2017年02月
2017年02月28日
共和党・税制改革のドン、国境税調整を語る
ワシントンDC・全米税制改革協議会(ATR)のグローバー・ノーキスト議長と懇談
本日はトランプ政権の一般教書演説の日です。それに先立ち2月22日にワシントンDCにて、全米税制改革協議会のグローバー・ノーキスト議長と懇談の場を設けて頂きました。筆者とノーキスト議長は8年間の知己であり、現在でも渡米の度にお話を伺う機会を頂いております。
グローバー・ノーキスト全米税制改革協議会議長(ATR議長)とはどのような人物なのか?
トランプ政権の税制改革案として最も注目されている項目は「国境税調整」です。ノーキスト議長は連邦下院でポール・ライアン議長やブレイディ歳入委員会議長などと税制改革について議論を行っています。
ノーキスト議長によると、減税の方向性については下記の通り。
・トランプ大統領と連邦議会は米国全体の減税を押し進めることで合意している。
・連邦の所得税・法人税をカットすることで世界的に競争力がある税制改革を実行している。
・税制改革は直近8年間よりもビジネスへの投資を促すものになるだろう。
・また、所得税・法人税の減税だけでなく相続税やAMTの廃止を含むものになるだろう。
・税制全体のパッケージで、約2.5兆ドル(10年間)の減税になり、非常にpro-growthなものである。
そして、懸案の国境税調整については非常に前向きであり、
・税制改革案は国境税調整を踏まえた全体的なパッケージの形として提案される。
・「国境税調整」が導入される最大のポイントはこの仕組みから生まれる数兆ドルの税収にある。
・全ての税制改革計画に互いに合致するのは国境税調整がパッケージに含まれているからである。
国境税調整に関する懸念事項については、
・国境税調整は実質的な増税ではないかと懸念する人もいるが間違っている。税制改革は輸出では減税して輸入に増税する一つのパッケージで全体で約2.5兆ドル(10年間)の減税となる。
・目標の経済成長の数字は減税や規制改革などもあわせてオバマの2%成長ではなく、レーガンのような4%成長を導くことにある。
・国境税調整を導入すると為替の敗北が是正されて実際に米国の消費者に影響を与える、という経済学者の見解もあるが、実際には少し時間がかかることになるだろうと思う。
国境税調整が連邦議会に提出されることについて、
・実は連邦下院と大統領はほぼ税制改正案に同意している。たしかに、連邦議員の中には難色を示している人が数名いるが、税制改革全体のパッケージとしては非常に魅力的である。
・仮に国境税調整以外の要素をパッケージの中に代わりに入れてシステム全体が機能する場合、私はそれについてOKだと言うだろう。ただし、それは劇的に支出を削減して他に税収を上がる方向があればの話だが。
・国境税調整を批判する人々は現段階ではレパトリ課税による課税案を出しているが、私は国境税調整のほうが良いと思っている。
連邦議会での議論の見通しについては、
・税制改革案の話は今後6カ月で議論され、法案が可決することになるだろう。連邦下院とトランプ大統領が同意している現在の案になる可能性が極めて高いが、若干の変更の可能性も残っている。
・ 上院は税制改革の議論に積極的ではない(国境税調整が好きではない)が、税制改革のパッケージ全体を判断することになるため、国境税調整のみを見て判断するわけではない。
・下院が税制改革案を大統領に提出した時、トランプ大統領は「I want this」と発言しており、連邦下院は「We pass this」と発言している。
・ 税制改革案の背景として、下院での可決見通し、大統領のI want this nowという発言、ビジネスコミュニティのthis is goodという発言、スモールビジネスにもビッグビジネスにもgoodという意見、が存在している。
・上院やウォルマートは国境税調整が好きではない、と言っているが、数千・数万のスモールビジネス・個人契約者・プロフェッショナルらは支持しており、それは非常に強力である。
・仮に上院が修正したいのであれば、それは早く始める必要があるだろう。その可能性は残っているが、全体のパッケージを見直す作業になるので非常に困難である。今回の全体パッケージは経済にとって良くデザインされた計画である。
・ 彼らが「国境税調整は好きではない」と言うならば、私はその気持ちは理解していると言うだろう。しかし、投票は国境税調整のみではなく、全体パッケージに対してのものである。
と述べられています。いかがでしたでしょうか。
日本企業にも大きな影響を与える「国境税調整」に対する共和党のドンの発言
<渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)の最新著作のご紹介>
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本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。
2017年02月10日
トランプは本当にHPから気候変動の記述を削除したのか?
