2015年11月05日

大阪W選挙、入閣、参議院議員選挙へ(という予測)

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本日は大阪府知事選挙の公示日であり、8日の大阪市長選挙と合わせて大阪W選挙のスタートということになります。ただし、報道等の世論調査の状況を見ている限りでは大阪府知事選挙は現職の松井府知事の勝利はぼぼ確定的だと思います。
 
そもそも自民党は大阪W選挙に本腰を入れていない

少なくとも大阪府知事選挙について自民党側は本気ではないことは明らかであり、これには何らかの意図があると勘ぐられても仕方がない状況だと言えます。

自民党が推薦した栗原府議は知事選挙を戦うには知名度などの問題から非常に弱い候補者であり、当然に知事選挙に連動する市長選挙にまで影響を与えることになります。(市長選挙の方は反橋下でTVなどに露出していた柳本市議を擁立したことで吉村氏と勝負にはなると思います。自民党の共産党との協力がどのような結果になるかは興味が尽きません。)

そのため、世論調査で厳しい見通しが出ている市長選挙で維新が勝利することになれば、様々な形で来年の参議院議員選挙に影響を与えることになるでしょう。

大阪都構想の住民投票前から飛び交っている橋下氏の入閣話

大阪都構想の住民投票前から橋下氏の入閣は政界やメディア関係者の間で噂になっては消えてきました。

そして、維新の党からおおさか維新の会を分離して、橋下氏が一旦政界から身を引く形になる現在の状況は橋下氏入閣の可能性が一層強くなってきているものと思います。

市長引退によって橋下氏は時間や身分の制約から解き放たれて自由にメディアに出られるようになります。その上でメディア露出を繰り返し、自らへの期待度を回復させることを通じて政治的な商品価値を高めることができます。

期待感が醸成された段階で自民党側から民間大臣としての入閣を打診されることで、橋下氏とおおさか維新が連立の枠組みに加わることになります。その際の予定されるポストとしては、総務大臣か憲法改正担当大臣など、噂は飛び交うものの真偽のほどは定かではありません。

橋下氏が民間大臣として参議院議員選挙に出馬する可能性

ただし、選挙の得票を背景に持たない民間大臣の政治的な弱さは橋下氏も熟知しているでしょうから、仮に入閣した場合、その後の参議院議員選挙の全国比例区に出馬する可能性も高いと思います。竹中平蔵大臣が民間大臣で入閣後に参議院議員として出馬したときと同じシチュエーションということになるでしょうか。

参議院議員選挙におけるおおさか維新の党の役割は「民主党」らの護憲勢力の比例得票数を削ること、東京・大阪などの大人数が選出される選挙区で民主党の議席を削ることでしょう。これらは自民党単独では難しいため、自民党とおおさか維新の会と橋下氏との利害が一致することになります。

野党が散り散りに分散している状況は、自民党にとって非常に都合が良い状態であり、自民党の政局運営の巧みさが光る昨今の状況となっています。私は上記のシナリオもかなりある話かなと思っていますが、読者の皆さんはいかがでしょうか。

もう一つの可能性としての野党再編という路線

もう一つの可能性としては野党再編も考慮されるべきでしょう。大阪W選挙終了後、大阪府内における大型選挙は無くなります。つまり、4年間のフリーハンドがおおさか維新の会には与えられることになるわけで、彼らが自民党に対して筋を通し続けるかどうかは疑問です。

その際、共産党との連携の是非で動揺している民主党から旧同盟系・松下政経塾系の保守系の議員たちを引き抜き、渡辺喜美氏、みんなの党の残存勢力、次世代の党に声をかけて、新たに保守的な野党を結成する可能性もあります。政治家は簡単に人間関係の良し悪しを乗り越えて離合集散するものです。

いずれにせよ、来年の参議院選挙が終わった後には現在の政権・政党の枠組みは大きく変わっていることになるでしょう。





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yuyawatase at 17:00|PermalinkComments(0)国内政治 
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2015年11月04日

朴槿恵大統領・反日の韓国に伝えるべきこととは何か

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まず初めに申し上げますが、私は韓国政府が産経新聞の支局長を起訴した件などについて文明国として論外だと思っています。ただし、本件からも韓国は極めて危険な政治的な状況に突入していることも同時に分かります。

