2015年11月30日

何故、政治資金でライザップに行くことは問題なのか

マネキン

何故、政治資金でガールズバーやライザップに行くことは問題なのか

現在、ガールズバーやライザップに政治資金を支出していたことが問題となっています。しかし、本来はビール券や香典などの公職選挙法で禁じられた買収行為に使用することを問題にするべきであり、政治資金の利用使途自体は何に使ったとしても各政治団体の内部自治の問題として認められるべきものです。

従って、バカみたいなものに使っている政治家は「情報を全公開される」ことで、次の選挙で落選すれば良い、ということが建前となります。ライザップに通ってお腹が凹んだことを有権者が政治活動として評価するか否かというだけの話です。

政治資金の支出内容が問題となるのは「政党助成金」が入っているから

政治資金の支出内容が問題になる理由は「政党所属議員の政治活動費には『税金』である政党助成金が入っているから」です。

国会議員が自らの政党支部や後援会に政党助成金を受け取っているならば、本来の政治団体の内部自治の範囲から外れた問題が発生します。

政党助成法第一条には、

(目的)
第一条  この法律は、議会制民主政治における政党の機能の重要性にかんがみ、国が政党に対し政党交付金による助成を行うこととし、このために必要な政党の要件、政党の届出その他政党交付金の交付に関する手続を定めるとともに、その使途の報告その他必要な措置を講ずることにより、政党の政治活動の健全な発達の促進及びその公明と公正の確保を図り、もって民主政治の健全な発展に寄与することを目的とする。

と書いてあります。つまり、政党から政党助成金の一部を受け取っている国会議員などは「まともな政党活動と民主政治をやろうね」ということです。

そのため、選挙の洗礼で判断されるべき「政治活動の支出内容」の是非が「有権者以外」の納税者一般から問われることになります。しかし、当然「公明・公正」や「健全な発展」は人によって価値観が違うので、見方によっては何でも不適切な支出にできることになります。

政治家の責任は違法行為以外は選挙で問われるべきである

本来、政治家は選挙で自らの行為の責任を問われるべきです。そのため、選挙とは異なる倫理規範が求められる「政党助成金」の存在をそもそも認めるべきではありません。日本共産党のように政党助成金は全額受け取らず、その他の収入で政党運営を行っていくことが政治団体の内部自治を確立するために必要なことです。

政党が企業・団体・個人から寄付を受けることは当たり前のことであり、政党助成金を受け取って政治団体の内部自治を放棄すれば「常に突っ込みどころ」を晒しながら政治活動を行うことになります。

政治家が目先にぶら下がった税金に飛びつくことで、選挙以外で自らを辞職に追い込める状況を作りだしていることは本当に愚かなことです。マスメディアが取り上げる不適切な支出などは適当な理屈で簡単に作り出せます。たとえば、共産党員も納税者であり、自民党の国会議員の支出に何でも文句をつけることすら可能だからです。

政治家は自分の支出の責任は自分で取るべきであり、いちいちマスメディアなどを通じて納税者全体をくだらないレベルの話に巻き込むことを止めるべきです。政党助成金という税金にオンブにダッコの政党運営を見直し、政党・国会議員には納税者から独り立ちしてほしいと思います。





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yuyawatase at 12:00|PermalinkComments(0)タックスイーター 
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濃い政治ネタだけで1か月間更新し続けてみたPV数

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いまどき、濃い政治ネタだけでブログのPV数が上がるのか?

濃い政治ネタだけで果たしてブログPVはどの程度伸びるのか、という実験的な試みを1か月間行ってみた結果が出てきました。あえて、本ブログでは日常の話みたいなものはガン無視しており、しかも右や左のネトウヨ・ネトサヨにも一切阿らない新自由主義路線の内容のみ。

現在、日本に小さな政府を求める人々の市場がどの程度あるのか?ということについて、ゼロから始めた上に、内容も政治ネタ、しかも小さな政府論の当ブログがどこまで伸びるか、ということで分かると思っています。

猫や子どもの可愛らしい写真などは乗せずに、あえてガチな内容を毎日更新した結果であり、お涙頂戴的な内容もゼロ、ガチガチの政治トークのみです。

一か月間ブログを更新してみた結果は「意外と伸びるものだな」という感想

更新開始から1か月経った本ブログのPV数は、最低でも一日400PV、それなりに面白い記事を書いたときは1000PV弱まで伸びてきています。初日3日間の40~100PVだったのでかなり進歩したと言えるでしょう。

一か月で78記事を更新する、一日3記事のそれなりにハイペースな更新回数で運営しています。ライブドアブログで星4つになったので、ライブドアブログ全10万ブログの上位8%に入ることには成功した模様。星4つになると1000記事更新しているサイトもボチボチ増えており、星4つの上位に入るためには1日PVが1万は必要みたいです。

PV数の上位記事は下記の通りであり、政局予測ネタなどがやはり人気があるのだなと思います。

(1)大阪W選挙、おおさか維新の会圧勝予測!新たな局面へ 


などのPV数が多かったかなと。つまるところ、未来予測や制度解説みたいなものが良く読まれる傾向があり、小さな政府の考え方を整理した記事はあまり読まれないという(涙)

特に気合を入れて作成した経済分析や政局分析はあまり読まれないという残念な状態ではありますが、読者ニーズを捉えた記事を作っていきたいと思っています。まあ、書くのに時間がかかるということは自分が未熟だからということとほぼ同じ意味なので納得するところですが・・・。

