2016年07月

2016年07月31日

加藤たくま区議の「誤報」に関する謝罪要求

無題
(申し訳ありませんが、どう見ても加藤区議は統計上の意味が認められない分析結果を断言されています。)

加藤区議の「公開質問状」に対する丁寧なご回答に御礼申し上げます。こちらの質問事項に対する貴殿の回答内容について再回答及び正式な謝罪を要求させて頂きます。(筆者の質問内容加藤区議の御回答

筆者が回答を求めた点は下記の4点となります。ご回答頂けた点と未回答の点について確認させて頂きます。

(1)1990年の自殺率を測定する基準とした合理的根拠は何か
(2)1995年(増田県政開始年)の自殺率を測定する基準とした場合に上記の主張を維持するのか

筆者がこの2つの質問を通じて、加藤区議が設定した1990年という基準年を変更した場合に貴殿の主張である「①増田岩手県政下(1995~2005年)において、自殺率は低下傾向にある。」と「②岩手県は全国よりも自殺を抑制している。」の2点の主張を維持するのかを質問させて頂きました。

貴殿のそれに対する回答は、増田知事在任期間のサンプル数が少ないために「統計解析手法を使うことでの有意差の議論には疑問があるために、視覚的な感覚で論じざるを得ませんでした。」と認められたように、上記の主張は統計的に意味を為さないものであることをお認めになられたものと理解しております。つまり、見た目でギャップが一番大きくなる年度をあえて選ばれたと思われても仕方ありません。

貴殿は「私は工学博士として、データをまともに分析もせずに世に出し、間違った印象を与えることは絶対に許さない。」と主張されています。博士論文も拝読させていただきましたが、サンプルが少ないから「見た目の思い込み」で判断して良いという指導は中央大学大学院理工学科で所属されていた山田研究室でもおそらく認めておられないかと思います。

(3)元の統計データを故意に操作したグラフを用いた記事を公人である区議会議員が選挙期間中に公開した政治責任をどう取るのか

上記の回答と関連してくるのですが、①増田岩手県政下(1995~2005年)において、自殺率は低下傾向にある。」と「②岩手県は全国よりも自殺を抑制している。」という主張が意味をなさないことを事前に知りながら、それを統計上意味があるかのように工学博士の肩書を提示した上で公職である区議会議員として述べられたことは非常に遺憾です。

筆者は貴殿が博士号取得者でもなく区議会議員でもない方ならこれほど問題視しようとは考えていません。しかし、残念ながら、貴殿はその両方の肩書を提示した上でご意見を述べておられました。

したがって、選挙期間中に故意に作られたグラフで統計上意味のない記述であることを知りながら、真実性があるように披露したことは虚偽の情報を公開した疑いがあると思われても仕方がないと思います。

貴殿の上記の点についての政治責任に関する回答が無く、無責任な政治姿勢を示されたことについて非常に残念に思います。

(4) 中央大学大学院理工学研究科での博士号取得時までに「統計学」の単位を取得したことがあるのか

この点についてもご回答がありませんでした。ただし、統計学の単位を取得する際に統計分析を「視覚的な感覚」で論じて良いとすることは有り得ないものと思います。ちなみに、t検定程度は常識なので説明は不要です。

(5)「誤報という信念」という思い込みによる批判ついて謝罪を要求します。

上記の通り元々1990年基準のグラフを基にした統計上の意味が認められない分析を提示し、記事中の記載事実を「誤報」としたことについて加藤区議の謝罪を要求いたします。

そもそも、「誤報かどうか」は信念とは何ら関係が無いものです。筆者も加藤区議の政治的な御立場、そして街頭演説などで日々お忙しい中でついエキサイトされてしまったことも理解しております。

そのため、筆者としては難しいことは求めていません。統計上の意味が認められないデータで他者の文章を誤報と断定したことについて簡単に謝罪して頂ければそれで構いせん。よろしくお願いいたします。

最後になりますが、政治は絶対評価の結果責任であり、知事として自殺対策に十分な成果を残せず、岩手県政で自ら命を絶たなければならなかった人を数多く出してしまったこと自体、お人柄の良さそうな増田候補にとっても痛恨の極みだと思います。そのため、増田候補が都知事になられることがあれば、隣県である秋田県で当時実務的に始まっていた先駆的な取り組みを参考とし、岩手県政での経験も活かして、東京都政においても万全の自殺対策を打って欲しいと切に願っております。



本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。


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2016年07月30日

<公開質問状>本当に工学博士?増田・自殺率のグラフを並べてみた(笑)

さて、今回の記事は中野区の加藤拓磨区議がどのような統計的な操作によって読者をミスリーディングしたのか、ということを論証し、加藤区議本人にご自身が投稿した記事内容の妥当性について回答を願うものです。

まず、加藤拓磨区議が作成した自殺率(全国平均・岩手県)の統計グラフは下記の1990年の自殺率を基準としたグラフです。このグラフを用いて、加藤氏は下記の2点を主張しています。(元記事はこちら

①増田岩手県政下(1995~2005年)において、自殺率は低下傾向にある。
②岩手県は全国よりも自殺を抑制している。

1990年基準


しかし、これは基準年を1990年に設定するという恣意的な設定を用いた統計上の操作の結果に過ぎないと明確に申し上げておきます。

下記のグラフは1995年基準、つまり増田県政が始まった年を基準とした自殺率の推移です。これを見れば分かるように「全国平均よりも自殺率を抑制した」という事実は確認できなくなります。

