2018年10月28日

共和党保守派「水曜会」と自民党「部会システム」の比較

51DVzPUEyLL._SX338_BO1204203200_



共和党保守派の水曜会・International coalition meeting に再び参加予定

米中間選挙に合わせて渡米し、共和党保守派が毎週水曜日にワシントンDCで開催している作戦会議でスピーチを行う予定となっています。この会議は「水曜会」と呼ばれており、完全内容非公開・参加者非公開・写真禁止・完全招待制というインナーミーティングであり、筆者もここで何を話したかということは多くを書くことができません。

強いて言うなら、上記の公開用イメージ写真の中心に座っている全米税制改革協議会グローバー・ノーキスト議長を中心に、様々な発言者が5分程度の問題提起を行って参加者からの質疑応答、終了後のネットワーキングが行われるというイメージです。今回は世界中から様々なシンクタンクの代表が訪米してスピーチを行っています。

筆者はワシントンDCを訪問する度に同会議に出席させていただき、DCにおける最新の政治情勢のトレンドを収集させて頂くことが出来ています。

「水曜会」小さな政府を求める共和党保守派が作り出した政治システム

水曜会は共和党においては極めて重要な政治システムの一部を形成しています。一つの民間の政治団体である全米税制改革協議会が主催するイベントにも関わらず、毎週のように設定される新たな政治アジェンダに対して保守派としての情報共有や行動方針が決定する場だからです。

また、共和党の政治家への応援の可否、新たな政権・議会スタッフの紹介、各団体のアジェンダに対する意見がテンポよく表明されていき、保守派を構成する様々な団体の意向が実際の政治過程に反映されていく様子を見ることが出来ます。もちろんプレゼンテーターのスピーチの内容が悪ければ何も起きず、内容が大うけするようであれば同アジェンダは一気に進むことになります。

この場に集っている方々は原則として「小さな政府」を求める共和党保守派の人々であり、同じ価値観をともにする人々が次々とアライアンスを形成して政策実現に向けた動きを展開する「民主導」の統治システムだと言えます。

「部会システム」大きな政府を志向する自民党が作り出した政治システム

一方、共和党保守派の「水曜会」と対比して、ほぼ真逆の機能を果たしている統治システムが自由民主党の政調部会システムです。

自民党の政調部会では、会議室の正面に部会長、有力議員、その横に部会を構成する議員席、関連する官僚が座る役人席が用意されています。そして、業界団体などの利益団体に対して、業界の意向を受けて発言する所属議員の先生方が(概ね役人に質問または叱責するポーズをして)自分は頑張ってますよというアピールをする場となっています。(筆者が見ていた頃の部会のイメージですが、今でも大差ないものでしょう。)

部会システムは、自民党という政党自体が中央省庁とほぼ一体化して業界団体の利益を拡大していく高度経済成長期のシステムであり、既に時代遅れの感はあるものの共和党保守派の理念とは対比的な自民党側の「大きな政府」を志向する政治システムとしては極めて優れたものだと思われます。

「官高党低」という状況下で変化が求められる政治システム

最近の政治的な傾向として、政党よりも官邸が強くなる、つまり官邸に予算・人事の権限が集中して、政党がスポイルされる「官高党低」が問題視されています。これは経済財政諮問会議や内閣人事局に象徴される一連の行政改革の中で進められてきた官邸主導の政治システムが確立されてきていることを意味します。

そして、このような状況下では、政党が各省庁と一体化することで運営してきた自民党の部会システムは時代遅れのものとして機能しなくなってきています。中央省庁の役人も予算・人事を握っている官邸を政党よりも重視することは当然です。日本は議院内閣制を取っているものの、実態としては大統領制に近いものになりつつあると言えるでしょう。

