2015年11月15日

東京都の出生率はどうすれば伸びるのか?


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最近は東大もダメになったんだなーと思って少々残念な市議会議員さんの記事を紹介します。

東京のみなさん、まだイケダハヤトで消耗してるの?(長坂 尚登さん・豊橋市議会議員)

この文章中に冒頭に出てくる「研究者」の私のことのようです。まあ、自分は研究者の肩書しか表に出していないのですが、自分も経営者の端くれなので「まさか「最近、年商2000万前後になった」限界集落に住んでる個人事業主のにーちゃんを羨ましいと思うわけないだろ?もうちょっと大人の経営者感覚と仕事観を持って市政運営に携わってほしい」と思ったことは、脇に置いて内容について触れていたいと思います。

以下は政策的なお話。

都市部の出生率が低い原因とは何か

国立社会保障・人口問題研究所が実施した「第14回出生動向基本調査結婚と出産に関する全国調査(夫婦調査)」(2011年)によると、「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」(60.4%)ということです。つまり、十分な頭数の子どもを持つか持たないか、ということはお金の問題であると言っても良いでしょう。

件の市議会議員さんは、 市区町村別にみた合計特殊出生率(厚生労働省)を参照して、出生率が高い地方よりもむしろ出生率が低く高齢化が進む東京が備えを十分にするべき、という議論を展開しています。

このような議論は原因と結果が逆という典型的な事例です。つまり、「東京都から異常な金額の金を地方に移転している」のだから「東京の現役世代から子育て費用が無くなって当たり前だ」ということです。

都市の暮らしの価値観なども現役世代に十分にお金が足りていれば変わることもあると思います。東京の出生率が低くなる原因は諸説あると思いますが、何よりも地方が東京都などに住んでいる現役世代からお金を奪っていることを忘れるべきではありません。

沖縄県で出生率が高い理由をお金の面から考察する

たとえば、平成25年度・人口一人あたりで見た財政移転の事例として沖縄県を見てみましょう。沖縄県への国庫支出金は264千円(全国1位)、地方交付税は254千円(全国17位) 、両者の合計は518千円(全国 6位)となっています。沖縄県の平均世帯人数は2.5人程度であるため、1世帯につき「年間約・130万」を国から受け取っていることになります。何もせずに、毎月1世帯10万円以上のお小遣いが貰えるわけです。

子どもを一人育てる時にかかる月額の平均費用は3~5万円程度でしょうから、沖縄県の人は子育て2人分くらいの費用は毎月財政移転を受けていることになります。

若者の都市流出は交通インフラが整備されることによって加速していくでしょうから、沖縄のように少し離れたところに若者が残って子どもが増える事例もあるかもしれません。しかし、考慮されるべきことは沖縄県の子育てのためのお金は東京などの都市部で働いている人から税金で強制的に移転して手に入れたものだということです。

人口減少スパイラルから脱却することを真剣に考えるべき

地方で子どもが生まれる⇒成人したら東京に出る⇒東京から地方に財源移転する⇒東京で出生率低下⇒地方で(前より少ない)子どもが生まれる・・・、という人口減少スパイラルへの対応を考えるべきだと思います。

県内・域内GDPに対する政府支出が高い半社会主義化した息が詰まる出身地に、若者が成人した後も留まらないことは数字が証明しています。生まれる場所は選べないので最初は地方に生まれても多くの若者は都市を目指して移動します。若者にどれだけ地方移住を促進してみたところで雀の涙のような人口移動しかないでしょう。

真剣に考慮するべきは、東京という若者が集住している地域にお金を残して、この地域の出生率を上げていくということだと思います。また、海外からの移住者の受け入れ促進を通じた即効性がある人口増加を大規模に進めていくべきです。

東京の高齢化への対応として地方に高齢者を送りだすという話は介護人材などが根本的に不足するために絵に描いた餅です。地方創生で出生率を上げるなどの社会主義的な発想は一時しのぎで全体から見れば大きなマイナスを生み出すでしょう。