1995年基準


では、増田県政が終了した2006年度を基準とした場合はどうでしょうか。やはり増田県政が自殺率を全国平均と比べて抑制したといえるものではありません。

2006年基準

増田県政よりも遥かに遡った1982年を基準にした場合、増田県政下では自殺率が全国平均と比べて随分高くなっているように見えます。

1982年基準

上記の通り、基準年を恣意的に操作したグラフを用いることで、操作者にとって幾らでも都合よく編集できることが明らかになったものと思います。

中野区の加藤区議が行われたことは1990年という何の根拠性も無い時間軸を基準として設定し、自分自身にとって最も都合が良いグラフを作って発表したに過ぎません。

以上の結果を見れば、加藤区議が主張する1990年基準のグラフを用いた、

①増田岩手県政下(1995~2005年)において、自殺率は低下傾向にある。
②岩手県は全国よりも自殺を抑制している。

の2つの主張は、統計的な見せ方の歪曲の上に成り立ったものに過ぎないということが言えます。(①については1990年基準のグラフですら論証不能)そこで、本記事では加藤区議に公開質問状として下記の4点の回答を要求します。

(1)1990年の自殺率を測定する基準とした合理的根拠は何か
(2)1995年(増田県政開始年)の自殺率を測定する基準とした場合に上記の主張を維持するのか
(3)元の統計データを故意に操作したグラフを用いた記事を公人である区議会議員が選挙期間中に公開した政治責任をどう取るのか
(4)中央大学大学院理工学研究科での博士号取得時までに「統計学」の単位を取得したことがあるのか

以上の点につきまして、公開質問とさせて頂きます。そして、回答期日は2016年7月30日中とさせていただきます。1990年を選んだ合理的根拠を提示していただくだけの話なので時間はかからないことでしょう。

私もデータをまともに分析もせずに世に出し、間違った印象を与える議員を絶対に許しません。統計データというのは医師が健康診断結果を見るようなものですから、医師の政治的な都合で診断結果が変わるようでは困ります。まともにデータが見られないのであれば、診察しないでいただきたいと思います。

以上です。

PS:筆者の増田氏に関する診断結果は「自殺率上昇を抑制できず、借金も約2倍に増やした無能な知事」です。この人物を自民党が推薦する理由は理解しがたいものでしたが、今回の件で改めて自民党議員の一部が山本一郎さんがおっしゃるように「低知能化ウイルスの集団感染」であることにリアリティが出ましたので合点がいきました。その点は感謝いたしております。



本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。


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2016年07月28日

鳥越・増田・小池、都知事選挙は「釈明力」を競う場になったのか?

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都知事選挙は各陣営の「釈明力」を競う場と化しているが・・・

今回の東京都知事選挙は参議院議員選挙との兼ね合いから公示日ギリギリに立候補者が出揃った経緯もあり、選挙期間中の週刊誌・ネットメディアの醜聞特集がなかなか激しい展開になっています。


まさに、今回の東京都知事選挙は各陣営の釈明力を競う場と化しており、どれだけうまいトラブルシューティングができるのか、という修羅場への対応能力が厳しく問われる状況となっています。

ある陣営は法的措置、ある陣営は文章で回答、ある陣営はブログで応酬など、様々な対応パターンが取られて、各陣容ともに味がある対応状況となっています。

これはこれで東京都民の酒のつまみを提供する「釈明劇」の見世物としては面白いと思いますが、本人が自分の言葉で認めた内容はともかく、過去に取り上げられたネタの焼き直し、一方的な証言で反証不能なものなどが並ぶ状況は健全な言論環境とは言えないかもしれません。

いずれにせよ、女性問題という政治的な振る舞いとは別次元の話題が選挙での投票基準として重要な要素となってしまっていることは一都民として非常に残念です。

日本も米国式のジャーナリズムのあり方を参考にするべきだと思う

筆者は公職に立候補している公人の人物評価の観点からの厳しい意見・表現の提示を否定するものではありません。むしろ、第三者が事実検証できるなら今後も積極的に行われるべきだと考えています。


ただし、その内容は、統計データ、公的発言記録、メディア上の発言などを組み合わせた第三者による検証可能な内容を基本とするべきだと考えています。第三者で検証可能な証拠に基づいた議論であれば、データの解釈を巡って論争が起きることを通じて、候補者自身や政策についての理解が深まることにも繋がります。

筆者も辛口の批評を行うタチなのですが、基本的な証拠内容が共有されていれば、得られたデータをどのように解釈して提示しても分析者の自由であり、それに反証したい人は自ら論証して自分が信じている価値ある情報を提示すれば良いと思っています。

たとえば、米国の大統領選挙では立候補者同士の討論内容は各人の主張自体は自由ですが、数的根拠や事実確認はテレビ中継の間に事実確認チームが検証して討論終了後に各候補者の発言内容の誤りが発表されます。また、誰が何分間・何の話をしたか、ということが集計されて発表されることで、立候補者の関心事項を客観的に測定する試みも行われています。

米国でも女性問題なども話題になりますが、それ以上にジャーナリズムのレベルが根本的に高いと感じます。日本でももう一歩踏み込んだ民主主義の発展に寄与するジャーナリズムが生まれれば素晴らしいと思います。

東京都知事選挙が健全化するためには「所定の任期を全うできる知事」が必要

東京都知事選挙が「釈明力」を競う場になっている理由は幾つかあります。

第一の理由は「知事が突然辞任したため」に「1か月後に知事になれる人だけが中途半端な準備のままで出馬する」状況になっているということです。ある日突然に知事が辞職したタイミングに合わせて出馬の準備ができる人はほとんどいません。少なくともやり手の経営者や売れっ子タレントでは目の前の仕事を短期間でキャンセルできる人はいないでしょう。また、およそ公示前の討論会を前提とした場合、1週間程度で政策の準備を行う必要がありますが、それも候補者個人の力量だけでは不可能だと思います。

