2015年11月20日

翁長雄志・沖縄県知事が相手にされない本当の理由


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沖縄の辺野古基地移転に関する問題で賛否が分かれる状況となっていますが、大半の本土の人間はこの問題を「どうでも良い・相手にする必要もない」と感じていると思います。これは沖縄が日本の端に位置しているからという理由だけではありません。仮に沖縄の人達が本土の人々に真剣に取り合ってほしいとしたらどのようなことを行うべきでしょうか。

何故、沖縄の人々の主張は相手にされないのか?

基地反対運動が本土の左翼によって煽られている等の様々な原因がある面も否定しませんが、そんなマニアックな左右の政治闘争の内容などは、ほとんどの本土住民は関心も無ければ関係もありません。

沖縄県知事の主張を本土の人間が相手にしない理由は全く別のところにあります。その理由は沖縄県民が自立の意志を一切見せていないということです。財政的に本土に依存しながら、沖縄県民が何を言っても彼ら自身の本気度が見えないので、本土の人間は相手にするはずがないのです。

ニートの息子が親に何を言ったところで、親が本気にしない理屈と全く一緒といえるでしょう。人間はまず自立することによって、はじめて他者に意見を真剣に聞かせることができるのです。

沖縄県の異常な本土への財政依存の惨状

平成25年度の沖縄県全体への国庫支出金3,737億円(全国11位)、地方交付税は3,593億円(全国15位)、 両者の合計は7,330億円(全国14位)です。これだけ見ると全国敵に比べてもどちらかというと貰ってる方かなという程度の印象です。

しかし、人口一人あたりで見た場合は、国庫支出金は264千円(全国1位)、地方交付税は254千円(全国17位) 、両者の合計は518千円(全国 6位)となっています。沖縄県の平均世帯人数は2.5人程度であるため、1世帯につき「年間約・130万」を国から受け取っていることになります。

何もせずに、毎月1世帯10万円のお小遣いが貰えるわけです。「生活保護の軽度版のような暮らしを他人の金で実現できる」環境がある場所が沖縄県です。全世帯がそれだけで暮らすことは難しいと仮定して半数に国からのお金が渡っているとした場合、1世帯20万円なので沖縄の物価も考慮した場合50%世帯が十分暮らせます。

米軍基地関連の経済効果を除いたとしても、このような暮らしをしている人々が何を言っても本土の人間が相手にしなくて当然だと思います。

「沖縄」が真剣に話をするために最初にやるべきこと

これは沖縄に限ったことではないのですが、地方自治体が真剣に国にモノを申したいなら、「全ての補助金・交付税を拒否する」ことは当然のことだと思います。

交渉相手に自分の生活のための財布の中身を握られたまま、交渉事に臨むような愚かな話が成り立つわけがありません。一時的に苦しくとも交渉相手から最低限の自立をしていることが条件になります。

従って、現状では沖縄県民の本気度は本土の人間には全く理解されないでしょう。仮に理解されるとしたら、それは単なる同情であって、それ以上でもそれ以下でもありません。同情から生まれる対応では、現状と同じかそれ以下の対応しかなされないでしょう。

まずは「働いて自立してから自分の意見を述べるべき」というのは、大人の世界の共通のルールです。左や右よりもまずは「上」を向いて堂々と自分の足で歩けるようになるべきです。

翁長知事は基地問題を本気で解決したいなら沖縄県民に経済的な自立心を与えることから始めることが望まれます。





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「日本会議」の動員力は政治力を測るメルクマークになった

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私は日本会議とはほとんど面識もないのですが、彼らがグラスルーツ・ネットワーク(草の根)としては日本で成功した一つの形であると理解しています。元々草の根団体というと左翼系団体の香りがしますが、日本会議が土着の保守勢力を一つのネットワークとして形成した実績は全ての政治に関わる人々は参考にすべきです。