韓国の自由主義・民主主義は衰退しつつあるということ

上記の産経新聞支局長への言論弾圧的な起訴や親日派の先祖を持つ人々に対する財産没収などの野蛮な法律について日本側は厳重に抗議すべきです。

そして、自由主義や民主主義を標榜しているはずの韓国国内においても、道理として言論の自由や生命・財産の自由の観点から韓国政府への非難が当然にして起こるべきだと思います。

しかし、韓国国内でそのような声が大きくなっているということは無いようです。この状況は韓国が反日化しているのではなく、韓国の自由主義・民主主義自体が衰退していることを暗示しています。そもそも、彼らが反日的なのは昔からです。

東アジア・東南アジアで起きつつある「中国化」という新たな脅威

筆者は東アジアや東南アジアで「中国化」という新たな脅威が拡大しつつあると危惧しています。

「中国化」とは、自由、人権、法の支配などの近代国家としての基本的な価値観の衰退を表現したものです。全体主義国家である中国の影響力拡大と自由主義国である米国の影響力後退によって「中国化」がアジア各国で進展しつつあります。

「中国化」は明確に中国支持を表明するのではなく、中国の直接的・間接的な影響を受けて、自由主義・民主主義の価値観が後退することによって達成されます。上記の韓国の事例は歴史問題を背景としつつも、韓国が自由と民主主義を失った「中国化」の途上であると見なすことができます。

そして、その恐ろしさは「反中」を叫ぶ政治勢力が、結局は「中国化」を推進しているケースもあるということです。

たとえば、南アジアにおける中国の人工島問題は大きな注目を集めていますが、実は中国と領土問題を抱えている各国も中国と同様に岩礁への軍事施設の設置を小規模ながら実施しています。これは米政府も中国に対してあくまでも「やりすぎ」と指摘していることからも明らかです。

これらの行為は中国への対抗措置として取られたものですが、反中姿勢の各国の表向きの「法の支配」からは逸脱した競争に入りつつあります。

日本は「中国化」の脅威に対抗する自由主義の防波堤

東アジア・東南アジアにおいて日本に求められる役割は「中国化」の脅威に対する自由主義の防波堤です。

日本は同地域において、最初に議会を開設した自由主義国であり、普通選挙制度などの導入に関してもいち早く実現された国でした。そして、それらの政治制度を導入した結果として、日本はアジア随一の経済発展を実現することになりました。一方の中国は清国時代に日本よりも早く西洋化に取り組みましたが、清国の腐敗した政治制度が足かせとなり、日本の後塵を拝すことになりました。
 
明治時代への突入と同時に西洋の優れた政治システム自体を取り入れた日本に軍配があがった形であり、戦後においても共産主義・全体主義に傾いた中国を置き去りにして、日本は西側陣営として政治的・経済的な繁栄を維持・発展させることに成功しました。

日本は東アジア・東南アジアにおいて最も長い「自由主義」「民主主義」の歴史を有する国として、その重要性についてメッセージを発信していくべきです。

「中国化」への誤った処方箋を投じる人々

一方、プレッシャーを強める中国に対して、日本国内の中国に対する危機感も高まりつつあります。しかし、危機感の高まりは必ずしも適切な処方箋とセットになっているとは限りません。

中国や韓国の未熟な点を挙げて、相手国の国民自体を罵倒するようなレベルの低い行為は、日本国内の排外主義的な空気をつくりあげていくことになります。まして、政権与党の「自由民主」党が、自由主義・民主主義・人権に逆行する改憲草案のような代物を堂々と掲げていることには唖然とします。

さらに、中国の市場経済の発展を国家資本主義によるものと誤解し、日本国内で政府の経済的・社会的な役割を増加させていこう動きも「中国化」の最たるものでしょう。日本は自由市場を更に発展させることで繁栄を実現するべきです。

日本が東アジアや東南アジアに発するべき自由のメッセージ

現在、日本から発信されているメッセージは、最近の安倍外交では若干の改善が見られるものの、日本の修正主義者による歴史観の見直し、そして高齢化・福祉国家化による衰退ばかりとなっています。