第二の理由は「都議会各会派が知事選挙に即応できる政策研究を怠っている」と思われることです。都知事が突然辞任したとしても、都議会が存在している以上、各会派は都知事選挙の政策集を常備するくらいの練り上げは行っておくべきです。都議会議員には1人・年間約2000万円以上の都民の税金による維持費がかかっており、都民の信頼に応える政策立案活動を日常的に行っておくことが期待されます。

第三の理由は東京都の情報公開の体制の悪さです。東京都政の政策を検証して政策立案しようにも、他の都道府県と比べて政策評価に基づく情報公開が極めて貧弱だと思います。したがって、東京都民が政策論争を理解するための情報が少なく、候補者も短期間で政策を仕上げることが困難になっています。

以上の理由から、今回の東京都知事選挙は政策論争が行われる余地が少なく、候補者自身の身体検査中心の「釈明力」を競う場になっています。ちなみに、政策的に十分な準備を持って臨んだ候補者の事例として、2011年の東国原英夫氏が作成したマニフェストを参考事例として紹介しておきます。(東国原英夫氏の2011年マニフェスト 

http://www.maniken.jp/pdf/2011tokyo_higashikokubaru.pdf)


2011年当時は東日本大震災の最中であったため、残念ながら十分な政策論争はありませんでしたが、今回各候補者が東国原氏の政策集レベルのマニフェストを最初から発表できていれば、今回同様に身体検査が厳しく問われたとしても、政策の存在が盾となって現状よりも内容がある論争が行われたのではないかと思います。ちなみに、選挙戦終盤になって各陣営の政策が徐々に整備されてきたことは喜ばしいことです。

次回の東京都知事選挙は「選挙公示日の半年前」から、各政党には都民公開で候補者選考を行うような形にして頂き、都民の納得度が高い内容の濃い選挙にしてもらえると一都民としては嬉しい限りです。


超一流の謝り方
千田 琢哉
総合法令出版
2016-03-23


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yuyawatase at 23:00|PermalinkComments(0)国内政治 | 社会問題

プレジデントの記事を誤報呼ばわりする中野区議の方へ


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区議さんの面白い記事を見つけたので紹介しようと思う

「増田県政と自殺率を結びつける記事は“誤報”だ --- 加藤 拓磨」

筆者がプレジデント誌に寄稿させて頂いた文章について「誤報」であるという恣意的な発表をされている区議会議員さんを見つけたので区議さんの御発言を少し訂正しておきたいと思います。

筆者が言いたいことは「見解が異なる」ということであり「誤報ではない」ということです。

まず誤報の定義を確認すると、デジタル大辞泉によると、

ご‐ほう【誤報】

まちがった知らせ。報道されたことが事実と違っていること。

とされています。区議さんも確認された通り、筆者が文章に掲載した統計に間違いはなく、同氏の言葉の使い方自体が誤報です。

さて、では筆者と区議さんで何が違うのかというと、統計データの解釈の違いです。この点については今回の区議さんのように様々な解釈の違いが出てきて意見が戦わされることは良いことだと思っています。

そこで、本稿では、筆者と区議さんの間の見解の違いが何故生まれるのか、ということについてまとめました。面白い議論だと思うので読んで頂いた方が自由に解釈をして頂ければ結構です。

政治家は「誰に対して結果責任を背負っているのか」という見解の相違について

筆者がプレジデント誌で指摘したことは「増田県政で自殺率が急上昇し、達増県政で自殺率の全国平均との差が縮まったという指摘」であり、県議会の議事録も増田県政当時の岩手県議会で自殺問題への対処が課題となっていた、ということに過ぎません。

実際、区議さんが「自殺死亡率の変化倍率の年次推移(岩手・全国)」を作成して改めて証明したように、どんなに数字を加工してみたところで、増田氏の在職中に自殺率が急増し、後任の達増県政においては全国平均と比べて自殺率が下がっている事実は動かしようがありません。むしろ、わざわざ1990年基準の比較表まで作って頂いて有り難い限りです。

その上で、政治家としての資質と責任を問う場合、上記の議論ですら的外れだと思います。政治家の仕事は「全国的に自殺率が高かったから、うちの自治体も自殺率が高くても問題なし」というものではないからです。

この理屈で済むなら「知事」は誰でも良いことになるでしょうね。良い点も悪い点も全部当時の社会のせいにしたら良いんじゃないですか、と思います。それなら、我々は何のために選挙を行わされているのか疑問です。

たとえば企業経営者が「日経平均が下がっているので我が社の株価も下がって当然です」と株主総会で述べたなら、株主から「では、経営者は代わってもらって結構です」という話になるだけのことです。

区議さんは統計の解釈は医師が健康診断を見ることと同じと述べていますが、「隣の病院の患者も亡くなっているので、うちの病院の患者も亡くなっても問題なし」という医者にはちょっと怖くてかかりたくないものです(笑)

当該地域の住民によって選ばれた首長は地域の有権者に対して責任を持っているのであり、その成果は相対評価ではなく「絶対評価」で判断されるべきだということが筆者の主張です。

区議さんは国土交通省の御出身、つまり増田さんの後輩に当たる方ですが、自らの政策の結果責任を背負わない役人気分が抜けないまま政治に携わられているのではないかと思います。

