判断してさっさと辞表を提出して辞めることに成功しました。

多分、本社側は多少驚いたでしょうが、雇われ役員よりも自分で会社運営したほうが様々な面で余程マシなかことは間違いないのでおそらく何の迷いもなかったと思います。

ちなみに、上記のセリフに違和感を感じなかった人は、十分に会社教に毒されており人間性が失われています。

大企業は「中世の暗黒時代」のような組織構造を持っている

大企業というものは、労働契約によって、上司の命令を社員に実行させることができます。

それは、中世の暗黒時代のように上位の神父の意見を末端の信者に信じさせるかのごとく、意味もない非合理な命令であっても、相手よりも職責が上の立場なら部下に無理強いすることが可能です。会社組織で働くということは思考停止ない思考を非生産的なことに割くつもりがなければやってられないものです。

上記の若者のように、元々自営の経験があり、職をあっさりと辞する人間というのもあまりいないでしょうから、正社員で働くということは、会社を信じて人間と一体化でもしない限りは非常に苦行だろうなと感じます。

この点については、派遣労働のほうがサクサクとした対価関係があるため、正社員よりも合理的な仕事環境ではないかとも思います。派遣労働であれば会社教の教義などのバカバカしいものに触れなくて済むからです。

1990年代以降の経済停滞した理由は「暗黒時代」に突入したこと

1990年代以降、日本の経済は失われた20年として大きく停滞中ですが、それは社会における自営業比率が低下したことが大きいと思います。つまり、自分の意思を持って仕事をできる人の数が減ったということです。

また、自営業の就業年代は年々高齢化が進んでいることから、現在残っている自営業者も時代にキャッチアップしたものは少なくなっているのではないかと推測します。ベンチャーを起業する若者もいないわけではありませんが、総枠としての自営業者数の減少は続いています。

1990年代以降のOECD諸国と比較した場合に日本の自営業者の減少率は異常に高く、その多くが不況に苦しむ中でリスクを取らずに企業に労働者として入信しました。

そして、日本経済から人間性が失われたことが遠因となり、欧米と比べて知識経済へのビジネスモデルの転換が大きく遅れて長期間に及ぶ経済成長の停滞を招くことになりました。

「現代のルネッサンス」としての起業、そして人間の復興へ

現代社会では「正社員化」を求める声ばかりがメディアに取り上げられる傾向がありますが、どうして今更そんな暗黒時代のような組織に入信したいのか、自分にはさっぱり分かりません。たとえ、正社員としての職を得たとしても、その先に待っているのは、非人間化された企業教だということ、を皆が気が付いていないことが不思議でなりません。

むしろ、現代社会では中世の暗黒時代の後に訪れたルネッサンス時代のように「知識」、「知性」、「アイディア」に対して付加価値がつく時代が到来しています。そして、それはかつて街の至るところで起業が盛んにおこなわれていた、かつての日本の姿を取り戻すということとほぼ同義です。

人はパンのみにて生きるのに非ず、人間の口から生まれる一つ一つの言葉によって生きているのです。多くの人が現代のルネッサンスとしての起業に参加できる世の中を創ることが人生と日本を良くすることに繋がります。





 

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yuyawatase at 12:00│Comments(0)起業論 

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