とりあえず、3か月間頑張ってみて推移を見てみようと思う次第です

現在のPV数のまま推移したとすると、12月PV数は約2万弱というあたりで推移するものと予測しています。記事の質は維持していきたいとは思うものの、それは閃きなどとの関係もあるため、検索流入の増加などを見込んで2万くらいかなあと。

記事数が100を超えるとヒットしやすくなるという神話を信じているものの、やはり300記事くらいは更新しないとがっつりとしたPV数を生み出すサイトにならないと実感しています。本ブログの当面の目標は「ネトウヨでもネトサヨでもない小さな政府関連の濃い政治ネタのみ」で月間10PVです

1年後ぐらいには月30万PVくらいのサイトに育っていると良いなという希望を抱いています。





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yuyawatase at 07:00|PermalinkComments(0)
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2015年11月29日

大人の教科書(10)左と右は180%回転すると同じもの

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世の中の政治的なスタンスとして「あの政治家は右だとか左だ」とかいうことがあります。しかし、実際のところ、それらが同じところから出てきた親戚みたいなものだということに説明します。

そもそも政治的なスタンスの右とか左って何ですか?
 
「右」の議員は保守、「左」の議員は革新、と呼ばれたりするわけですが、元々はフランス革命後の議会において座った席の場所で右・左と区分けされるようになりました。

ところが、現代社会に至るまでに政治闘争の結果として右や左が入れ替わったりしているため、右と左の政治的な呼称としての意味は言葉を使用する人によって異なるために、それらの明確な定義を求めにくい環境になっています。

そのため、上記のように右やら左やらのレッテルを貼るだけでは本記事の説明が分かりづらくなるので、政治的なポジショニングの区分けの整理をして、右と左は実は同じものだということを述べていきたいと思います。

右とか左ではない正しい政治的なポジショニングを知ること

一般的には政治的な立ち位置を分析する場合、(1)政府による経済介入の大小、(2)政府の思想・倫理への介入の大小という2軸で自分のポジショニングを知ることが出来ます。

(1)経済介入が大(2)思想介入が大=全体主義・共産主義(北朝鮮)
(1)経済介入が大(2)思想介入が小=社会民主主義(フランス)
(1)経済介入が小(2)思想介入が大=新保守主義(ネオコン)
(1)経済介入が小(2)思想介入が小=自由主義(ホリエモン)

というような分類です。自分がどのあたりに考え方に収まりそうかイメージ湧きますか?そして、日本の政党のポジションは実際のどこにあたるでしょうか?


戦後の右(自民)も左(社会・民主)も大体同じようなものだった

戦後の日本では、自民党などの保守勢力が「右」、社会党などの革新勢力が「左」とされてきました。

一応、自民党側は資本主義を守る政党で米国寄り、社会党側は社会主義を求める政党でソ連寄り、という区分けで左右の分類がなされてきました。

特に1990年以降は右と左という名称が自民党・民主党に引き継がれることになりますが、民主党や共産党は自民党(特に小泉政権)を新保守主義とか新自由主義という名称で叩き続けています。

ところが、少し考えれば分かりますが、55年体制以降の日本は一貫して政府の予算拡大・規制強化(経済介入=大)がされており、なおかつ右も左も教科書などへの思想教育(思想介入=大)を重視してきました。

要は右も左も大して変わらない「全体主義」への道をまい進している状況だと言えます。

政府の経済介入が強まると思想介入も強まっていくことは必然

このように書くと「左」(社民主義者)に区分されている人々から「我々を安倍ファシズムと同じにするな!」と怒られそうですが、実際には同じようなものなので仕方がありません。

また、仮に(1)経済介入=大(2)思想介入=小であったとしても、生活の原資を政府に握られてしまえば、その後に政権は国民に対して容易に思想を強制していくことが可能になります。大半の人々は生きていくために、自分の思想表現を簡単に変更してしまうものです。

自由市場を否定して格差是正を叫んだ先に待っているものは、北朝鮮のような政府独裁型の共産党主義国家です。

逆に、右の人々からは「我々を社会主義者・共産主義者と一緒にするな!」というクレームがあるかもしれませんが、彼らが求めている愛国主義的な思想統制は「経済介入=大」を実現しない限りは不可能です。

そのため、最終的にはナチスドイツのようなファシズム国家になっていかざるを得ません。つまるところ、共産主義(左)≒ファシズム(右)で建前は異なるけれども親戚みたいなものなのです。

正しい政治的なポジションニングを問う質問は「税金は上げることは良いことか?」のみ

上記の過程から右や左という区分が極めて無意味な質問であり、本当に重要なことは「政府の経済介入=税金を上げることは良いことか?」という質問だけで十分なのです。

政治家や政治に関心がある人に上記の質問をした場合に「YesかNoか」の回答が返ってきます。「税金を上げることにYes+その人物が権力者=危険人物」であり、「税金を上げることにYes+その人物が非権力者=頭が悪い人」ということになります。ちなみに、問題は経済全体における政府の規模の話なので、どの税を上げても結果は一緒です。

以上のことは大人の常識として知っておくと、悪い政治家にひっかからないで済みます。政治家は誰しもが己の権力の強化にまい進するものですが、せめて建前だけでも小さな政府を主張してほしいものです。

独裁者になるために
イニャツィオ シローネ
岩波書店
2002-12-20



 

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yuyawatase at 20:13|PermalinkComments(0)大人の教科書 
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