そこで、政党が存在感を取り戻そうとするのであれば、中央省庁の方針に反対する民間勢力を糾合して一つの政治的な勢力を形成してくことが必要だと思います。現在のように中央省庁とぶら下がっている業界団体と蜜月を築くだけでは、政党が官邸に追従する現在の構造から抜け出すことは困難です。(実際、自民党は中央省庁に紐づく業界団体の声を民主主義の声としてきたので難しいかもしれないですが。)

政治は志がある政治家が一人いれば変わるものではなく、政治システム自体が変わることで初めて大きな動きに繋がっていきます。筆者はそのための政治システムの一つとして、共和党保守派が運営している水曜会は極めて優れたシステムであり、自民党などの主要政党の志ある人々は同システムを採用していくことが望ましいと思っています。日本の政治システムはまだまだ途上であって海外の事例を参考にすべき点が多々残っています。


book_banner2

注:本記事は渡瀬の個人ブログから2018年中間選挙に合わせて内容を修正して再掲したものです。残念ながら1年以上に書いた状態から日本の政情は何も変わっていません。。



このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr
yuyawatase at 08:00|PermalinkComments(0)
スポンサードリンク

2018年10月27日

「安田純平」型ジャーナリストへの正しい政府対応

51DVzPUEyLL._SX338_BO1204203200_




「安田純平」型ジャーナリストに関する是非が盛り上がる

安田純平氏を英雄扱いする朝日新聞などのリベラルメディアや自己責任論を述べるネット世論の双方が沸き上がっている。

筆者は「政府が渡航を禁止している地域に警告を無視して入るジャーナリスト」の存在を肯定的に捉えている。そもそも好奇心あるジャーナリストに「現場に触れたいという好奇心を抑えろ」と言ったところで無意味であるし、彼らの多くは政府の警告など相手にせずに戦場等の危険地域に入っていくだろう。また、戦場の状況について複数の情報源を持つことは国民の公益増進の観点からも重要なことだと言える。

問題はテロリストに捕まって自国政府に命乞いすることになる能力不足のジャーナリストの取り扱いについて、社会的なコンセンサスが形成されていないことにある。プロを名乗るならば自らの安全を確保しながら取材することは当然であり、今回のケースのように危機管理能力が不足したジャーナリストが渡航禁止地域に入る状況を想定した準備が必要である。

能力不足のジャーナリストの無謀な行為を抑制し、優れたジャーナリストの活動を支援できる環境づくりが必要だ。

政府は「国民を助ける」以外の選択肢を持つことは難しい

日本政府に国民を見捨てろということは極めて難しい。民主主義国である日本では一定数の国民が「政府は能力不足のジャーナリストも助けろ」という意見を持つことを前提とするべきだからだ。したがって、「ジャーナリスト本人が自己責任を強調していた」としても政府が何もしないということは事実上不可能だろう。

本件についても日本政府がカタール政府・トルコ政府と協力して、安田氏の解放のために力を尽くしたことは明白である。日本政府は「2013年G8ロック・アーン・サミット」で、

「我々は,関連の国際条約に従って,我々の国民を守り,テロリスト・グループがその生存及び繁栄を可能とする資金を得る機会を減少させることにコミットしている。我々は,加盟国に対し資金及びその他の資産凍結を通じて国連アル・カーイダ制裁レジームの下で指定されたテロリストに対する直接又は間接的な身代金の支払を防止するよう求める国連安保理決議第1904号(2009年)に従い,テロリストに対する身代金の支払を全面的に拒否する。」

と宣言しているため、表向きは身代金を支払ったとは口が裂けても言えない。したがって、身代金を支払ったことにはなっていないが、それであっても、政府関係諸機関が動いて安田氏の救出に取り組んだことは明らかだろう。

これは上述の理由で、安田氏の意志に関係なく、民主主義国の政府として動かざるを得ないことが背景にある。民主主義国では国民に「自己責任だから死んでください」とは言えないのだ。