地方活性化伝道師や地域おこし協力隊を止めて都市部への若者集住を促進すべき

現在、国の政策として、地方活性化伝道師や地域おこし協力隊などの税金を使った人材・若者の地方への送り出しを推進していますが、貴重な生産年齢人口(かつ経験不足の若者)を生産性が低い地方に送り出すことに非常に疑問を覚えます。しかも、若い段階で国の税金で仕事を行うと民間経済を良く分からない勘違いした人材が育ってしまう悪影響もあります。

仮に地方創生を実現していくとしたら、それは民間経済の文脈で地方が活性化することであり、国の予算で若者を送り出すのではなく、自然な経済活動の結果としてもたらされるべきものです。

税金で推進されている地方創生は、地域から活力を奪い、更に足腰を立たなくする結果を生み出すことになるでしょう。若者には都市で民間のビジネス感覚を身に付けさせることが第一であり、その後に行きたい人が自発的に地方に行けば良いのです。

ということを、今週どこかにアゴラで返信として載せようかなと思っています。





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自由民主党結党60年、山本勝市「福祉国家亡国論」とともに

山本勝市

写真の人物を知っていますか?(山本勝市先生について)

この写真の人物は山本勝市先生です。著名な経済学者であるとともに、通算5期の国会議員を務めた重鎮でもあります。自民党結党60年に際して、当ブログでは山本勝市先生について触れながらコメントしたいと考えています。

山本勝市先生は戦後におけるハイエクなどのオーストリア学派の日本における研究の第一人者でした。また、鳩山一郎が創設した「自由党」の結党に加わり、その経済政策の根幹に自由経済を据える際に重要な役割を果たし、日本の針路を実質的に決めた人物です。

社会主義や全体主義に対して徹底的に対抗し、戦後日本の黎明期に日本社会の自由を守った人物といっても過言ではありません。

自由民主党が生まれたときに何が起きたのか

1955年、山本勝市先生が所属をしていた自由党は日本民主党と合併して自由民主党が生まれることになりました。その際、現在までに至る病根が自由民主党の中に埋め込まれたことが山本勝市先生の著書である「福祉国家亡国論」の中に記されています。(*絶版なので国会図書館まで行かないと読めません)

同書の中で革新官僚として名を馳せた岸信介氏が幹事長として絶大な権力を振るい、自由民主党の中から自由主義経済の芽を摘み取り、政府が社会を変える様々な「計画」がねじ込まれたことが指摘されています。岸信介氏は現在の安倍首相の祖父に当たる人物です。

山本勝先生が所属していた自由党の党綱領には「計画」という言葉は存在せず、岸信介氏が所属していた日本民主党の党綱領には「計画」が明記されていたことから、その路線対立は深刻なものだったことが伺われます。

自由経済の担い手であった自由党が計画経済の申し子である岸信介氏に飲み込まれた悲劇、それが自由民主党の結党の意味することだったのです。

自由民主党の中に山本勝市先生のDNAは残っているのか

2015年現在の自由民主党は表面的には自由経済の体制の大切さを主張していますが、毎年膨張し続ける政府予算と政府債務の有り様を見れば、旧自由党のエートスはほぼ失われた状況にあると言えます。

自由民主党は岸信介の孫である安倍首相が党首を務めていることからして、もはや完全に岸信介氏に率いられた旧民主党の系譜に当たる勢力によって支配された姿を晒しているわけです。

自由民主党所属議員は結党60年に際して、自分たちの政党ができた過程で何が起きたのか、そしてそれが現在の私たちの生活にどのようなインパクトを与えたのかを問い直すべきです。

自由民主党の中に山本勝市先生のDNAがまだ残存していることを切に願います。






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yuyawatase at 12:00|PermalinkComments(0)国内政治 
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2015年11月14日

私がフランス大使館前で献花した5つの理由

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(写真はフランス大使館前、カメラ光は大使館前で取材中の大手メディアのものです。)

2015年11月14日午後6時、私はパリで同時多発的に発生したテロの犠牲者への哀悼の意を捧げるべく、フランス大使館前に献花を行いました。一市民である自分が何故このようなことを行ったのか、下記に5つの理由を述べさせていただきます。

