2015年11月22日

大人の教科書(5)政治屋、政治家、慈善家の違い

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「あいつは政治屋だ」とか、「彼は政治家を目指している」とか、「彼女は立派な慈善家だ」とか、色々な言葉が使われることが多い議員の人物評価ですが、政治家・政治屋・慈善家の見分け方について基準のようなものが必要だと思っています。

そこで、今回は身近な「もっと保育園が必要だ」という社会問題に対する態度で三者の違いを説明したいと思います。

(1)政治屋の場合

政治屋の基本的な発想は「税金を使って保育園を建てる」というものです。保育園を全額税金で建てるのか、補助金を使って建てるのか、様々な方法はありますが、人々から集めた税金を自分の特定目的のために支出します。

そして、「私がこの保育園を建てました!」や「私がこの保育園の補助金をつけました!」みたいな話を人々に向かって主張します。そして、補助金の利用者などを制限して保育園の供給量を意図的に減少させることで自分への求心力を維持し続けます。

念のため確認しておきますが、彼が保育園を建てるために使ったお金は皆から集めたお金であって彼の私物ではないことは言うまでもありません。

(2)政治家の場合

政治家の基本的な発想は「その地域に自然と保育園が建つように誘導する」というものです。たとえば、現役世代向けの減税を実施すれば、同世代の可処分所得が増加して子育てのための費用へ割く金額も増加します。

増加した子育て用費用が地域に循環することによって、自然と保育園が建っていくように誘導するのです。この場合、政治家は「私がやりました!」というのではなく、「人々が自然と行ったこと」を追認するということになります。

他人が与えるのではなく自らが創り上げていく苦労と喜びを人々にもたらします。基本的には目立つ存在ではありませんが、人々の生活を陰ながら支えていく存在です。

(3)慈善家の場合

慈善家は所得の有無に関係なく保育のための税金による手当を地域の人々にばら撒きます。このお金を狙って地域には保育園が建てられていき、保育園同士の一定の競争が発生することで質も担保されます。

このとき、慈善家は「私は誰もが保育園に通える環境を作りました!」と述べるでしょう。しかし、そのための多額の費用は税金から支出されることに変わりはなく、全ての政策に同様のことが実行されれば財政は破綻するでしょう。

以上が、政治屋、政治家、慈善家の違いです。あなたの地域にはどのような議員が多いでしょうか。

政治屋はお涙話が非常に巧みであり、慈善家は聡明な感じがするものです。しかし、私は「政治家」が世の中に増えると良いなと思っていますが、政治家の実績は分かりづらいために有権者の目が肥えることが重要です。





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2015年11月21日

TPPと移民、どうして必要なの?という疑問に答える

経済自由度ランキング

人口減少下で経済衰退の道に向かう日本の未来

安倍首相が出生率の目標を「1.8」に設定しましたが、その出生率目標では人口が減少していくことに何ら変わりがなく、なおかつ現状の政策の延長線上では目標にも到達しないことは明白となっています。

日本のGDPの減少を継続し続けることになり、内需に支えられてきた日本経済は根幹から揺らぐことになるでしょう。経済力の衰退は、資源を持たない日本にとっては死活問題であるとともに、国民の豊かな生活の継続が可能であるかどうかも疑わしくなってきます。

日本の人口問題を抜本的に解消するための解決策が求められており、TPPと移民という二つの選択肢が私たちの前に提示されています。

活路は「外に打って出るか」または「内を栄えさせるか」という2択

日本の活路は、成長する新興国市場での成功を目指すのか、それとも日本国内に移民を入れて経済成長を目指すのか、という2つに1つということになります。ところが、このような選択も簡単に実行できるわけではありあせん。

上の地図はThe Heritage Foundationが毎年発表している経済自由度ランキングです。経済自由度とは簡単に言うと、まともな商売がどこの国の人でも自由にできるか、というランキングだと考えてもらっても良いです。
緑が正常なところ、赤が困難なところ、黒くなっているところはマッドマックスの世界だと考えてください。

日本人は黄緑レベルの環境で普段暮らしています。私たちが暮らしている世界の商慣行は世界の中では少数派であり、日本と同じ感覚で海外で商売すれば身ぐるみ剥がされることは間違いありません。

特に戦後復興期も終えた後に生まれたような生ぬるい人々では大半生きていけないことは間違いなく、新興国で自分探しをしたい人は、自分を探すどころか路頭に迷うことは必然と言えるでしょう。

TPPは新興国に先進国と同じルールを守ることを求める方法

日本人が「成長する新興市場で成功を目指す」ためには、日本と同程度の商売上のルールが守られる環境を新興国に求めていくというやり方があります。これが「TPP」などの貿易・投資のためのルールづくりです。

国外に市場を求める前提として、既に生ぬるくなってしまった先進国民が生きていける環境を整備する必要があります。治安上の問題などの根本的な部分も当然ありますが、最低限商慣行の部分を是正することが重要です。

ちなみに、TPPに対して過剰に反応している人々は世界の現状(上の地図)を知らない人々であり、緑の地域のルールを新興国に適用するということを理解できていない人か、日本国内で赤い色の国の人のようにまともにビジネスをせずに腐敗した商慣行の環境にいる人です。

移民は新興国民に日本で同じルールを守ることを求める方法

一方、「日本国内に移民を入れて経済成長を目指す」という手法を選択することもできます。これは日本国内というある程度ルールが出来上がった環境の中で、新興国を含めた外国からの移民に仕事を行ってもらうというやり方です。