<トランプ大統領就任式当日(1月20日)にホワイトハウスHPから気候変動の記述が削除された?>
約3週間前の話になりますが、日本でも「トランプ政権発足に合わせてホワイトハウスHPから気候変動の記述が削除された」というオルタナファクトが平然と垂れ流されていました。
トランプ政権が気候変動の政策的な優先順位が低い共和党政権であることから、各種メディアが「トランプによってホワイトハウスHP上から気候変動に関する記述が削除された!(or記述が消された!)」と騒ぎたい理由は分かります。
しかし、これは明らかな事実を歪曲した誇張報道であり、これらを報道した米国主要メディアと日本の各種メディアの倫理観が問われるべきものだったと思われます。
<単なるWEBページの移行:事実の歪曲報道で記事の訂正に追い込まれたメディア>
米国では大統領が変わると前大統領のホワイトハウスのデータは別サイトでアーカイブ化されることで保存されることになります。そして、ホワイトハウスHPは新大統領の施政方針が示されたものに入れ替わります。
つまり、トランプ大統領はホワイトハウスHP上から気候変動に関する記述を「削除した」わけではなく「内容が入れ替わった」ために他の記述も含めてまとめて消えたということが正しいのです。
新政権発足時のHPの内容はまだ十分な情報も無いことは当たり前であるとともに、数少ない掲載されている情報は政権として優先順位が高いものになることは必然的なことです。それを持って記述を削除した・記述が消えた、ということはやや誇張が過ぎると言えるでしょう。
したがって、日本語サイトでもこのような当たり前の事実認識すらできない偏向したメディアが一部記事内容の修正を行うことになり見苦しい釈明に追われることになりました。ちなみに、多くのメディアはこのことに対する偏向報道についてほとんど訂正も釈明もしていません。
<EPAに対する気候変動に関する記述削除指示、ロイター報道は事実か否かが証明されていない>
上記のようなミスリーディングが米国のメディアを賑わせている中、追い打ちをかけるようにロイターが下記のような報道を行いました。
トランプ政権、米環境保護局に気候変動に関するページ削除を要求
この記事はオバマ政権時代から働いている環境保護局の職員の内部リークが記事化されたものです。しかし、同内部リークが指摘した指示の有無についてはトランプ政権側から裏が取れておらず、なおかつ環境保護局HPから気候変動のページ自体が削除されることもありませんでした。(一部の項目では政策の見直しから修正がありました。)
反トランプ勢力などの論評ではロイターの記事が引き金となり、社会的な抗議・対策の動きが広まったため、トランプ政権が指示を撤回したという理解になっていますが、それを裏付ける証拠は同リーク証言以外にほぼありません。ただし、同指示の存在は環境保護関連の人たちによって誠しやかに事実として語り続けられています。
<米国メディアの報道はタイトルだけでなく内容の吟味も必要>
最近の米国メディアの報道は「タイトルによる釣り」が常態化しており、その報道内容までじっくり読まないといけません。たとえば、ニューヨークタイムズの
With Trump in Charge, Climate Change References Purged From Website(1月20日)
の記事はタイトルだけみれば「気候変動の記事がパージ(追放)された」と書いてありますが、記事内容まで読むと上記で指摘したHPの入れ替わりの過程で生じたものであることが触れられています。しかし、多くの人はタイトルしか見ないことも多く、偏向した世論誘導目的の記事であることが明らかです。
米国では主要メディアが反トランプ勢力に加担する政治的な党派対立が深刻化しています。したがって、その米国の主要メディアの報道だけで情勢に判断することは間違っています。
日本のメディアの大半も「欧米のメディアがこんな報道をしてました」という言い方で責任回避しているつもりかもしれませんが、それらの行為は責任回避になっておらず、米国内の政治闘争に間接的に加わっているだけに過ぎません。
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2017年02月09日
なぜトランプの入国禁止措置に違憲訴訟が起きているのか?
<トランプ政権は入国禁止を行う入管に関する権限を持っている>
本日はトランプのイラン・シリアなどの7か国からの一時的な入国禁止措置に関する違憲訴訟の狙いについて考えていきたいと思います。
メディア上では入国できなかった人々のお涙頂戴的な内容が流れ続けてきており、難民の入国などをいきなり制限するとは何事だ!きっと違憲に違いないと思った人もいるかもしれませんが、実はそのようなことは裁判の主要な争点になってはいません。
そもそも多くの日本人の多くは、トランプに一時的な入国禁止措置を講じる権限が無い、と思っているかもしれませんが、司法省法律顧問室で同措置が形式的には合法であると確認しており、同措置がただちに違憲になるということはありません。
<極めて米国的な事情に基づく違憲訴訟の観点とは>
では、米国では違憲訴訟で一体何が主に争点になっているのでしょうか。
本件では私たち日本人には馴染みが無い論点が違憲訴訟の対象になっています。
合衆国憲法修正第1条には「合衆国議会は、国教を制定する法律もしくは自由な宗教活動を禁止する法律、または言論・出版の自由もしくは人民が平穏に集会して不満の解消を求めて政府に請願する権利を奪う法律を制定してはならない。」と書いてあります。
本件で問題となっている争点は、今回の入国禁止措置が修正第1条で禁止している宗教差別、つまりイスラム教徒に対する宗教的な差別にあたるのではないかというものです。
単純な入国禁止措置だけでは過去にオバマやカーターが行った入国禁止措置もあり、司法省法律顧問室の形式的なリーガルチェックも経ているために大統領令を制止することが難しいものと思います。そこで、トランプ政権に反対する勢力は「修正第1条」を使った違憲訴訟に持ち込んでいる状況です。
