2016年01月27日

民主党は嫌いだけど・・・、のトラウマ・ポスターが生まれる理由

無題

「確かな野党宣言」、民主党のトラウマ・ポスターが完成


トラウマを抱えた患者のような民主党ポスターが完成したとのことです。このポスターを真面目に掲示する選挙区支部長が存在するとは思えず、おそらく街中では参議院候補者や衆議院候補者のポスターが掲示されるのみになると思います。

そもそも民主主義は「多数決の手続き」によって担保されるものなので「民主主義を守りたい」というフレーズ自体が意味不明なのですが、それに加えて「民主党は嫌いだけど・・・」「野党として・・・」というフレーズはシュールレアリスム・アートでも目指したのでしょうか。

夏のW選挙に向けた民主党候補者の最大の敵は「まさかの自分の党の広報」だったわけです。歴史上これほどの自虐ポスターはなかなか見かけないです(笑)また、彼らが言う民主主義を守りたいなら、他の野党に投票するか、民主党が解党するか、すれば良いという理屈にもなります。

政党助成金で「自党をディスる」行為は立法趣旨にも合わない

民主党がポスター経費にも使用している資金の一部は政党助成金です。政党助成金は名称の通り「政党の政治活動の健全な発達の促進及びその公明と公正の確保を図り、もって民主政治の健全な発展に寄与すること」を目的としています。

自党をディスる行為は、政党の政治活動の健全な促進とは言い難く、なおかつ民主政治の健全な発展に寄与するとはまったく思えません。むしろ、二大政党の一角を占めるはずの政党が自党を否定した上で野党宣言を出すなど、憲政の常道を放棄した「政党政治の破壊行為」と言えるでしょう。

政党助成金を受け取っていない共産党のほうがよっぽど「政党としての体」を成しており、政党助成金のような余計な小遣いを国会議員に渡すことは無駄どころか有害であることが分かります。

党員不在の議員独裁・前近代型政党の限界の露呈

このような愚か極まりないポスターが出来上がる理由は、民主党が党員に支えられた近代政党ではないから、ということが言えるでしょう。 今回のポスター自体が大衆の支持に根付いた民主主義と一部の貴族による貴族政治の決定的な違いを表していると思います。

政党としてのブランディングを完全に放棄し、一部の外部の運動家が作ったフレーズに身をゆだねるなど、政党の経営陣のセンスを疑うばかりです。このような現象が発生してしまう原因は、政党の党首が大衆による党員選挙で選ばれた人間ではない、ということにあります。

党首選挙を通じて理念・政策が党員全体に共有されずに、愚かな権力闘争と野合を繰り返して政党の屋台骨である党員を蔑ろにし続けた「二大政党の成れ果て」が現在の民主党の姿です。

そのため、一部の議員による意思決定が幅を利かすことになり、暗愚な代表が就任してしまえば簡単に外部からの乗っ取りに遭うということになります。 そのような政党の体質は、典型的な貴族制の性質であり、民主主義とは対極のものだと言えるでしょう。

民主党は「近代政党」としての道を目指すべきだ

民主党は理念・政策を掲げて地道に党員拡大のための活動を行い、党員・党費に支えらえた近代政党に生まれ変わることが必要です。むしろ、この路線を取らないのであれば、民主党の存在は日本の民主主義の健全な発展にとって有害であるため解党するべきだと思います。

封建領主と業界団体の集合体である自民党に対して対抗できる政党は、明確な理念と政策を持った近代政党としての力を持った政党だけです。国会議事堂の前でチャラチャラしたデモ活動を行っている集団ではなく、地道な暮らしを行っている国民の中に入っていくことが大事なのです。

民主党のケースに限らず、日本に必要な政党とは上記のような不断の努力を行うことができる政党です。国民大衆の間に根差した活動を普段から行っていれば、大衆が真に望んでいることが自然と分かってくるはずです。そして、それらの課題を解決するための理念・政策を提示するのです。

そのためには、同党党首にブルジョワ出身者、左派系の市民運動上がり、松下政経塾ではない、本物のたたき上げの政治が党首になることが必要でしょう。今夏の選挙敗北後に同党が国民とともに歩む政党に変わることに期待します。

民主党政権 失敗の検証 - 日本政治は何を活かすか (中公新書)
日本再建イニシアティブ
中央公論新社
2013-09-21



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yuyawatase at 15:10│Comments(0)国内政治 

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