日本で既に構築された商慣行を移民にも守らせること、既存の日本国民の慣れ親しんだ環境でのビジネスを行うことができることなど、国外に進出するよりも比較的容易に成長への道を選ぶことが可能です。また、自分たちよりも優秀な移住者も多く訪れることになりますが、彼らに仕事を作ってもらって財政負担をお願いすることも重要です。

海外からの移住者を招き入れていく中で、様々な文化軋轢が生じるでしょうが、それは経済成長と引き換えとして得られる代償であり、それらの十字架を背負う覚悟も必要です。

TPPと移民の両方を推進するべきであるという結論

世界の環境は既に日本人にとっては生きていくには過酷な状況となっており、現状のままでは火星に移住する状態と大差ないものと思います。既に海外で活躍している日本の倭僑の皆さまの生命力に感服するばかりです。

そのため、人口減少社会の中で日本人が現状の暮らしを維持・向上しようと思うなら、TPPまたは移民、できれば両方を推進していくことが望ましいでしょう。世界の日本化こそがTPPと移民の本質だからです。

日本の同胞にはTPPと移民についての理解を深めて頂き、日本人の生存戦略・成長戦略を実行に移してほしいものです。

米国の研究者が書いたTPPがよくわかる本
ジェフリー・J・ショット
日本経済新聞出版社
2013-10-26




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yuyawatase at 22:00|PermalinkComments(0)社会問題 
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大人の教科書(4)格差社会を正しく理解する

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格差社会の本質、「貧困」と「富裕」はどちらが先に存在していたのか

世界を1対99に分けるような頭がおかしい言説を無視して考えるとして、世界を貧困と富裕の2つに分けるとした場合、最初に存在していたものは「貧困」でした。

人類史は狩猟などの極貧困時代(その日の食べ物をその日に狩る)から始まり、その後、農耕化することを通じて富を築きあげて一定の生活水準を保つことができるようになりました。それは種もみなどを蓄積して計画的に運用できるようになったからです。

その後、技術革新・制度革新が繰り返されることによって、社会的な富が増大していくにつれて貧困から解放される人々が増えてきたのです。

つまり、既にある程度富裕になった先進国で最初から生まれてしまった私たちには認識困難ですが、社会は元々「全員が貧困」な状況から「富裕な人々が出て来た」のであって、「全員が富裕」な状況から「貧困な人が出て来た」わけではないのです。

バシッと言われれば当たり前に理解できる話ですが、現代社会においてはこの基本的な認識が欠けている人が多く散見されます。

権力者にとっては資本主義など「必要ない」ということを知る

格差社会の問題として、資本主義が問題になることがあります。一部の人々がドンドン富めるようになり、それ以外の人が貧困になっていくという理屈です。これも本末が転倒した議論であることを学習するべきです。

資本主義社会が発展する以前の世界は「王様による独裁」または「貴族による少数支配」が普通でした。彼らは社会的な富を武力を背景とした支配力で自分のために使わせることが出来ました。

つまり、権力者は資本主義など有ろうが無かろうか、絶対的な力で物事を実行することができたのです。現代社会においても資本主義がほとんど機能していない北朝鮮の状況を見れば理解できると思います。

権力者がまるで資本主義を必要としているかのような話をする人は世界史をやり直してほしいものです。

資本主義は貧困者のために存在してきたということを知る

資本主義は貧困な人々のために存在してきました。現在、資本主義社会が提供しているあらゆるサービスの大半は「富裕層は使わない」ものです。そのため、それらのサービスを消費するのは中間層以下の人々ということになり、多くの人々がその利便性から恩恵を受けています。(コンビニなどもその一つ)

資本主義によって次々と便利なサービスが提供されることで人々の暮らしは豊かなものとなりました。町中で自分で作ったわけではない食べ物が売られている、またはゴミで捨てられている現状を良く見てほしいと思います。

また、資本主義を通じてかつては権力者が好き勝手できた社会の富を各個人の財産として保護することができている点も重要です。それによって、権力者も普通の人々に対して無茶苦茶なことができず、多くの人々からの同意を得なければ政治的にも経済的にも重要な決定ができなくなったからです。

仮に、世界が資本主義社会ではなく、専制国家または共産国家だらけであれば、権力者同士の欲望のために第三次世界大戦が発生してとっくの昔に人類史は継続不能になっていたでしょう。

格差社会で語られるべきことは「貧困」ではなく「富裕」である

格差社会で「貧困」を問題にする人は、物事の本末が分からない人です。世界は元々貧困だったのであり、貧困については今更新たなテーマにするほどの価値もありません。(むしろ、どうしても「貧困」をテーマにしたいなら、現在の貧困と過去の貧困の質的・量的な暮らしの環境の変化についてテーマにすべきです。)

格差社会でテーマにするべきことは「どうすれば人々が更に速やかに豊かになれるのか」ということです。

途上国を見れば明らかですが、資本主義・自由市場を導入した国は総体として豊かになっていることは事実であり、それらが機能しやすい環境を作っていくことが求められています。

そして、これは先進国でも同様であって「貧困」を解消するために「富裕」を解消するということがバカげた議論であることは明白だと思います。貧困を解消するための方法は社会全体の富を増やしていくことしか無いからです。

選択の自由[新装版]―自立社会への挑戦
ミルトン・フリードマン
日本経済新聞出版社
2012-06-26





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