特に政権反対勢力は「トランプ陣営の過去の発言」(イスラム教徒入国禁止など)を例示し、これがテロ対策ではなく宗教差別の意図で行われていることを立証するやり方を取っています。つまり、トランプ政権側としては大統領令自体の形式性よりも選挙期間中などの発言に基づく立法趣旨を問われる展開となっており、おそらくこの状況は多少想定外だったのではないかと推測します。
そして、何よりも本件では大統領令の違法性を単純な違法性ではなく憲法違反に持ち込んでいるところが最大の肝になってくるのです。
<目的は違憲判決から連邦議会における弾劾のコンビネーション>
今回の政権に反対する勢力の訴訟目的は、大統領令を単純に撤回させることだけではありません。むしろ、この大統領令に難癖をつけて違憲判決を得ることによって、トランプ政権を一気に瓦解させることが真の目的であるように推測されます。
合衆国憲法第2章第1条8項では、大統領は合衆国大統領の職務を忠実に執行し、全力を尽して合衆国憲法を維持し、保護し、擁護する ことを宣誓することが求められています。
仮にトランプの大統領令が違憲だということになった場合、現職大統領の行為は憲法を維持・保護・擁護する存在ではないと司法が認めることになります。そのため、トランプに反対する政治勢力は違憲判決後に一気に議会における大統領弾劾に持ち込んでトランプ大統領の首を殺る計画を仕込んでいるわけです。
そして、この強引なトランプ殺しの方法は、最高裁判事でトランプが指名した9人目の保守派の判事が任命される前に進めるしかチャンスはありません。数か月後に最高裁で保守派判事が任命されるまで司法の見通しは極めて不透明であり、民主党側は連邦議会で同判事の就任を徹底的に妨害しつつしつつ、米国各地で同党系の司法関係者によって違憲訴訟が乱発する戦略を取っているわけです。
そして、それに民主党系に与するメディアは国務省が指定している「テロ支援国やテロリスト・セーフ・ヘイブン」ではなく、あえて「イスラム教徒が多数派を占める国」という表現を使って「これはテロ対策ではなく差別なんですよ」というメッセージを流布し続けています。これらは裁判を有利に行うための世論誘導による支援と言えるでしょう。
つまり、これは入国禁止で理不尽な思いをした人がいる、という表面上の話ではなく、もはやトランプ政権と反対勢力による単なる政争の延長線上のものでしかなくなってしまっているわけです。
<党派的な政争目的で犠牲になる米国のセキュリティ>
ジョージ・ワシントン大学のジョナサン・タリー教授が言うように「あからさまなイスラム教禁止ではなく、7か国からの入国を一時的に制限しても世界の大多数のイスラム教徒は影響を受けない」という見解に従って、筆者も同大統領令を軽はずみに違憲とすることは難しいのではないかと思っています。
そして、筆者がそれ以上に問題であると感じていることは、既にトランプ政権は同禁止措置の大統領令を発布した翌日にシリア・イラクのISISを掃討する計画の立案を国防総省らに求める大統領覚書を出してしまっていることです。
つまり、トランプ政権は入国禁止の大統領令を即時適用することによってISIS掃討計画の立案命令を出す前に、彼らが逃げられないor米国に入国できないようにしていたわけです。ところが、連邦地裁の判決によって大統領令が停止したことで、ISISがシリア・イラクから脱出して米国に侵入する千載一遇のチャンスが生まれてしまっています。
上記の状況に鑑み、筆者には同大統領令の立法趣旨はこれから実施するISIS掃討に伴うテロ対策にしか見せませんし、米国内の政治的な党派対立によってテロリストを利する結果となっている状況については疑問を感じざるを得ません。
また、このことを分かった上で違憲訴訟を行う政権反対勢力に倫理観の無さには憤りを覚えます。実際に筆者も月末に仕事で米国に行く必要があるのですが、このような温い対応状況では一抹の不安を覚えざるを得ません。米国民には無暗な反トランプ騒動はいい加減にしてもらって冷静さを取り戻してほしいと思います。
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2017年02月08日
安倍首相・トランプ会談の狙いに関する考察
<安倍・トランプ会談で日本が提案する内容とは>
安倍政権は2月10日のトランプ大統領との会談に先立ち、「日米日米成長雇用イニシアチブ」という包括的なプログラムを準備し、約51兆円のインフラ投資と70万人の雇用創出を提案することが報道されています。
同イニシアティブは5項目で構成されているとされており、米国でのインフラ投資、世界でのインフラ投資に関する連携、ロボットや人工知能での連携、サイバー分野での協力、雇用を守る分野での連携が含まれているとのことです。その上で、トヨタをはじめとした自動車関連産業が米国で150万人の雇用を作っていることを強調するものと思われます。
トランプ政権は安倍首相を歓待した上で、フロリダのリゾートで安倍・トランプのゴルフを設定し、個人的な関係を築く用意を準備していると報道されています。
<元々トランプ政権発足直後に外務省の有識者会議で提言されていたこと>
米国へのインフラ投資推進は日本政府としては規定路線であり、外務省が設置していた民間有識者の「日米経済研究会2016」が昨年11月段階で対米政策の方向性について提言書を提出しています。
その内容はトランプ大統領が推進する米国のインフラ整備について、高速鉄道・再生エネルギー・水関連インフラなどで協力する旨が記載されており、日本政府が力を入れているインフラの輸出が謳われているものでした。
そのため、トランプ政権に対する処方策として予め準備していたカードを切ったということが言えそうです。安倍政権や自民党の支持基盤を見ても高速鉄道の輸出などは悲願とも言えるものかと思います。
また、私見では、安倍政権は第三国への共同投資などにロシアのプロジェクト(ヤマルなど)を含めることで、対中包囲網にロシアを加えることへの米国のコミットを得にいくのではないかと推測します。
<日本が提案する内容が持つトランプ政権に対するインパクト>
筆者は安倍政権の外交・安全保障政策は終局的に失敗すると思っているので評価していません。ただし、今回の対米外交の「お土産」についてはトランプ政権に対しては極めて有効だと思います。