都知事候補に凡庸な成績の首長をわざわざ推薦した説明責任を果たしてほしい

したがって、全国平均と同様に岩手県の自殺率が上昇し、増田県政よりも達増県政のほうが全国平均との自殺率の差が少ないという記事に何も間違いはありませんし、区議さんが作成した図を見ても同じ結論しかでないと思います。

区議さんのご意見に百歩譲って「他自治体の自殺率も高かったから増田氏も問題なし」という理屈を採用したとしても、増田氏が「凡庸な手腕の知事だった」という理解になるのではないかと思います。

何がしたいのかさっぱり理解できませんし、東京都もいつまた不況が深刻化するか分かりませんので、その時のためにやはり増田氏はご遠慮願いたいものです。

増田氏を区議さんが自分で選んだわけではないと思いますが、東京都民は優秀な人材が東京都知事になってくれることを求めています。

せっかくなのであえてお聞きしたいのですが、「不況の時代のせいにしないとトラックレコードが悪かったことを言い訳できない」自治体経営者を東京都民にわざわざ推薦する理由は何でしょうか?自民党の人材ストックはそれほどまでに枯渇しているのか、と思わざるを得ません。

時間と労力を使って増田氏の凡庸さをアピールする暇があるなら、もっとポジティブな点を積極的に東京都民に伝えてほしいと思います。たとえば、増田氏なら事務事業評価などはしっかりやってくれそうですが、そういう点をPRしたらどうでしょうか?

最後に誤報ではないことをデータを用いて証明してくれた区議さんの実務力と努力に改めて称賛と御礼を申し上げたいと思います。人様の文章に批判にすらならない難癖つける前に、東京都民に是非ご自慢の統計力で増田県政の褒められる点を実証して頂きたいと思います。


 
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yuyawatase at 14:04|PermalinkComments(0)国内政治 | 社会問題

2016年07月27日

増田寛也氏が都知事になって改革できそうなことを考えた

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増田寛也氏の政治姿勢を批判してきたが、良いところも考えてみたいと思う

増田寛也氏の岩手県知事時代、そして総務大臣時代の実績を散々批判してきましたが、今回は増田寛也氏が東京都知事になった場合に期待できそうなことについて考えていきます。

増田氏は改革派知事でならした人物であり、彼の全盛期に全国的に流行った改革手法はNPMと呼ばれる行政経営の手法です。その代表的な方法は事務事業評価という役所の最小単位の事業を個別に改革改善していくための政策の見直し活動です。

増田寛也都知事に期待できることは「事務事業評価の全面公表」の実施

実は東京都庁は13兆円の予算規模のために図体があまりにデカすぎることから、事務事業評価及びその評価結果の公開がまともに行われていません。

そのため、東京都の情報公開結果を見たとしても、東京都庁にとって都合が良い計画情報などが掲載されているばかりで、その具体的な事業の執行結果について東京都民が手軽に知る方法はありません。

岩手県庁は数年前までのデータではありますが、インターネット上で政策評価(事務事業評価)を見ることができるため、評価結果については若干疑問があるものの、県民から見た場合に非常に分かりやすい情報公開がなされています。

これらの政策評価情報のネット上での公開度は岩手県が東京都よりも優れていることであり、増田氏が都知事になった場合に地味に改善されそうな気がしています。

改革派知事として現場のムダ取りを実現する手法の第一歩を実現できるかも

増田氏はテレビ番組でムダ取りをしていくと言明していましたが、無駄取りの第一歩は事務事業評価の徹底・公開です。少なくとも1年目は問題がある事業を炙り出すことについて非常に効果があります。

仮に増田都政に期待するとしたら、唯一のこのことだけはしっかりやってほしいものだと思います。おそらく増田都政は既得権でガチガチになることが目に見えており、大型公共事業の見直しなどの大味なことはできないんじゃないかと想像されます。

しかし、同時に教科書的なセオリー通りの改革に着手されることも期待されるため、現場の細々とした事業の見直しは地道にできそうなので、上記の事務事業評価が入るならば個別の小規模な事業については東京都民からの自浄作用が働くようになるものと思います。

他の点については増田氏の良さは筆者には分からないのですが、非常に地味で意味がある改革として、増田都政が実現する可能性があるなら、事務事業評価の徹底・公開だけはやってほしいと思っています。


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yuyawatase at 21:45|PermalinkComments(0)国内政治 | 社会問題

「東京一極集中」から「東京の多極化・成長」に議論を変えるべき

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東京都の課題は「東京の一極集中」ではなく「東京の多極化・成長」である

今回の東京都知事選挙は「東京-地方の共存」を持論にする候補者が出てきたこともあり、東京都の成長の観点から周回遅れの議論が延々と繰り返されている印象を受けています。

筆者は「東京への一極集中は進むことは必然」であって、それを無理やり政策的に是正しようとすることは不可能であるばかりか都市成長の自然な流れを阻害する有害な試みでしかないように思っています。

1960~70年代に叫ばれた地方の都市開発は完全に失敗し、直近は地方創生の名の下に焼き直されたバラマキ政策は失敗の山を積み上げ続けています。むしろ、現在の私たちが受け入れるべきは「東京一極集中」を前提とした更なるビジョンであって、それは無駄に開発した地方のインフラを再稼働させることではありません。

奇しくも増田氏が自らの著作で語っているように、地方経済は民間経済、年金、公共事業で3分の1づつ成り立っているわけで、もはや地方経済は自分たちの力だけでは足腰が立たないほどに衰退しており、そこにテコ入れしたところでほとんど効果が無いものと思います。

