トランプの大統領令・覚書「行政国家の解体」という本質日経新聞の欧米政治に関する偏向報道が酷すぎる

2017年03月07日

トランプ「新大統領令」の真の狙いを検証する

新大統領令
<ロイターから引用>

トランプ大統領が「訴訟対策版・一時入国禁止に関する新大統領令」に署名

3月6日、トランプ大統領が1月27日に署名した旧大統領令を更新する新大統領令に署名しました。この大統領令の主な狙いは国内訴訟を回避するための修正を施すことにあるものと思われます。

トランプ大統領による旧大統領令は地裁・高裁で違憲判決を食らって執行停止状態となっていますが、そもそも米国大統領は入管規制を行う権限を形式上有していることは司法省が確認しています。

では、なぜ前回は違憲判決を受ける結果になったかというと、立法趣旨が宗教差別を認めない合衆国憲法に触れる、ということで違憲になったという経緯があります。つまり、形式上は問題ないけれども、選挙期間中の発言や旧大統領令中の規定からイスラム差別と読み取れるという判断が下されたわけです。

具体的には、旧大統領令中の、

・合衆国は暴力を振るう、憎悪する(名誉殺害、女性への暴力、自らと異なる宗教を実践する人々への迫害)、または人種、性別、性的指向を侮蔑する人々を認めない。

という文言と、

・迫害を受けている少数派の宗教を信じる難民は優先的に受入れいる、

という方針がセットになって、トランプ政権はイスラム教徒とは一言も名指していませんが、

「これはイスラム教が多数派を占める国を対象とした入国制限であり、宗教差別で違憲だ!」という論理構成を立てられて、裁判闘争でトランプ政権は民主党側に一本取られる形となりました。

実際には旧大統領令の入国禁止国は元々オバマ政権時代からのテロリスト渡航防止法の対象国であり、全イスラム人口に占める割合も高くないために、完全に油断していたトランプ政権は自らの支持基盤であるキリスト教団体らの意向を不用意に反映し過ぎてしまったと言えるでしょう。(イスラム教国でキリスト教徒が迫害されているという国際的なキリスト教団体などのレポートが影響したと考えます。)

ちなみに、民主党側の狙いは「最高裁での違憲訴訟勝利」⇒「連邦議会への大統領弾劾」だったと思いますが、政治的な危険を察知したトランプ政権が方針転換を実施し、今回の大統領令からは上記の趣旨が消えたことで、民主党側は思惑通りに物事を進めることが難しくなりました。

新大統領令の狙いは「シリアへの地上軍の派兵」であると推測する

筆者は以前からトランプの一時入国禁止の大統領令は「シリアへの地上軍の派兵」に向けた予防的措置であるという仮説を主張しています。

入国禁止措置でトランプの頭がおかしくなったと思う貴方へ(2017年1月31日)
トランプ側に立って入国禁止の合理性を検証する(2017年2月4日)

今回の大統領令からはイラクが対象から外れることになりましたが、イラク政府のアバディ首相は先月にペンス副大統領とミュンヘン安全保障会議で面会した際に、イラクを大統領令の対象から外すように求めていました。ペンス大統領はイラク政府の対ISISへの協力を高く評価しています。(マティス国防長官も現地司令官とは常に情報のやり取りを行っており、対ISISで共闘するイラク政府からの要求を断ることは難しかったものと思われます。)

注目すべき点はこの大統領令は「対ISISの文脈で対象国が変わる大統領令」だということです。そして、現実は筆者の仮説が想定している方向に動き始めています。

以前のブログでも触れた通り、旧大統領令が発された翌日1月28日にトランプ大統領はシリアとイラクのISISを掃討する大統領覚書を発しており、国防長官及び関係省庁は30日以内に詳細なプランを提出するように求められています。

その結果として、

More US Troops May Be Needed Against ISIS in Syria, a Top general says(2月22日、NYT)
Pentagon delivers plan to speed up fight against Islamic State that may boost US troop presence in Syria(2月27日、CNBC)

など、最近ではシリアへの地上軍派兵の可能性が米国メディアを賑わせる状況となっています。今回の大統領令がISISへの軍事的な協力を勘案して対象国が選ばれている(イラクが外れただけでなくサウジも外れている)ことから、入国禁止措置の一側面が対ISISの軍事行動と連動していることが一層示唆される状況となっています。

ちなみに、シリアに安全地帯を設ける構想については既にトランプ大統領との電話会談でサウジアラビアとUAEが賛成しており、ヨルダン国王もトランプ・ペンスとの面談時に協議している状況です。トランプ大統領の電話会談も基本的には中東諸国が中心であり、安倍首相とのゴルフ日程日にも中東諸国の元首達と対ISISの文脈で電話会談を行っていました。

現在メディアにアナウンスされ始めているトランプ政権の軍拡(年間10%増)は約5兆円程度であり、シリアに安全地帯を設置するためにかかるコスト(およそ年間1兆円超)は賄えるものと思われます。

トランプ政権の政策の本質を知るには背景情報を整理することが必要となる

トランプ政権の政策の本質を知るためには、トランプ政権の支持基盤がどのような人々であるかを確認することが必要です。これは政策のタマが出てくる大前提を理解することであり、外国政府の動向をチェックする上で基本的なことです。

その上で、大統領令・大統領覚書・議会署名、政権人事・要人面談、などの動きを丁寧に追って、政権の動向に関する仮説を構築して、現実の流れの中で検証を試みていくことが重要です。これは政策の推移を把握していくために必要な作業であり、ある程度の精度を持った予測を行うためには必須の作業です。

巷には有識者と呼ばれる学者先生が大量に溢れかえっていますが、あの人たちは絶対にトランプ政権の動向をしっかりとチェックしているとは言い難く、いい加減な抽象論ばかりが世の中に溢れかえっています。

今回の新大統領令もイラクが対象から外れたという表面的な事象ばかりが報道・解説されていますが、その背景には何があるのか、トランプ政権の行動をじっくりと吟味することが必要です。

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イスラム国 テロリストが国家をつくる時
ロレッタ ナポリオーニ
文藝春秋
2015-01-07





本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。 

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yuyawatase at 16:23│Comments(0)米国政治 | アジア(中東)

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