トランプ大統領にとってはインフラ投資による雇用創出は願ったり叶ったりのものです。トランプ政権は100兆円のインフラ投資を主張しているためにその財源が問題となってきました。しかし、日本政府が約51兆円の投資を宣言したために数字の上では目標の半分を解決したことになります。(*日本側の投資期間が不明なのでざっくり数字のみ。)
トランプ政権の経済政策の政策効果が出始めるには数年かかると想定されるため、トランプ政権としてはそれまでに象徴的な成功事例が幾つか必要になっています。そのため、日本からの多額の投資が決まったニュースは大きな意味を持っています。(トランプ氏が当初Twitterで指先介入をしたのもセンセーショナルな効果を狙った意味合いもあるものと理解すべきです。)
<インフラ投資が持つ米国外交上の多面的な効果>
また、インフラ投資は米国においては運輸省が所管する領域となります。運輸省はエレーン・チャオ運輸長官が所管していますが、彼女の夫は連邦上院の共和党院内総務のミッチー・マコーネル氏です。同氏はトランプ氏と実質的に対立している共和党主流派のボスです。
つまり、インフラ投資への協力は上記の通りトランプ氏に対して恩を売れるとともに、共和党が支配する議会に対しても友好的なメッセージを送ることになります。米国では連邦上院が外交政策に持つインパクトは大きいため、日本政府の対応は米国の共和党内の分裂にも配慮した賢いやり方だと思われます。また、インフラ投資については米国民主党も積極的であるため、米国の議会野党対策としても機能することが予想されます。
今後、インフラ投資でプラスの経済効果を受ける地域の連邦議員らに対してしっかりと影響力を拡大していくことを通じ、トランプ大統領とその周辺だけでなく連邦議会にも橋頭保から影響力を拡大していくことが望まれます。
<金で解決する外交が持つ限界点も認識すべきだ>
ただし、安倍政権の対米外交のスタンスにも問題はあります。
筆者は金で解決する外交のやり方には必ずしも肯定的ではありません。なぜなら、金で結びついた関係は、自分よりも金を持っているライバルパートナーが現れたときに終わるからです。
この場合にライバルとして登場する存在は中国です。中国は経済成長が鈍化しつつあるものの、世界第二位の経済大国となり、現在でも新常態の中で中速度の経済成長を続けています。
米中の貿易高こそが非常に大きなものがありますが、中国は米国本土にほとんど投資を行っていません。したがって、米国は民主主義国なので中国からの輸出品が選挙区の「雇用」に与える影響が無視できず、米中の距離は現状では比較的遠いものとなっています。
逆説的には、トランプ政権の圧力に屈する形で中国政府や中国企業が米国に直接投資を開始すると、日中の米国に対する影響力のバランスは崩れることになり、日中の今後の経済力の逆転が進展する中で、米国への貢ぎ物競争では最終的に日本は中国に敗北する可能性があります。したがって、日米間の問題を金だけで解決しようという日本の現在の姿勢は好ましいものとは言えない部分もあります。
そのため、筆者が以前から指摘している通り、本来は「金」ではない「価値観」を通じた日米同盟、を目指すべきであり、金はそのための下支え的なものだと認識する必要があります。
<米国から得られるものが皆無の会談になる可能性も>
日本側は米国側に貢物を用意して訪米することになるのですが、米国側が日本に与えるものが何になるのか、ということがイマイチ判然としません。たしかに、安倍・トランプ、日米関係が良好なものになるものと思います。しかし、筆者はそれだけのことに米国のATMとして約51兆円もの資金を拠出するカードを切ることの意味が分かりません。
米国の閣僚人事を見る限りでは、表面的な部分では反中派(ただし、習近平との繋がりは重視)を揃えており、トランプ政権は少なくとも数年は反中姿勢を崩さないものと思います。マティスもティラーソンも正式任命前の上院公聴会の段階から東アジアへの安全保障にコミットする発言をしています。また、日本が固執するTPPについてはトランプが既に撤退を宣言し、二国間協定に対しては日米ともに前向きな姿勢を示しています。
そのため、現段階で「インフラ投資」という日本最大の切り札を使ってトランプ政権から引き出す対価があるとは思えません。
そのため、筆者の見立てでは、安倍政権の狙いは「憲法改正に対するトランプ政権の了解を得ること」にあるものと見ています。安倍政権の悲願は憲法改正であり、その最大の障害は米国です。
国内では左派だけでなく保守にも米国が反対している・懸念していることを理由に、憲法改正や靖国参拝への自制を求める声が少なからず存在しています。それらを抑えるためのトランプとの取引ということであれば同取引を行うことも政権の理屈としては成り立つものと思います。直接的なコメントは無くとも「日本の地域における更に積極的な役割を望む」などの婉曲的な表現は出る可能性があります。
昨年、ヒラリー勝利⇒北方領土進展⇒解散総選挙という一部でささやかれたシナリオがトランプ勝利でご破算になったように、年内と想定されている総選挙にも安倍政権とトランプ政権との関係は影響を与えていきそうです。
<渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)の最新著作のご紹介>
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2017年02月06日
なぜトランプ大統領は豪州首相に電話会談でブチ切れたのか
<写真はThe Gurardianから引用>
豪州首相との電話会談ブチ切れ事件の真相とは何か
トランプ大統領の豪州首相との電話会談でのブチ切れ事件、毎日事件が起きるので既に過去のものとなりつつありますが、一応本ブログでも内容についてフォローしておきたいと思います。
結論から申し上げると、筆者は「電話会談でブチ切れるのもどうか」と思いますが、トランプ大統領が怒っても仕方がない内容だと感じています。
なぜなら、原因となった「米国と豪州の難民交換の取引」は明らかに不当な内容であり、オバマ前大統領がトランプ大統領を困らせるためだけに実施したものだからです。前大統領が行った国際的な取り決めだからそれを引継げ、という主張はまともな取引なら成立する話ですが、単なる嫌がらせまでその類に入れるのはあまりに理不尽です。
難民交換が行われるきっかけは豪州の難民への虐待が暴露されたことだった