憲法改正という大事業を首相に明言させる動員力

日本会議は日本有数の保守系のグラスルーツであり、神道系・仏教系の伝統宗教・新宗教が中心となった政治勢力です。所属する国会議員数も280名程度存在しており、政界において精神面・動員面の観点から影響力を強めています。

具体的には、同団体は新憲法制定の他にも国旗国歌法の法制化や拉致被害者救出、教育基本法の改正、安全保障法制の整備などに取り組んできています。

11月10日日本会議が主導した憲法改正に向けた大会が日本武道館で開催されて各党代表者が出席する中、安倍首相の改憲に向けたメッセージ動画が自民党総裁名で発表されました。

主催者によると、日本武道館に集まった人員数は1万1千人、憲法改正を求める署名数は447万人を集めたされており、日本会議の圧倒的な動員力が示された形となっています。

国技館を一杯にする動員力あれば何でもできるのか?

日本会議の主義主張は分析の対象にはしませんが、同イベントを通じて、動員人数1万人、署名人数450万人という指標は民主主義において一つの指標になりました。全政策の中で最も困難な憲法改正を口約束とはいえ、現役の内閣総理大臣に約束させるために必要な動員数のメルクマークが誕生したのです。

もちろん、日本会議の構成団体には保守系議員に強い影響力を持つ神道系の人々が多数含まれているため、一概に動員数だけの問題ではありませんが、日本武道館を一杯にすることが動員数の指標になったことは間違いありません。

日本会議主導の憲法改正のイベントは、シングルイシュー(憲法改正など)を掲げて、1万人の動員をデモなどではなく集会の形で実現することが出来た場合、首相から言質を獲得することができるという事例として極めて重要な意味を持つものとなりました。

小さな政府を実現する政治勢力の大集会を実現すべき

私は「小さな政府」を実現して、力強い経済成長や世代間格差の是正を成し遂げていくべきだ、と考えています。

ただし、従来までは「小さな政府」を信望する人々は団結することがなく、逆に少人数でも集まって声を上げるタックスイーターの政治的な意向ばかりが政策に反映されてきました。

小さな政府に直結する減税改革は、その改革の恩恵が薄く広く国民に拡がることに特徴があり、限られた少人数で特定の税財源を貪るタックスイーターのように専任者を置くような継戦能力を作ることも困難でした。

しかし、仮に日本武道館を1万人の参加者で埋め尽くすことで政治的に一定の影響力を持てるとした場合、小さな政府を信望する人々が一日だけ所得税・法人税・消費税などの引き下げに同意して集会に参集することは可能だと思います。

重要なことは、全ての税金の引き上げを凍結し、全ての税金の引き下げに合意する、という一点のみで集まることです。そのため、現在働いている人・過去に働いた人から取り上げた税金で暮らそうというタックスイーターは入れないでしょう。

しかし、真面目に暮らしている多くの日本国民は参加することができるはずです。今後、日本は真面目に働いている人を大事にする政治にシフトしていく必要があります。そのための大きな流れを創り出すことが必要です。




 

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yuyawatase at 07:00|PermalinkComments(0)国内政治 
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2015年11月19日

超高齢化社会を生きる①「最低賃金全廃」による雇用創出へ


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超高齢化社会を迎えて「個人としては人生をどう生きるべきか」が問われる時代となっています。そして、日本社会としては従来までの現役世代が支えてきた社会システム全体が崩壊し、ほぼ無制約な社会保障費用の増加の中で国家財政が危機的状況に陥っています。そのため、もはや既存の政策の延長線上に未来はなく、全く新しい発想で社会システムの再設計を行うことが必要となっています。

あらゆる政策のコンセプトが逆転する世界に突入しているという認識

現在の日本の政策の基本コンセプトは「ピラミッド型人口構造と全国的な人口分散状況」という戦後の高度経済成長期の状況を前提としています。これらの前提状況が完全に崩れ去ったにもかかわらず、その社会システムの基本コンセプトは維持されたまま、時代の変化への部分改善が実行されています。