(1)犠牲者への哀悼の意を捧げること

今回のテロでお亡くなりになられた皆様への哀悼の意を、フランスの方々に日本人として直接何らかの形で示したかったからです。

私自身も海外に出かけることも多く、フランスにも一昨年訪れた経験があり、パリにも友人や知人も住んでいます。平和に暮らす人々が突然命を奪われたことに強い怒りを覚えつつ、その犠牲者となられた皆様への思いを表現させて頂きました。

(2)自由社会への挑戦であるテロに屈してはならないこと

テロは私たちの社会を構成する「自由」という価値観を脅かし、理不尽な暴力で生命・財産を奪う行為です。

自由と民主主義を標榜する日本人として私たちの社会を構成する価値観への挑戦に対して屈さない意志を示す必要があります。そのため、遠く離れたフランスの地にいる自由と平和を愛する仲間への連帯の意志を示させて頂きました。

(3)国会議員・地方議員のFBやTwitter配信内容に義憤を感じたこと

本来であれば、犠牲者への哀悼の意やテロに屈さない意志は、国会議員などの皆さまが強い決意を持って意見表明されるべきだと感じています。なぜなら、これはテロリストと私たちの社会の「価値観」の衝突だからです。

しかし、私が、FB、Twitter、報道を見ている限り、誰一人として自らの行動としてフランス大使館まで出向いて連帯の意志を示そうという方がいませんでした。既に公務がある場合や地元で予定があることは理解しますが、このような時に国際社会に日本人の代表として意思表明(価値観を表明する)をせずに一体いつ行うのでしょうか。

日本の国会議員のあり方に義憤を感じ、私自身も夕刻以降の予定はキャンセルし、フランス大使館前に向かわせて頂きました。正直申し上げまして、私の微力な行為がどれだけ意味があるかは分かりませんが、この理由が最も大きな理由です。

(4)TVメディアの報道内容を論じるよりもメッセージの発信が大事だということ

テロの第一報が入って以来、ネット上は平常運転でくだらない内容を流し続けるTVの報道内容の是非の話題で盛り上がっていたように思います。しかし、TVが社会の木鐸としての役割を放棄するなら彼らは勝手に廃れて滅んでいけば良いだけのことです。

そのような不毛なメディアについて是非を論じるよりも、まず優先事項として、日本人としての態度、そして自由を標榜する諸国との連帯する意志を示すべきだと感じました。だから、報道に対する受け手の姿勢ではなく、自らが主体的に動こうと思ったことも動機の一つです。

(5)国内の反動勢力の言論へのアンチテーゼを示したかったこと

このような事件が起きた後、国内ではこれに乗じて警備の強化などを名目として、国民の自由を制限する意見が多数出てくることになるでしょう。

私はテロリストには断固たる対応を行うべきだと思っています。しかし、明確に申し上げますが、「テロと戦うこと」と「国民の自由を制限すること」は全く異なる行為です。むしろ、国民の自由を制限する行為は、私たちの社会の価値観を放棄し、テロリストに対して譲歩するということを意味します。

テロリストにとっては世界中を半戦争状態とし、私たちの社会から自由の価値観を奪うことが政治的な勝利なのです。たとえ、テロリストを全員捕らえて罰したとしても、私たちの自由が社会から無くなっていれば私たちの負けなのです。

この場を借りて、私たちの社会の内部から現われる「自由の価値観を放棄しよう」という声に対して明確に抗する意志を述べさせて頂きます。

最後に、多くの日本人にフランスで自由のために戦う人々を精神的に支える表明をしてほしい、と思います。この戦いは自由の価値観に対する戦いであり、私たちが連帯の意志を示すことが最も有効なテロへの対抗手段となります。

テロリストの暴力では私たちの社会を変えることはできません。私たち自身が自由を放棄したときにテロリストが勝利することになるのです。この戦いは既にフランスだけでなく日本でも始まっているのです。





 

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yuyawatase at 20:59|PermalinkComments(0)アジア(中東) 
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