そもそも豪州から米国に引き渡されるはずの難民はどのような人々なのでしょうか。
豪州の難民制度は極めて劣悪であり、豪州に海を渡って入国しようとする難民は海上で拿捕された上に、豪州本土ではなくパプアニューギニアやナウルの収容所送りになります。
これはインドネシアなどの密航業者が手引きして豪州に船で難民(≒不法移民)を送り込むビジネスが発達し、それらへの対応に苦慮した豪州政府が編み出した苦肉の対応策でした。豪州本土で難民を受け入れる代わりに、資金難の周辺の島国に援助金を払って収容所の管理をさせるというご都合主義のモデルです。
ところが、昨年8月10日、豪州政府は同収容所の超絶劣悪な環境を英国のガーディアン紙に暴露されてしまう事態に陥りました。収容者への性的虐待、人権侵害、自傷行為などの数々が記録された凄まじい内容であり、豪州の人権侵害ぶりが白日の下にさらされることになったのです。
豪州は自らを頼って辿り着いた入国希望者への責任を放棄し、事実上の迫害をそれらの人々に加え続けていたため、世界中の人権団体からの厳しい非難にさらされることになりました。
ここで人権侵害国家である豪州に手を差し伸べたのが、米国のオバマ大統領でした。
オバマ大統領はトランプ勝利直後に取引を決定、連邦議会から激烈な反発を受けていた
11月9日のトランプ大統領の大統領選挙勝利の直後、オバマ大統領は豪州政府との間で難民の受入れを成立させました。
オバマ大統領が豪州政府からの難民受け入れを実施することを決めたとき、米国連邦議会は何の相談もされていませんでした。当然ですが、既に退任が決まったオバマ大統領が議会に何の断りもなく唐突に難民の受け入れを決定したことは連邦議員からの強い反発を招きました。
同11月チャック・グラスリー上院司法委員会委員長はオバマ政権に対して豪州政府との間で行われた「秘密取引」について公開の場で説明するように正式な要求を行っています。
要約すると、連邦議会に無断で数か月の交渉を行ってきたこと、合意内容の詳細が不明であること、国務省が指定したテロ支援国家の人々が含まれていること、豪州の責任であるはずの難民を引き受ける正当性がないこと、などの疑念が激烈に表現されています。
つまり、メディアの影響で多くの人が錯覚しているように、トランプ大統領が突然「酷い取引だ!」と言ったわけではなく、オバマ大統領が自分の任期中に完了しないことを承知で強引に進めた劣悪な取り決めに対して、連邦議会で当初から問題となっており、議会の難民政策の責任者である司法委員会のトップが強い反発の意志を示していたことになります。
難民を受け入れる・受け入れない、どちらを選んでも罰ゲームに追い込まれたトランプ
トランプ大統領は選挙期間中から不法移民に対して強い姿勢を示してきており、イスラム教徒への入国禁止などの物議を醸す内容の発言を行ってきました。
そのため、オバマ前大統領は豪州からイスラム教徒を受け入れる代わりに、米国から中南米からの難民を豪州に渡すという意味不明な取引を無理やり成立させることで、トランプ政権の出鼻を挫く仕掛けを準備することにしたのでしょう。
結果として、トランプ大統領は難民を受け入れなければ国際的な取り決め違反、そして難民を受け入れれば公約違反という、どちらにしても負ける罰ゲームを強いられることになりました。
上記の通り、本来は豪州から難民を受けれ入れる必要は全くなかったので、この取り決めはオバマ大統領が豪州政府と結託して行った完全な嫌がらせ行為だと言えるでしょう。
豪州首相に一度はブチ切れるスタンスを示したトランプ、直後に国際的な取り決めを受け入れる対応
トランプ大統領としてはオバマ前大統領と豪州首相に「はめられた」形になっているため、豪州首相との電話会談でわざとブチ切れて見せたものと思われます。
つまり、どっちに転んでも罰ゲームであれば自分の支持者の満足を取ったということです。しかし、当然に国際的な取り決めを反故にするわけにもいかないので、その後難民の受け入れを正式に発表しています。
豪州首相にとってはなかなか良い取引であり、自国の劣悪な難民受け入れ制度についてトランプ大統領が言及しない代わりに、トランプ大統領の政治的なパフォーマンスを受け入れた上で、トランプの入国禁止措置についてもほとんど発言していない状況となっています。
豪州は米国の政争に付け込むことで、自国からテロ懸念国の難民を米国に引き取らせた上に、自国の劣悪な人権状況についてオバマ前大統領やトランプ大統領に指摘されないように話をもっていくことができたわけです。まさに、豪州にとっては最高、米国にとっては最低の取引だったと言えるでしょう。
以上のように、オバマ前大統領が残したマッチポンプ的な嫌がらせに焼かれ続けるトランプ大統領ですが、メディアはオバマ大統領の陰湿な行為に全く触れようとしないどころか、トランプ大統領を責め続けるばかりで流石に気の毒になってきました。
少なくとも本件については豪州との難民交換での米国側には何のメリットもなく、また筋論として豪州自体が自らの難民問題への責任を果たすべきものであり、メディアもこの程度のことくらいはまともに報道してほしいものだと思います。
本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。
2017年02月04日
都議会の「真の改革派」を見分ける簡単な方法
千代田区長選挙を通じて都議会議員が「改革派」だらけになった(笑)
アゴラでの千代田区長選挙に関する関係者の論争で、知事与党である都民ファーストの会も最大野党である自由民主党も、都と区のあり方について「我こそが改革派」であることを宣言する事態に至りました。非常に喜ばしいことです。
<都民ファーストの会>(*正確には伊藤区議は都民ファーストの会ではないと思うけども。)
なぜ区長選挙が「東京大改革を進めるか、止めるのか」を問う闘いなのか?都と基礎自治体の関係から考えてみる(音喜多駿・都議)
千代田区長選、与謝野氏当選ならドン勢い。特別区にも影響。(伊藤陽平・新宿区議)
内田茂氏は都民ファーストだと言い張る川松自民都議へ公開質問状(伊藤陽平・新宿区議)
*過去記事(音喜多都議)
舛添前知事がトーンダウンした児童相談所の特別区(23区)移管を実施し、社会的養護の充実を!