現在の東京都・日本にとって必要なことは、東京都という国際的な競争力を持つ都市の潜在力を解放して圧倒的なプレゼンスを発揮できる体制を構築することです。都市の力の解放によって国民の中長期的な所得・生活環境を向上させる事が求められています。

そのためには、東京一極集中を所与のものとし、むしろ巨大化した東京の多極化を推進することで更なる成長エンジンを稼働させることが重要です。

東京都庁への権限集中を是正し、東京23区を複数の政令市に再編するべきである

現在、東京23区の都市開発権限は都区制度によって東京都庁に権限が集中しています。つまり、東京23区は独自の都市開発・産業政策の立案が制限されており、東京23区間の競争の優劣は各特別区の努力ではなく東京都庁の一存で決まる状況となっています。

本来であれば、東京23区は小規模な県程度の人口を単独で保持しており、都市計画も産業政策も自由に決定できるだけの人口規模を有しています。しかし、戦時体制の一環で構築された都区制度は特別区住民から自治権を奪い、東京都区部の動員体制を構築されたままの有様です。

いわゆる東京都議会の伏魔殿問題とは、都議会議員個人の素養の問題というよりも東京23区という金の卵の都市開発の差配権が一握りの部署の権限として集中していること自体に問題の本質があります。
 
東京23区の更なる成長を実現するためには、東京都庁の肥大化した権限を23区に分権することを通じて東京都内の都市間競争を活発化させていくことが重要です。東京圏に人口が集中する一極集中はもはや前提であって、今後の課題は東京の受け皿としての力・そのポテンシャルを最大化するための「東京の多極化・成長」が重要なのです。

そのため、東京23区を複数の政令市に再編して権限を移譲することを検討していくべきでしょう。各政令市が都市計画・産業政策で鎬を削ることによって、東京都民の所得・生活環境が向上していくことにつながるからです。

この方向性に進んでいくことによって多摩地域や神奈川・埼玉・千葉などの周辺都市の開発も進展し、ポジティブな都市間競争が進んでいくことが想定されます。東京-地方の問題は時代遅れの問題設定であり、今後は東京・関東圏への人口集中に対応した都市開発・都市間競争が社会的なテーマになるべきです。

5000万人規模の世界最大級の複数のメガシティ―が競合する地域へ変革を遂げる

既に関東圏には3500万人の人口が集中しており、日本の人口の約25%以上が集住している状況となっています。今後、地方の経済衰退・高齢化の進展を通じて、関東圏への人口集住の割合は一層加速度的に増加していくことになるでしょう。

都市化の進展に纏わる問題として良く指摘される震災の影響などは都市開発が進んでいる地域の方が被害が少なく、出生率の低さなども都市からの財政移転を縮小して子育て予算に振り向けていくことで解決していくことが本来の筋論です。

都市部の問題は都市からの財政移転による資金流出によって、都市化に伴う問題を解決するための予算を取り戻すことで克服していくことが可能であると思われます。日本国民が都市化によるメリットを最大限に得るためには、都市からの財政移転による都市・地方の中途半端な開発ではなく都市に徹底的な集中投資を選択するべきです。

そのため、筆者は関東圏に人口5000万人を集中させて圏内に誕生する人口300万人程度の都市群が経済・生活環境に関して積極的な善政競争を行う方向性を目指すべき、と考えています。

東京-地方の問題などは既に決着がついたテーマであり、ノスタルジアに駆られた政策議論を堂々と行う選挙は今回の東京都知事選挙でケジメとして終わらせるべきでしょう。

東京は世界を見据えた都市間競争に議論の舵を切るべきであり、「東京一極集中」を更に踏み込んだ「東京の多極化・成長」という段階の議論に進むことが望まれます。



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2016年07月26日

「インテリンチ」の衰退、そして国民が自らの声を取り戻すとき

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メディアが大衆を罵倒する「インテリンチ」の横行、マスメディアは自己崩壊過程に突入中

「インテリンチ」は筆者の造語であり、簡単に言うと「大学教授やジャーナリストなどのインテリの人々が大衆自身及び大衆が支持する政治家・政策をメディアの紙面を使って罵倒(啓発)する行為」を指します。

一昔前まではこれらの有識者を僭称する人々とマスメディアの力が結託することを通じて大衆向けの印象操作を実施し、それらによって情報力が相対的に不足している人々が妄信させられるという傾向がありました。

しかし、現代社会ではもはや現実から遊離したメディア上の権威による言葉は人々には届かなくなっている・信用されなくなっている状況が生まれています。

そして、マスメディアは自らが報道している内容が大衆から信用を失っているにもかかわらず、大衆を啓発するつもりで罵倒を続けています。インテリンチの無意味さ・陳腐さに気が付かないマスメディアは崩壊過程の中にあると言っても過言ではありません。

米国の大統領選挙・英国のEU離脱国民投票もインテリンチとは真逆の結果に・・・

たとえば、米国ではトランプ氏に対するメディアの罵倒は日々繰り返されているわけですが、共和党大会後のトランプ氏の実際の世論調査の数字は跳ね上がり、ほぼ全ての世論調査の数字でヒラリーを上回る状況が生まれています。

日本に入ってくる米国大統領選挙の報道内容は米国の報道または権威を経由した情報を垂れ流しているため、実際の米国の大統領選挙の支持率とはほとんど関係がないインテリンチ系の情報ばかりです。

筆者は昨年の予備選挙段階から筆者は一貫してトランプ勝利を予測してきましたが、日本国内に入ってくる情報は常にトランプ敗北予測という一面的で誤った情報ばかりでした。

また、英国でもEU離脱に関する国民投票について、離脱派に対するインテリンチは英国民の行動に影響を与えず、順当な結果としてEU離脱派が勝利することになりました。現在も離脱派に対するインテリンチは継続中であり、英国大衆の世論とは遊離した偏った報道を日本でも目にすることが多いことを残念に思っています。