日本から発信すべきメッセージは、社会の健全な発展のためには自由主義・民主主義が重要であるということ、国際社会のルールとして法の支配は重要であるということ、政府の規模拡大が招く経済衰退を回避する必要があること、など、日本が歴史の中で学んできたことを率直に伝えていくことです。

そして、その言葉を相手政府の人間だけでなく、相手国の国民に届くように地に足の着いた情報発信を心掛けていくこと大事です。そのようにしていくことで反日と「中国化」著しい韓国の中でも心ある人たちとの連帯が生まれていくものと思います。

米中 世紀の競争 ―アメリカは中国の挑戦に打ち勝てるか
ジェフ・ダイヤー
日本経済新聞出版社
2015-06-25


 



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2015年11月03日

待機児童増加の犯人は事業者の資本力が足りないこと

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「待機児童増加の、意外な犯人は」(駒崎弘樹氏)
http://blogos.com/article/141651/

という記事を読みました。駒崎氏の主張に対する感想は「しっかりとした企業体の参入」が必要だということです。

民間の経営感覚から見た違和感

 駒崎氏は記事の中で、待機児童増加している原因は「役所が保育園のための初期の補助金を創らないからだ」と述べており、地方自治体や厚生労働省などへの制度設計を求めています。しかし、本当にそうでしょうか?

仮に、駒崎氏が述べているように「投資から回収までの期間が1年半」かかるとしたら、経営の当たり前の感覚としてそれに見合うだけの資金調達を実施するだけのことです。実際、普通の民間事業であっても回収までに1年半かかる事業なんてザラだと思います。

むしろ、回収見込みまで運営補助で見通せているのに「資金調達を実施することができない」と仮定することは?と思います。資金調達という経営の手腕の根幹に関わる話を「行政の補助金が無いことに責任転換」することは話の筋が明らかに違います。

本当の問題は事業者の資本力の問題ではないか

確実に儲かる可能性が高い事業であるにもかかわらず、初期資金が用意できないために参入できない、それによって待機児童が解消できない、という駒崎氏の主張の通りであれば、「資本力を持った事業体が参入すれば良い」というだけのことです。

むしろ、素人考えでは初期の補助金が無いと保育園を運営できないような主体に経営を担わせることは危険ではないか、とさえ思います。良いサービスを提供しようと思えば、資金繰りはカツカツの状況ではなく、多少の余裕を持って回す必要があるからです。

本当に重要なことは、資本力が足りない事業者が参入しやすい制度ではなく、資本力の潤沢な事業者が参入しやすい環境を整備することです。

資本力を有する事業者の参加に「価格の自由化」は不可欠

資本力を有する事業者が魅力を感じて参加するためには「価格の自由化」は必要不可欠です。価格が自由化されることを通じて、強力な資本力を持つ事業者が大量に参加すれば待機児童問題は一気に解決します。

待機児童数が多い相対的に保育料が上昇している地域には、新たに事業者が参入することを通じて価格競争が生じることになります。自由価格であったとしても競争が存在している限り価格は妥当なラインに収斂します。

むしろ、社会福祉法人に関する規制、保育士に関する規制、施設に関する規制などの規制緩和を推進するとともに、経営状況が第三者からも分かるように徹底した情報公開を義務付ける方向で改革するべきです。

社会主義者の言論が社会の発展を遅らせているということ

駒崎氏の記事の中では区役所の担当者の答弁を社会主義として切り捨てていますが、同じ問題を補助金があれば解決できると主張する姿は単なる社会主義者同士の近親憎悪でしかないと思います。自分に言わせればどちらも社会主義者ですが、それをうまく自由主義的に見えるよう化粧できているか否かというだけのことです。

現代社会においては福祉国家病が蔓延しており、あらゆる人々が政府予算にたかるようになったため、昔のように「補助金を寄こせ」と騒げば無限に予算が出てきた環境ではありません。まして、高齢者の影響が強い超高齢化社会において、それ以外のアクターに対する補助金設定をソリューションとして提示することに疑問を覚えます。

現在のような人口構造・財政構造の下では、若者や乳幼児に関する施策は自由化を進めて民間資本の力で実現していくやり方について知恵を絞る必要があります。高齢者と同じ土俵で予算の分捕り合いで競合することは生産的なことだと思えません。徒に子育て関連の補助金を求めることは物事の根本的な解決を遅らせることになるのではないでしょうか。






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