東京都の「区」と「市」の違い、言えますか? -大阪都構想、特別区の正体-
<自由民主党>
小池支持者も驚愕、千代田ファーストは内田茂都議の政策だった⁈(川松真一朗都議)
公開質問への回答+都議会改革は私がやる!(川松真一朗都議)
都区制度改革に対する「改革派」かどうかを測るための指標とは何か
政治家というものは選挙の時には演説などで嘘八百をつくものであり、まして他人の選挙なんてものには何の責任も取らないわけです。しかし、幸いなことに音喜多都議と川松都議はもうすぐ「東京都議会議員選挙」の審判を受けるわけであり、有権者から声を上げて求めれば「本物の改革派」かどうかを知ることができます。
そこで、筆者からは都区制度改革における改革派か否かを測る指標を提示したいと思います。東京都と特別区は普通の地方自治体同士の関係ではなく、歴史的な経緯によって東京都は基礎自治体が本来は持っている権限を特別区から取り上げている形となっています。
ただし、一般的には住民に近い地方自治体が住民サービスを行うほうが安価で質の高い公共サービスを提供できることは明らかです。しかし、残念なことに東京都と特別区は東京都からの事務移管について長年話し合ってきていますが、近年は両者のすれ違いによって事務移管はほとんど行われていません。
東京都議会議員選挙の前に音喜多・川松両都議は改革派として「都民ファーストの会」と「自由民主党」から「東京都から特別区の事務移管の項目の一覧表」を公約として提出していただきたいと思います。
東京都と特別区の事務方の会議が暗礁に乗り上げてお互いに責任を擦り付け合っている現状を踏まえた場合、都議会が政治的な主導権を持って都区制度改革に着手すべきです。
有権者はこの一覧表の個数及び実際に実行された事務移管数で「改革派か否か」を簡単に測ることができます。もちろん、事務移管の一覧表すら提出しない政党は「抵抗勢力」以外の何物でもありません。
都区制度の新たな区割りなどは事務移管の問題が進展していくことで自ずと解決することになります。まずは東京都が自ら権力を手放せば良いだけのことです。
真の「身を切る改革」とは権力を手放すことができるかどうかだ
最近では「身を切る改革」という言葉で「議員報酬を減らす」という政治的なパフォーマンスが実施されることが多い状況があります。この手の話は政治的な支持を高めるには良いのですが、本質的な意味ではほとんど意味がありません。
都議会議員が給料を減らしても権力の源泉である東京都の事務権限を手放さないなら、都議会議員は政治献金で幾らでも後から減額した議員報酬分の資金を回収できるでしょう。一時的な減俸などは権力を持つ人々にはどうでも良いことでしかありません。
真の「身を切る改革」とは目の前に転がっている権力を自ら手放すという決断ができるかどうか、です。東京都から様々な事務権限を特別区に移す、または廃止・民営化することができる都議会議員だけが改革派を名乗る資格があります。
与野党の双方の過去記事において、都民ファーストの会は幹事長が改革派だと名乗りを上げ、自民党都議は政党のドンである内田茂氏が改革派だと主張しました。
是非ともこれらの都議会議員には有権者に自らが改革派である「証拠」を見せてほしいものです。「東京都から特別区の事務移管の項目の一覧表」を出すことすらできない都議会議員など必要ありません。
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本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。
トランプの入国禁止の合理性が分からない人へ
トランプ大統領側の視点に立って「入国制限」のロジックを考える
トランプの入国制限について「入国禁止措置でトランプの頭がおかしくなったと思う貴方へ」というエントリーを作って投稿させて頂きました。過去記事では基本的には同時点で分かっていたこと・気が付いたことを中心に述べました。
正直に言えば、この問題について「入国禁止」という一事を持って物事を語っている有識者は、世界とトランプ政権に何が起こっているのか・これから何が起きるのか、についてほとんど何も分かっていないのではないか、と思います。
そして、それらは既に公式にオープンになっている情報からある程度推察することが可能であり、いつまでも観念論的な考察、制度的な説明、リベラルへの批判ばかりしていても、量産型ザクのような無意味な議論にしかなりません。そこで、今回の記事ではファクトに基づいてあえて物議を醸す内容をまとめてみました。
1月28日・トランプ大統領覚書「30日以内にイラク・シリアのISIS掃討作戦を作成しろ!」
1月27日の入国禁止措置で盛り上がった報道に隠れる形で、1月28日に「Presidential Memorandum Plan to Defeat the Islamic State of Iraq and Syria」という大統領覚書が公開されました。
簡単に内容をまとめると。関係機関が協力して「30日以内にイラク・シリアのISISを掃討する作戦素案を作れ!」という命令の文書です。文書内では予算付けに関する詳細な戦略を作るように指示されており、戦時国際法マニュアルの見直しを示唆する内容まで含まれています。
これはトランプ大統領による3つ目の大統領覚書となっています。
メディア上ではスティーブ・バノン首席戦略官がNSC(国家安全保障会議)の常任となり、統合参謀本部議長と国家情報長官は常任メンバーから格下げされた人事が行われたことも盛んに報道されました。この人事は2つ目の大統領覚書で行われたものであり、実は上記のISIS掃討作戦素案作りの覚書の中にはこの2つ目の人事変更を踏まえて計画を立案するべし、という趣旨の内容も盛り込まれています。
トランプ大統領はNSCを腹心で固めており、今後はスティーブ・バノン氏やマイケル・フリン氏らの対イスラム強硬派の勢力の影響力が強まることが予測されます。大統領府におけるバノン氏の側近であるセバスチャン・ゴルカ氏は著書でも「グローバル・ジハード」の脅威・対抗を述べています。
また、シリアへの地上兵力の派兵に慎重な国防総省の軍の制服組のトップがNSCから外されたことは、シリアへの地上兵力の派兵の可能性が高まったことも同時に意味しています。
ティラーソン国務長官及びマティス国防長官の議会公聴会でのISIS掃討発言
米国では各省長官の任命に際して上院で公聴会が実施されることになっており、そのやり取りの中で各長官候補の現状の施政方針について確認することが可能です。そこで、外交・安全保障を担う国務長官と国防長官の中東情勢に関する認識を確認してみましょう。