米国支持率調査
(最新の米国大統領選挙の世論調査、メディアのインテリンチ下でもトランプ圧勝の構図に)

これらの現象は象牙の塔に閉じこもった学者の発言やイデオロギーで目が曇ったジャーナリストの報道などへの信頼が崩壊し、まさに人々が自分の生活実感に基づいた政治行動を行うようになっていると言えるでしょう。少なくとも政局同行を捉えるにあたって、それらのインテリンチ報道の情報価値は極めて減退している状況となっています。

参議院議員選挙・東京都知事選挙を通じて「インテリンチ」の無力化が進みつつある

日本でも、参議院選挙における改憲3分の2の阻止、ジャーナリスト鳥越氏による空疎な非核宣言、学者による反知性主義批判など、戦後民主主義を形成してきた左派メディアの言葉は有権者に全く届かなくなっています。それらの言論の支持世代を見てもノスタルジアの世界に生きる高齢男性と現実を知らない一部の若者らが支持しているにすぎません。

インテリを僭称してきた人々の言葉が実は生活実感とはかけ離れたママゴトのようなものであり、人々の生活の改善とは結びついていないことが明らかになったことで、権威的な大手マスメディアの影響力は下がる一方という有様です。

東京都知事選挙でもマスメディアには主要3候補者という絞り込みを行う力はあっても、その三者の戦局を左右するだけの影響力はもはや持ち合わせていない状況となっています。また、多くの人々からはそれらの絞り込みすら懐疑的に見られており、上杉隆氏のような論客がネット上では静かに注目を浴びる状況も生まれています。

「インテリンチ」によるマスメディア衰退は「国民が自らの政治的な言葉を取り戻す」ことにつながる

長年インテリンチに従事してきた鳥越俊太郎氏の週刊文春に対する二重基準の対応を受けて、日本でもメディアによるインテリンチは急速に更なる信頼を失うことになるでしょう。

筆者はインテリンチが信用を失うこと、マスメディアが影響力を失うことは良いことだと考えています。なぜなら、その結果として、国民が自分の政治的な言葉を取り戻すようになるからです。

インテリンチの無意味化によって、メディアや有識者らが設定したポリティカルコレクトネス(政治的に正しいこと)を述べることが求められる政治から自分が思ったことを率直に述べることが許される政治に変化していくことになります。

つまり、単なる儀礼的な作法と化していた政治的な議論が生命を取り戻し、国民が自らの声で国の方向性を決める力を得ることができるのです。日本の政治も長い政治的な言論の不毛な状況から抜け出すきっかけを掴むところまできています。



本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。

 

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yuyawatase at 07:00|PermalinkComments(0)国内政治 | 米国政治

2016年07月25日

ニコニコ討論会、政策に切り込む上杉砲が炸裂した

無題
(鳥越俊太郎氏が欠席する中で各候補者の激論が交わされました)

後半戦に入って安定のメンバー、上杉隆氏の戦闘能力の高さというイレギュラー発生

増田氏、山口氏、小池氏、上杉氏、中川氏の5名がニコニコ候補者ネット討論会を拝聴させて頂きました。

各人が非常に具体性に富む意見を述べており、非常に見応えがある内容になったものと思います。選挙戦も後半に差し掛かってきており、増田氏・小池氏はメディアで報道されている通りの安定した内容語りでした。中川氏についても自論の市町村への分権が炸裂して面白かったです。(討論詳細に興味がある人はこちらをどうぞ

筆者の所感では今回の討論会で最もポイントが高かった討論者は上杉隆氏です。具体的な財源や数字に基づく論理構成で鋭く突く議論を展開、特に地方法人特別税に関する増田氏とのやり取りは都民の怒りがそのまま上杉氏による怒りとして乗り移ったように見えました。

増田氏の議論自体は悪くなかったが、それ以上に上杉隆氏の頑張りに都民として共感した

途中から何故か司会者が増田氏を庇わなければならないほどに岩手時代・総務大臣時代の実績を巡ってフルボッコ状態の討論会でしたが、その中で増田氏も行政経験者としてつつがなく対応していたように思います。

その中で上杉隆氏の討論が最も鋭かったポイントは、毎年約2000億円の地方法人特別税廃止後にその代替財源として決まっている東京都の法人住民税・毎年約3200億円の地方への巨額の移転についての賛否を増田氏に追及した点です。

むろん、東京都知事としての賛否なのだから国会で決めたことだという答弁に意味がないと思います。したがって、この仕組みに対して明確に反対を述べることが都民の税金を守るということになります。

なぜなら、この東京都からの法人住民税の地方への巨額移転を止めることができれば、介護・保育そのための予算を捻出することは容易だからです。上杉氏が指摘したように都内の介護士の月収10万円上げても110億円で済むことから、この法人住民税の移転への賛否こそが東京都民のために働ける人かどうかのメルクマールになるのです。

この廃止に賛成であれば増田氏も十分に東京都民の味方なのでしっかりと答えてほしかったです。(司会も含めてウヤムヤにされてしまいましたが・・・)

「東京に恩返ししたい」という上杉氏の当たり前の主張が素晴らしく見える異常事態

ちなみに、司会者が地方法人特別税は増田氏の責任ではないという擁護をし、増田氏もそれに対して「違います」と同意していましたが、自分が在職時の政策決定の責任を取りたくないなら総務大臣職を引き受けなければ良く、有権者に対して責任を負う決定を行う政治家の理屈として根本的に間違っています。

