2015年11月27日

「ミニマリスト」はミドルクラスの生活習慣である


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最小限のもので生活するミニマリストに関する記事が多く氾濫しているので、自分もミニマリストっぽい一人として考えを整理しておきたいと思います。

主なミニマリストの利点について整理してみた 

(1)モノに関する購入・維持・更新費がほとんどかからない(壊れるもの・古くなるものが無いため)
(2)不要な情報が得られる媒体とのアクセスを断てる(情報媒体の取捨選択)

という2点に尽きるかなと思います。とにかく生活に関するモノのコストの最小化を図ることが重要です。モノを沢山持っていても時間は有限なのでどうせ全部使い切ることは難しいです。いつも使わないならそもそも買う必要はないよね、と思います。

モノに使われない暮らしを実践するということ

実際にモノを持っていると、「モノに使われている自分」に気が付くはずです。〇〇を使わないといけないなとか、自然とあるから使っているけれども本当はいらないとか、そのような経験があるはずです。モノを持たなければモノ本位ではなく自分本位で暮らせるようになります。

そのようにすると、初めに起きてくる変化は、人間は情報だけで意外と楽しく生きられるということです。世の中では日々様々な情報が生産されていますが、現在はデジタル媒体を通じて消化しきれないだけの様々な情報が溢れています。それらを楽しみながら生きていると時間は一瞬で過ぎてしまいます。

ミニマリストの性格は異常に飽きやすい性格だと思う

モノを持たない人は何も欲しないわけではなく、むしろ個人的な経験では真逆ではないかと思います。つまり、モノのような形で一度出現した物質に何時までも興味がもてないのです。

モノをもたない暮らしというものは、モノではなく情報に使われる暮らしといっても良いかもしれません。自分の時間の大半は情報の処理・分析・消費に使われることになるからです。

次々と生み出される情報は常に新鮮であって、モノから情報、に消費の軸を移行することで刺激を得続けることが可能になります。そのような環境に慣れてしまった場合、アンティーク的な古さを消費するのでもなければ、モノは情報に比べて魅力が劣ります。

ミニマリストとは何か、低所得者と富裕層の狭間のモノを買うことがない層

ちなみに、ミニマリストを低所得者であるかのように誤解することは間違いです。「シェアオフィスに住んでいるモノを持たない人」みたいなマスメディアの演出は一面的すぎると感じています。

むしろ、感覚的には、低所得になるとモノが多くなる、所得が高まるに連れてモノが減少していく、そして所得がある閾値を超えると再びモノが増え始めるような気がしています。物量総数の増減と連動して、そのプロセスの中で保有しているモノの価格も変わっているわけですが・・・。

ミニマリストは、低所得時代のように無意味にモノを保有することはしないが、高所得・富裕層が求めているような一流の物品の価値がイマイチ理解できない層であるため、日々生産される刺激的な情報や体験を消費するというライフスタイルが定着した新しい時代のミドルクラスのライフスタイルだと感じています。





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yuyawatase at 21:00|PermalinkComments(0)
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ふるさと納税は「合法的なヒモ」を量産しているだけだ

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ふるさと納税で買い物したお金は誰が払っているのか?

ふるさと納税制度は地方の産品を安く買えるのでオトクな買い物として認知されてきています。しかし、ふるさと納税制度は実際に誰がオトクなのでしょうか。ざっとまとめると下記の通りです。

(1)オトクな人・・・ふるさと納税利用者、物販している自治体、物販を提供している業者、広告サイト運営会社
(2)ソンする人・・・ふるさと納税利用者が住んでいる自治体、地方交付税を支払っている都市住民

ということになります。オトクな人のイメージは直ぐに分かると思うのですが、ソンする人のほうは「??」と思う人も多いかと思います。

実はふるさと納税で買い物をした分の税金は、買い物をした人とは赤の他人が地方交付税で埋め合わせをしています。そして、地方交付税の大半は都市部住民が負担しているので、ふるさと納税が地方在住者同士で利用された場合は全国の地方から都市部住民に支払い伝票が回されていることになります。

ふるさと納税は真面目に税金払っている人がバカを見る制度

現在、一部の都市地域を除いてほぼ全ての地方自治体が地方交付税を財源として受け取っています。地方交付税は地方自治体の運営にとって必要とされているでっち上げの金額(失礼w)を算定し、それに地方税収が足りなければ中央政府が補てんするという財政移転の仕組みです。
 
ふるさと納税をもらった自治体はお金が儲かる制度設計になっているのですが、ふるさと納税を利用した個人がいる地方自治体は税収が減少します。このとき減少した税収のうち一定割合が地方交付税から補填されることになります。具体的には、その自治体から減少した地方税収のうち75%は地方交付税が穴埋めします。(25%は減少したままです。)

つまり、「ふるさと納税を受け取った自治体」と「ふるさと納税を利用した個人」のために、全く見ず知らずの「ふるさと納税を利用した個人が属する自治体の他住民」と「地方交付税の大部分を負担している都市住民」が割を食っていることになります。