ティラーソン国務長官はISISの打倒は急務かつ最優先課題としており、アサド政権への対応はその上で検討する、と述べています。ティラーソン氏は公聴会に先立って発表した自らの姿勢方針を示す文書の中でもISISに対して非常に厳しい認識を示しています。
また、マティス国防長官は、ISISに対して現在以上に強い対応を行うべきだという意志を示し、横断的で統合された戦略が必要だと述べており、中東で軍事的な打撃を与えるとも主張しています。マティス国防長官は中東などを統括する中央軍司令官だった経歴を持つ同地域のエキスパートです。
つまり、外交・安全保障のキーパーソンがISISの打倒を優先事項として掲げていることが分かります。そして、当然ですが、上記の戦争計画素案作成を指示した大統領覚書では、国防長官・国務長官、そして関係省庁の長官がズラッと並べられて協力してプランを作ることになっています。
7か国からの入国停止を冷静に受け止める湾岸諸国、シリアへの安全地帯構想を検討するロシア
イスラム教徒がマジョリティーを占める国々からの入国禁止措置について、全てのイスラム国家が反対の姿勢を示しているわけではありません。少なくとも、サウジアラビア、クウェート、UAE、バーレーンなどの比較的親米諸国はトランプ大統領の入国禁止措置への非難に加わっていません。したがって、入国禁止を指定された諸国以外の中東のイスラム系国家の反応は比較的冷静な態度を示しています。
また、米国はサウジアラビアやロシアなどのシリア情勢に直接的に関与している国から、シリア国内に安全地帯を設ける旨について検討することに対する内諾を得ています。米国はオバマ政権時代にトルコから安全地帯構想への賛同要請を地上部隊の派兵を嫌って断ってきました。しかし、トランプ政権下では態度を一転させて同構想について積極的な姿勢を見せている状況です。トランプ政権に呼応する形でロシアがアサド政権の存続を前提として同構想への態度を軟化させてきたことは驚きましたが、両国ともにそろそろ手打ちを図る時期が来ているとも言えます。
入国禁止措置でシリア難民の受入れを無期限停止すること、米国がオバマ時代に完全に失った中東での主導権を取り戻すことに鑑み、米国にとってシリアにおける安全地帯の確保は重要な施策と言えるでしょう。
安全地帯の確保には地上兵力の投入が少なからず必要になる可能性があり、トランプ大統領は選挙期間中に2~3万人の地上兵力をISISに投入する旨を明言しています。また、トランプ大統領は就任演説でも「イスラム過激派のテロに対し世界を結束させ、地球上から完全に根絶する」と改めて述べています。(ただし、地上兵力の派兵のカードは大統領就任から現在までまだ切られていません。)
以上のように中東、特にシリア・イラクにおけるトランプ大統領の外交・安全保障に対する構想に関係各国は各々の立場で一定の協力的な反応を示しているものと思われます。
シリア・イラクで掃討されたISISはグローバル・ジハード路線に転向する可能性
冒頭で確認した通り、約30日後にISISを掃討する計画素案がトランプ大統領に提出されることはほぼ確定事項です。そして、トランプ大統領によって公約通りISISを掃討するために同計画が実行された場合、何が起きてくるのでしょうか。
現在シリア・イラクに集中しているISISが同地域から排除されたとしても、そのことは全てのISISの構成員が地球上から消滅することを意味するわけではありません。では、一体どのような状況になってしまうのでしょうか。
ISISがシリア・イラクで掃討された結果として発生する状況を示唆する有力な事例が存在しています。
それは、アル・カイーダです。アル・カイーダは9.11の時は明確な指揮系統を持った組織でしたが、米国による徹底した攻撃を受けて、数年後には同組織は国際的に分散した形態に移行する状況となってしまいました。
つまり、ISISもカリフ国家に集中されていたパワーが分散化することにより、アル・カイーダのようなグローバル・ジハード路線に転向していく可能性が極めて高いものと思います。また、ISISの構成員の中には、そのままアル・カイーダに合流する勢力も少なくないでしょう。
トランプ政権がISISをシリア・イラクで掃討し、シリア・イラクに出来上がっていたテロリストの入れ物が壊れることは世界中へのテロの拡散の引き金になる可能性があります。このことはイスラム蔑視からテロリストが生まれる云々という迂遠な話よりも遥かにテロの拡散の直接的な原因となるでしょう。
トランプ政権はグローバル・ジハードへの対応を既に強化しており、政権発足後初めて軍事行動としてイエメンのアル・カイーダ系の組織を攻撃するために実施し、トランプ大統領自らが死亡した米兵のための墓参りを行うことで国際テロ組織壊滅に向けた断固たる決意を示しました。同行動からトランプ政権のグローバル・ジハードへの対応方針が強固なものであることが伺えます。
入国禁止措置はグローバル・ジハードへの対応を意図しているものと推測
上記の通り、トランプ大統領の公約通りISISへの掃討作戦が実行されることで、その後ISISがグローバル・ジハードに転向する可能性があることを確認しました。そして、それらの転向した勢力は当然のように米国に侵入してテロを実行しようとする可能性は極めて高いです。
これらの状況を想定することで、トランプ政権の「入国禁止」措置の意図を初めて理解できるようになります。
トランプ政権はISIS掃討後の世界の環境変化を見据えているものと推測されます。昨日まで平気だったから今日も平気だと思う人はリスク管理に向いていません。
グローバル・ジハード化したISIS及びアル・カイーダ系からのテロリストの流入を防止するために、既にオバマ政権がテロリストの流入可能性が高い国としてテロリスト渡航防止法で指定していた国々からの流入を90日間停止、難民受入れも120日間停止、シリアからの難民受入れは無期限停止する、ということは必須のものでしょう。また、場合によっては同期間内で対ISISの本格的な軍事行動が実行されることも想定すべきです。(当然ですが、同措置がISISが国際的に拡散することへの対応と言えるわけがありません。)
ちなみに、同掃討作戦への関与が大きいイスラム諸国からの流入については一旦停止することも困難であり、それについてはそれらの同盟国の対応を信頼するしかないという苦しい状況となっているものと思います。
ただし、いずれは上記の緊急性の高い国々に適用された新しい基準のテロリスト流入対策が他国にも求められていくことになるでしょう。人権上の問題はあるものの、テロリスト対策として高度な生体認証システムの実装などが図られていくものと思われます。私たち日本人は米国がテロと現在進行形で戦闘を行っている国であるという前提を忘れるべきではありません。