また、増田氏が借金の原因として述べていた整備新幹線の県負担は約950億円、県立大学は450億円超で、増田県政時代に積み上げられた借金約6000億円の約25%に過ぎず、それによって県の借金が積みあがった主要因とすることは無理があることも付記しておきます。

自分も増田氏にあまり言及したい訳ではないのですが、質問への答弁が気になる点が多すぎて仕方がありません。

それにしても、今回の都知事選挙に出馬している様々な候補者の中で、まともに政策議論ができる人が出てきて言いたいことを全部言ってくれたことに感謝したいです。正直ほとんど誰も都政に興味が無いんじゃないかと錯覚しそうな勢いだったので・・・。

上杉氏の参入(最初から参入していたんだが・・・)によって、政策論争がやっと熱くなってきました。東京都に恩返ししたいという出馬動機も本当に血が通った熱気を感じるものであり、今回の候補者らにもっとも欠けているものを持った人物が現れた形です。

討論企画を上杉隆氏込みで毎日続けていくことで本当の問題が分かると思う

今回の東京都知事選挙では上杉氏が討論会に参加できる機会はもうほとんど無いと思うのですが、東京都のことを真剣に考えられて政策の勉強もされていることが良く分かりました。

政策内容としては2・3日程度の付け焼刃ではなく、じっくりと練りこまれたものであることが傍から見ていても分かります。本来であればこのような候補者を会場に招いて議論することが当然であり、従来までの有力な討論者の一部が来ないからといって討論会自体を止めてしまうテレビ番組の在り方などは報道陣としての見識が問われるものと思います。

個人的には上杉隆氏を含める形で毎日討論会を開催していただくことで、東京都民が現在の東京の何が問題なのか、ということをしっかりと理解できることになると思います。上杉氏の今後の活躍にも期待しています。






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yuyawatase at 02:58|PermalinkComments(0)国内政治 | 社会問題

2016年07月24日

小池百合子氏一歩リード、彼女の東京都政は信用できるか?

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(小池百合子氏とともに遊説する「かがやけTokyo」おときた駿都議会議員)

小池百合子氏は信用に足る人物なのか?という都民の声が存在していることも事実

小池百合子氏は「機を見るに敏」という言葉が相応しい政治家としての嗅覚で生き残ってきたタイプの人物です。その才覚を生かしてクールビズなどの社会改革をメディアを通じて実現した実績もあり、世の中の流れを掴むセンスが優れた政治家であると言えるでしょう。

一方、日本新党⇒新進党⇒自由党⇒保守党⇒保守クラブ⇒自由民主党、という政党遍歴から、約束された都政改革、つまり伏魔殿に潜む闇の退治が実現されるか?ということについて東京都民が疑問を持っていることも事実でしょう。

たしかに、小池氏の政党遍歴を見る限り、小池氏の都民との約束が守ること、への信憑性がどこまであるかということについて、筆者も含めて小池氏単体ではイマイチ心配な部分もあると思います。

そこで、今回の記事では、東京都知事選挙では、無党派=小池、自公日=増田、共産・民進・社民・生活=鳥越、という構図だけでは語りえない地方選挙特有の構図について触れていきます。

小池百合子氏を応援する「謎の勢力・かがやけTokyo」とは一体何か?

小池百合子氏は実は政党からの支持を全く受けていないわけではありません。小池氏は「自由を守る会」という東京都の地域政党からの支援(推薦・公認は無し)を受けている状況です。

普段、国政選挙にしか関心が無い人々にとって、地域政党の存在自体がそもそも馴染みがないかもしれません。同党は自立した国民と自治体議員のゆるやかな連帯に基盤を置いて地域主権型の運営されているローカルな組織です。

自由を守る会の代表は都議会会派「かがやけtokyo」の上田令子氏が代表を務めています。かがやけTokyoは「『開かれた都政』『徹底した規制改革』『豊かさの実感できる生活環境』の実現を目指し、国や官僚ではなく、地域が主役となった政治改革をここ東京都から進めていきます。」という都政に特化した都議会議員の政策集団と言い換えることもできます。

現在、かがやけTokyoに所属している議員は、上田令子、両角譲、おときた駿氏の3名ながら、都政に関する情報発信という意味では他会派よりも群を抜いた存在感を示しています。特におときた駿氏はブロガー議員として日本で最もネット上の発信力を持つ地方議員です。

今回の舛添辞任は「かがやけTokyo」に所属している「おときた駿」都議会議員が議場で舛添知事の豪華出張について追及したことがきっかけとなり、舛添知事の様々な問題が表面化した経緯があります。

小池百合子氏が都民との約束を守れるかは「かがやけTokyo」の活躍次第?