要は、「真面目に税金を納めている人がバカを見る」制度がふるさと納税制度です。このような不公正な税制度が存在することを認めるべきではありません。

ふるさと納税制度は「合法的なヒモ」を作っているだけの仕組みである

少なくとも、ふるさと納税で減少した分の地方税収を地方交付税で埋め合わせる必要は全くありません。なぜなら、当該自治体の住民は「ふるさと納税分の買い物をしているから」です。その買い物代金を地方交付税で赤の他人が支払うことは根本的に間違っています。

せいぜい、そのような自己中の隣人を持ってしまったツケは同じ自治体内部の住民同士の白い眼で完結させるべきであり、地方交付税で支払伝票を都市部住民に飛ばす人物は「合法的なヒモ」以外の何物でもありません。

私自身は地方交付税という極めていい加減なバラマキのためのフィクションを即刻廃止するべきだと考えていますが、それ以前にあまりに不公正なふるさと納税制度の即時廃止は当たり前のことだと思います。






本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。


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大人の教科書(8)資本主義は貧乏な人のためにある

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自由市場や資本主義という言葉を聞いた時に、私たちが同時に耳にする言葉は「格差」「貧困」などの言葉です。長い間、机上の空論の世界では、自由市場・資本主義は不平等を増大させ、富裕層が貧困層を搾取するという神話が拡がってきました。しかし、本当にそうでしょうか。

富裕層にとって自由市場・資本主義は必要な制度ではない

現実は資本主義が繁栄を達成し、それに反対した社会主義・共産主義が貧困をもたらしました。私たちは現実の社会について学びを深める必要があります。
 
まず最初に私たちが知るべき衝撃的な真実は「真の富裕層は資本主義を必要としていない」ということです。従来まで資本主義は富裕層のためにあると信じ込まされてきた人は驚くかもしれません。しかし、少し考えれば、これが当たり前のことだと気が付きます。

人類社会では資本主義が始まる前から、王侯・貴族が当時の超富裕層として存在してきました。彼らは資本主義など無くても「政府の権力・暴力」を使って幾らでも贅沢な暮らしができました。彼らは自分自身が贅沢な暮らしを継続するために自由市場・資本主義を求める必要があったでしょうか?

現在でも独裁国のトップは政府の力を使って、彼が支配する貧困に喘ぐ庶民には到底不可能な暮らしを行っています。彼らが豊かな暮らしを行うためには、搾取対象である庶民から絞り上げれば良いだけであり、同時に庶民が抵抗力を持たないように生活環境が向上しないようにすることが重要です。

むしろ、昔ながらの伝統的な富裕層にとって、自由市場・資本主義は普及してもらっては困るものであり、どちらも存在しない方が安心して独裁制を敷くことが可能です。

貧しい人に便益をもたらした自由市場・資本主義のシステム

独裁者はスーパーやコンビニに行く必要もなければ居酒屋チェーンに行くこともありません。それらは全て庶民が暮らしの中で望んで創られたものだからです。現在、先進国においては貧しいとされる人でもコンビニエンスストアで買い物を行うことは可能であり、貧困層とされる人でも平気で携帯ゲームで遊んでいます。

このようなサービスを自由市場・資本主義が無い社会では富裕層以外の人が受けることはできません。

工業技術や機械技術の発展がもたらした恩恵は、富裕層にとっては相対的に意味がないことであり、自由市場・資本主義が整備したあらゆるインフラ・サービスは貧しい人・一般の人が受ける恩恵のほうがメリットが大きいのです。ちなみに、現在でも富裕層にとってはスーパーやコンビニなどは必要不可欠なものではありません。

社会に存在しているインフラ・サービスの大半を誰が利用して消費しているのかを見れば、それらのサービスが誰のためであるかは明らかだと思います。このような当たり前の事実を無視した議論は意味がありません。

世界で一番貧しい人はどこに行けば沢山見つけることができるのか

私たちが世界で一番貧しい人の集団を見つけたいのであれば、資本主義が機能していない国を訪ねてみれば良いだけのことです。その社会では私たちの社会では機会によって代替されているあらゆる重労働がいまだに人間の手で行われていることが発見できるはずです。

また、現代の社会主義・独裁主義国である北朝鮮の姿を見れば明らかであり、自由市場・資本主義が誰にとって恩恵があるものかということは一目瞭然です。

かつて世界は独裁者が支配する空間ばかりでしたが、独裁者同士が対立した結果として、相手よりも豊かな国力を備える必要がありました。そこで、導入された仕組みが自由市場・資本主義であり、それによって多くの人々が経済活動の恩恵を受けたのです。

私たちは現在を都合よく切り取って見せる似非有識者たちの言説ではなく、人類が歩んできた確かな歴史にもっと自信を持つべきです。

選択の自由[新装版]―自立社会への挑戦
ミルトン・フリードマン
日本経済新聞出版社
2012-06-26

 

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yuyawatase at 12:00|PermalinkComments(0)大人の教科書 
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