上記の通り、大統領覚書、政権人事、テロリストの状況などを勘案した場合、トランプ政権が実行している政策は一定の一貫性・合理性を備えているものと考えることができます。
トランプ大統領の政策に対するファクト・ベースの議論の必要性
上記の内容は、筆者がトランプ政権の公約及び発足後の行動を論理的に並べて仮説を構築したものに過ぎません。もちろん、筆者の想定が間違っている可能性もありますし、同じファクトを見ても違う結論を導き出す人もいるかもしれません。
しかし、一つだけ言えることは、「観念論的な考察、制度的な説明、リベラルへの批判などの低レベルな議論」はそろそろ止めにしましょう、ということです。トランプ政権は既にスタートしており、矢継ぎ早に様々な政策が実行されている状況にあります。これらについて子細に検討した上で、その意図と実現性を推察することが求められるフェーズに突入しつつあります。
また、トランプ政権の政策は国内政策などでも複数の要素が相互作用を起こすものが多く、その内容は高度に練り上げられたものです。そのため、一つ一つの政策の妥当性を検証するのではなく、それらの政策の繋がりを意識した分析を試みる必要があります。もちろん、それは実際に政策を立案・実行する人々の顔ぶれとも複雑に絡み合っており、真っ当な分析を行うためには政策の方向性と人事情報との整合性も検討していくことも必須の作業となります。
我々はトランプ政権に対する偏見・蔑視は捨て去り、その意図・能力について捉えなおしていくべきでしょう。筆者は国内のトランプ政権に関する議論が速やかに次のレベルまで進んでくれることを願っています。
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2017年02月01日
音喜多都議・都民ファーストの会幹事長の真価を問うポイント
音喜多都議会議員の真価を問うポイントとは何か
千代田区長選挙を巡る姿勢について音喜多都議の政治姿勢、過去のブログ記事に関する矛盾点を指摘する記事が出ており、公職にある人がネットで情報発信し続けるということは色々な意味で大変だなと感じています。
議員の発言が検証されることは良いことだと思いつつも、今回の事例にビビって他の議員の情報発信が益々行われなくなることを危惧しています。
筆者は彼の情報公開に関する姿勢を非常に評価しており、議員の議場以外での過去の発言も多面的に検証される対象となってきたことは民主主義の進歩ですから、音喜多都議には今後とも積極的に情報発信を行い続けてほしいと考えています。
真価は「都民ファーストの会」の「党綱領」と「党則」で問われる
さて、今後の音喜多都議の真価を問うポイントは幹事長としての手腕にあると思います。
都民ファーストの会は、既に公認候補者が存在しており、千代田区長選挙でも現職を推薦しているにも関わらず、依然として党綱領も党則も発表されていません。そのため、現状では理念なき野合だと批判されても仕方がありません。
音喜多都議が幹事長として早急に実施すべきことは、政党として目指す姿を示す「党綱領」、そして政党の運営をルールである「党則」を創り上げることです。
(注記:報道によると、政治団体・都民ファーストの会は地域政党として活動するとのことで、所属議員は3人しかいないので、筆者は都民ファーストの会 都議団幹事長と地域政党の幹事長は同一のものという前提で書いています。この辺りから定義もしっかりしてほしい。)
音喜多都議はまだ1期目にも関わらず過去にルール不備だらけの政党のゴタゴタに巻き込まれてきており、ワンマン政党の脆弱さと健全な政党運営を行うための仕組みの重要性を認識しているものと推測します。
今後、様々なステークホルダーが党運営に関わることになると思いますが、その際に政党としてのルールが無ければ早晩同じように潰れることになるでしょう。したがって、都議選の前哨戦である千代田区長選挙は早々に片づけて幹事長としての最初の仕事に着手するべきです。
また、政党としての党綱領も基本政策も存在しないにも関わらず、希望の塾から公認候補者や政策立案スタッフを選ぶ姿勢は野合そのものなので控えるべきです。
形だけの幹事長になるのか、実質の伴った幹事長になるのか
政党にも様々な形がありますが、政党の番頭である幹事長は政党の公認権と予算の両方の決定権を持つことが重要です。
政党に所属している議員(自分より期数が多い)をコントロールするためには、都議選公認段階で党綱領や政党の公約への忠誠を所属候補者らに確約させる必要があります。
現在の不透明な公認プロセスを改めて透明性を高めるとともに、次回の都議選挙時には予備選挙を導入して当選議員の既得権化を防止するべきです。
特に選挙に勝つために政党を移籍してくる候補者らが大半でしょうから「公の場」での血判状にサインさせることが重要です。
さらに都議選後に所属議員の離反が相次ぐことが予想されるため、政党の予算や議事決定の在り方などで幹事長の主導権を握る形にすることも必要です。
議員は政党と有権者を平然と裏切るものであり、当選1期目の議員が手練手管の都議会議員らを相手に幹事長の重責を果たすなら所属議員の言動を縛る強いルールが必要です。
上記の内容を党則に実装できるかどうかで、音喜多都議が当選するための小池追従なのか、それとも自らが信じる政策を実行するための現実的な判断なのかも分かってきます。
既に当選1期目の陣笠議員の領域を超えているということ
音喜多都議が語った理想と現実の話は既に当選1期目の陣笠議員の枠を超えているものです。もちろん、政党の幹事長ですから陣笠議員ではないのは明白であり、彼の意志は政党運営の結果として都政に反映されていくことになります。
都民ファーストの会は入社数年目の社員をいきなりCOOのポストに据えたベンチャー企業みたいなものであり、社内体制もまともに構築されていない成長中の組織だと言えます。そのため、音喜多都議には最前線で千代田区長選挙の応援を実施しつつも、新政党の経営陣としてやるべきことをやることを望みます。
音喜多都議に対する評価は一都議会議員としての言動に対する評価も問われるべきですが、小池都政という有権者から一定の期待を持たれている政党の幹事長としての経営手腕で問われるべき段階となっています。
何度も政党が壊れていく姿を見続けてきた経験を活かし、上の世代の人々が私利私欲に惑わされてまともに運営することができなかった新党の運営という大事を成し遂げてほしいと思います。
<渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)の最新著作のご紹介>
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