能力不足のジャーナリストの行動を抑制して納税者負担を軽減する方法の導入を

したがって、政府が能力不足のジャーナリストを見捨てる、という安価で合理的な手法を選択できない以上、それらの行動に対して費用負担を過料することが民主主義国の政府の取り得る措置として妥当だろう。何らかの法規を無視した場合に賠償や罰金を支払わなくてはならないことと同じ原理だ。

具体的には、政府関係諸機関が費やした税コストに身代金分に相当する罰金を合算し、当該ジャーナリスト個人に支払わせる仕組みを導入するべきだ。政府は「身代金を支払った」と公式には発言できないので、予め身代金相場に基づく罰金も見積もって設定しておくべきだろう。

公益に基づく活動とは必ずしも税金によって行われる必要はない。仮にジャーナリストの活動が本当に公益に資するものであるなら、上記の賠償・罰金について、その活動が公益に資すると信じている支持者が寄付をして弁済すれば良い。

優れたジャーナリストであれば政府に費用を弁済することできるし、能力不足のジャーナリストは渡航をためらう様になるだろう。自己責任は義務と能力を前提として成り立つものであり、義務も能力もない自己責任はそもそも存在し得ない。

「安田純平」型ジャーナリストの問題とは、政府が「渡航禁止地域で取材開始直後にテロリストに拘束される能力不足のジャーナリストに対する法律上の罰則」を明確にしていないことに起因する。再発防止のために当然の議論が行われることに期待したい。

book_banner2




このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr
yuyawatase at 02:23|PermalinkComments(0)
スポンサードリンク

2018年10月25日

サウジアラビア人記者殺害疑惑を巡る陰謀の対立構造を考える

51DVzPUEyLL._SX338_BO1204203200_




(Jamal Kashoggi記者)

サウジアラビア政府に一貫して批判を行ってきたジョマル・カショギ記者がトルコのイスタンブールにあるサウジアラビア総領事館で姿を刑した事件によって、トランプ政権の対中東政策の根幹を揺るがす事態が発生している。

中東地域における対立構造は世界のイスラム化を掲げる原理主義「ムスリム同胞団」の勢力とサウジアラビア王家のような世俗の政治勢力の間のパワーゲームにある。したがって、本件もサウジアラビアの王政を批判していた記者が殺害された疑いがある事件として単純に捉えることは難しい。

米紙ウォールストリート・ジャーナルがトルコ政府が入手したというカショギ氏殺害時の音声は社会的な衝撃を与えているが、最近同紙はトルコ政府の主張を掲載しすぎる傾向があるように感じている。シリア政府軍によるイドリブ地方の反政府派を攻撃する直前、同紙はエルドアン大統領による一方的な主張の手記をそのまま掲載していたことが記憶に新しい。

トルコのエルドアン大統領はムスリム同胞団に近いスタンスを取っており、エジプトにおいて軍のクーデターで同胞団政権が倒れた際に激しくエジプト軍を批判した経緯がある。そのことを巡ってトルコは湾岸諸国の王政と対立しており、現在でも中東地域における両者の影響力争いは深刻なものとなっている。

そのトルコが提供した情報だけでサウジアラビアを断罪することは早計と言えるだろう。一部の報道では、カショギ氏はムスリム同胞団支持者であり、同氏が結婚を予定していた女性(総領事館前で待っていたとされる)は、トルコ政府情報員だったとの情報も飛び交っている。トルコ政府もカショギ氏が殺される可能性を十分に考慮した上でハナから動いていたように感じられる。

サウジアラビア政府が実際にカショギ氏に手を下したかどうか、更にそれがどのように行われたものか、について世界が注目しているが、そのこと自体についてはサウジアラビア政府の「弁明」でしかないものと思う。この弁明が与える政治的影響については未知数であり、トランプ政権がこの難しい状況への対処をどのように行うのか見物である。

いずれにせよ本件は複雑な背景を持った陰謀の対立である可能性が高く、中東における政治対立や人権感覚の無さが浮き彫りになったと言えるだろう。

book_banner2



このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr
yuyawatase at 16:41|PermalinkComments(0)
スポンサードリンク