今回はかがやけTokyoは小池百合子氏を支持する姿勢を見せており、小池百合子氏が同会派の方針を踏まえた活動を行うのであれば、従来よりも開かれた都政運営が行われることに期待感が持てます。

ただし、都議会の圧倒的多数は自公民所属議員であって、かがやけTokyoからの支援を受けたところで、議会運営を行っていけるわけではありません。したがって、冒頭解散を標榜する小池氏でも実際の都政運営については自公民との間で何らかの妥協を行う必要が生じていくものと思われます。

その際、少数会派ではあるものの、かがやけTokyoが東京都民に対して適切な情報配信を実施することによって、仮に小池氏が都民の約束と誤った方向に動いた場合に「鈴の機能」を果たすことが期待されます。

そして、鈴が鳴るべき時に鈴が鳴らなければ小池氏が約束する都政改革は失敗することになるでしょう。かがやけTokyoが自分たちが支援した小池氏に対して彼女が誤っているときに牙を剥けられるだけの度胸がある集団か、ということが問われるわけです。

今回の選挙に際して、小池氏自身の政党遍歴から信用力に対する疑問については筆者も同感です。そのため、彼女を支援する「かがやけTokyo」の舛添都政を追い詰めた調査能力・政治手腕・政治姿勢についてどの程度信用するのか?ということと併せて検討するべきでしょう。

小池氏が現在の報道各社の世論調査の通り当選した場合、少数会派のかがやけTokyoの都議会議員の活動が都政の命運を左右するという興味深い状況が生まれることになります。

小池氏の経歴もかがやけTokyoという少数会派も信用できないよーという意見も当然です。筆者もこの組み合わせがどうなるか、ということについて東京都民にオススメできるか微妙なところです。

東京都知事選挙という地方自治体の首長選挙ならではの状況、その良し悪しを判断するのは東京都民の判断ということになるでしょう。

ギャル男でもわかる政治の話
おときた駿
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2016-06-16


地域政党
村山 祥栄
光村推古書院
2012-12






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*一部指摘を受けまして地域政党「自由を守る会」と東京都議会会派「かがやけTokyo」が支援しているということです。(代表者は一緒)記事修正させて頂きました。 

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yuyawatase at 21:40|PermalinkComments(0)国内政治 | 社会問題

中川暢三氏:「都議会伏魔殿対策」に「正しい処方箋」を提示

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東京都知事選挙の「真の争点」は都議会伏魔殿の根絶にある

「都議会伏魔殿」という言葉は何十年も前から使用されてきた言葉であり、今回の東京都知事選挙では注目を浴びている言葉です。しかし、「都議会の何が伏魔殿なのか」ということについて詳細に検討された解説はほとんどありません。

筆者は、都議会伏魔殿化とは、東京都議会というメディアの注目度が低いブラックボックスの地方議会であるにもかかわらず、総額13兆円にも及ぶ巨額の予算の差配権を一手に握っている状況が引き起こす問題、であると理解しています。

戦時中に導入された東京都制(つまり東京都庁が特別区を事実上統括する特別区住民の自治権が制限された状況)は、戦後の高度経済成長を経て東京都が膨大な経済力を背景に予算を拡大し続ける中で深刻な政治腐敗をもたらしました。

東京都内の特別区は都市計画に関する決定(再開発・大規模開発など)についての権限が東京都庁に没収された状態にあり、東京都の強い管轄の下に事実上置かれた状況となっています。つまり、23区全体の開発利権が東京都庁・都議会に集中した状況になっているのです。

実際、1965年には自民党議員が17人も逮捕されるような大疑獄事件(巨額の交際費を持つ議長職を巡る贈賄など)が引き起こされたこともあり、当時も東京都議会は伏魔殿と呼ばれて政治の浄化が謳われましたが、注目度が低い東京都、しかも都区制度というマニアックなテーマは都民の関心を得ることはほとんどありませんでした。

元加西市長・中川暢三氏が訴える「市区町村への分権」という地味だけれど正しい処方箋

喉元過ぎれば熱さを忘れる都政改革を根治するためには、東京都の制度自体を完全に変革することが必要です。今回の東京都知事選挙では元加西市長の中川暢三氏が出馬しており、東京都から特別区への都市開発に関する権限の移譲などを訴えられています。

中川暢三氏は2005年(平成17年)に加西市長に当選して大規模な行財政改革を推進し、市議会・市職員との衝突を経てリコールされるも再選を果たした筋金入りの財政改革論者です。今回、自民党・公明党推薦の増田寛也氏が岩手県の借金残高を約2倍にした実績と比べると中川氏は対照的な存在であると言えます。

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(中川暢三氏が市長を務めた平成17年度~平成23年度で加西市市債残高は激減)

在職期間中は財政調整基金の減少などの問題も一時的に発生しましたが、任期終了時にはそれら基金の金額も一定レベルまで回復する市政経営の手腕を見せた実績があります。ただし、それらの財政改革の手腕に反発した市議会・市職員組合の抵抗にあい、2011年(平成23年)の市長選挙では敗北することになりました。

その中川暢三氏が都議会伏魔殿への根本的な解決のための処方箋として提示している手法が「市区町村への分権」ということになります。つまり、都民の目が届きにくい東京都から根本的に権限を取り上げ直して、住民に近い基礎自治体で物事を決めていけるようにしよう、ということが主張の核となります。

マスメディアは主要三候補者以外の報道を行うようにしてほしい

中川暢三氏の実績は今回の東京都知事選挙出馬するにあたって、他候補者と遜色ないものであり、過去に議会との衝突などの問題があったとしても、十分に議論に値する政策を掲げている候補者であるように思われます。

主要政党の候補者推薦基準が東京都民から見て非常に不可解である現在、主要三候補者以外の候補者の実績・人となりなどの情報を有権者は求めているのではないか、と肌感覚で感じています。

少なくとも中川暢三氏は市長という公職を務めた人物であり、その政策内容が取り上げられて然るべきでしょう。各陣営の垂れ流すキャッチフレーズや過去の実績などをほぼ何も検証することなく、そのまま東京都民に伝えようとするメディアの姿勢に強い疑問を持っています。

東京都民の皆様には各候補者の面白政策を比較してみることもお勧めします。各候補者の政策の比較は、

東京都知事選挙2016「政策比較表」

で見ることができます。投票する前に吟味してみると意外と面白い候補者がいるかもしれませんね。



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