正直に申し上げて「現在の政策は基本コンセプトが180%時代に合わない有害なものばかり」です。しかし、それらは利権と惰性によって日本社会を滅ぼす方向でビルドインされた毒薬として機能しています。

まず最初に私たちが持つべき認識は「私たちの目の前にある全ての政策は『本来あるべき姿と真逆のものになっている」ということです。この前提を共有することで初めて有効な処方箋にたどり着くことが可能となります。

社会保障費用を削減するためには「高齢者が低賃金で働く場所」が必要である

現在、政府はシルバー人材の再雇用を促すために、各種助成金などを整備して見かけ上の失業率の改善などを実行することに躍起になっています。

しかし、シルバー人材の培われた能力を生かすなどと恰好が良いことを述べてもその事例はほぼなく一時的な現象となるでしょう。なぜなら、そもそもシルバー人材の大半は「現代に求められているスキルを持たない労働者」だからです。

政府は高齢者票に媚びているばかりで真実を話すことが出来ていません。しかし、社会政策は社会の事実を的確にとらえた上で実行される必要があります。時代遅れになったスキルや就業経験不足の専業主婦などを正規の給料で雇う必然性はありません。

誰も働き続けることができる社会とは「特別なスキルを持たない高齢者」でも生涯現役として働く場が与えられる社会のことです。そして、それは助成金・補助金によるオコボレとしての労働を行うのではなく、たとえ低賃金でも自らの手で稼ぐことができることだと思います。

高齢者層が「働かない意識が無くなる」または「働く場所がない」ことによって、高齢者が本来得るべき所得が喪失し、社会保障費用の増大という重荷になって返ってきます。今後、高齢者の更なる人口増加を見据えて、本来であれば、高齢者が低賃金で働くことができる環境を作ることが重要です。

高齢者から雇用を奪う「最低賃金の全廃」という処方箋の実行

2015年10月1日から新たに全国的に最低賃金が上昇しましたが、現在の超高齢化社会の構造を考えた場合、本当に愚かな政策だと思います。上記の通り、最低賃金法は低収入でしか働けない高齢者から「就労の機会」を奪っているからです。

今後、現役世代の労働人口が減少していく中で、最低賃金がなくとも大方の現役世代の労働者の賃金は必然的に上昇していくことになるでしょう。むしろ、低賃金の高齢者の労働力を活用した場合、現役世代の労働者はより生産性が高く賃金の高い仕事に就くことができる可能性があります。

これらの高齢者によって低賃金の労働力が提供されることで、企業は新たな分野に投資する(つまり、現役世代が新たなスキルを得られる)仕事に取り掛かることができるからです。高齢者を社会保障費用がかかるコストセンターから新規投資を行うための原資の節約を担う貴重な資源となります。

まずは段階的に「年齢別の最低賃金」を設定して制度の廃止に向かうべき

直ぐに実行すべきことは「60歳以上の最低賃金を廃止すること」です。高齢者の再雇用や新規就業に向けた給料面でのハードルを下げることで就業機会を提供することが重要です。

そして、高齢者の就業機会を確保した上で、次は未成年の最低賃金を廃止するべきです。未熟練労働者に優先的に就業する機会を与えることで、仕事が何たるかを教え込む必要があります。最低限の礼儀・マナーなどを身に付けることができれば、まともな仕事につくことができるからです。

職業訓練のような人的資本への投資は必要ですが、それよりも就業体験のなかで実践的に仕事・スキルを学び取る機会は重要であり、スキルアップのための研修は別途想定すべきものとなります。

ちなみに、現役世代であるにもかかわらず、「昼間から賃上げのためのデモをしているようなスキルレスな労働者は、最低賃金があるから就労機会がないのだ」ということを学習するべきです。

そして、最初は低賃金から始めたとしても自らスキルを習得してより所得の高い仕事につくべきです。むしろ、それ以外に自分の給料が大幅に改善することはないと知ることが重要です。

段階的に最低賃金を廃止していくことを通じて、超高齢化社会の労働力を生かした社会を創ることが望まれます。





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